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第六章

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そんなことを悶々と考えてたら後ろから抱きしめられた。
一瞬それは無いっていくら言っても散々心配されてた『襲われる』って言葉がよぎった。

「なっ!」

振り解こうともがきかけたけど、首筋にスリスリと鼻先を擦り付け「どうしたの?」って囁く声は豊のものだった。

「駅で待っててくれるって思ってたのに。マンションにも居ないから探したよ?なんかあった?」

いつもと同じ豊にどうしていいかわからなくなる。
辺りは薄暗く、小さな公園には離れた所に一つ街灯があって、通りから離れたここはあまり目立たないけどよく見たら男同士だとわかっちゃう…そんなことを思いながらも豊の腕を振り解けない僕はさっき流した涙のせいで喋ることもままならない。

「んっ…」

鼻に抜けた声にいつもと違うとわかったのか前にまわり、覗き込まれた。

「隆?何泣いてるの?仕事、なんかあった?」

まさか自分のことで泣いてるとは思わないのか他人事のような口調にますます涙がこみ上げてきてみっともなく頬を伝う涙を見られないように手で顔を覆った。

「…!もしかしてさ、会社まで来てくれた?」
「………」
「そうなんだな…取り敢えず、部屋帰ろ?ここじゃ話もできないし…」

…キスもできないと耳元で囁く豊の声にぞくりとした。

ハンカチで涙を拭いてくれる手は優しくて、抱きつくことは出来ないからそっとスーツの裾を掴んだ。
僕が落ち着いたのを見計らって公園を後にする。僕を先に歩かせて豊は後ろから付いてくる。立ち止まると腰を抱かれるから恥ずかしくって立ち止まることはできない。

黙々と歩いて部屋に入りしっかり扉を閉めて鍵をかけると、キスが降りてくる。

前にもこんなことあったな。
初めて一緒に帰って、買い物に行った時だった。

その時とは違い優しく触れる唇。

「んっ…」

好きなんだ。
キスされたら……キス…。

「ぃや…」

力無く胸を押すと直ぐに離れる唇に、自分で止めて欲しいと思ったのに切なくなった。

「会社まで来た?」

覗き込まれて目の前に顔がある。目を合わせないようにするけどチラチラと見てしまい真剣な顔にそのまま吸い込まれそうだ。

言葉にはできなくてただ頷いて返事をした。

「俺と一緒にいた奴見た?」

今度も頷く。

「何か聞いた」

何を聞いた?もう覚えてない。痴話喧嘩みたいって思ったことだけしか覚えていない。

「け、喧嘩み、たい……」
「他には?」
「キ……」

その先は言えなかった。

「やっぱり…キスしたと思ったんだな。キスなんかしてないから!」
「ほ、本当に?」

そんな言葉信じていいのかな?唇が触れたところは見ていない。豊は完全に背中を向けていたから、相手の男の顔が近寄ったのははっきり見えたけどその先は見えなかった。

僕を抱きしめ「隆…キスしていい?」と懇願される。さっきは嫌がったから直ぐに離れた。

『お願い』と耳元で囁く声は辛そうで背中に腕を回していいよと言った。

「いっぱい、して……」

今は豊の言葉を信じたい。

直ぐに追いかけてくれたし切なそうな顔に嘘はないだろう。啄むように優しく触れて、唇の感触を確かめるように動くキスに、気持ちは落ち着いてきた。

狭い玄関に靴を履いたまま抱きしめられていたから二人で靴を脱いだ。
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