彼氏未満

茉莉花 香乃

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穏やかな日々

02

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「緒方先輩が連れてこいって言ってたのよ」
「えっ?で、でも…。あの人もいるよね?」

あの人…井上さんも同じサッカー部だ。正直、会いたくない。怖かったのだ。緒方先輩曰く、『乱暴なことをする男じゃない』らしいけれど、僕にとっては恐怖だった。確かに乱暴ではなかった。強引ではあったけど…。しかし、怖いものは怖い。

「井上先輩か…。失礼しちゃうわよね。美人マネが毎日側でウロチョロしてるのに、わたしには何にも思わなくって、男の安村くんに告白するなんて」
「こ、告白って!…丸岡さんは井上さんの事…好きなの?」
「そんなわけないでしょ!冗談はやめてよ。あんな、ナヨナヨしたの趣味じゃない」

ああ、一般的にって意味?自分の事を美人なんて言っても、それを納得させる美貌とプロポーションで僕を圧倒する。

「睦己!」

同じ場所で足を動かしながら直輝が声をかける。気付けばぐるりと回って目の前まで来ていた。

「名前!」
「ああ、ごめん。でも、ここ、美香しかいないから、良いだろ?」
「はぁ~」

学校では名字で呼んでと言っても、わざとなのかたまに名前で呼ぶ。多分、時々呼んで徐々に周りに浸透させるつもりなのだ。三回聞けば、それが当たり前になるらしい。そんなことないだろと思うけど、直輝は僕の文句を軽くいなす。おまけに、僕にも名前で呼べというのだ。はぁ~…なのだ。

「終わるの、待っててくれる?」
「うん」
「じゃ!美香、よろしくな」
「はいはい。しっかり走ってらっしゃい」
「おう!」
「ほらね。何か、気持ち悪い。あんな機嫌良いの、入学直後以来だわ……。ねえ、ちょっと聞くけど、二人が付き合いだしたのって、入学してから一週間くらい?」
「うん。そのくらい」

鮮明に覚えている。

「結局、あいつの機嫌の良し悪しは全部安村くん絡みなんだ」
「そんなわけない…と思うけど?」
「いちいち覚えてないけど、きっと極端に機嫌のいい時は、安村くんと何かあったと思うわ。例えば、五月の終わり頃とか七月の頭とか。試験なのに妙にご機嫌で気持ち悪かったからよく覚えてる」

多分真っ赤になっているだろう顔を丸岡に見せたくなくて下を向く。思い当たることがある。何も言えない。違うとは言えない。じゃあ、その時に何があったか教えろと言われれば、益々口ごもることになる。勿論、そうだとも言えるわけがなかった。

流石、幼馴染!と言うことか。

「まあ、良いわ。何があったか知らないけど、この二週間は最悪だったから。今、試合がなくてホント良かった。あれでもレギュラーなのよ」
「はあ…お世話さまです…」

小さく呟いておく。逆らうと怖い。色々と…。



「安村くん。うちの井上が悪かったな。他の部員の前で言うと、井上にも安村くんにも悪いと思って、あの時は言えなかったんだ」

いきなり話しかけられてびっくりした。丸岡は既にマネージャーの仕事に戻っていて、僕は一人で座っていた。緒方先輩が汗を拭きながら近寄ってくる。丸岡の言葉で顔が上げられず、俯いたまま赤くなっているだろう顔を隠していた。

今は休憩なのか、先程丸岡に勧められたベンチには他の部員たちが集まっていた。よ、良かった。ベンチに行かなくて。のこのこ付いて行ってたら、今頃みんなに囲まれて、どうして部外者が居るんだと、お叱りを受けるところだった。

「あっ、いえ…」

大丈夫ですとは言えなかった。いくら直輝の先輩でも、僕は被害者だ。実害がないからとはいえ、今顔を見れば……まだ、怖い。ここに直輝が居てくれれば、会うことはできるかもしれないけど、会いたくはない。直輝の後ろに隠れて直視はしなかった。

「謝りたいって言ってるんだけど」
「やっ、良いです」
「会いたくないか?」
「えっ、まぁ、はい」
「そっか、そうだよな」

しかし、緒方先輩からは井上さんを庇うような雰囲気がある。加害者である井上さんにも気遣いを見せることもそう。それは僕に対する蔑みなのだろうか?男に組み伏せられる奴…。男に告白される弱々しい奴…。ヤバい。泣けてきた。

話しかけられて一旦上げていた顔をまた、伏せる。手を握りしめて、泣くもんかと目をしばたかせた。

「ちょっと!緒方先輩!何泣かせてるんですか?!」
「直輝!俺は、泣かせてなんかない!……お、おい!泣くなよ」

直輝の顔を見ようと顔を上げると、涙がポロリと落ちた。最近の僕の涙腺は緩い。もう一周していたのか、再び直輝が僕の前に来てくれた。

「先輩が睦己に近寄るのが見えたからショートカットして来た」

ああ、そう言うこと。道理で速いと思った。
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