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空蝉

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「はい。まだ上手く奏でられないですが、笛の音色は凄く落ち着きます」
「そうですか。では、上達するために、稽古を始めましょうか?」
「はい!」

先ずは音が出せるかがポイントだった。師匠の教え方が上手いので、程なく弱々しくも音が出た。そこからも難関は続いたが、少しずつ上達していると信じたい。丁寧に唄口に唇を少し沿わせる。背筋を伸ばし師匠と一対一の時間が始まった。

週末は乗馬をする。ここも神社から車で三十分くらいのところにある。今まで習い事や塾などには行かせてもらえなかったが、学校でみんなが話すのを聞いたことはある。でも、スイミングやピアノ、そろばんなど定番のものだ。中には華道やバイオリンなどを習っている子はいたけれど少数派。笛や乗馬など、聞いたこともない。それでも、戸惑いながらも尊は嬉しかった。習い事など自分とは縁遠いものだと思っていたのだ。少々予想の斜め上の事柄にせよワクワクした。楽器は嫌いではなかった。リコーダーやピアニカはお古だったけれど、綺麗に洗い、丁寧に使った。運動も嫌いではない。背が低く華奢なので力では敵わないが、徒競走はそれなりに速かった。

尊がしなければならないのは習い事だけではなかった。あの手紙にも書かれていたけれど、神社の掃除は毎日の日課だ。自分の部屋と本殿、広い境内が尊の受け持ち。

自分の部屋を掃除するのは楽しい。なんてったって、初めての自分一人のための場所だ。もともと物を大切にする尊は、何をするにも丁寧だった。そんな尊の部屋が散らかることはない。そして、物が少ないので直ぐに終わってしまう。

しかし、本殿と境内は大変だ。そこで、仁が提案したのは今までひた隠しにしていたを使うことだった。自分の意志で力を使ったのはリンとしゃべれるようにしただけで、後は無意識に動き出した物たちだった。何度か里親の元から送り返され、施設でも気味悪がられてからはほとんど人前で使ったことはなかった。だから、逆にどうすれば良いのかわからなかった。
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