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穏やかな日々
03
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「井上のことを謝っただけだ」
「じゃあ、なんで安村が泣くんですか?」
「そんなの俺に聞くなよ」
「睦己?」
イヤイヤと首を横に振ることしかできない。ここで、緒方先輩に対する不信を言えるわけない。座る僕の目線の高さに腰をかがめ、顔を覗き込む。
「どした?」
「ううん…何でもない。大丈夫だから」
やっぱり直輝は凄い。顔を見るだけで僕の不安や不満を和らげてくれる。
「何でも言って。睦己が気にすることじゃない。先輩の言い方がキツかった?」
「違うよ…。ただ…、やっ、違っ…」
優しい直輝に思わず言ってしまいそうになる。でも、直輝と緒方先輩の良好な関係を僕が歪めるわけにはいかない。井上さんとも……。まだ、直輝の先輩として敬う気持ちにはなれない。
はっきり言ってしまえば、僕は何もされていない。いつまでも怒っているのは子供染みたことだとは思う。けれど、会いたくないのとはまた別の問題だ。そのことを話題にしたくないと思うのは、いけないことなのかな?会いたくないと思うのも。
加害者が謝りたいと思う、その気持ちの整理のためだけに被害者が付き合わされる謂れはない。そちらにしてみれば、僕の事を被害者とは思っていないかもしれない。それでも、もし、悪いことをしたと思うなら、僕の前に顔を見せないで欲しい。
まあ、直輝に会いたいがために、同じグラウンドに井上さんがいるのをわかっていて、ここに来ているのだから、顔を見せるなとは言わない。言わないけれど、謝りたいと目の前に立たれるのと、遠くの姿を見るのとでは全然違う。実際、直輝を探す時に、走る姿を目の端に捉えた。そこに多少の恐怖を感じるけれど、こんな広い場所で遠く離れた場所にいる人には、スッと視線を逸らすだけで事足りる。
「井上さんに謝らせてくれって、言われた」
「そう」
感情の部分を言わず、ただ事実だけを言った。少し疑いの目で、探るように僕を見つめる。
「それだけ?」
「うん」
「そっか」
そんなことで泣くなよと思ったのかな?謝らせてやったら良いと思っただろうか?
「嫌なら受けなくて良い。顔見たくないだろ?まあ、井上先輩はあそこにいるけど。睦己が嫌がることはしない。キャプテンにもちゃんと言うから。な?」
もう泣くな、と頭を撫でてくれた。僕の気持ちをきちんと理解してくれた。
「どうする?」
「嫌だって言った」
「うん。それで良いよ」
立ち上がり、先輩の方に向き、軽くお辞儀をした。
「先輩、井上先輩に言っといてくださいね。お願いします」
「わかったよ」
少し不機嫌そうな緒方先輩に、僕の肩がピクリと震えた。直輝とは違う。やはり、謝るくらいさせてやっても良いのに、と思っているのだろう。嫌だ。この人はどこまで行っても井上さんの味方なのだ。そりゃそうか。僕に気を使う義理はない。
もう少し落ち着くまで、もうここには来ない方が良いのかもしれない。相手が忘れるまで。僕が直ぐに忘れられなくても、連れ出して告白しただけと思っているのだとしたら…一週間もすれば忘れるだろう。
「直輝、ごめん。今日は帰るね。練習、頑張って」
「何言って…」
「うん。僕が悪かったよ」
「睦己が悪いわけない」
「でも、今日、ここに来るべきじゃなかった、と思う」
「一体どんな言い方されたんだ?」
「ん?普通だよ」
直輝が先輩の顔をチラリと見る。
「お、俺は井上が謝りたいと言ってるって伝えただけだ」
「それと…『他の部員の前で言うと、井上にも安村にも悪いと思って…』…だったかな」
堪らずに付け足した。顔は上げられない。直輝の雰囲気が瞬時に変わる。
「緒方先輩は、安村が井上先輩を唆したとでも思ってるんですか?」
「そんなわけないだろ?」
「こいつは、先輩がそう思ってると感じたようです」
「そんなこと…」
「先輩、もうちょっと休憩ですよね?あっち行こ?睦己」
「おい、直輝!」
「さっさと井上先輩に告らないから、こんなことになったんですよ?自分が不甲斐ないからって、安村に八つ当たりしないでください」
「お前、何で知って…?」
「そんなの見てたらわかります。まあ、俺は安村の事があるから敏感なだけで、他の部員が同じかどうかは知らないですけど。ヨシも薄々気付いてると思います。兎に角!先輩が井上先輩をがっちり捕まえて、もうどこにも目を向けさせないようにしてくれさえすれば、安村も安心してここに来れます。俺も安心ですし。お願いしますね」
