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穏やかな日々
01
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「あら、こんにちは」
文化祭明けの火曜日の放課後、サッカー部の練習を見に、グラウンド脇の階段に座ると後ろから声をかけられた。
「あっ、丸岡さん」
「美香で良いわよ?」
揶揄うような言い方と、笑顔が眩しい。しかし、嫌味は感じられなかった。
文化祭で、直輝に連れられてサッカー部に顔を出すともう片付けが始まっていた。そこにはキャプテンである緒方先輩やマネージャーの丸岡、他にも多くの部員が揃っていた。
決められた一時間を大幅にオーバーしてしまい、慌てて行くと緒方先輩が大袈裟に怒っていた。僕も隣で謝ると、先輩の手はまるで子どもをあやすようにポンポンと僕の頭を撫でた。直輝は僕と先輩の間に立ち、頭から先輩の手をどかした。先輩は呆れ顔だ。
「安村は悪くないだろ?どうせ直輝があっちこっち連れ回したんだろうから」
「あっ、はい…。やっ、あの、ち、違います!僕が…」
ここで先輩の弁を認めてしまえば直輝が怒られる。早く行かないとと言う僕を連れ回したのは直輝だが、諭しながらも結局従ったのだから、僕も悪い。だって、楽しかったのだ。こんなにウキウキとした時間を過ごせるなんて、数時間前には想像すらできなかった出来事で、舞い上がっていた。
一時間と聞いていたのに最初に訪れたのが演劇部の公演で、暗くした体育館で隣に座り手を繋いだ。暗いと言っても、真っ暗ではない。そんな中で手を繋ぐのはどうなのと思いながらも、直輝との交際が続くとわかった直後の僕には、拒否する気持ちは薄れていた。
警戒しながらも、幸せに麻痺していた。最早、演劇の内容は頭に入ってこない。『ロミオとジュリエット』の現代版をコメディタッチで描く劇で、周りは笑い声が絶えないけれど、僕は繋がれた手の温もりを感じるのが精一杯だった。その後、校舎をゆっくり回れば時間なんてあっという間に過ぎてゆく。
「直輝はあそこよ」
あそこと言われた場所を見ると、フェンスに沿って走っていた。一人で。
「文化祭のペナルティーね。キャプテンから別メニューを言い渡されて、今日はボール蹴れないんじゃないかな?」
「そうなんですか…」
残念。でも、良いんだ。例え走ってるだけの姿でも、頑張ってる直輝が見られれば。
「やめてよ。一昨日も言ったじゃない。わたしって、怖い?」
「いいえ。いや…違っ、怖くないよ」
丸岡には一昨日、直樹の家の前でも会っていた。文化祭翌日の日曜日。一週しか空いてないから久しぶりでもないけれど、気持ち的にはかなり長い空白に感じられてウキウキと直樹の家に向かった。また来ることができて、すごく嬉しかった。そうしたら、暖簾の脇を抜けたところで呼び止められたのだ。
「学校とは随分違うわね」
「ひゃ!」
「驚かすなよ」
「あら、ごめん」
全然悪いと思ってない美人さんが立っていた。
「ほら、ここが私の家。何か、勘違いしてたんだって?わたしも何人かに聞かれたことあったから、否定したんだけどな。面と向かって聞かれたら違うって言えるけど、知らないところで噂されるのまではちょっとね。いくらこいつと噂されるのが嫌だからって、ムキになると余計怪しまれるから、放っといたんだけど。そんなに気にしてるって知らなかったから、ごめんね。ここで挨拶してれば誤解しなかったのに。安村くんが恥ずかしがるからって、直輝が言うからさ」
「い、いいえ」
「同級生なんだから、敬語はやめてね」
謝られてしまった。僕が卑屈になってただけなのに。それに、僕に対しても、凄く親しみを込めて話してくれる。男同士なのに。何も思わないのだ。
「じゃあ、学校でね」
手をヒラヒラさせて、勝手口と思われるドアを開けて家の中に消えた。
「今までなら、別メニューでランニングなんか言われたらブーブー文句言うんだけど、あれ、どっか頭のネジ緩んでるんだろうね。春でもないのに。気持ち悪いほど元気に走ってるわ」
「そ、そうなんだ…」
確かに、遠目でも不機嫌さは感じられない。辛辣な言い様に、多少の愛情を感じる。これが幼馴染の関係なのだろう。僕にも文句を言いながらも、世話を焼いてくれていた幼馴染がいるから、わかる。
「もっと近くで見る?ほら、あそこにベンチがあるでしょ?」
「僕はここで良いよ。迷惑になるから」
