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ハルを待ちわび、カズを数える
01
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「あそこのアパート、来月に取り壊しが決まったそうよ」
朝の慌ただしい中にも、新鮮な空気が漂うダイニングで母さんがボソッと呟いた。
春の穏やかな日差しが差し込み、ほとんど見ていないテレビからは情報番組の賑やかな音が聞こえる。
俺は落ち着いて食事をしていても、母さんは忙しく動き回り、ついでのように、しかし、しゃべりまくる。テレビの音にも負けない大きさだ。次から次に新しいのから何度も聞いた話題まで、よくそんなに用事しながらしゃべれるよなって我が母ながら感心する。
「ああ、あそこ?」
「そうそう。一登の初恋…」
「もう!忘れろよ!」
「ごめん、ごめん」
全然悪いと思っていないふうに軽く言う。
俺の初恋…。
それは忘れてしまいたい苦い思い出。
でも、好きだったんだ。
まだ、保育園に通ってて幼かったけど、俺は真剣だった。
「大きくなったら、僕のお嫁さんになってね」
こんな告白だった。まるでプロポーズのような言葉は俺がそれまでにためていた知識を総動員させて発せられたセリフだった。
◆◆◆◆◆
俺たち家族はこの家を建て替えるために近所のアパートに引っ越した。その時隣に住んでたのがはるちゃんだった。
当時、保育園に通っていた俺はそれまではグズグズとお友だちと遊んで帰りたがらず、母さんを困らせていた。俺が通ってた保育園は前に大きな公園があり、保育園の奥には何もなかった。行き止まりの道は一般の車が入ってくることはない。わりと自由な感じで先生にさようならをしてからも、俺たちはその公園や道で遊んでたし、母さんたちも話に花を咲かせるってのがいつもの風景だった。
でも、そのアパートに引っ越してからは、はるちゃんに会いたい一心でまだお友だちのお母さんと話してる母さんの手を引っ張って、時には自転車によじ登り…まあ、転けるのだけど…泣きながら帰ると叫んだ。
はるちゃんは俺と同い年らしいけれど、ずっと家にいて、お母さんとお姉さんと三人で暮らしてた。
父さんと母さんがディーブイだって、かわいそうに…って会話してるのを意味もわからず聞いていた。今ならわかる。はるちゃん、辛かったよね…。
はるちゃんは、髪は短めだけどいつも頭のてっぺんで一部をクルンとゴムで留めてて、その飾りがさくらんぼだった。
可愛かった。ふじ組さんの園子ちゃんやさくら組さんの京香ちゃんより何倍も可愛かった。俺は自分のヘタレ具合をその時ほど褒めたことはない。子ども心に二股はいけないと思っていた俺はその二人に告白していなかったことを喜んだ。告白したからと言ってお付き合いが始まるわけではない。あっさり振られる可能性もある。直樹くんは面白くないって理由でフラれてた。まあ、今から思えば園児の付き合うなど物の数にも入らないけれど。
園で作った折り紙や泥だんご、母さんにもらったおやつを持って隣のドアを叩く。
「は~る~ちゃん、遊ぼ~」
「あっ、かずくんだ」
部屋の中から元気な声がする。はるちゃんのお母さんは俺たちが外で遊ぶのを嫌がった。だから、はるちゃんの家か俺の家。建て替え中だから仕方ないけど、このアパートより広い前の家で遊びたいと思った。でも、そもそも立て替えてなかったらはるちゃんと出会わなかったのだから仕方ない。
はるちゃんはいつも自分が着ている服を変じゃない?って聞いた。お姉ちゃんのお古ばかりで嫌なんだって恥ずかしそうにする。
「すごい、可愛い。似合ってるよ!」
力一杯褒めたら、すごく悲しそうな顔をする。その原因がわからないから、俺は家から持ってきたおやつを出して機嫌をとった。
「ほら、クッキーだよ。はるちゃん、好きだよね」
「うん」
なんとか元気になったはるちゃんは天使の笑顔で、かずくん優しいねとクッキーを頬張った。幼い俺はクッキーに嫉妬しながら一緒に食べた。はるちゃんはクッキーを持ってきた俺を優しいって言ったんだとその時は思った。でも、違うんだ。きっと、一生懸命元気になるように振る舞う俺の事を優しいねって言ってくれたんだ。
俺はどんどん好きになる。家はだんだん出来上がる。あんなに新しい家を楽しみにしていたのに、悲しい引越しの日はやってくる。