そう言うと、僕の背中を押して歩き出した。慌てて鞄を掴み行先をその手に委ねた。
「じゃあ、なんで安村が泣くんですか?」
「そんなの俺に聞くなよ」
「睦己?」
イヤイヤと首を横に振ることしかできない。ここで、緒方先輩に対する不信を言えるわけない。座る僕の目線の高さに腰をかがめ、顔を覗き込む。
「どした?」
「ううん…何でもない。大丈夫だから」
やっぱり直輝は凄い。顔を見るだけで僕の不安や不満を和らげてくれる。
「何でも言って。睦己が気にすることじゃない。先輩の言い方がキツかった?」
「違うよ…。ただ…、やっ、違っ…」
優しい直輝に思わず言ってしまいそうになる。でも、直輝と緒方先輩の良好な関係を僕が歪めるわけにはいかない。井上さんとも……。まだ、直輝の先輩として敬う気持ちにはなれない。
はっきり言ってしまえば、僕は何もされていない。いつまでも怒っているのは子供染みたことだとは思う。けれど、会いたくないのとはまた別の問題だ。そのことを話題にしたくないと思うのは、いけないことなのかな?会いたくないと思うのも。
加害者が謝りたいと思う、その気持ちの整理のためだけに被害者が付き合わされる謂れはない。そちらにしてみれば、僕の事を被害者とは思っていないかもしれない。それでも、もし、悪いことをしたと思うなら、僕の前に顔を見せないで欲しい。
まあ、直輝に会いたいがために、同じグラウンドに井上さんがいるのをわかっていて、ここに来ているのだから、顔を見せるなとは言わない。言わないけれど、謝りたいと目の前に立たれるのと、遠くの姿を見るのとでは全然違う。実際、直輝を探す時に、走る姿を目の端に捉えた。そこに多少の恐怖を感じるけれど、こんな広い場所で遠く離れた場所にいる人には、スッと視線を逸らすだけで事足りる。
「井上さんに謝らせてくれって、言われた」
「そう」
感情の部分を言わず、ただ事実だけを言った。少し疑いの目で、探るように僕を見つめる。
「それだけ?」
「うん」
「そっか」
そんなことで泣くなよと思ったのかな?謝らせてやったら良いと思っただろうか?
「嫌なら受けなくて良い。顔見たくないだろ?まあ、井上先輩はあそこにいるけど。睦己が嫌がることはしない。キャプテンにもちゃんと言うから。な?」
もう泣くな、と頭を撫でてくれた。僕の気持ちをきちんと理解してくれた。
「どうする?」
「嫌だって言った」
「うん。それで良いよ」
立ち上がり、先輩の方に向き、軽くお辞儀をした。
「先輩、井上先輩に言っといてくださいね。お願いします」
「わかったよ」
少し不機嫌そうな緒方先輩に、僕の肩がピクリと震えた。直輝とは違う。やはり、謝るくらいさせてやっても良いのに、と思っているのだろう。嫌だ。この人はどこまで行っても井上さんの味方なのだ。そりゃそうか。僕に気を使う義理はない。
もう少し落ち着くまで、もうここには来ない方が良いのかもしれない。相手が忘れるまで。僕が直ぐに忘れられなくても、連れ出して告白しただけと思っているのだとしたら…一週間もすれば忘れるだろう。
「直輝、ごめん。今日は帰るね。練習、頑張って」
「何言って…」
「うん。僕が悪かったよ」
「睦己が悪いわけない」
「でも、今日、ここに来るべきじゃなかった、と思う」
「一体どんな言い方されたんだ?」
「ん?普通だよ」
直輝が先輩の顔をチラリと見る。
「お、俺は井上が謝りたいと言ってるって伝えただけだ」
「それと…『他の部員の前で言うと、井上にも安村にも悪いと思って…』…だったかな」
堪らずに付け足した。顔は上げられない。直輝の雰囲気が瞬時に変わる。
「緒方先輩は、安村が井上先輩を唆したとでも思ってるんですか?」
「そんなわけないだろ?」
「こいつは、先輩がそう思ってると感じたようです」
「そんなこと…」
「先輩、もうちょっと休憩ですよね?あっち行こ?睦己」
「おい、直輝!」
「さっさと井上先輩に告らないから、こんなことになったんですよ?自分が不甲斐ないからって、安村に八つ当たりしないでください」
「お前、何で知って…?」
「そんなの見てたらわかります。まあ、俺は安村の事があるから敏感なだけで、他の部員が同じかどうかは知らないですけど。ヨシも薄々気付いてると思います。兎に角!先輩が井上先輩をがっちり捕まえて、もうどこにも目を向けさせないようにしてくれさえすれば、安村も安心してここに来れます。俺も安心ですし。お願いしますね」
そう言うと、僕の背中を押して歩き出した。慌てて鞄を掴み行先をその手に委ねた。
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