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ハルを待ちわび、カズを数える

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それでも声をかけることができなかった。どうしたいんだ、俺。こんな気持ちは忘れてしまおう。ダメだ。気になってるじゃないか?

俺の中で気持ちがあっちに行ったりこっちに来たり。

「相沢、行くぞ」
「おう」

そんな不毛なことを考えながら歩く。藍川の班が遠くに見えた。あれが藍川だろうか?一番後ろで茶色い髪が揺れている。
あっ、転けた。
大丈夫なのか?手を引かれ先頭に連れていかれた。しばらく歩くと、山道に入る。木々が立ち込め、前の班も後ろの班も目で確かめることができなくなった。ただ、笑い声や大きなしゃべり声が聞こえ、近くにいるのだとわかる。時々開た場所や川沿いの道なんかは、前後の班を確認することができた。

やはり、藍川を探してしまう。

日陰になっている所は数日前に降った雨が水溜りになっていて、泥濘ぬかるみに足が取られそうになる。先に通った大勢の足が、更に滑りを良くしているようだ。女子が靴が汚れる、泥が跳ねて体操服が泥だらけだと文句ばかり言う。休憩を取る班が出始めた。一応休憩場所は指定されていて先生が待っている。しかし、遅れる子に合わせて、無理をしないようにと所々に立っている先生に言われる。安全な場所を探して座り、落ち着いたらまた出発するのだ。

幸い俺の班は脱落する者はいなかった。順調に進んでいく。気にしないようにしていても、藍川の班が遅れてきているのか目の前に迫ってきた。遅れる原因は藍川みたいだ。もう少しでゴールに着く。頑張れと心の中で励ます。
あっ、転けた。
うずくまり、動けないようだ。ここからでも顔が少し赤いのがわかる。近寄り声をかけた。

「どうしたんだ?」

もう直ぐゴールのここには、近くに先生はいない。

「あっ、相沢。藍川をおぶってやって。熱があるみたいなんだ」

女子が違う班なのにとかグチャグチャ文句を言うけど、藍川の班はみんな細っこい奴ばかりだった。転けた所は岩場で泥だらけにはならなかったけど、手を怪我してるみたいだ。見ると血が滲んでいるけどそこまでひどくはないようで安心する。

「痛い?」
「うん。でも、平気」

タオルを出して手に巻きつけた。俺と藍川のリュックは待ってもらい、背中を出した。

「ほら」
「ごめんね」
「熱、高いんじゃないか?」

背中が熱い。

「うん。そうかも」
「そうかもって…。無理したらダメだろ?」
「うん。でも、朝は大丈夫だったんだ。だんだん苦しくなって。ここまで頑張ったんだけどな…」
「俺が連れてってやるから」
「ごめんね。ありがと…かずくん」
「えっ?」

よほど辛かったのか、直ぐにすぅすぅと寝息が聞こえた。

今『かずくん』って聞こえた。俺を『かずくん』と呼んだのははるちゃんだけだ。歴代の彼女にも呼ばせなかった。母さんがからかう時に呼ぶくらいだ。

今すぐ起こして、確かめたい。

でも、折角寝たのに起こすのも可哀想だし、みんなの前では何も聞けない。集合場所に着いて、先生に報告する。藍川はぐっすり寝てる。ここで昼食を食べ、帰りは別ルートで下山する予定だったけど、俺は藍川を背負ったままロープーウェイで下りることになった。柔道部の先生と一緒に三人で先に下りる。

「相沢、代わろうか?」
「いえ、平気です。動かしたら起きるから」
「そうか、悪いな。班も違うのに」

ロープーウェイを降りたら別の先生の車が待っていた。近くの病院に行く。疲れが出たんだろうと言うことだった。

「予備の部屋があるから、今日はそこで休みなさい」

合宿所に着いて先生に持ってもらってた俺と藍川のリュックを受け取る。

「先生、俺も一緒に行っていいですか?ほら、急に具合が悪くなった時に一人だと不安だと思うし」
「まあ、そうだな」

先生も一人の生徒に付きっ切りというわけにはいかないので、俺の申し出は快諾された。藍川の熱は落ち着いて顔の赤みも引いている。それぞれの部屋から鞄を持って来て、山の上で食べる予定だった弁当を食べた。藍川は半分くらい残したけど、もともと食は細く頑張った方だろう。やっと落ち着いた。

「ありがとう。重かったでしょう?」
「そりゃ、人の重みは命の重みだからな。でも、そんなに疲れてない。おぶって歩いた距離はしれてるからさ。シャワーだけでも浴びる?汗かいてるし、気持ち悪いだろ?」

俺たちの寝るはずだった大部屋には部屋風呂は付いてないけど、ここにはあった。風呂に入れる時間とかわからないし、廊下をウロウロ歩くより良いと思った。

「う、うん」
「まだ、怠い?」
「ううん。それは大丈夫だけど…相沢くんが先に入って」

怪我をした手をモジモジさせて、目を彷徨わせる。
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