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第2章

小さい子にも本気で威嚇するヤンデレ少女、良いよね

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「お兄様!」
「え? ……あ、スファーレ様!」

突然声をかけられ、シリルは驚いたように振り向いた。
そこにはフリルたっぷりのゴシック調の服を着て、良く整えられた黒髪を肩まで伸ばした、かわいらしい容姿の少女が立っていた。

「お久しぶりです、元気でしたか?」

仮にも自身が尊敬する主君の義理の娘であるため、シリルは上品な口調を意識し、背筋を伸ばしてそう答える。

「もう、シリルったら。昔は『スファーレ』って呼び捨てだったじゃありませんか?」
「ええ、幼かったあの時は、とんだ無礼を働いていましたね……」
「そうじゃなくって、その……。……まあ、良いですわ。お兄様は、ここで何をされているんですの?」
「え? ああ、薬の行商に来ていたんですよ」
「お薬? そう言えば、最近私の近くでも評判になっていますわ。カルギス領で有名な薬師って、お兄様たちのことでしたの?」
「薬師ってほどたいそうな薬を売っているわけでもないんですけどね」

実際に、今回行商した薬はプロテインやビタミン剤などの他は、基本的には身の回りのちょっとした病気に効果がある程度のものに過ぎない。

どちらかと言えば、普段から服用することで身体機能を回復させたり、未病を直すような効能のものが中心である。
むろんこれは、心臓病や内臓疾患などを直すことのできる聖女ミレイユの薬との差別化を図るためでもあるのだが。

「ところで、シリル。この花飾り、どうですか?」
「……え?」

そう言われてシリルはその花飾りを見て、笑みを浮かべた。

「ええ、とてもお似合いです。スファーレ様の美しい髪をきれいに引き立てていますね」
「フフフ。ありがとう、シリル」

そう言われて気を良くしたのか、スファーレは嬉しそうに笑った。
そしてスファーレは隣にいるザントの方を見て、尋ねる。

「それと……そちらの獣人の方は、どちらですの?」
「ああ、こちらはザント。ラルフ様のもとに新しく入った使用人ですよ。ザント、こちらの方がスファーレ様だ。以前説明したから覚えているな?」
「ええ。はじめまして、ザントと申します」

ザントはそう、恭しく頭を下げて挨拶をした。

「ええ、ごきげんよう。ザントと言いましたね。シリルと働くのは大変ですか?」
「え? あ、えっと、あの……」

やはり、初対面の人間と話をするのはまだ慣れていないのだろう。また、相手が美少女で、かつ主君の義理の娘ともなれば猶更だろう。ザントはどぎまぎとした様子で言葉を詰まらせる。だが、しばらくした後に、

「そ、その、結構よくしていただいて、とても、楽しいです」

と何とか口に出した。

「まあ、羨ましいですわ。私も本当はお兄様と一緒に仕事をしたかったのですが……」
「アハハ、そうしたら、毎日獣肉も白パンも食べられない生活になっちゃいますよ、スファーレ様?」
「私はお兄様が一緒に居られるなら、飲むのが泥水でも構いませんわ? ……なのに、お義父様は私を養子に出すんですもの」
「……そうですね。ただ、ラルフ様は……」
「ええ。私に学問を身に付けさせて、自立した人生を送らせるため……それは分かっていますわ。あの領地に居たらきっと、生活のために……よその領地のエルフの次男坊当たりと結婚させられていましたからね……」

そう憂うような表情でスファーレは答える。
領主には領民を養う義務があるのはこの世界でも同様である。
スファーレの容姿であれば、少なくとも老いるまでの十数年の間は妻としてエルフの領主にも拾ってもらえただろう。

もしスファーレが自領に残っていた場合、その際に得られる支度金を用いて領民を養う選択をする状況に陥った可能性は高い。
……仮に領主であるラルフが拒んでも、周囲がそれを強要するだろうことは容易に想像できる。

「ところで、そちらの義父母とは仲はよろしいのですか?」

そうシリルは質問するが、スファーレはあまり良い表情を見せなかった。

「悪くはありませんわ。ただ……私をお人形さんのように扱っているのが分かるのが、嫌ですの。良い服を着せて、かわいらしい態度を要求して、お礼を強要する。正直嫌なところも多いですわ」
「それは……」

