上 下
37 / 45
第七章

02

しおりを挟む
急いで出口に向かう。

「隆、どした?ちょと待ってて、夏樹さん」

夏樹さん…慈しむように優しげに口にする名前に胸が締め付けられる。

オーナーに会うと言うのは口実だったのかな?昨日あんなに甘えてくれたのは僕との別れを決めて、最後くらいは優しくしてやろうと言う豊の優しさなのかな。

どこに行こう。
マンションには帰れない。また逃げてしまった。逃げても何も解決しないとわかっているのに…。でも、今回はもう追いかけては来てくれないだろう。

豊の用事は終わったはずだ。
だから公園もダメ。追いかけて来てくれるの待ってるみたいだから自分で自分を傷つけちゃうよね…。太田くんいるかな?デートで出かけてないといいけど…。

涙は出なかった。
こんなにはっきり見せつけられたら諦めもつくよ。

やっぱり女には敵わない。女であるってだけで僕より
……わかってたはずなのに。

腕を組んで親しげにしていた女の人。あれから二ヶ月経つ。今、あの人の横を通った時に一日出掛けた時に豊にまとわりついていた甘い匂いがした。

ああ、あの日もこの人に会ってたのか…。ちゃんと連絡取って会ってたんだな…。やっぱり僕が浮気相手だったのかな。あんなふうに会わせなくてもいいのに…。

心の準備はまだできてなかったけど、どこかで期限付きの恋だとわかってた。随分早くなったけど、仕方ないよね。

「隆!待って!」
「どして…?」

どうして追いかけて来たのだろう?

「戻ってあげなよ。誤解されるよ?大丈夫、ちゃんと別れてあげ…」

涙が出てその続きは言えなかった。

最後くらいは笑顔で別れたかったな。そうだ、今からマンション帰って、荷物まとめよう。豊がいない時の方がいいだろう。今日出て行くことはできないけど会わないようにするのは得意だよ。不動産屋にも行かなきゃ…。

辛いよ…。
大好きだったのに…。
今でも愛してる…。

でも、楽しかったな…最初で最後の恋人だよ。もうこんなに幸せな日々は来ないだろう…。

「ゆ……つ、土屋、ありがと…さよな…」
「ちょ、何言ってるの?」

抱きしめられて慌てる。
ここは公道で昼前の今はいくら住宅街の人通りが疎らな道でも誰に見られるかわからない。

「ちょっと、ここどこだと思ってるの?」
「じゃあ、俺から離れないで。なんで…別れるって、土屋ってなんだよ?さよならって…」
「えっ?だって…」
「だっててなんだよ!」

何か…何かが違う。

豊の腕は緩まない。

「あの人は誰?腕組んで歩いてたよね?」
「ああ、夏樹さんは叔母さんだよ。あのマンションのオーナー…違うな、オーナー夫人?今日、会って欲しいって言っただろ?」
「うん」

キョロキョロと周りを見て誰もいないのを確認するとチュッとキスをして、涙を拭いてくれた。

身体は離れたけどさっきまでの不安はない。

「いつ腕組んでるの見た?」
「二ヶ月くらい前…付き合う前の日だよ」

そうだ。あの人を見て、どうしておでこにキスするのか聞く決心をしたんだ。

「あのマンションの名前覚えてる?」

突然何を言うんだろう?

「『カーサ  サマーツリー』だよね?」
「そう、サマーツリーを日本語で言うと、夏の樹。俺がさっき叔母さんのことなんて呼んだか覚えてる?」
「えっと…なつきさん…かな?…あっ!」
「そう、もうちょっと違う名前はなかったのかと思うけどな。今度二号館を建てるそうだよ。
…戻ろ?叔母さん、待ってるよ?きっとケーキいっぱい頼んでる。隆がケーキ好きだって言ってあるから。叔母さん隆に会うの楽しみにしてたんだ。それにこれは俺にとって大事なことなんだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

かくして王子様は彼の手を取った

亜桜黄身
BL
麗しい顔が近づく。それが挨拶の距離感ではないと気づいたのは唇同士が触れたあとだった。 「男を簡単に捨ててしまえるだなどと、ゆめゆめ思わないように」 ── 目が覚めたら異世界転生してた外見美少女中身男前の受けが、計算高い腹黒婚約者の攻めに婚約破棄を申し出てすったもんだする話。 腹黒で策士で計算高い攻めなのに受けが鈍感越えて予想外の方面に突っ走るから受けの行動だけが読み切れず頭掻きむしるやつです。 受けが同性に性的な意味で襲われる描写があります。

あなたが好きでした

オゾン層
BL
 私はあなたが好きでした。  ずっとずっと前から、あなたのことをお慕いしておりました。  これからもずっと、このままだと、その時の私は信じて止まなかったのです。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

処理中です...