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第四章

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今日、豊は少し遅くなるらしく一緒に帰れない。僕は事務職で、おまけに上司は「お前ら、早く帰れよ」と言って自分もさっさと帰ってしまう。どうしてもその日の内にしなければならない仕事がある時以外は先輩も早い。だから、営業職の豊より早く帰れる日が多いと思う。

…あの女の人に会うのかな…。

今までなるべく豊のプライベートを見ないようにしていた。朝に何気なくする会社の話なんかをなるべく心に留めないように気をつけた。

女の話でも男の話でも気にしてしまえば苦しくなる。
同期で同じ営業に配属された奴がどうしたとか、そいつの名前が僕の高校の同級生と同じ名字だったと思ったり。受付の女がどうとか、そもそも女の話なんか聞きたくないと思ったり…。

でも、楽しそうに話す豊を見るのはこっちも楽しくなるから、不快にならないように相槌だけは打ってた。

昨日はずっと優しかった。

僕は豊の隣で幸せなな夜を過ごし、今朝もキスで起こされた。狭いベッドで一緒に寝るにはくっついて寝るしかない。仕方ないよねって言い訳して抱きついて寝たっていいんだ。

でも、言い訳なんかしなくてもはっきりと「ここで寝て!」と自分の腕の中に僕を閉じ込めた。幸せそうに僕を抱きしめる腕は緩まない。

嬉しさのあまり、直ぐにうんって返事をしないのをどう思ったのか、

「今日は一緒に寝てくれるよな?」

とかっこいい顔が台無しな弱気なところも可愛くって大好きだ。僕が拒否した昨日のことが気になるのかな?ただ恥ずかしかっただけなのに…。

「勿論、ここで寝る」

と僕も抱きつけば「よし!」と嬉しそうな声と、そのままじゃ苦しくって寝られないよと思うくらいきつく抱きしめられた。

しきりに「今日も一緒に帰りたかった」と言うからほんとに仕事かもしれない。

でも、まだ不安だ。





そんな、辛い…疑う気持ちと、甘い…信じたい気持ちを抱えながら恋人になって一ヶ月が過ぎた。
僕のバランスは朝のキスが守っている。辛い気持ちはそのキスによってどこかに行ってしまう。普段の豊からは優しさや僕に対する愛情しか感じられないから。そんな、愛が溢れるキスで起こされたら、不安な気持ちはなくなる。

それでも、豊は僕に隠していることがある。

腕を組んでた女の人のことはまだ聞いていないからそのことも隠してるけど、他にもある。

昨日は『前からの約束があるから、ちょっと出かける』と昼前に家を出て帰ってきたのは、21時くらいだった。

帰って直ぐにシャワーを浴びてたから気付いてないと思ってるだろうか…。

玄関を開けた時に豊と一緒に入ってきた女のニオイ。仄かに香る花のようなニオイは甘くて、他人に付けてしまうくらい近くに居たことがわかる。

いつもは僕が傍にいると手が伸びてくるのに、直ぐに浴室に消えた豊。おかえりとリビングを出て玄関に迎えに行った僕が、たどり着く前にただいまの言葉と笑顔を置いてするりと離れて浴室のドアに手をかけた。
見た目は変わらない。髪も乱れている感じはないけど…。

浮気するなら、臭いを消して帰ってきて欲しい。それとも僕が浮気なのだろうか?シャワーを浴びてやっと僕のことを思い出したように豊の手は僕に戻ってきた。
抱き寄せられていつものシャンプーと豊の匂いに不安な気持ちを押し込める。
いつもの豊だ。

「ごめんな。寂しかった?」

一日出かけていたことに対する『ごめん』なのだろうか?それとも後ろめたさからくるものなのだろうか?
豊の時間が全部僕のものじゃないのはわかってる。そんなことは言わない。そんな独占欲は重いだろう。

あの女の人のことも今回の事も僕には聞く勇気がない。聞いてしまったら恋人と住居を一度に失うことになりそうで怖いんだ。

住むところは…いいんだ。あれだけ豊を避けて努力したのも結局、豊と離れたくないって思いが強かったから避けてただけなんだ。

何もないかもしれないだろ?

そう自分に言い聞かせる。昨日のだって、同僚か大学の友だちに無理矢理にコンパに誘われてたまたま女の香水が移っちゃっただけかもしれない。コンパなら隣に座ることもあるだろう。あの女の人はそんなふうに行ったとこで会っただけで、誘われてなかなか断り切れなかっただけかもしれないから…。
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