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第3章

ヤンデレキャラが縁談の場で本性を露わにするの、良いよね

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そして縁談の当日になった。

「やっぱりシリルさんは、その恰好が似合うな」
「うーん……。あまりこういうのは好きじゃないんだけどな……」

シリルは先日のお茶会の時と同じタキシードを身にまとい、ザントに褒められながらも、少し恥ずかしそうに答える。
その様子を見ながらセドナも笑っていた。因みに彼女は今回、縁談の手伝いと言うこともあり来客用の豪奢なメイド服を身にまとっている。

「アハハ、けど、スファーレと結婚したらそういう服を着る機会も増えるんじゃない?」
「けど、俺は結婚はなあ……」
「あれ、スファーレのこと嫌いじゃないよね?」
「まあな。けど、あの方は妹みたいなものだから……」

やはりシリルには、スファーレのことを異性としてみることが出来ないことは変わらなかった。これは、セドナがいつもシリルと一緒におり、彼女が異性の基準となっていたことも大きいのだろう。

だが、事実上今回の結婚は、選択の余地がないことをシリルは分かっているため、シリルは特に文句を言うことは出来なかった。

ザントはシリルを褒めながらも、少し口をとがらせてつぶやいた。

「けど、ずるいよな、シリルさんばっかりモテて……俺みたいな優しいタイプの人間ってモテないのか?」
「うーん……。ザントってよく自分のこと優しいって言うけど、そんなに親切だったっけ?」
「え?」
「正直、ザントがあまり人から『ありがとう』って感謝されてるの見たことないけどなあ……」
「う……」

それを言われて、ザントは少し顔を赤らめた。
シリルは来客に対してよくお菓子を作っているし、地域の活動にも積極的に参加して、病気の老人には薬を格安で譲ることも多い。
また、社交の場でも中心になって話題を盛り上げたり、話に入れない人をうまく話題に入れてあげたりなど、気遣いも出来ている。

ザントはシリルの普段の言動を思い出して、先ほどの自身の発言が軽率だったことを理解した。

「……そうか、俺は……ただ、何もしていないだけだよな……。シリルさんが普段やってること、全然やれてないし……」

セドナは自身の発言がザントを傷つけたのを感じ取ったのか、少しバツが悪そうに手を振る。

「アハハ、そんなこと言わないでよ? それに、優しさ以外にもアピールポイントはあるでしょ? ……ザントも今夜はダンスパーティだよね? 出会いのチャンスじゃん?」
「え? あ、はい……」

だが、ザントはいつもと同じ普段着を身にまとっている。
以前に比べると給金が増えたのだが、それを自身の趣味にばかり充てており、被服費に充ててはいないことが見て取れた。

「だったら、もっとオシャレしなきゃ! ラルフ様、ザントにもお洋服貸してくれない?」

傍でシリルの縁談のための支度をしていたラルフは、ザントにほほ笑んで答える。

「ああ、構わんぞ。なんでも好きなものを着ていくと良い」
「え、良いんですか?」
「そもそも、シリルの服も私の借りものだからな。お前に貸さないというのも不公平だろう。好きなのを着ていってくれ」

半ば仕事でもある縁談と、完全に趣味であるダンスパーティとでは意味合いが異なるのだが、ラルフはそのようなことを気にする人柄ではない。

「ありがとうございます! じゃあ、服をお借りします!」

ザントは思わぬその申し出に、笑顔で頭を下げ、洋服部屋に歩いて行った。

「フフフ、これでザントも身だしなみを整えるようにして良ければいいんだけどね」
「そうだな。……あいつも見た目さえ整えたら異性にモテそうなのだがな」
「そうですよね、割と顔自体は良いんだし。……それじゃあ、そろそろ行きましょうか? ラルフ様、セドナ?」

そう言うと、3人は屋敷を後にした。




「場所は……やっぱりここなんだな……」

当然のように、以前のお茶会の場所で縁談は行われることになった。

「まあこのあたりでグリゴア領の人と会える社交的な場って、ほかにないんだよね」
「……そうだな。シリル、お前のことだから大丈夫だとは思うが、無礼のないようにな」
「ええ、任せてください」

しばらくすると、スファーレの義父母の馬車が来るのが分かった。
やはり、家計が火の車であることは事実なのだろう、シリルたちの馬車と同じくらい質素な馬車であった。

「お兄様!」
そう叫ぶと、スファーレは馬車から駆け下りてシリルのすぐ近くまで駆け寄ってきた。
以前のそっけない態度とはまるで違う、10年来の恋人に会いに来るかのような勢いで。

「スファーレ様、お元気でしたか?」
「今日はお兄様との縁談、何よりも心待ちにしておりましたのよ? 来ていただいてありがとうございます」
「あ、ああ……」

いつものゴシック調だが、今回は白を基調として、頭に大きなピンクのリボンを身に着けたスファーレは、まるで人形のような美しさを見せている。

(カルギス領に居た頃は……もっと動きやすい服が好きだったよな、確か……)

