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エルフェリア内乱編

第30話 エルフの女王

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 妖精の潮流フェアリー・タイドによってアルダー達を殲滅せんめつしたフィオナが俺達の元へと歩いて来る。

「フィオナさん! そ、その眼は!? それに、あの力……」

 リオンが興奮気味にフィオナへと声をかける。

「リオン。説明は後でします。残ったエルフに伝えなさい。後は私に従うようにと。この国を老エルフ達から奪います」

「わ、分かりました!」

「それと、リオン。腰のナイフを渡しなさい」

「え? ど、どうぞ……」

 リオンが彼女へナイフを渡し、仲間の元へと走っていく。

 それを見届けた後、フィオナは俺の眼を覗き込んだ。

ヴィダル・・・・

 彼女の振る舞い、瞳、その全てから怒りを感じる。

「……」

「貴方も、私を利用する為に近付きましたね?」

「……あぁ。そうだ」

 そう答え、俺の眼の擬態を解除する。俺の眼を見た彼女の顔に殺意が浮かんだ。それを感じ取ったレオリアがショートソードへと手をかける。

「よせレオリア」

 レオリアは一瞬悲しそうな顔をしてそのつかから手を離した。

「私を利用した者、騙した者は許さない。貴方も例外ではありません」

 フィオナが俺へと近付き、ナイフを首に当てがう。

「何か言い残すことは?」

 彼女と出会った時のことが脳裏によぎる。

「言いなさい」

「……君がそうなるよう・・・・・・仕組んだ。君とアルダーの関係を利用した。殺されても文句は言えない」

 彼女が俺の眼を覗き込む。その赤い瞳に怒りを込めて。彼女の青い瞳が、優しげな顔が、その全てが変わってしまったことに悲しみが込み上げる。しかし、これは全て俺が仕向けたこと。悲しむ権利など無い。その感情を胸の中にしまう。

つくろわないのですか?」

「事実だからな」

 俺を見つめるその顔が僅かに変化する。なぜだか、分かった。彼女も俺と同じあの日・・・に思いを馳せていることに。


 俺の魔法を作った日のことを。


「人を騙し、引きり込んだ癖に。変な所で正直な人……」

 彼女の言葉から怒りが消えていく。

「その瞳も、本質は変わらないのかもしれませんね。きっと」

 首に感じていた鋭い痛みから解放される。

「貴方へと渡した我が子・・・を使いなさい。それで貴方の罪は許してあげましょう」

 その瞳の中にほんの少しだけ、あの日の彼女を垣間見た気がした。


◇◇◇

 フィオナが加わったこと、評議会がアルダーを失ったことで戦況は一変した。彼女は妖精の潮流フェアリー・タイドを使い、評議会に着く敵を喰らい尽くしていった。それを見た者達は怯え、自ら武器を捨てて投稿する者も現れた。

 議長を含め評議員の人間も捉えられ、議会場へと連行された。



 フィオナと共に議会場に入る。円形の議会場には評議員達が拘束され、座らされていた。

 フィオナが議長席へと昇る。それの脇に着いて議員達を見下ろす。恐れを抱く者、怒りを露わにする者、皆それぞれの感情を滲ませるが、どの者も一様に反抗の意思を感じさせた。

「何のつもりだ! お前達を導いて来た我らに向かって……」

 声を荒げたのはあの議長だった。老エルフ達の中でも一際歳を取っている彼。老いが見て取れる彼。その議長が拘束されている姿にエルフェリアの終焉しゅうえんを感じる。

 そんな彼らに対し、フィオナは一切の表情を崩さず言葉を告げた。

「導いたとは? 老エルフは進歩を恐れ、この国を停滞ていたいさせ、己の安寧あんねいのみを優先させた。それを維持してこれたのは一重に若人の犠牲あってのもの」

「お、お前達は思慮しりょが足りない! 知識が足りぬ! 力も無い! そんな者共に国を引くことはできまい!」

「知識……それはそうですね。先にこの世へ生み落とされた貴方達に勝てようはずも無い。しかし」

 フィオナが冷酷な眼を議長へと向ける。

「貴方は大きな勘違いをしておりますね。我らエルフの力全てを自分達の物だと」

 フィオナが俺の手を取る。

「そして、知識ならば、奪い取ることもできましょう」

 彼女が魔法名を告げる。


鏡影召喚ミラーズ


 議会場は無数の鏡の破片で散りばめられる。それらの鏡は議員一人一人の前に配置され、フィオナと俺の目の前・・・にも現れた。

「この鏡達は繋がっています。これを通じれば、複数人を対象とした魔法の同時発動も可能です」

 鏡の向こうに俺が映る。そのさらに奥で他の鏡に映る光景もぼんやりと見える。

 議員達の怯えた顔、怒りを帯びた瞳。そして、微笑を浮かべたフィオナの顔も。

「さぁヴィダル。私と作り出した・・・・・・・魔法名を告げるのです。そして、彼らに命令を」

 鏡の中で自分の瞳が光る。赤い瞳に円を描くように青い輪が作られていく。そして、完全な輪が作られた時、俺は魔法名を告げた。


精神拘束メンタル・バインド


 俺の瞳の中から光る鎖が現れる。それが鏡へと伸び、鏡の向こうに映るフィオナの瞳へと繋がれる。

 そして、議会場に散りばめられた鏡から鎖が現れていく。評議員の目の前に光る鎖が現れる。

「な、何だこれは……っ!?」
「やめなさいフィオナ!」
「自分が何をやっているのか分かっているのか!?」

 議長の瞳、議員の瞳、その全てに光る鎖が繋がれていく。


 全ての鎖が繋がったことを確認し、評議員達へと命令を下した。


「老いたエルフ達よ。お前達の主人はフィオナ・イクリプス。彼女への永遠の隷属れいぞくを命令する」

 鎖が眩いまでの光を放つ。それと共に老エルフ達のうめき声が議会場に響き渡る。彼らの精神が鎖により絡め取られていくのを感じた。

 鎖の輝きが消えると、議会場にざわめきが起きる。

「我らに何をした!?」

 命を奪われなかった老エルフ達が口々に喚き立てる。


黙りなさい・・・・・


 しかし、フィオナの一声で全員の口が無理矢理閉じられる。

「貴方達はこれから永遠に私へと尽くして頂きます。その知識を捧げ、身をわきまえて生きなさい」

 老エルフ達が反論しようとしても、その口はフィオナの言葉を肯定する。その体はフィオナへの忠誠を誓う。彼らは、精神のみが正気を保ちながら、その全てをフィオナへと奪われた。


「哀れな人達」


 フィオナがさげすんだ様な瞳を向けた。


「月の光は喰らい尽くした。今よりエルフェリアに新たな夜明けが訪れる」


 フィオナが高らかに宣言する。


 宣言と共に歓声が上がる。偽りの歓声。屈辱の歓声が。


 評議員達は笑顔を浮かべながら、称賛しながら、その瞳の奥は屈辱の色を映し出す。彼らはこれからエルフの持つ長い長い年月を屈辱のまま過ごすこととなる。

「フィオナ」

「何か?」

「お前は今、何を思う?」

「ふふ。これほど晴れやかな気分は初めて。これから始まるのです。本当の私の人生が」

 フィオナは無邪気な笑みを浮かべた。



 ……。



 こうして、評議会の国、エルフェリアに1人の統率者が生まれた。


 欺瞞ぎまんに満たされていたこの国は、1人のエルフの強欲によってその全てを作り変えられる。


 評議会の形を維持していながら、その真実は女王の如き1人により運営されるという矛盾を孕みながら。
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