酷い、と言おうとしたが、あえてシリルは飲み込んだ。
正直なところエルフから見た人間の少女の扱いなどどこでも似たようなものであり、その中でも少なくとも形はどうあれ『大事にされている』というだけでマシではあるためだ。
だが、シリルはスファーレを見つめ、尋ねる。

「その……私に出来ることは……ありませんか?」

シリルがその発言に言葉を詰まらせるのを見て、スファーレは心の中で笑みを浮かべる。

「それでしたら、私の手紙にもお返事を下さいませ。……それが、私にとって何よりの励みになりますから」
「ええ、それくらいでしたら、もちろんやらせていただきます」

シリルはそう言うと、以前もらった手紙の返事を書きかけだったことを思い出し、心の中で少し恥じるような顔を見せる。

「ところでシリル。あなた、今は買い物中ですか?」
「ええ。薬の売り上げが入ったので、買い物に来ていたんですよ。……そうだ、スファーレ様。よかったら一緒に参りませんか? 少しでも気晴らしになればと思いますから」
「え、良いんですの?」
「はい。ザントも良いよな?」
「え? あ、はい……」
(……ちっ……お兄様とふたりっきりになれると思ったのに……)

そうザントも答えるのを見て、心の中でスファーレは舌打ちした。
だが、すぐに気を取り直すとシリルに対して少しもじもじするような仕草を見せてきた。

「えっと、お兄様。人ごみも多いですし、その……」
「ええ、人が多いところは苦手ですか?」
「そうじゃなくて、その……」

そこまで言いながらも中々言い出せない様子のスファーレを見て、
(ああ、そういうことか)
と考えたザントは、シリルにそっと耳打ちした。

(あのさ、シリルさん。スファーレさん、手をつなぎたいんだよ、きっと)
(え? あ、そうか。確かに人ごみではぐれたら危険だしな)

それを聞いて、シリルは少し慌てたようにスファーレに手を伸ばした。

「スファーレ様。手をつないでいきましょうか?」
「え? あ、そ、そうですわ! その、しっかり握ってくださいませ!」

シリルから差し出された手を真っ赤な顔でスファーレは握った。
そして、シリルは少し昔を懐かしむような表情で、フフフ、と笑う。

「なんかこうしていると、スファーレ様と遊んだ昔を思い出しますよ。今日ははぐれてどこかに行かないでくださいね?」
「もう……。お兄様、私は子どもじゃありませんのよ?」
「ですが、私にとっては、スファーレ様は妹みたいなものですから」
「妹、ですか……。フン……お兄様はそう思うのですね……」

スファーレは小さな声でそうつぶやいたが、それはシリルの耳には入らなかった。




「これも良いですし、これも……」
「あら、ドワーフの方なら、こういうお菓子の方がよろしくってよ?」

二人が楽しそうに買い物をする中、ザントは面白くなさそうにその光景を見つめていた。

(なんでだろうな。シリルさんばっかり、ああいう可愛い子と仲良くなれるのに、俺のもとにはああいう可愛い彼女がいないんだろ? スファーレさんも素敵だよなあ……髪も声もきれいだし……。俺も彼女欲しい! マジで!)

そう思いながらも二人の買い物に付き合いながらもその様子を見て、自分のことを顧みるように考え始めた。

(それにしても……男女で買い物するときってあんな感じなんだな。相手を否定しないで、いろいろ提案して……結構難しいんだな)

そう思いながら、ザントはしばらく後ろを何も言わずについていくうちに、少し表情を変えていった。

(あの二人を見ているとわかるけど……。もし俺がハーレムを作っても、あんな風には話せないよな。……ただ相手が話題を振るのを待って、それに反応するだけのデートをして、その上で『つまんない男』と見捨てられるのは、嫌だな……。少しでもここで会話力を身につけないと……)

そう思ったザントは、近くにあった髪飾りを指さして、シリルたちを呼び止めた。

「あ、あの?」
「ん、どうした、ザント?」
「この髪飾りなんかドワーフの方に似合うんじゃないか?」

やはり敬語は慣れないのだろう、いつの間にかザントは普段の話しかたに戻っていた。
だがシリルもスファーレもそのあたりは気にしない様子であった。

「へえ……どう思います、スファーレ様?」
「とてもいいと思いますわ。見た目が落ち着いていますし、ドワーフの方はこういう細工の細かいものを好みますよね?」
「そ、そうだよ! 前、知り合いのドワーフが、こんな感じのを買っていたのをみていたんだ……」
「おお、そうなんだな? よし、これを買うか。ありがとな、ザント」
「え? あ、いや……」