もし部員の彼女がそんな所で見学していたら問題だろう。僕は男だけど、彼氏なんだからそれはできない。
文化祭明けの火曜日の放課後、サッカー部の練習を見に、グラウンド脇の階段に座ると後ろから声をかけられた。
「あっ、丸岡さん」
「美香で良いわよ?」
揶揄うような言い方と、笑顔が眩しい。しかし、嫌味は感じられなかった。
文化祭で、直輝に連れられてサッカー部に顔を出すともう片付けが始まっていた。そこにはキャプテンである緒方先輩やマネージャーの丸岡、他にも多くの部員が揃っていた。
決められた一時間を大幅にオーバーしてしまい、慌てて行くと緒方先輩が大袈裟に怒っていた。僕も隣で謝ると、先輩の手はまるで子どもをあやすようにポンポンと僕の頭を撫でた。直輝は僕と先輩の間に立ち、頭から先輩の手をどかした。先輩は呆れ顔だ。
「安村は悪くないだろ?どうせ直輝があっちこっち連れ回したんだろうから」
「あっ、はい…。やっ、あの、ち、違います!僕が…」
ここで先輩の弁を認めてしまえば直輝が怒られる。早く行かないとと言う僕を連れ回したのは直輝だが、諭しながらも結局従ったのだから、僕も悪い。だって、楽しかったのだ。こんなにウキウキとした時間を過ごせるなんて、数時間前には想像すらできなかった出来事で、舞い上がっていた。
一時間と聞いていたのに最初に訪れたのが演劇部の公演で、暗くした体育館で隣に座り手を繋いだ。暗いと言っても、真っ暗ではない。そんな中で手を繋ぐのはどうなのと思いながらも、直輝との交際が続くとわかった直後の僕には、拒否する気持ちは薄れていた。
警戒しながらも、幸せに麻痺していた。最早、演劇の内容は頭に入ってこない。『ロミオとジュリエット』の現代版をコメディタッチで描く劇で、周りは笑い声が絶えないけれど、僕は繋がれた手の温もりを感じるのが精一杯だった。その後、校舎をゆっくり回れば時間なんてあっという間に過ぎてゆく。
「直輝はあそこよ」
あそこと言われた場所を見ると、フェンスに沿って走っていた。一人で。
「文化祭のペナルティーね。キャプテンから別メニューを言い渡されて、今日はボール蹴れないんじゃないかな?」
「そうなんですか…」
残念。でも、良いんだ。例え走ってるだけの姿でも、頑張ってる直輝が見られれば。
「やめてよ。一昨日も言ったじゃない。わたしって、怖い?」
「いいえ。いや…違っ、怖くないよ」
丸岡には一昨日、直樹の家の前でも会っていた。文化祭翌日の日曜日。一週しか空いてないから久しぶりでもないけれど、気持ち的にはかなり長い空白に感じられてウキウキと直樹の家に向かった。また来ることができて、すごく嬉しかった。そうしたら、暖簾の脇を抜けたところで呼び止められたのだ。
「学校とは随分違うわね」
「ひゃ!」
「驚かすなよ」
「あら、ごめん」
全然悪いと思ってない美人さんが立っていた。
「ほら、ここが私の家。何か、勘違いしてたんだって?わたしも何人かに聞かれたことあったから、否定したんだけどな。面と向かって聞かれたら違うって言えるけど、知らないところで噂されるのまではちょっとね。いくらこいつと噂されるのが嫌だからって、ムキになると余計怪しまれるから、放っといたんだけど。そんなに気にしてるって知らなかったから、ごめんね。ここで挨拶してれば誤解しなかったのに。安村くんが恥ずかしがるからって、直輝が言うからさ」
「い、いいえ」
「同級生なんだから、敬語はやめてね」
謝られてしまった。僕が卑屈になってただけなのに。それに、僕に対しても、凄く親しみを込めて話してくれる。男同士なのに。何も思わないのだ。
「じゃあ、学校でね」
手をヒラヒラさせて、勝手口と思われるドアを開けて家の中に消えた。
「今までなら、別メニューでランニングなんか言われたらブーブー文句言うんだけど、あれ、どっか頭のネジ緩んでるんだろうね。春でもないのに。気持ち悪いほど元気に走ってるわ」
「そ、そうなんだ…」
確かに、遠目でも不機嫌さは感じられない。辛辣な言い様に、多少の愛情を感じる。これが幼馴染の関係なのだろう。僕にも文句を言いながらも、世話を焼いてくれていた幼馴染がいるから、わかる。
「もっと近くで見る?ほら、あそこにベンチがあるでしょ?」
「僕はここで良いよ。迷惑になるから」
もし部員の彼女がそんな所で見学していたら問題だろう。僕は男だけど、彼氏なんだからそれはできない。
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