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第4章

ヤンデレ少女とのデートでピクニックするの、良いよね

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「お兄様~!」

それからまた数週間の時が過ぎ、シリルが屋敷でくつろいでいたら、屋敷の外から大きな声が聞こえてきた。

「あ、スファーレ! 今開けるね!」

セドナがドアを開けるなり、スファーレはシリルに飛びつき、頬ずりをしてきた。

「お兄様、お元気でしたか?」

シリルが『惚れ薬』を飲んでから、スファーレはシリルに対して大胆なアプローチを平気で行うようになってきた。これは『自身に惚れたはずだから、拒否されるはずがない』と言う気持ちの表れなのだろう。
実際シリルはそのスファーレの態度に嫌な顔一つせず、優しくその髪を撫でた。

「ああ、久しぶり、スファーレ?」
「お兄様、お父様から聞きましたか? 私、ついにやりましたのよ?」

そう自慢げに答えるスファーレの頭をシリルは、子猫を撫でるような仕草で頭を撫でながら答える。
因みにシリルは当初敬語でスファーレに接していたが、スファーレが何度もお願いしたことで、ほかの人と同じような口調で話すようになっている。
それでもセドナや他の使用人に対するよりは若干丁寧な口調になってはいるが。

「ああ、聴いてるよ。……本当にありがとうな、スファーレ」
「フフフ。……お兄様、分かりまして? 私がどれだけお兄様にとって必要なのか?」

スファーレは義父母を失脚させた後、ラルフにもサポートをしてもらいながら、すぐに当主として後を継いだ。
そして、自身やラルフがひそかに集めていた『改革派』の推薦も受けることによって、プロテインを『食品』から『薬品』として再度認定してもらうことに成功した。

これによって関税が引き下げられるため、カルギス領で生産したプロテインをグリゴア領で販売することが再度行えるようになったのである。

プロテインが一時『食品』認定されたこと自体はスファーレが陰で行っていた自作自演であったが、これ自体は、変化を嫌う『保守派』が居る限り、いずれ行われたことである。

それより、その『保守派』を今回の騒動で一掃してくれたことに対し、シリルはスファーレに感謝していた。

「それで、今日は何しに来たんだよ、あんた」

ザントはいちゃいちゃとする二人を見て面白くなさそうに訊ねた。

「あら、決まっていますわ? 今日はお兄様をデートにお誘いしに来たんですの!」
「デート? ……まあ、そうだと思ったけど」

ザントはそう言いながらも、少し考え、尋ねてみた。

「ここからどこかに行く予定があるの?」
「いえ……それはこれから考えようと思っていましたわ」
「だったらさ。ここから北に向かったところにオレンジ色の実……キイチゴって言うんだっけ? が実ってるらしいよ。きれいだし、ジュースにしたら美味しいから行ってみたらどう?」

そうザントが言うのを見て、セドナが驚いたような表情を見せた。

「え、なんでそんなこと知ってんの、ザント?」
「ああ、あのインキュバスの兄貴と、その彼女に教わったんだよ。……デートスポットにはちょうどいいから、覚えておきたまえってね」

使用人であるインキュバスを「兄貴」と言うのを見て、セドナはニヤニヤと嬉しそうに笑みを浮かべた。

「へえ~。ザントも、すっかりみんなと仲良くなったんだね。あたしも嬉しいよ?」
「や、やめろよ……セドナさん……」
「前は人とろくに話さなくて、たまに口を開いても愚痴ばっかりだったから。……成長したよね? それに、前よりずっとかっこよくなったって、あの二人もほめてたよ?」

セドナがそう言うように、ザントは以前よりも服のセンスを磨いており、外見は初めて会った時とは比べ物にならないほど洗練されてきている。

「……当たり前だろ。……セドナさんが褒めてくれるんだから……」

ニコニコと笑うセドナに少し照れるように、ザントは独り言をつぶやいた。
そして、シリルは少し首を傾げた後、思い出したように手を叩いた。

「ああ、あそこのキイチゴのことは知ってるよ。……そうか、もう食べごろになったのか……行ってみないか、スファーレ?」
「ええ、良いですわね、お兄様! それと私、お弁当持ってきていますの! お兄様に食べていただきたくって!」

そう言いながらお弁当を取り出したスファーレ。それを見て、シリルも台所に向かうと、同じようにお弁当を見せた。

「アハハ、奇遇だな。私……じゃない、俺も用意していたよ。……じゃあ二人で一緒にピクニックしましょうか?」
「ええ、嬉しいですわ、お兄様?」

そう言いながらシリルの手を引いて屋敷を出ようとするのを見て、セドナは手を振った。

「気を付けてね、二人とも。夜までには帰ってくるんだよ?」
「あんたらが出かけたこと、ラルフ様に伝えておくよ」

ぶっきらぼうながらもザントもそう答えた。




「ああ、良い風ですね、お兄様!」
ゆっくりと屋敷の北にある小さな丘に登りながら、スファーレは幸せそうにシリルの腕に抱き着く。

「そうだな。……そろそろ到着するよ」
「分かっていますわ。……確かそのキイチゴって、私が小さいころ欲しくて採りに行った実のことですわね?」
「アハハ、そういやそうだったな。……あの頃はスファーレ、本当にお転婆だったからな。いつも俺たちがスファーレを探してさ……」
「そうそう。けど、お兄様がいつも最初に見つけてくださいましたよね? ……だから、私も安心して迷うことが出来たんですわ?」
「けど、もう一人で勝手に出歩かないでくれよ?」
「ええ。……ずっと、一生お兄様と離れるつもりはありませんわ?」

