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幻妖

02

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数年前から噂はあった。太宰府あたりのことで、京の都には関係ないと面白おかしく尾ひれがついたのだろう。

怪しいまでに整った顔立ち。六尺は優に超える背丈。脱いだところを見たものがいるのか逞しい身体つきだと聞いた。女房にょうぼう侍女じじょ)は現実味がない分、興味津々だ。

なにせ被害にあうのは男ばかり。中には女が、わたしも抱かれたと自慢するらしいがその信憑性はない。

〈氷の君〉

言葉を発せず、触れる手は夏でも氷のように冷たい。それはその妖怪に付いた名だった。

(だいたい、男が男を抱く?そんなのは主人だけにして欲しい)

実視さねみの主人は北の方の他に、男の恋人がいるのだ。

実視は眉根を寄せ、〈氷の君〉の話を聞いていた。

だかしかし、遠い太宰府の話では噂は単なる噂である。人伝に、人伝に伝わるうちに話は膨らむのであろう。男を抱く壮絶に美しい妖怪。
実際誰が被害にあったのかわからない。名乗り出る者はいなかった。男の沽券にかかわるのか、家の恥と家人が声をひそめるのか。はたまた、噂は噂で、実際そんなことはないのか?

それでもまことしやかに囁かれる噂は消えることはなかった。

恐ろしいことに、徐々にその噂が東に進み都に近付いていると云う。

そして、その話には続きがある。

〈氷の君〉に抱かれた男は女を抱けなくなると云う。女を見ても、性的に興奮しない。例え皇女さまが褥に入ってきても、だ。

実視は〈氷の君〉に恋をした。

顔が見えず、声も聞いていないのに恋をした。いや、恋をしたような錯覚を覚えた。

(もっと奥まで…。ああっ、そこをぐりぐりしてくれ…。もっと、もっと……)

せめてもの救いは声に出さずに願ったこと。羞恥に頬を染め、身を捩る。こんなに狂おしいまでに求めたことがあっただろうか?

「ああっ…んっ、やっ」
『嫌なのか?』
「ぃゃっ、…ゃ、じゃない…もっと、シテくれ…」
『わかった。そなたの願い叶えてやろう』

何を口走っているのか最早わからなかった。

ただ、この快楽に溺れたい。〈氷の君〉に身体の隅々まで愛されたい。



明け方、従者が実視の寝ている部屋の異変を感じ中に入ると、生気が抜け、寝乱れた男が一人いた。従者により三条邸に連れ帰られ、しばらく起き上がることもできなかった。
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