逢魔刻に氷菓を手折り

空蝉

01

賀茂尊たけるはいつものように、その木御神木に凭れ目を瞑る。

下界の喧騒が聞こえてこないここは静寂に包まれ、騒ぐ心を落ち着かせてくれる。木漏れ日が優しく尊の頬を撫でる。下界はまだ肌寒く雪が降る日もあるが、ここは一年中春のように麗うららかで、昼寝でもしたくなる。

尊にとって、己を見つめ、己が何者であるかを確認する場所であった。初めてこの場所に来た時、初めてなのに何故か懐かしく感じた。今まで何処にも自分の居場所は無いと思っていた。けれど、ここだけは自分の存在を肯定してくれた。全てをさらけ出し、何より、全てをさらけ出しても良いと云ってもらえているようで、その日一日中泣いた。


物心ついた頃から自分を出さないように努めてきた。そして、己の中にある得体の知れないものに怯え暮らしてきた。

京都の中心街から離れ、北東に位置するここは、平安時代から続く由緒ある神社だ。しかし、昨今の歴女ブームや御朱印を集める人で賑わう有名な寺社仏閣とは違い、この神社を訪れる人はいない。ガイドブックに載ったこともなければ、大勢の地元の人々が初詣や祭事に訪れることもない。神社名鑑にもその名が連なることはなかった。地元の氏子の長が一年に一度お布施を持ってくる。そして、役所の職員がこれも一年に一度訪れるだけの寂れた神社だった。結界が張られ、酔っ払いや迷子、野良犬すら迷い込まない。けれど、忘れられることはない。

境内は綺麗に掃き清められ、山奥の木々に囲まれている場所にも関わらず落ち葉の一つも落ちていない。玉砂利が白く輝き荘厳な雰囲気を醸し出している。

社の脇を通り、鎮守の杜に続く階段を十段ほど上ると御神木がある。

「ここに居たのか」
「お父さん」

仁ひとしが尊の隣に立つ。ここに居たのかと言いながら、尊がここ御神木に居ることは、仁には最初からわかっていた。