明日、引越しだという日に意を決してはるちゃんに告白した。
朝の慌ただしい中にも、新鮮な空気が漂うダイニングで母さんがボソッと呟いた。
春の穏やかな日差しが差し込み、ほとんど見ていないテレビからは情報番組の賑やかな音が聞こえる。
俺は落ち着いて食事をしていても、母さんは忙しく動き回り、ついでのように、しかし、しゃべりまくる。テレビの音にも負けない大きさだ。次から次に新しいのから何度も聞いた話題まで、よくそんなに用事しながらしゃべれるよなって我が母ながら感心する。
「ああ、あそこ?」
「そうそう。一登の初恋…」
「もう!忘れろよ!」
「ごめん、ごめん」
全然悪いと思っていないふうに軽く言う。
俺の初恋…。
それは忘れてしまいたい苦い思い出。
でも、好きだったんだ。
まだ、保育園に通ってて幼かったけど、俺は真剣だった。
「大きくなったら、僕のお嫁さんになってね」
こんな告白だった。まるでプロポーズのような言葉は俺がそれまでにためていた知識を総動員させて発せられたセリフだった。
◆◆◆◆◆
俺たち家族はこの家を建て替えるために近所のアパートに引っ越した。その時隣に住んでたのがはるちゃんだった。
当時、保育園に通っていた俺はそれまではグズグズとお友だちと遊んで帰りたがらず、母さんを困らせていた。俺が通ってた保育園は前に大きな公園があり、保育園の奥には何もなかった。行き止まりの道は一般の車が入ってくることはない。わりと自由な感じで先生にさようならをしてからも、俺たちはその公園や道で遊んでたし、母さんたちも話に花を咲かせるってのがいつもの風景だった。
でも、そのアパートに引っ越してからは、はるちゃんに会いたい一心でまだお友だちのお母さんと話してる母さんの手を引っ張って、時には自転車によじ登り…まあ、転けるのだけど…泣きながら帰ると叫んだ。
はるちゃんは俺と同い年らしいけれど、ずっと家にいて、お母さんとお姉さんと三人で暮らしてた。
父さんと母さんがディーブイだって、かわいそうに…って会話してるのを意味もわからず聞いていた。今ならわかる。はるちゃん、辛かったよね…。
はるちゃんは、髪は短めだけどいつも頭のてっぺんで一部をクルンとゴムで留めてて、その飾りがさくらんぼだった。
可愛かった。ふじ組さんの園子ちゃんやさくら組さんの京香ちゃんより何倍も可愛かった。俺は自分のヘタレ具合をその時ほど褒めたことはない。子ども心に二股はいけないと思っていた俺はその二人に告白していなかったことを喜んだ。告白したからと言ってお付き合いが始まるわけではない。あっさり振られる可能性もある。直樹くんは面白くないって理由でフラれてた。まあ、今から思えば園児の付き合うなど物の数にも入らないけれど。
園で作った折り紙や泥だんご、母さんにもらったおやつを持って隣のドアを叩く。
「は~る~ちゃん、遊ぼ~」
「あっ、かずくんだ」
部屋の中から元気な声がする。はるちゃんのお母さんは俺たちが外で遊ぶのを嫌がった。だから、はるちゃんの家か俺の家。建て替え中だから仕方ないけど、このアパートより広い前の家で遊びたいと思った。でも、そもそも立て替えてなかったらはるちゃんと出会わなかったのだから仕方ない。
はるちゃんはいつも自分が着ている服を変じゃない?って聞いた。お姉ちゃんのお古ばかりで嫌なんだって恥ずかしそうにする。
「すごい、可愛い。似合ってるよ!」
力一杯褒めたら、すごく悲しそうな顔をする。その原因がわからないから、俺は家から持ってきたおやつを出して機嫌をとった。
「ほら、クッキーだよ。はるちゃん、好きだよね」
「うん」
なんとか元気になったはるちゃんは天使の笑顔で、かずくん優しいねとクッキーを頬張った。幼い俺はクッキーに嫉妬しながら一緒に食べた。はるちゃんはクッキーを持ってきた俺を優しいって言ったんだとその時は思った。でも、違うんだ。きっと、一生懸命元気になるように振る舞う俺の事を優しいねって言ってくれたんだ。
俺はどんどん好きになる。家はだんだん出来上がる。あんなに新しい家を楽しみにしていたのに、悲しい引越しの日はやってくる。
明日、引越しだという日に意を決してはるちゃんに告白した。
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