彼氏未満

茉莉花 香乃

文字の大きさ
上 下
3 / 40
幸せだった日々

02

しおりを挟む
別々に教室に戻ろうと提案すれば、男前の顔でぷぷっと頬を膨らませ拗ねてみせる。

!……心臓撃ち抜かれました。

カッコ良いのに何てお茶目。

「仕方ないな。これで許してあげる。……チュ、…あっ、顔赤い。安村、可愛い。じゃあ、連絡するから」

わざとリップ音を響かせて頬に触れた唇に、何が起こったかしばらくはわからなかった。

予鈴が聞こえて我に返り、慌てて教室に駆け込むと馬渕が微かに手を挙げた。

連絡先を交換して、もっぱら携帯でのやり取りから付き合いは始まった。そして直ぐに名前呼びになった。僕にも名前で呼んでとお願いされた。二、三日は、同じ空間で一日の大半を過ごすのに、まるで遠距離恋愛のような付き合いだった。

三日目の金曜の夕方、電話の向こうで直輝が拗ねる。

『学校でしゃべらないなら、いつ会えば良いのさ!』
「えっと、夜とか?」
『夜?今?今から俺が睦己の家に行けば良いの?』
「やっ、家、アパートで狭いから…」
『じゃあ、家、来る?』
「えっ?良いの?」
『良いの?じゃありません!せっかく付き合えたのに、小学生よりプラトニックじゃん。もっとイチャイチャしたい!』

そう言われれば断ることはできない。僕もせっかく…の気持ちは十分にある。

直輝の家は料理屋さんで、その二階が住居だった。お互いの家はそんなに離れていなくて自転車で十五分くらい。道がわからないと困るから迎えに来てもらった。二人の家の中間地点くらいにある小さな公園。そこで待ち合わせて一緒に家まで行った。

暖簾の脇を抜け、家の玄関の引き戸を開けると真っ直ぐに階段がある。階段の横は廊下になっていて四つのドアが見える。そして一番大きな扉は厨房に繋がっているのか、少し開いたそこからは良い匂いがしていた。

「お邪魔します」
「どうぞ」

招くように階段に伸ばされる手。片方で僕の手を握る。ほぼ初めての触れ合いだった。

「抱っこして連れてってやろうか?」
「ひぇ?な、何言って…」
「何て声出してるの?睦己、可愛い。来て?」

そのまま抱きしめられた。ここは玄関で、店からは注文を告げる声や、フライパンを擦るおたまの音がする。

「直輝、ここ玄関だよ!恥ずかしい」
「もう、睦己は!じゃあ、俺の部屋なら良い?」
「あっ…う、うん」
「じゃあ、早く!」
「あの、挨拶とかしなくて良いの?」
「後で良いだろ」

二階に上がるとドアが幾つかありそのうちの一つが直輝の部屋だった。自分の部屋なんか持ったことないから羨ましい。

「睦己…」

ふわりと抱きしめられ同い年とは思えないがっしりした身体にドキドキする。どうして良いかわからず、ためらいがちに腕を上げて抱きしめ返すとふふっと笑う声がした。

「キスしたこと、ある?」

あの、頬へのキスはカウントしないよね?

「…ないよ」
「何、その間?」
「いや、あの…ないから……」

身体を離し、じっと見つめる真剣な瞳に、詳しく話せと言われたようで口ごもる。

「……えっと、ほっぺにちょっと触れるだけの…」
「それって、男?」
「いや、女子」
「そっか…」

そして、触れるだけのキスをした。

お母さんに紹介されたのはそれから三十分後。ご飯よと声を掛けられ慌てた。

「あっ、ごめん。帰るから」

向き合ってしゃべるのが告白された時以来だから、ぎこちないながらも嬉しくて、つい今が何時だとかを気にしていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「じゃあ、別れるか」

万年青二三歳
BL
 三十路を過ぎて未だ恋愛経験なし。平凡な御器谷の生活はひとまわり年下の優秀な部下、黒瀬によって破壊される。勤務中のキス、気を失うほどの快楽、甘やかされる週末。もう離れられない、と御器谷は自覚するが、一時の怒りで「じゃあ、別れるか」と言ってしまう。自分を甘やかし、望むことしかしない部下は別れを選ぶのだろうか。  期待の若手×中間管理職。年齢は一回り違い。年の差ラブ。  ケンカップル好きへ捧げます。  ムーンライトノベルズより転載(「多分、じゃない」より改題)。

田舎に逃げたら

切島すえ彦
BL
僕は高校生の時に憧れの先輩に告白してついいことになったが、うまくいかず。社会人になって僕はまたある人と付き合うが…その人にも裏切られ僕は田舎に行き農業をすることにすると…

支配者に囚われる

藍沢真啓/庚あき
BL
大学で講師を勤める総は、長年飲んでいた強い抑制剤をやめ、初めて訪れたヒートを解消する為に、ヒートオメガ専用のデリヘルを利用する。 そこのキャストである龍蘭に次第に惹かれた総は、一年後のヒートの時、今回限りで契約を終了しようと彼に告げたが── ※オメガバースシリーズですが、こちらだけでも楽しめると思い

ポンコツアルファを拾いました。

おもちDX
BL
オメガのほうが優秀な世界。会社を立ち上げたばかりの渚は、しくしく泣いているアルファを拾った。すぐにラットを起こす梨杜は、社員に馬鹿にされながらも渚のそばで一生懸命働く。渚はそんな梨杜が可愛くなってきて…… ポンコツアルファをエリートオメガがヨシヨシする話です。 オメガバースのアルファが『優秀』という部分を、オメガにあげたい!と思いついた世界観。 ※特殊設定の現代オメガバースです

パラレルワールドの世界で俺はあなたに嫌われている

いちみやりょう
BL
彼が負傷した隊員を庇って敵から剣で斬られそうになった時、自然と体が動いた。 「ジル!!!」 俺の体から血飛沫が出るのと、隊長が俺の名前を叫んだのは同時だった。 隊長はすぐさま敵をなぎ倒して、俺の体を抱き寄せてくれた。 「ジル!」 「……隊長……お怪我は……?」 「……ない。ジルが庇ってくれたからな」 隊長は俺の傷の具合でもう助からないのだと、悟ってしまったようだ。 目を細めて俺を見て、涙を耐えるように不器用に笑った。 ーーーー 『愛してる、ジル』 前の世界の隊長の声を思い出す。 この世界の貴方は俺にそんなことを言わない。 だけど俺は、前の世界にいた時の貴方の優しさが忘れられない。 俺のことを憎んで、俺に冷たく当たっても俺は貴方を信じたい。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

未必の恋

ほそあき
BL
倉光修には、幼い頃に離別した腹違いの兄がいる。倉光は愛人の子だ。だから、兄に嫌われているに違いない。二度と会うこともないと思っていたのに、親の都合で編入した全寮制の高校で、生徒会長を務める兄と再会する。親の結婚で名前が変わり、変装もしたことで弟だと気づかれないように編入した、はずなのに、なぜか頻繁に兄に会う。さらに、ある事件をきっかけに兄に抱かれるようになって……。

からかわれていると思ってたら本気だった?!

雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生 《あらすじ》 ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。 ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。 葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。 弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。 葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

処理中です...