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第四章

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昨日はいつもと変わりない豊だった。

豊の口から『もう忘れた』と聞いたから、昨日の男は過去のことなんだ。だからもう、僕も忘れることにした。

過去に嫉妬しても仕方ない。

僕の過去が真っ白だったとしても、豊の過去まで僕の色であるはずないし…。そりゃ、気になるけどそんなことで今の幸せをダメにしたくない。豊の気持ちが僕から離れてしまうのが怖いんだ。

…いつかは別れが来るだろう。結婚したいと、子どもが欲しいと思うのは自然なことだ。僕には叶わないことでも、女と付き合ったことがあるなら考える未来だ。でも、少しでもその別れが先に延びればいいと思うのは仕方ないだろ?

一度知ってしまった幸せを恨んでしまいそう。こんなことなら、知らなければよかった。
苦しいよ。
それでも知ってしまった今は少しでも長く…と願ってしまう。

いつもの所で、豊を待っていると携帯が震えた。

「はい」
『隆?どした?』

電話を掛けてきた豊からどうしたと聞かれると困る。

『何かあった?具合悪いの?』

「はい」としか言ってないのに、その声音こわねに心配そうに聞いてくれる。
嬉しい。

「ううん、大丈夫だよ」
『そう?ならいいけど。隆、悪い。先輩に飲みに誘われたんだ。先に帰ってて』
「うん。わかった」
『ごめんな。昨日からなんか元気ないだろ?だから…一緒に帰りたいけど、断れなくって』
「心配しないで。僕は元気だよ?」

電話の向こうで、「土屋、行くぞ」と声がする。

「いってらっしゃい」
『うん。なるべく早く帰るから』

いつまでも電話を切らない豊に、電話の向こうの先輩が怒ってる。

そんなやり取りを聞いてると嬉しくなる。あんなに沈んでた気持ちは軽くなった。

今日はこれからどうしようかと考えてると前から見知った人が歩いて来た。

「郷ちゃん。今日も待ち合わせ?随分仲良いんだな」

遠藤くんはからかうように聞いてくる。二年間よく見た顔は男っぽくなって随分かっこ良くなった。身体つきもがっちりとして高校の時は陸上部だったけど、大学でも運動をしていたんだろう。もう、ドキドキはしないけど。

「ううん、今日は違うよ」

半分ほんとで、半分嘘。太田くんと麻里ちゃんには付き合ってると報告したけど、豊の同僚になる遠藤くんに言うつもりはない。
いくらルームシェアしてるからって男同士で毎日待ち合わせはしないだろうから、今日豊がいなかったのは良かったかもしれない。

「この頃、土屋付き合い悪いんだよな。今日は先輩に捕まってたから、そか…」

独り言のように呟いて何か考え込んでいた。

「もしかして…いや……これから飲みに行かない?」
「僕、お酒はちょっと…」
「そか、郷ちゃんと飲みに行ったことないもんな。じゃあさ、食べに行こ?」

嫌だな…。
また、千明と会ったりするんだろうか?できるなら、親戚付き合いだけで勘弁して欲しい。実家に帰った時に会ってしまうのは仕方ない。でも大学の時、千明は遊びで忙しかったのか一回くらいしか会わなかった。そのくらいで丁度いいよ。

「あの…他にも誰か呼ぶの?」

ここははっきり千明を呼ばないことを確認しておきたかった。

「二人だよ?なんだよ、郷ちゃん…今の言い方は『二人の仲を誰も邪魔しないでね』って誘ってる感じ?」
「はあっ?な、何言ってるの?」
「ははっ、冗談だよ…誰も呼ばない。俺もその方が嬉しいし」
「えっ?」
「ほら…二人で食事とか初めてだろ?」
「うん」

そうだ。二人で会うことは一度もなかった。
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