逢魔刻に氷菓を手折り

茉莉花 香乃

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朝朗

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「本当に来るかな?」
「来るさ」
「…うん」
 「さっ、おしゃべりはここまでだ」
「うん」

弓削ゆげの勝一かついちが翁の屋敷に着いて、しばらくのち

尊は緊張していた。現代での尊は、神社の外へ出るとなるべくを使わないようにしていた。神社でもコントロールが主な修行で、実践はなかった。どこまでできるか自信はない。

(僕がここに来たのはこの妖怪をやっつけるため。できる!だって、僕に手紙を書いた『僕』はきちんと役割を果たした後にあの手紙を書いたんだ)

自分自身に言い聞かせるように、暗示をかけるように、できる、できると口の中で繰り返す。

ここは翁の知り合いの藤原ふじわらの顕行あきゆきが屋敷の一室。とある貴族から買って欲しいと申し出があり、顕行が屋敷を買い取った。近々改装をして、ここに住むらしい。改装が必要なくらい、古ぼけた感じはするけれど、〈氷の君〉を誘うにはもってこいの屋敷だ。

誰もいない屋敷の正殿に尊と親彬の二人だけ。尊は懐の御札の中に勝一の髪を一本入れ、今、〈氷の君〉がここに居れば勝一に見えているはずだ。親彬は衝立の影に隠れているが、結界を張った中にいるので気配も感じられないだろう。

勝一と安倍雅季が雅季の屋敷の前で会ったのは昨日のとりの正刻。先程酉の正刻の鐘が聞こえた。三人の被害者の話を総合すると、場所は関係ない。時間もまちまちだった。たった三人だけのちょっと少な過ぎる情報だけど、共通点があった。それが安倍雅季だったのだ。時間は雅季と屋敷の前で会った翌日の同じ時間。

ゾゾっと背筋が凍るような冷気を感じ、いよいよかと尊は気を引き締めた。五芒星の真ん中に座り、〈氷の君〉が入るのを待つ。

後ろに気配を感じたが、振り返ることはしなかった。尊の肩に触れる手が聞いていた通りに冷たい。押し倒されながら術を発動させた。冷たい手に肩を押さえ込まれ、動くことができない。カタンと何かの音がした。恐らく衝立の隙間からこちらを見ているだろう親彬が身動みじろいだ拍子に、扇子か何かを落としたのだろう。

(きっと心配してくれているんだ。だから、大丈夫)
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