そう幸せそうにスファーレはシリルの腕をギュッと掴んだ。




しばらくして、目的の場所に到着した。
その丘の片隅にある天然の果樹園には、オレンジ色をした美味しそうなキイチゴが実っていた。
例年よりも明らかにその収穫量が多そうなことを見て、シリルは驚嘆の声を上げた。

「これは凄い量だな! 大豊作じゃんか!」
「本当ですわね! ……けど、その……」

ずっと歩き続けて空腹になったのだろう、スファーレはお腹を押さえていた。

「アハハ、そうだな、じゃあ昼食にしようか、スファーレ」
「ええ」

そしてシリルは大きなシートを広げると、スファーレをそこに座らせた。
スファーレは座ると、バスケットの中に入っていた大きなサンドイッチを取り出し、シリルに手渡した。

「はい、お兄様? 好物でしたよね、キュウリとトマトのサンドイッチ?」
「え? ……ああ、よく覚えていたな。……懐かしいな……」

これは幼少期、ミレイユがまだカルギス領に居た頃によく食べていたサンドイッチだった。
彼女がグリゴア領に亡命して以降、このような野菜の類はカルギス領では十分に取れなくなっていたため、シリルにとって食べるのは久しぶりだった。

「ああ……やっぱりうまいな、これは……」
「フフフ。お兄様ったら。これ、カルギス領じゃ食べられないですものね。……お兄様がお婿さんになったら、いつでも食べさせてあげますわね?」
「……良いのか? ……その……結婚したら……いつも一緒にご飯、食べてくれるんだな……」
「当然ですわ? お兄様、一人で食べる日なんて無いと思ってくださいませ」

その発言に、シリルは少し顔をそむけた。

「……やばい、なんか嬉しすぎてさ……ちょっと泣きそう……」
「フフフ。お兄様が喜んでくださると、私も嬉しいですわ?」

スファーレがにっこりと笑うと、ますますシリルは恥ずかしそうにして、自分の用意してきた弁当箱を開いた。

「あ、あのさ、スファーレ……良かったら俺のも食べてくれないか?」
「これは何ですか、お兄様?」
「……村で取れた実をクレープみたいにしたんだ。ガレットってザントは言ってたな。あいつに教わったんだ」

それを聞き、あら、とスファーレはつぶやいた。

「ザントって先ほどの獣人ですよね? ……彼は、ずいぶんおしゃれな料理を知ってるのですね。見た目も中身もずいぶんと磨かれてきているようですし」
「ああ、あいつも最近料理とかいろいろ頑張ってるんだよ。……好きな人のために頑張ってるらしいな」
「それなら成就すると良いですわね……。うん、このガレット、美味しいですわ?」

ニコニコと美味しそうに食べるスファーレを見て、シリルは少し安堵したような表情を浮かべた。



そしてしばらくの間、食休みがてら近くの樹に背中を預ける。

「お兄様……私、今とっても幸せですわ……?」

シリルの方に頭を預けて、スファーレはそっと耳打ちするようにつぶやく。
その吐息を受けたシリルは、ややどぎまぎした様子で「ああ」と頷いた。

「お兄様……まだ、惚れ薬の効果は切れていませんの?」
「……ああ。スファーレを見るとドキドキするし、一緒に居たいって思うよ」
「良かった。……本当に、一生、惚れ薬の効果が切れないでくれたらいいのに……」

スファーレはシリルに顔を向けると、その頬や首筋、そして唇に何度もキスをした。
シリルはお返しとばかりにそっと唇にキスを返す。

なお、すでに気づいた読者もいると思うが、聖女ミレイユが調合し、シリルが自分の意思で飲んだ惚れ薬には、実は「興奮作用」自体は無い。
本来的な効果は、対象となる相手から何らかの刺激を受けた時や、対象となる相手のことを想った時に生じる「多幸感」を何倍にも強めるものである。

その為、シリルは『惚れ薬』の効果だけではスファーレに対して欲情することはない。
以前惚れ薬を飲んだ時にスファーレを押し倒すようなそぶりを見せなかったのは、単にシリルのモラルが強かっただけではなく、そのような背景もあったためである。

「そうだな……。俺もこうやって、スファーレといて、幸せな気分でいたいよ……ただ……」
「ただ?」
「スファーレは惚れ薬を飲んでいないだろ? だから、もしスファーレが先に俺を嫌いになって……それでも、俺の薬の効果が切れなかったら……俺がスファーレにまとわりついて、結局傷つけることになるだろ? それは避けたいな」

