逢魔刻に氷菓を手折り

有明

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朱雀大路を眼下に捉え、男は空くうを睨んだ。

肌をさす冷たい風、雪催ゆきもよいの垂れ込める雲。
雲間から覗く星々は怪しいまでに煌めいている。何かを予感させるキンと冴えた空気は、新年を迎えた故か、朔の暗闇故か。
子ねの正刻を知らせる鐘が微かに聞こえる。

萌黄の狩衣に巻纓冠けんえいのかんの男は不敵な笑みを浮かべ、羅生門らしょうもんの屋根に立つ。艮うしとらの方角をチラリと見やり、遠く、正面の大内裏に視線を戻した。その立ち姿は優雅で、身の丈六尺の大きな身体と端正な顔立ちは見るものを魅了する。不敵に微笑する様は宮中の女官や女房から絶大な人気を誇っている。

「来ましたね」
「ああ、そのようだな」

大屋根の上、風がふらりと揺れた。今まで一人だったのに突如何かが現れ、男に話しかけた。空間に歪みが出来、直ぐに元に戻る。それを誰かが見たとて、その歪みを目で捉えることは叶わないだろう。

男に話しかけた何かは、男の腰ほどの上背で、短い手足が覗く異形の者だ。額には短い角のようなものが見える。肌色は不健康そうで、袍ほうから覗く指先の爪は鋭く尖っている。

「朱あかは上手くやったようだな」
「左様でございますね」
「蒼あおが行きたかったか？」
「滅相もございません。主さまが朱にとご明示になられましたものを」

蒼と呼ばれた異形の者は表情を変えずに、男を仰ぎ見る。その肩には蒼い大きな蝶が止まっていた。その蝶は異形の者の顔色と違い、綺麗な澄んだ蒼い色をしていた。

「蒼を軽んじているわけではないぞ？」
「ふふっ、わかっております。主さまはお優しい」
「では、行くとするか？」
「大内裏へ、参内しなくてもよろしいのですか？」
「蒼も意地悪だな。主上直々の命だから、良いだろ？こちらの用事の方が大事だ」
「また、そのような。太政大臣さまに叱られますぞ？」
「ああ、小言が聞こえてきそうだな。しかし、客人を待たすわけにはいかないだろう？」
「左様でございますね。では！」

次の瞬間、羅生門の屋根には一陣の風が吹いた。そこには、最初から何もなかったように、静寂に包まれる。

新年を迎え、厳かな笛の音が聞こえてきた。