撫子の華が咲く

茉莉花 香乃

文字の大きさ
上 下
85 / 98
番外編ー伍 それぞれの未来 《麗景殿の女御編》

02

しおりを挟む
それでも後宮はその夜、いつもとは様子が違い騒がしかった。

飛香舎は麗景殿とは離れているのでその様子はわからないけれど、清涼殿も時間を追うごとに騒がしく、ただ猫に驚いたのではなかったのだろうと思われた。

帝が危険が無いと仰ったなら怨霊が出たと云うことでも、夜盗の類でもないのだろうけれど、それならば何があったのかは、いくら話していても答えは出なかった。

翌日、午後も遅い時間に父上が飛香舎にお見えになった。
帝は今日はこちらにお渡りではなく忙しくされているようだ。

「…麗景殿に行ってもらわなくてよくなりました」
「父上、どういうことでしょうか?憂いが無くなったと云うことですか?」
「いや…里に戻られることになりました」
「ああ、気分転換に里下がりされるのですね」
「まあ、名目は妹姫のお見舞いと云うことになります」
「…?…どう云うことでしょう?」
「失礼致します。…お殿さま昨晩のことが何か関係しているのですね。猫に驚いたと云うのはやはり偽りだったのですね?」

部屋の隅に控えていた衛門が父上を見た。

「ああ、それは…」

父上はちらっと衛門を見ると、衛門は心得たとばかりに他の女房を下がらせて人払いをした。

部屋の戸を閉めて三人になると、まるで三条のお屋敷で入内の話にどのようにするか相談していた時と同じような光景に思わず頬が緩んでしまった。

「女御さま?如何されました?」

衛門が不思議そうに聞いてくるが「なんでもないよ」としか云えない。

しかし、微笑ましい空気は父上から聞いた話で吹き飛んでしまった。

「実は昨晩、六条大納言は以前より様子のおかしな自分の娘を気遣って、自ら宿直とのいをしていたところ、男が女御さまの部屋に忍んで来たのを取り押さえたのです。その事はそれで問題なのですが、その男は女御さまのところに以前より通っていて、女御さまも…」
「待っていらっしゃったと…」
「はい…」
「それはいつから?」
「昨年の秋あたりかと」
「……」
「女御さま?…女御さまの所為ではございませんよ」
「でも…」
「到底、あってはならないことです」
「それはわかってる。でも…」
「罪業深きことです」
「……」
「…でも、男と女とは当人同士でしかわからない機微がございます。まあ、こちらの女御さまは…」
「衛門…」

父上がたしなめて下さったけれど、それどころではない。

「体調と云うのは?どこかお悪いのですか?」
「それが…あってはならない事なのですが、麗景殿さまは御懐妊されていると…」
「まあ…それは…」
「そうなのです。その男の子だと思われます」
「それで、里下がりですか…」
「はい…後宮にはお戻りになれないのです。六条大納言は出家いたしました。女御も尼にすると怒っていたけれど、それは色々と問題があってね…」
「その相手の方は如何されたのですか?」
「島流しが妥当かと思われますが、主上が表沙汰にはしないようにと仰せになり、今は自宅で謹慎しております」
「そうですか…主上は、今はどちらに?」
「御帳台の奥に御隠れになられて…」
「衛門、これから清涼殿へ参ります」

父上はくれぐれも話が漏れないようにと念を押して退出された。

清涼殿へ行くと、女蔵人と一条が待っていてくれた。

「憔悴されていて、お声をかけることも憚られて…」

こんなことは初めてなのか女蔵人が困惑しているのがわかる。

「主上…撫子です」

声をかけるも返事はない。

そろりと入ると背中が見えた。
思わず背中に抱き付いて、帝を包むように抱きしめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

少年ペット契約

眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。 ↑上記作品を知らなくても読めます。  小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。  趣味は布団でゴロゴロする事。  ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。  文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。  文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。  文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。  三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。  文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。 ※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。 ※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。

サンドリヨンは眠れない

花波橘果(はななみきっか)
BL
お立ち寄りいただきありがとうございます。本編完結しました。どうぞよろしくお願いいたします。 【あらすじ】 宝石店に勤務する崎谷玲(さきやれい)は、突然のトラブルから女装をしてホテル主催のパーティーに行くはめになる。社運をかけたダイヤモンドのネックレス『サンドリヨンの微笑』を宣伝するためだった。 パーティーを主催するのは日本を代表するホテルグループの若き役員、周防智之(すおうともゆき)。世間では周防の花嫁探しに注目していた。 パーティーの途中で一休みしようと屋上庭園に出た玲は、そこで周防と対面する。なぜか「探した」と言われてキスをされ、身体を触られる。女装がバレることを恐れて逃げ出すが、酔っていたこともありネックレスをなくしてしまう。 気付いて顔面蒼白になる玲。そこに周防がネックレスの持ち主を探しているというニュースが流れてくる。もう一度、持ち主に会いたいからと。 消えたシンデレラを探せと盛り上がる世間。花嫁候補だと騒がれ、本当は男だと言えなくなる玲。本人にしか返さないという周防から、玲はどうやってネックレスを取り返すのか……。から始まる再開ミステリー(?) 外側から見える姿と内面の真実。出会うのが早すぎたりすれ違ったり……それでも、何度出会っても好きになる。年の差再会ラブ!なお話です。 まわりのことも大事だけれど、本当に大事なものは誰かを好きだと思う自分の気持ち……。 ※ 作中で蝶の数え方を「頭」としています(じつは「頭」と「匹」でだいぶ迷いました)。 学術的には「頭」、日常の中では「匹」と数えるのが一般的だそうです。今回のお話ではバタフライサンクチュアリが出てきますので「頭」でいくことにしました。 森の上をゆく勇壮な姿も表現できたら、という願いもこめています。 多少違和感があるかもしれませんが、どうかご了承くださいませ。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

僕の宿命の人は黒耳のもふもふ尻尾の狛犬でした!【完結】

華周夏
BL
かつての恋を彼は忘れている。運命は、あるのか。繋がった赤い糸。ほどけてしまった赤い糸。繋ぎ直した赤い糸。切れてしまった赤い糸──。その先は?糸ごと君を抱きしめればいい。宿命に翻弄される神の子と、眷属の恋物語【*マークはちょっとHです】

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

涙の悪役令息〜君の涙の理由が知りたい〜

ミクリ21
BL
悪役令息のルミナス・アルベラ。 彼は酷い言葉と行動で、皆を困らせていた。 誰もが嫌う悪役令息………しかし、主人公タナトス・リエリルは思う。 君は、どうしていつも泣いているのと………。 ルミナスは、悪行をする時に笑顔なのに涙を流す。 表情は楽しそうなのに、流れ続ける涙。 タナトスは、ルミナスのことが気になって仕方なかった。 そして………タナトスはみてしまった。 自殺をしようとするルミナスの姿を………。

処理中です...