これは恐らく、スファーレの義父母の趣味なのだろう。
そう考えながら、シリルはスファーレの義父母を見つめた。

「やあ、ラルフ殿。先日のお茶会ぶりですな」
「ええ、本日はお会いできてうれしく思いますわ」

二人はラルフにはにこやかに挨拶をしながらも、どこかシリルに対して嫌悪感を持っていることは、見て取れた。
最も、エルフが人間の男性を嫌うのはいつものことなので、特には気にしなかった。

代わりにラルフがニコニコと笑顔を浮かべ、椅子を引いた。

「ハハハ、お二人も息災で何よりです。それでは、こちらにどうぞお座りください」
「お茶とお菓子もたっぷり用意したから、いっぱい食べてね?」

セドナはそうウインクすると、馬車からシリルと二人で手作りした大量のケーキとクッキーを取り出し、紅茶を注いだ。




「それにしても、カルギス領の自然は荒涼としていますが、これでよく、薬が作れますなあ……」
「ええ。この土地柄でも作物を選べば効力の高い薬も育ちますので。それに、薬師の腕も近年では上がってきております」
「なるほど。因みに私の身内には腕のいい薬師が居ましてな。スファーレが、そちらの使用人殿と結婚した暁には、我々もぜひ協力させていただきますぞ?」
「……あの、使用人ではなく、シリルです」
「おっと、これは失敬」

この縁談は政治の場でもある。
その為、最初はラルフとスファーレの両親がお互いに腹を探りあうような様子で話し合いを始めていた。
当然だが、スファーレの義父母は『スファーレが自身のスキャンダルを握っており、これを使って失脚を狙っている』と言う事実は知らない。

その為、やや傲慢な態度でラルフ達に対して接していた。

そして歓談が一区切りついた後、突然体調が悪そうにスファーレはうつむいた。

「う……すみません、ちょっと私、屋敷の方に行ってもよろしいですか?」
「む、どうした、スファーレ?」
「ええ、少し気分がすぐれなくて……」

その様子を見て、ラルフは少し心配そうに尋ねる。

「なに、大丈夫か?」
「ええ、実は馬車に揺られて酔ってしまっていたみたいで……」
「じゃあ、あたしが付き添うよ。……そうだ、シリルが運んであげて?」
「え?」

単純な力比べをしたら、シリルはロボットであるセドナに勝利することが出来ない。
そもそも『奉仕』を喜びとするセドナが、そういう仕事を自分に振ることはかなり珍しい。
だが、セドナは有無を言わせない雰囲気で、シリルの腕をぐいっと引っ張ってきた。

「……ごめんなさい、お兄様……」

更に、目を潤ませてお願いをするスファーレの顔を見ると、シリルは昔から断ることが出来なかった。

「……分かりました、しょうがないですね」

そう言うと、シリルはスファーレをお姫様抱っこした。
ギュッとシリルの首に手を回し、潤んだ瞳で見つめるスファーレ。

「フフフ、ありがとう、優しいですね、お兄様……」
「こうしてると、昔を思い出しますね、スファーレ様?」
「そうですわね。……いつも、ご迷惑かけてごめんなさい、お兄様」
「気にしないでください、後、聴きたいこともあるから、教えてください」
「ええ、もちろん」

二人はそう笑いあいながら、セドナと共に部屋に向かっていった。


「ふむ……」
「ラルフ殿、ちょうどあの二人の結婚についてですが……どのように思われますか?」

3人が去っていたのを見た後、耳打ちするように義父母は尋ねてきた。

「そうだな……。私としては、スファーレもシリルも大事な子どものようなものだ。だから、二人の意志にゆだねたいところだが……」
「なるほど、そうですな」

だが、その話題自体にはあまり関心が無いらしく、義父母はぐい、と体を乗り出して尋ねてきた。

「ところでこれは提案なのですが……あの人間のメイド……セドナ、と言いましたな?」
「え? ああ、そうですね」
「彼女を私たちにいただけませんか?」
「は?」

その提案に、ラルフは驚いた様子で声を上げた。

「あの娘の美しさ、私思わずほれぼれしてしまいましたわ? 人間と言うのが信じられないくらい! きっとあの子も着飾れば、社交界で花開くほどの容姿になりますし……私、あの子が欲しくなりましたの!」
「金は糸目はつけませんぞ? 先日スファーレが稼いでくれた臨時収入がありましてな、それで支払わせていただきます!」
「…………」

ラルフはその発言を聴き、自身が養子に出す相手を誤っていたことを恥じた。
この世界でも奴隷や人身売買は行われている現状だが、それにしてもこの二人のように露骨に他種族をモノ扱いするようなものは珍しい。
そのことに嫌悪感を感じながらもラルフはにっこりと笑い、

