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落暉
01
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懐から笛を出し、平成で何度も練習した曲を奏でる。
ここは御神木の若木のある森の中。
辺りは苔むした地面が広がっているが御神木の周りだけは丸く剥き出しの土が見える。それが冷たさを感じさせないのは、御神木から溢れる気のせいかもしれない。
まだ弱々しい御神木には凭れることはできないけれど、平成の尊を見守っていたそのままにほんわかとした空気が尊を包む。
数ヶ月前からこの木の近くで開拓が始まった。護尊神社の造営は帝と上皇の許可を得て、急ピッチで進められている。
今回の除目で陰陽頭は後進にその座を譲り、引退することになった。
近々屋敷を引き払い旅に出る。どうしてだか、結婚しなかった先の陰陽頭には北の方も子どももいないので、身軽なのであろう…とは巷に流れる噂である。
当たらずとも遠からず。どこからそんな噂が出ているのかと不思議だけれど、それが本当であろうと嘘であろうと誰も迷惑を被る人がいないので、誰にも否定されないままである。
尊は暇があれば親彬と共にこの場所を訪れる。一人で来ることはできるけれど、親彬がそれを許さなかった。
「もう離さないと云っただろ?尊も頷いて、了承してくれたではないか?!」
尊ははっきりとした記憶がなく、『はて?』と疑問に思いながらも微かに思い当たるものがあり否定はしないことにした。
その微かな記憶はグズグズに溶かされているその隙間に、親彬から与えられるものだ。甘いあまい砂糖菓子のようなキザな台詞の数々は、幾度となく肌を合わせたその都度、これでもかと尊に与えられる甘いあまい枷となる。
それが嫌でないのが困るのか困らないのか…尊は思案していた。
親彬の事は好きだ。あの日、他の女の所に行ったのではないかと胸の潰れる思いもした。行って欲しくない、自分の所に居てと願った。実際は親彬の異母兄の上皇の所に尊の事を相談に行っていたと聞かされれば嬉しくないはずはない。
親彬から向けられる独占欲が嬉しい。土御門の宮が度々遊びに来てくれるけれど、何故か必ず親彬も同席している。宮さまは特に何も含むところがないのか、気にされていないようなので、こちらも気にしないことにした。
だがしかし、である。二度と平成へは帰れないと覚悟を持って平安へ来た。しかし、帰れるとわかった以上、あの便利な時代への憧憬は忘れられるものではない。
ここは御神木の若木のある森の中。
辺りは苔むした地面が広がっているが御神木の周りだけは丸く剥き出しの土が見える。それが冷たさを感じさせないのは、御神木から溢れる気のせいかもしれない。
まだ弱々しい御神木には凭れることはできないけれど、平成の尊を見守っていたそのままにほんわかとした空気が尊を包む。
数ヶ月前からこの木の近くで開拓が始まった。護尊神社の造営は帝と上皇の許可を得て、急ピッチで進められている。
今回の除目で陰陽頭は後進にその座を譲り、引退することになった。
近々屋敷を引き払い旅に出る。どうしてだか、結婚しなかった先の陰陽頭には北の方も子どももいないので、身軽なのであろう…とは巷に流れる噂である。
当たらずとも遠からず。どこからそんな噂が出ているのかと不思議だけれど、それが本当であろうと嘘であろうと誰も迷惑を被る人がいないので、誰にも否定されないままである。
尊は暇があれば親彬と共にこの場所を訪れる。一人で来ることはできるけれど、親彬がそれを許さなかった。
「もう離さないと云っただろ?尊も頷いて、了承してくれたではないか?!」
尊ははっきりとした記憶がなく、『はて?』と疑問に思いながらも微かに思い当たるものがあり否定はしないことにした。
その微かな記憶はグズグズに溶かされているその隙間に、親彬から与えられるものだ。甘いあまい砂糖菓子のようなキザな台詞の数々は、幾度となく肌を合わせたその都度、これでもかと尊に与えられる甘いあまい枷となる。
それが嫌でないのが困るのか困らないのか…尊は思案していた。
親彬の事は好きだ。あの日、他の女の所に行ったのではないかと胸の潰れる思いもした。行って欲しくない、自分の所に居てと願った。実際は親彬の異母兄の上皇の所に尊の事を相談に行っていたと聞かされれば嬉しくないはずはない。
親彬から向けられる独占欲が嬉しい。土御門の宮が度々遊びに来てくれるけれど、何故か必ず親彬も同席している。宮さまは特に何も含むところがないのか、気にされていないようなので、こちらも気にしないことにした。
だがしかし、である。二度と平成へは帰れないと覚悟を持って平安へ来た。しかし、帰れるとわかった以上、あの便利な時代への憧憬は忘れられるものではない。
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