逢魔刻に氷菓を手折り

茉莉花 香乃

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蒼穹

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「尊」
「何?」
「この屋敷、安倍さまの屋敷だよ」
「へぇ…ここが…。あれ?」
「どうした?」
「えっ…、ううん、何でもない。……じゃあ、次は清水寺へ行ってみる?」
「尊、明日にしないか?もう直ぐさる三つだ。直に暗くなる」

尊は何かを数えるようにした後、頷いた。

「そうだね。うん。わかった」
「そんなに焦らなくても良い」
「う、うん」

力なく項垂れる尊の肩をポンポンと叩く。その華奢な肩を触りながら、庇護欲が溢れる。ふっと顔を上げると、ありがとうと云われた。信頼しきった顔で見つめられると、下心満載の男心が挫けそうになる。

だがしかし、こんなことでは諦められない。気持ちを切り替えたのか、ニコニコと辺りを見回す尊は上機嫌で親彬を見つめる。尊の笑顔はどんなに男心をくすぐるか。親彬は昨夜のことを思い出し、にへらぁと笑った。

帰れるなんて云わなければ良かったと後悔したけれど、あの笑顔を見られたなら良しとするしかない。元の時代に帰れると知っていると思っていたのだ。何せ、こちらに来ることを知っていたのだ。ならば当然帰れることも知っていると考えられる。知らないと知っていたなら、そのまま云わなかったかもしれない。

まさか未来の少年に、こんな気持ちになるなんて思わなかった。親彬がこちらに呼んだと知った時の尊の顔は、そのまま脳裏に焼き付いている。ニヤける顔を俯いて隠し、尊との 生活がいつまでも続くことを願う。そして、もう一度この腕にあの初々しい身体を閉じ込めたい。恥じらう様はどこの姫よりも可愛らしく、いじらしかった。親彬は決意した。

(やはり、相談してみるか…。あの人が恋なんてしたことはないとは思うけど、今、幸せを手に入れている。すんなりと手中に収めたわけじゃないことぐらい想像がつく。何てったって、相手は男。入内じゅだいまでの経緯や後宮に入ってからのことは知らないけれど、何もしないで今の二人の関係は築けなかったに違いない。今までなら面会も躊躇ったけど、今なら容易に叶うしな)

「尊、今晩少し出掛けるが、あかを置いてゆくから、何かあったら云うんだぞ?」
「えっ?ど…、いや、うん…わかった」

急に元気が無くなった尊は、何か言葉を飲み込んだ。気になったけれど、早く相談したくて尊の表情の変化を深く考えなかった。
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