「すみませんが、彼女は私の大事な娘も同然。謹んでお断りさせていただきます」

と首を振って答えた。そして心の中で、

(……このような二人であれば、失脚することに心は痛まんな。シリル……後はお前次第だ……)

とつぶやいた。





「よいしょっと……大丈夫ですか?」

シリルはセドナが案内してくれた部屋に案内されると、スファーレをベッドに寝かせようとした。だが、

「ええ。実は気分が悪いというのは口実でしたから。兄さま、どうかこちらの席に」

スファーレはそう言うと、ひょい、と体を起こして近くの二人掛けの椅子に座った。
それを見て、シリルも同じく向かいにある椅子に座ったところで、セドナが内鍵を閉めてドアの前に立った。

「さあ、これで邪魔はいませんわ。……二人だけでお話したかったんですの」

因みにスファーレにとってセドナは『機械』であるため、人間とはカウントしていない。
シリルも同様であるため、特にそのことに疑問を持たず、早速口を開いた。

「なんで縁談を開いたのですか?」
「え?」
「スファーレ様であれば、もっといい男性と結婚できるのではないでしょうか? もしかして、ラルフ様のもとに帰りたいとかですか?」

スファーレはその質問に首を振った。

「それも無いわけではありませんが……。一番の理由は、シリル、あなたと結婚したいからに決まっていますわ?」
「……そうでしたか……」

シリルもさすがに、そこまで鈍感ではない。
スファーレが自身に好意を持っており、そのために縁談を結ぼうとしたことは何となく察しはついていた。
だが、改めて言われたことで、少し申し訳なさそうに頭を掻く。

「その、確かに私はスファーレ様のことは好きですが、けど、それは……」
「兄として、と言うことですわよね?」
「……そう。だから……スファーレ様と結婚して、あなたを幸せにできないと思います……本当に申し訳ありませんが……」

そう頭を下げようとするシリルに、スファーレはにやり、といつもは見せない笑みを見せた。

「……そんなことは分かっていますわ。だから、素敵なものを用意しましたのよ? ……セドナ」
「うん、ちょっと待ってね? ちゃんとこの部屋に置いておいたんだから!」

そう言うと、セドナは部屋の片隅にあった棚に置いてある薬瓶をスファーレに差し出した。

「……なんだ、これは?」
「惚れ薬ですわ。あの女……ミレイユにさんざんゴマをすって、ようやく調合していただきましたの」
「惚れ薬?」

シリルは驚いたようにそう答えた。
この世界においても、このような『他者の心を操るような薬品』はめったなことでは手に入ることは無い。
更に『聖女の奇跡』を付与したようなものであればなおさらだ。

「飲めば、たちどころに私のことを好きになる効果がありますのよ。これをお飲みくだされば、私を愛せずに悩むことは無くなりますわ?」

ニコニコとしながらも寒気がするような表情を見せながら、スファーレはシリルの方を見つめる。

「な……」

惚れ薬を飲んで相手に対する意識を捻じ曲げるということは、一種の洗脳だ。それは当然『今までの自分ではなくなる』ということを意味するため、シリルにとっても抵抗が大きい。

「セ、セドナ……その、これは……」

その様子に空恐ろしいものを覚えたシリルは、思わずセドナに目で助けを求める。
だが、セドナはその様子を意外そうに見つめた。


「あれ、どうしたの、シリル? 早く飲みなよ?」
「は?」


そのセドナの口調には、かけらも悪意を感じなかった。
セドナはその長いポニーテールを揺らしながら、いつもの屈託のない笑顔でスファーレの隣に立つ。

「えへへ、いいアイデアでしょ? この『惚れ薬』を飲んだらさ。シリルもスファーレも……ラルフ様も領民のみんなも幸せになれるでしょ?」

まるで、シリルに褒めてもらうことを待ち望む子犬のような表情をしたセドナに、思わずシリルは答える。

「なんだよ、その幸せって……」
「だってさ、シリルは『好きな人と添い遂げること』が幸せだって言ってたでしょ?
だったら、その薬を飲めば解決するじゃん! それにスファーレって、すごい可愛いし優しいでしょ? だから、シリルが結婚すれば幸せになれるって聞いてるしさ!」

(そうか……)
いつもと同じようにニコニコと答えるセドナを見て、シリルは合点がいった。
……どんなに人間に似せていても、所詮セドナはロボットであると。


セドナは「シリルがスファーレを好きになり、添い遂げることが万人の幸福につながる」と学習していた。

だが、その学習には「シリルが(本人の自由意思により)スファーレを好きになる」と言う、人間であれば当然理解しうる暗黙の了解が抜けていたのである。

これは、そもそもセドナの居た世界には『惚れ薬』と言う都合の良い代物が存在しなかったことが大きい。その為『惚れ薬を用いて他者に恋愛感情を抱かせる』と言う行動の問題点自体が理解できないのだろう。

そのことを知る由もないが、シリルはこの部屋に、自身の味方に立つものがいないことを理解した。
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