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黎明
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「ところで、尊殿の式神を見てみたいですな」
「あっ、はい。あの…その前に…」
「何だね?」
「その…殿とか呼ばれるの慣れなくって…」
爺にはそう呼ばれたけど、不思議と嫌な感じはなかった。でも、今度行った時には、呼び捨てにしてとお願いしようと心に決めている。土御門の宮には止めてもらうように頼んだ。この人にそんなふうに呼ばれ、他の人に聞かれたら、その人たちは全員そう呼ぶだろう。陰陽頭ってことはここでは一番偉い人。その人の呼び方が、下の人の呼び方になる。
「そうか?わかった。尊」
(この人も、切り替え早っ!)
懐から媒体となる御札を出す。御札と云っても、市販の約五センチ四方のメモ用紙に『尊』と書いただけのもの。仁がまるで御札のようだねと云ったくれたので、そう呼ぶようになった。何度練習してもその媒体をなくすことはできなかった。呼ぶと、福ちゃんと玉ちゃんが十歳の姿でちょこんと座る。何とか狩衣と冠姿の式神が出来上がり、安堵の息を吐く。
「ほぉ…、これは尊の趣味かね?」
「へっ?趣味?」
「いや、少年…」
「尊!それ、見せて!」
上司の言葉を遮り、心なしか大きな声で親彬が声を出す。珍しいと思いながらも懐から一枚出して、それを渡した。親彬は受け取り、一頻り検めた後、陰陽頭に渡した。陰陽頭はこれは貰っておいても良いかと聞きながら、答える前に懐に仕舞う。
(何だよそれ!聞くなら、返事を待てよな!別に良いけどさ!いっぱい持ってきたし)
その翌日は太政大臣さまとの面会。緊張したけど、優しい人で良かった。
大内裏からの帰り、爺の屋敷に寄った。寄ったと云っても、土御門の宮邸は大内裏の近くで、爺の屋敷は都の外れ。遊びに行くと云った方が正しいかもしれない。怒涛の三日が過ぎ、報告を兼ねての訪問だ。
「こんにちは。お爺ちゃん、尊です」
「おお、よう来た、よう来た。ささっ、お上がり。親彬も、早う」
尊は本当の祖父と祖母には会ったことがない。もしかしたら、施設に捨てられる前には抱いてもらったかもしれないけれど、当然ながら覚えていない。だから、本当の祖父のように慕ってしまう。
リンを懐から出し、膝の上に置いた。一通りの報告をして、火鉢と友だちになる。呼び方はなんとか呼び捨てにしてもらった。翁は茶目っ気たっぷりに片目を瞑った。
「尊は、笛は得意かい?琵琶はどうだ?」
「得意と云う程ではないのですが、笛の練習はしてました。琵琶は全然ですね」
「ほう…、この爺に聞かせてくれんかのぉ?」
「人に聞いてもらえるほど、上達しなかったんですよ。笑わないでくださいね?」
懐から笛を出す。尊の懐はかの有名な猫型ロボットのポケットではない。中には、リン、御札、笛の三つだ。背筋を伸ばし、唄口に唇を少し沿わせた。
目を閉じて、心を込めて笛を奏でる。
浄化の笛の音が京の都の外れ、東山を包んだ。
「あっ、はい。あの…その前に…」
「何だね?」
「その…殿とか呼ばれるの慣れなくって…」
爺にはそう呼ばれたけど、不思議と嫌な感じはなかった。でも、今度行った時には、呼び捨てにしてとお願いしようと心に決めている。土御門の宮には止めてもらうように頼んだ。この人にそんなふうに呼ばれ、他の人に聞かれたら、その人たちは全員そう呼ぶだろう。陰陽頭ってことはここでは一番偉い人。その人の呼び方が、下の人の呼び方になる。
「そうか?わかった。尊」
(この人も、切り替え早っ!)
懐から媒体となる御札を出す。御札と云っても、市販の約五センチ四方のメモ用紙に『尊』と書いただけのもの。仁がまるで御札のようだねと云ったくれたので、そう呼ぶようになった。何度練習してもその媒体をなくすことはできなかった。呼ぶと、福ちゃんと玉ちゃんが十歳の姿でちょこんと座る。何とか狩衣と冠姿の式神が出来上がり、安堵の息を吐く。
「ほぉ…、これは尊の趣味かね?」
「へっ?趣味?」
「いや、少年…」
「尊!それ、見せて!」
上司の言葉を遮り、心なしか大きな声で親彬が声を出す。珍しいと思いながらも懐から一枚出して、それを渡した。親彬は受け取り、一頻り検めた後、陰陽頭に渡した。陰陽頭はこれは貰っておいても良いかと聞きながら、答える前に懐に仕舞う。
(何だよそれ!聞くなら、返事を待てよな!別に良いけどさ!いっぱい持ってきたし)
その翌日は太政大臣さまとの面会。緊張したけど、優しい人で良かった。
大内裏からの帰り、爺の屋敷に寄った。寄ったと云っても、土御門の宮邸は大内裏の近くで、爺の屋敷は都の外れ。遊びに行くと云った方が正しいかもしれない。怒涛の三日が過ぎ、報告を兼ねての訪問だ。
「こんにちは。お爺ちゃん、尊です」
「おお、よう来た、よう来た。ささっ、お上がり。親彬も、早う」
尊は本当の祖父と祖母には会ったことがない。もしかしたら、施設に捨てられる前には抱いてもらったかもしれないけれど、当然ながら覚えていない。だから、本当の祖父のように慕ってしまう。
リンを懐から出し、膝の上に置いた。一通りの報告をして、火鉢と友だちになる。呼び方はなんとか呼び捨てにしてもらった。翁は茶目っ気たっぷりに片目を瞑った。
「尊は、笛は得意かい?琵琶はどうだ?」
「得意と云う程ではないのですが、笛の練習はしてました。琵琶は全然ですね」
「ほう…、この爺に聞かせてくれんかのぉ?」
「人に聞いてもらえるほど、上達しなかったんですよ。笑わないでくださいね?」
懐から笛を出す。尊の懐はかの有名な猫型ロボットのポケットではない。中には、リン、御札、笛の三つだ。背筋を伸ばし、唄口に唇を少し沿わせた。
目を閉じて、心を込めて笛を奏でる。
浄化の笛の音が京の都の外れ、東山を包んだ。
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