上 下
57 / 89
蒼穹

06

しおりを挟む
「ふぅ…」
「どうした?疲れたか?」
「うん。そうだね」

二日続けて被害者の屋敷を訪問し、改めて漠然とした不安が押し寄せる。妖怪に対する不安ではない。それはこの時代に来て、少し慣れてきた故のもの。

最初は無我夢中だった。覚悟を決めてこちらに来たからには、頑張らなければならない。しかし、ふと我にかえると住み慣れた時代が懐かしくなる。特に不便を感じた時に強く思う。友だちと同じが良いだろうと、義父の仁が与えてくれたスマートフォン。指を滑らせれば疑問を解決できる、音楽も聞ける、ゲームもできる手軽さ。同じような動作で友だちとも直ぐに連絡が取れる。録音ができる、メモも取れる。他にも便利な生活だった。蛇口をひねれば水が出て、寒ければエアコンのスイッチ、人差し指一つで暖かくなる。他にも数えればキリがない。それら、全てがない。

(わかっていたのに…)

それと、この怪異を自分に解決できるのかと云う、はっきりした不安も勿論ある。

親彬がふわりと抱きしめてくれた。あの恥ずかしくも嬉しかった、抱かれて抱いた日からこのような触れ合いはなかった。

やはり仕事だったのだなと、悟られぬようにため息を飲み込んだのは一度だけではない。

慣れてきたからこそ、こちらに来た時は気にしなかったことも、気になりだした。
親彬は恋人がいるのかな、とか。こちらに来る前に読んだ有名な物語の主人公のように、夜な夜などこかの屋敷に出掛けてどこぞの姫と会っているのだろうか、とか。考えても埒のないことばかり、堂々巡りを繰り返す。

土御門の宮邸からとんぼ返りのように親彬の屋敷に戻ってから、尊は北の対屋たいのやに部屋を宛てがわれた。当然親彬は寝殿に住んでいる。こちらに来て初めて泊まった時は、尊の部屋も寝殿の一室だった。遠ざけられた印象である。

尊がこの時代のことにもう少し詳しかったら、親彬が尊を北の対屋に住まわせた理由を推し量ることができたかもしれないが、生憎それは叶わなかった。

「何か、不安か?」
「えっ、不安?…うん不安かも」

肩を持たれ、顔を覗き込まれる。

(近いよ!心臓、破裂する)

これ以上のことをシタのに、全然慣れない尊だった。

「俺に全部話せばいい」
「全部?」
「そうだ。全部話せばいい。こちらにはまだ心許せる人間は俺くらいしかいないだろ?」
「ふふっ」
「何を笑う?」
「いや、だって…。ちかはそっちに入ってるんだなって思って」
「違うのか?てっきり、尊には頼りにされてると思っていたんだが…」
「うん。頼りにしてます。ありがとう、親」

(でも、全部は無理。まだ恋人の存在を聞いて、取り乱さない自信はないよ。せめてこの一件が片付いてから…。『ねえ、親、僕は親の事、好きだよ。親は?』素直にこんなことは聞けないけどね)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

処理中です...