そう言うと、ザントは少し恥ずかしそうに顔をそむける。
スファーレは引き続きその露店にあった髪飾りを見ながら、つぶやく。

「けど、私が使うならこういう明るい色の方が良いですわね……」

それを聞いたシリルは、財布の中身を確認した後、店員を呼んだ。

「そうですか? じゃあ、それも買います。すみません、この髪飾りもください」
「え? あ、その、別にそんなつもりじゃあ……」

慌てた様子で答えるスファーレに、シリルは笑みを浮かべたまま答える。

「いいんですよ。いつも手紙をくださってますし、そのお礼です。どうかもらってください」
「……ありがとうございます、お兄様。……一生の宝にしますわね?」

シリルから手渡された髪飾りを嬉しそうに受け取った。
その幸せそうな表情を見て、ザントは二人に提案した。



「そうだ、セドナさんにもプレゼントを贈るのはどうかな?」
「セドナに?」



その発言に、シリルとスファーレはどちらも不思議そうな表情を見せた。

「ほら、このブローチとか、セドナさんに似合わないか?」
「いや、あいつは機械だからな。そんなの貰っても喜ばねえだろ」
「そうですわ。そんなものを渡すより、私たちが楽しむ方がセドナも喜びますわよ」

当然、スファーレもセドナの正体については過去に何度か会っているためよく知っている。
因みに、セドナがロボットであることを知っているのはグリゴア領ではスファーレだけであり、ミレイユも彼女を人間だと信じ込んでいる。

「そ、そうですか?」
「ああ。……ザント、ひょっとしてあいつを人間だと思ってないか?」
「え、いや、そうじゃないけど……」
「だろ? じゃ、買い物続けようぜ?」
「うーん……。分かった。とりあえずは今日は買わないでおくよ」

あくまで『どんなに素敵な相棒でも、機械は機械』として接しているシリルたちとは異なり、一種の『人間の延長』のような感覚でセドナに接している。
そのあたりが、ザントの言動には表れている。




そして日もある程度落ちたところで、シリルは答える。

「よし、今日はこんなものだな。付き合ってくれてありがとうございます、スファーレ様?」
「いえ、私も楽しかったですわ。それに、髪飾りも……ありがとうございます」

スファーレは勝ってもらった髪飾りを頭に着けて、嬉しそうにそれを手で触る。

「ところで、その、お兄様? ……お兄様はまだお姉さま……ミレイユ様を愛していらっしゃるのですか?」
「え?」

突然そうかしこまった態度で尋ねられたシリルは、思わず言葉を詰まらせた。

「……ええ。その……。はい」
「それでしたら、近いうちに私がお二人を引き合わせる機会を作って差し上げますわ?」

そう言いながらスファーレはにっこりと笑みを浮かべる。
スファーレが聖女ミレイユと仲が良いことは、すでに手紙のやりとりで知っていた。そしてシリルは幼少期から聖女ミレイユに好意を持っていたことも、スファーレはその雰囲気から察していた。

「え、良いんですか?」
「……ええ、もちろんですわ。きっと、お兄様の魅力もお姉さまは分かってくださいますわ?」
「そ、そうですか……楽しみです……」

それを聞いて、シリルは今までにない表情を見せるのを見て、スファーレは一瞬面白くなさそうな表情を見せた。

恥ずかしそうに頭を掻くシリルを見て、スファーレは、
(そして、こっぴどく振られたところで、私がしっかり慰めてさしあげますわね? もう、私こそが世界一の相手だと思うくらいに……それでもだめなら……フフフ……最後の手段を使いますわ……お兄様……)
と、聞こえないようにつぶやいた。

「それでは、お兄様、ごきげんよう」
「ええ、ありがとうございます、スファーレ様」

そう言うと、スファーレは別れを告げて街の方に去っていった。



スファーレが見えなくなったところで、ザントは尋ねた。

「シリルさん。あのスファーレさんとシリルさんは付き合ってるんの?」
「はあ? 何言ってんだよ。あいつはラルフ様の義理の娘さんだからな。お互い兄妹みたいなもんだよ」
「へえ……」

そう答えるシリルに、ザントは少し面白そうに笑った。

(スファーレさん、絶対シリルさんのこと好きだよな……。あの調子だと、面白いもんが見れそうだな……)

そう思ったため、敢えてそれ以上の質問を避けることにした。
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