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蒼穹
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「ふぅ…」
「どうした?疲れたか?」
「うん。そうだね」
二日続けて被害者の屋敷を訪問し、改めて漠然とした不安が押し寄せる。妖怪に対する不安ではない。それはこの時代に来て、少し慣れてきた故のもの。
最初は無我夢中だった。覚悟を決めてこちらに来たからには、頑張らなければならない。しかし、ふと我にかえると住み慣れた時代が懐かしくなる。特に不便を感じた時に強く思う。友だちと同じが良いだろうと、義父の仁が与えてくれたスマートフォン。指を滑らせれば疑問を解決できる、音楽も聞ける、ゲームもできる手軽さ。同じような動作で友だちとも直ぐに連絡が取れる。録音ができる、メモも取れる。他にも便利な生活だった。蛇口をひねれば水が出て、寒ければエアコンのスイッチ、人差し指一つで暖かくなる。他にも数えればキリがない。それら、全てがない。
(わかっていたのに…)
それと、この怪異を自分に解決できるのかと云う、はっきりした不安も勿論ある。
親彬がふわりと抱きしめてくれた。あの恥ずかしくも嬉しかった、抱かれて抱いた日からこのような触れ合いはなかった。
やはり仕事だったのだなと、悟られぬようにため息を飲み込んだのは一度だけではない。
慣れてきたからこそ、こちらに来た時は気にしなかったことも、気になりだした。
親彬は恋人がいるのかな、とか。こちらに来る前に読んだ有名な物語の主人公のように、夜な夜などこかの屋敷に出掛けてどこぞの姫と会っているのだろうか、とか。考えても埒のないことばかり、堂々巡りを繰り返す。
土御門の宮邸からとんぼ返りのように親彬の屋敷に戻ってから、尊は北の対屋に部屋を宛てがわれた。当然親彬は寝殿に住んでいる。こちらに来て初めて泊まった時は、尊の部屋も寝殿の一室だった。遠ざけられた印象である。
尊がこの時代のことにもう少し詳しかったら、親彬が尊を北の対屋に住まわせた理由を推し量ることができたかもしれないが、生憎それは叶わなかった。
「何か、不安か?」
「えっ、不安?…うん不安かも」
肩を持たれ、顔を覗き込まれる。
(近いよ!心臓、破裂する)
これ以上のことをシタのに、全然慣れない尊だった。
「俺に全部話せばいい」
「全部?」
「そうだ。全部話せばいい。こちらにはまだ心許せる人間は俺くらいしかいないだろ?」
「ふふっ」
「何を笑う?」
「いや、だって…。親はそっちに入ってるんだなって思って」
「違うのか?てっきり、尊には頼りにされてると思っていたんだが…」
「うん。頼りにしてます。ありがとう、親」
(でも、全部は無理。まだ恋人の存在を聞いて、取り乱さない自信はないよ。せめてこの一件が片付いてから…。『ねえ、親、僕は親の事、好きだよ。親は?』素直にこんなことは聞けないけどね)
「どうした?疲れたか?」
「うん。そうだね」
二日続けて被害者の屋敷を訪問し、改めて漠然とした不安が押し寄せる。妖怪に対する不安ではない。それはこの時代に来て、少し慣れてきた故のもの。
最初は無我夢中だった。覚悟を決めてこちらに来たからには、頑張らなければならない。しかし、ふと我にかえると住み慣れた時代が懐かしくなる。特に不便を感じた時に強く思う。友だちと同じが良いだろうと、義父の仁が与えてくれたスマートフォン。指を滑らせれば疑問を解決できる、音楽も聞ける、ゲームもできる手軽さ。同じような動作で友だちとも直ぐに連絡が取れる。録音ができる、メモも取れる。他にも便利な生活だった。蛇口をひねれば水が出て、寒ければエアコンのスイッチ、人差し指一つで暖かくなる。他にも数えればキリがない。それら、全てがない。
(わかっていたのに…)
それと、この怪異を自分に解決できるのかと云う、はっきりした不安も勿論ある。
親彬がふわりと抱きしめてくれた。あの恥ずかしくも嬉しかった、抱かれて抱いた日からこのような触れ合いはなかった。
やはり仕事だったのだなと、悟られぬようにため息を飲み込んだのは一度だけではない。
慣れてきたからこそ、こちらに来た時は気にしなかったことも、気になりだした。
親彬は恋人がいるのかな、とか。こちらに来る前に読んだ有名な物語の主人公のように、夜な夜などこかの屋敷に出掛けてどこぞの姫と会っているのだろうか、とか。考えても埒のないことばかり、堂々巡りを繰り返す。
土御門の宮邸からとんぼ返りのように親彬の屋敷に戻ってから、尊は北の対屋に部屋を宛てがわれた。当然親彬は寝殿に住んでいる。こちらに来て初めて泊まった時は、尊の部屋も寝殿の一室だった。遠ざけられた印象である。
尊がこの時代のことにもう少し詳しかったら、親彬が尊を北の対屋に住まわせた理由を推し量ることができたかもしれないが、生憎それは叶わなかった。
「何か、不安か?」
「えっ、不安?…うん不安かも」
肩を持たれ、顔を覗き込まれる。
(近いよ!心臓、破裂する)
これ以上のことをシタのに、全然慣れない尊だった。
「俺に全部話せばいい」
「全部?」
「そうだ。全部話せばいい。こちらにはまだ心許せる人間は俺くらいしかいないだろ?」
「ふふっ」
「何を笑う?」
「いや、だって…。親はそっちに入ってるんだなって思って」
「違うのか?てっきり、尊には頼りにされてると思っていたんだが…」
「うん。頼りにしてます。ありがとう、親」
(でも、全部は無理。まだ恋人の存在を聞いて、取り乱さない自信はないよ。せめてこの一件が片付いてから…。『ねえ、親、僕は親の事、好きだよ。親は?』素直にこんなことは聞けないけどね)
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