また、あくまでシリルは『惚れ薬の力』によってスファーレに惚れていることを自覚している。それに加えてスファーレのことを『妹として愛していること』さらには『敬愛する領主の愛娘として敬意を持っていること』自体は、薬を飲む前から変わらない。

そのような複雑な心境がシリルを悩ませているのだが、スファーレは少し怒ったような口調で首を振る。

「まあ? そんなことは絶対にありえませんわ? お兄様のことは、私は一生かけて愛しますので! ……それが、私にできる償いでもありますから……」

やはり、ほぼ強制的に惚れ薬を飲んでもらったことへの罪悪感があるのだろう。
少し悲しそうな表情でスファーレはそう答えた。

「アハハ……。それなら、嬉しいよ」

そうシリルは言った後、一呼吸おいてつぶやく。
「……ただ、俺も少しでもスファーレが好きでいてくれるように頑張るからさ。せめて今は恋人として愛し合おうな?」
「そうですね、お兄様……」
「俺は絶対にスファーレを守るからな」

そう言いながらきゅっと手を握るシリルだが、スファーレは突然、クスクスと笑って答えた。

「あら、お兄様に守ってもらう必要はありませんわ? こう見えても私、一人で生きられるくらいには……いいえ、お兄様を養えるくらいには賢いのですから」
「……そ、そうか……。ただ、スファーレに愛してもらってばかりってのも悪いからさ……」
「なら、お兄様?」

そう言って、スファーレは少し考えた後にフフ、と笑みを浮かべた。
「なら、私が生きている間は、ずっと傍で笑っていてくださいませ。それだけで私は幸せなのですから」

その発言に少し拍子抜けしたように、シリルは尋ねる。
「え? ……それだけで良いのか?」
「…………いいえ…………」

だがスファーレは少し考えた後、少し震える声でつぶやいた。

「ごめんなさい、お兄様……。私、やっぱり最低な女ですわ? ……お兄様が私が死んだあと……ほかの女にお兄様の頭の中が侵食されることが、どうしても耐えられないのですから……だから、その……」

そう言いながらももじもじして、中々次の言葉が言えないスファーレ。
だが、意を決したようにシリルの首に腕を回すと、ギュッとしがみつきながらつぶやいた。



「……お兄様。……私が死んだときには、一緒に死んでくれませんか? 私も、お兄様が死んだら後を追いますので……」



通常であれば、このような約束は口約束でも了承は不可能だろう。
だがシリルは「ああ、分かった」と即答した。

「え?」
あまりにためらいなく答えたことに、逆にスファーレは驚いた表情を見せるが、シリルはさらりと答える。

「婚約したときから……いや、ラルフ様に拾っていただいたときから、スファーレのためにこの命は使うって決めたしな。……もしスファーレが死んだら俺も殉死するよ」

『殉死』という言葉を使うあたりに、シリルはまだスファーレのことを『自分とは対等ではない関係』と考えている節が見える。
もとよりシリルは両親がおらず、ラルフに拾われなければ命が無い身であった。その愛娘に死を請われるようなことになった場合、もとより了承するつもりであったのだろう。

「……よろしいのですか?」
「ああ。……ただ、一つだけ条件がある」
「どんな条件ですの?」
「……俺が死んでも、スファーレは生き続けてくれ。絶対に後は追わないで欲しい」
「…………」

それを聞いて、スファーレはシリルの服の裾をぎゅっとつかみながら、首筋にかみついた。

「いててて! 何するんだよ、スファーレ?」
「だって、ずるいですわ、お兄様……。そんな、私にだけ都合の良い契約を結ばせるなんて……」

「しょうがないだろ? この惚れ薬の力は凄すぎるんだよ!」
「え?」
どんなに考えないようにしても『スファーレが生きていることが、嬉しい』って気持ちが、後から後から湧いてくるんだよ……。この状態で『一緒に死んでほしい』なんて気持ちになるわけないだろ?」
「え? ……そ、そう、なのですわね……」
「だから、何があってもスファーレには生きていて欲しいし、俺はスファーレを幸せにしたい。その為なら、俺は殉死でもなんでも約束するよ」
「…………」


その発言を聞いて、スファーレは自身の言動が軽率だったことを恥じ、もう一度キスをして答えた。

「ごめんなさい、お兄様。先ほどのお願いは取り消しますわ? ……二人で絶対に、最後まで生き抜いていくこと、これを条件にしましょう?」
「……分かった。スファーレがそうするなら、喜んでそうするよ」

「さあ、そろそろキイチゴを摘みましょう? 帰ったら久しぶりにみんなと、ジュースを飲んで楽しむのも良いですわね?」
「お、そりゃいいな! じゃあ、張り切って始めるとしますか!」

そう言うと二人は立ち上がり、キイチゴを摘み始めた。
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