3 / 108
社畜。魔王軍知将となる編
第3話 精神支配
しおりを挟む「ヴィダル。この世界の住人ではない貴様には我が力の一端、精神支配と擬態の魔法を授けた」
精神支配と……擬態の魔法。どちらもゲームではいわゆる『雑魚避け』能力だ。精神支配は自分より弱いレベルの相手しか効かないし、擬態も敵地へ忍び込むことぐらいしか出来ない。
「不満か? しかし、この世界での使い方……今の貴様なら分かるであろう? 我には分かる。貴様ならば有効に扱えると」
デモニカの言葉と共に、脳裏に魔法の使い方が浮かび上がる。詠唱は必要無い。魔法名を告げれば、それに応じた魔法を発動できるのか。実際に生きる者へと使えば、恐ろしい力を発揮するだろうな。
だが、精神支配は相手と視線を交わす必要がある。ゲームのようにレベルが判別出来ないこの異世界では、俺自身が相手の精神の力を見極めなければならない。
反面、擬態は使い勝手が良さそうだ。変装、誤認、擬似消失と様々な使い方が頭に浮かぶ。
「我の精神を支配してみるか?」
デモニカが妖艶な笑みを浮かべて俺のことを見据える。
「さすればこの身は貴様の思うままだが?」
言葉とは裏腹にその瞳。威圧感に冷たい汗が伝う。自分が支配されないことに揺るぎない確信を持つ瞳。デモニカは絶対たる王と名乗ったがその通りだと思い知らされる。俺は死への恐怖が無くなってなお、この女に恐怖を感じ、目を背けてしまった。
「それで良い。我が愛しのヴィダルよ。貴様は力量差が分からぬほど愚かでは無い」
デモニカの指が俺の頬を伝い顎を持ち上げる。再び俺を見つめる瞳はまるで聖母のように慈しみを感じさせ、心の内に愛しさすら込み上げた。
「その力、試す我を許しておくれ。そして我は信じている。貴様のその力、必ずや我の行く末を導くことになると」
そう言うと、デモニカが指を鳴らす。
音と共に、一瞬にして目の前に草原が広がった。移動魔法を使われたのか。ここもゲーム内の情景で覚えている。確か、商人の通り道だったはずだ。森の中からエルフや獣人の商人が木の実を売りに出る時通る道だ。
「この場で行われることを貴様の力で暴いてみせよ」
彼女はそれだけを言い残し、木影に溶け込むように消え去った。
行われる……って、何かあるのか?
その時、遠くから馬車が向かって来る音がした。
茂みに身を隠し、過ぎゆく馬車を見守る。馬車を運転していたのは老いた獣人の男だった。
獣人が岩場の裏へと馬車を止める。
おかしい。野営するにしてもまだ日が高い。誰かを待っているようだ。
擬態の魔法を使って自身の黒い眼球を普通の人間のそれへと変える。そして、岩場にいる商人へと話しかけた。
「こんな所で何をしている?」
獣人はこちらを見ると、腰のダガーへと手を伸ばし、ポツリと呟く。
「……月を見るのは?」
月? 隠語か……裏取引でも行われるようだな。小賢しい合言葉など使いやがって。この返答次第で取引相手を見極めるのだろうな。
精神支配……試してみるか。この程度の相手であれば問題無くかかるだろう。
獣人の顔を掴んで俺の顔へと引き寄せる。
「俺の目を見ろ」
「な、何をするっ!?」
「精神支配」
魔法名を告げると両目に力が宿り、獣人に精神支配の魔法がかかる。目を見開いた獣人の瞳が、支配下に置かれたことを示す赤色に輝いた。
「荷台を見せろ」
命令を出すと獣人が空な表情で馬車を降り、その荷台にかけられた布を開く。
獣人の裏取引など一体何を……。
布を掴み中を覗くと、その中にいたのは、獣人の子供だった。1人や2人ではない。眠らされた子供が敷き詰められるように荷台に収められていた。
それを目にした瞬間、我が身を焦がされるほどの怒りが巻き起こる。
また、俺の世界が穢されている。
俺の知っている獣人種は誇り高く何よりも仲間を大切にする種だった。なぜ糞のような人間性を持っている? 俺が知っている人間の歴史、その中でも限りなく愚劣な行為をなぜ平然と行っているのだ。
「貴様……これは何のつもりだ?」
「事情など知らん。ただお偉方に頼まれて運んでおっただけだ。金が良かったから」
精神支配された者は嘘は吐けない。本当に何も知らなかったのか。
「お前はどこから来た?」
「ルノア村」
ルノア村。エルフの国エルフェリアと同盟関係にある獣人の村か。
「取引相手は?」
「分からない」
当然か。なら先程の合言葉を利用させて貰おう。
「月を見るのは? これに続く合言葉はなんだ?」
「鷹の目」
鷹の目。そこから考えられる可能性で最も高いのは人間種の国「ヒューメニア」だな……。
エリュシア・サーガの世界には種族により4つの大国がある。そして、その周辺に他種族の小国や村が点在している。
大樹をシンボルにするエルフの国「エルフェリア」
ハープをシンボルに持つハーピーの国「ハーピオン」
三叉の槍をシンボルに持つ海竜人の国「メリーコーブ」
そして人間の国。鷹をシンボルに持つ「ヒューメニア」
……しかし、これ以上はこの商人から情報を得るのは難しいか。
「最後に1つ。お前は荷台の中を知っていたのか?」
「知っていた」
「……そうか」
支配を解除すると同時に商人のダガーを引き抜く。粗雑に扱われた刀身は世界の歪みを象徴しているようだった。
「え? あ、ワシは何を……」
「用は済んだ」
そのままダガーを商人の首元へと当てがい、掻き切った。商人は目を見開いたまま首を押さえて跪く。
「は……お、お"ぉ……」
俺の脚にしがみつき、助けを求めるように俺の顔を見る。
「怨むなら疑問を持たなかった己を怨め」
商人は苦悶の表情を浮かべ地面へと倒れ込む。そして、数度のたうつと動かなくなった。
この手で人を殺したというのに、何も感じない。後悔も、感傷も、喜びも。
胸にあるのは悲しみ。世界を穢されたこと。世界から捨てられた子らへの同情と悲しみだけが俺の心を支配した。
次に胸から湧き出たのは猛烈な怒り。
ここで取引が行われる予定だったと言う事は、もうすぐ買い手がやって来るはずだ。
……殺してやる。
例えどんな者であろうとも。
1
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる