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第1章
主人公と相棒が恋人同士と勘違いされるの、良いよね
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そして、シリルたちは領地を馬車で移動しながら、街の広場に到着した。
「あ、シリル坊ちゃん!」
「セドナちゃんも来た!」
広場に到着すると、そこにはすでに何人か男女が集まっていた。
「来るの遅かったな、どうしたんだ?」
「あはは、悪い。あちこち回るようにラルフ様から言われてたからさ……」
シリルたちは馬車で領内を移動する際に、意図的に治安の悪い場所を通るようにラルフから指示されている。
むろんこれは、領地の使用人が治安の悪いところを移動することにより、事前に犯罪を防ぐことが目的である。
また、万一トラブルが起きていたとしても、人間であるシリルや、高い身体能力を持つセドナは肉体的にエルフや夢魔が相手ならば解決できるということもある。
因みにシリルは実際にはラルフの使用人でしかないが、幼少期からラルフに仕えており、かつその二人の親子のような関係性を知っている村人たちは、シリルを『坊ちゃん』と呼んでいる。
シリルは村人たちと挨拶を交わしながら、少し心配そうに答える。
「それで、最近はどうだよ、あんたたちの方は?」
「え? ……ああ、そういやさ! こないだ、ついにおふくろの病気が治ったんだよ!」
そう言うと、男は後ろにいた老婆を指さした。
「ええ、ええ。シリルさん。先日からありがとうございました」
「アハハ。足の病気が治ったんならよかった。薬湯は役に立ったんだな?」
「それはもう。……本当に、助かりました……」
そう言いながら老婆は何度も頭を下げてくるのに少し恐縮したように、ラルフは笑う。
「けどさ、まだ完治はしてないと思うから、もう少しこれ、飲んどきなよ?」
そして、馬車から粉薬を一袋取り出し、老婆に手渡した。
「ええ、そうさせていただきます……。ラルフ様にも、お礼を申し上げてください……」
「ああ、もちろん。……他には、困っている人はいないか?」
シリルがそう言うと、周囲が次々に声を上げてきた。
「すまねえ! うちの息子が実は指を切っちまって……。それで、血止め用の薬はねえか?」
「え? わかった。じゃあこれだな」
「すみません。最近夜に眠れなくて……。何かいい薬ありませんか?」
「うーん……。じゃあ、こいつが良いんじゃないかな」
そう言いながら、シリルはそれぞれ異なる薬を手渡す。
「ありがとうございます、シリルさん! で、代金替わりなんすけど……こんなもんで良いっすか?」
そう言うと村人たちは先ほど渡した薬の材料になる、薬草をいくつか手渡した。
「ああ。これだけあったら、あんたらに渡した薬湯の分を差し引いてもたっぷり釣りが出るよ」
シリルたちは福祉施策の一環として、ここ数年の間荒れた土地でも育つ薬草を調合しながら薬湯の製造を行い、村人たちに振舞っている。
代金替わりとして、その原料となる薬草を受け取っており、これにより薬湯を量産する体制を整えてきていた。
「……けど、大丈夫か? もし薬草を採りつくしちまったら、困るんじゃねえか?」
だが、村人である中年のドワーフは、胸を叩いて笑う。
「もう野生のものは採ってないから大丈夫でさあ! 前にセドナちゃんから教わった農法……えっと、牛糞を使って土地を肥やすやり方っすね? それで薬草を育てたら、これがてきめんで! 寧ろ草が生えすぎて困ってるくらいっすよ!」
「へえ……。それならよかったよ」
少し遠めに見えている畑を見ると、数年前は本当にひどい荒地だったところだったが、少しずつ緑が増え始めている。
勿論大地の肥沃さは、聖女ミレイユによる『聖女の奇跡』があった時とは比較にならないが、それでも地道に土地を肥やすための努力をした成果が表れていることが感じ取れた。
現在では自給自足とまではいかないが、かろうじて内職を休まず行うことで、生きていくことだけは出来る程度には生産が行えている。
「そういや、セドナの姐御は?」
「ああ、あっちで読み書きを教えてるよ」
セドナは薬草の回収と、対価としての薬湯の譲渡を主な仕事としてラルフから言いつけられている。
当然忙しい時にはセドナも同じように村人の相手をするのだが、今のように人手に余裕があるときには、セドナは物語を話したり、或いは読み書きを教えたりしている。
少し離れたところで、セドナはそのポニーテールの髪を揺らしながら、青空教室で授業を行っていた。
「セドナさん! 見て下せえ!」
そう言うと、ドワーフの中年男性は乱雑な字で『セドナ』と書かれた粘土板を見せた。
「え? これ、あたしの名前書いてくれたの? ありがと! 嬉しいよ!」
「えへへ、セドナさんのおかげで、ちょっとだけど文字が書けるようになったんすよ。それと、ほら、ほかにも書きやしたよ!」
今度は『ラルフ』『シリル』と書いてみせた。
「凄い、ラルフ様やシリルの名前も覚えたのね!?」
「あたしだって、ほら!」
近くにいた老婆も、『ありがとう、セドナさん』と書かれた粘土板を見せた。
「これで、ありがとう、って意味だろ?」
「うん、そうだよ! お婆さんも、凄いね!」
カルギス領は以前グリゴア領で行われた『養子政策』と言う施策によって、大量の子どもが流出したことがある。
その為、この街に居るのは基本的に行く当てのない中年や老人ばかりであり、とうぜんここで文字の読み書きを教えるのも高年齢の世代ばかりである。
「みんな、頑張ってるみたいだし、今日は別の文字を教えるね? ……そうだね、今みんなが育ててくれている薬草の名前を教えるから!」
セドナはその年老いた生徒たちの成長を喜ぶような表情を見せながら、文字を教えている。
だが、その様子を遠巻きに見ていた一人の老人が、少し不思議そうに尋ねた。
「けどさ、確かに読み書きを教わるのは良いけど……。俺たちが今更学んで、いったい何の役に立つんだ?」
「ああ、あんたは今回が初めての参加なんだね。……セドナちゃん、言ってやんな」
「うん!」
老婆がそう笑うと、待ってましたとばかりにセドナは一冊の書籍を取り出した。厚さはさほどでもない。
「……フフ。みんなが文字を覚えて一番役に立つのはね? ……この本が読めるようになることなんだよ!」
「なんだよ、これ?」
「あたしたちが渡している薬湯の調合方法が詳しく書いてある本だよ! 実はこれ、あたしが領内のみんなのために書いた本なんだけど……これが読めるようになったら、分かる?」
その質問に、少し首を傾げた後、老人は答える。
「えっと……。俺たちが薬湯を作れるように、なる……?」
「そう! そうしたら、皆も薬湯を自分で作れるようになって、それを売ったりすることも出来るでしょ?」
ほう、と少し魅力に感じたような表情を見せたが、その老人はまた訝し気に尋ねてきた。
「けど、そんならセドナさんたちが直接教えてくれたらいいじゃねえっすか?」
だが、セドナはちっちっちと指を振る。
「そう思う? けど、薬湯の調合は沢山種類があるし、凄い複雑なのもあるんだよ。ちょっとでも間違えたら、薬効が下がったり、最悪副作用が出たりするんだ。……もしあたしたちが教えたとして、それをきっちりと手順も種類も忘れないでい続けることは出来る?」
そう言われて、その老人は口ごもった。
「む……。確かに最近、物忘れがひどいからなあ……」
「それに何より、あなた達が調合をマスターしたら、ほかの人にも教えてもらうつもりだから! それなら、間違えないように読み書きを覚えていた方が良いでしょ?」
「なるほど……。けど、これ以上俺たちの村に人が来ることはあるのか?」
「ふっふっふ。大丈夫! あたしたちには『秘策』があるんだから、ね! だからがんばろ?」
そう言ってセドナは老人の肩を叩いた。
「ふむ……。それなら……俺もやってみるか!」
「うん、それならあたしも嬉しいよ! リスキリングは大変だと思うけど、一緒にやっていこうね?」
「……りす……きりんぐ?」
「え? ああ、何でもない。今のは忘れて?」
聴きなれない言葉に老人が聞き返すが、セドナは少し焦ったように手を振った。
そしてしばらくした後、遠くからラルフの声が聞こえてきた。
「おーい。セドナ? 悪い、そろそろ人が増えてきたからさ、手伝ってくんねえか?」
「え? えっと……」
ちょうど質問を受けていたところだったのだろう、少し慌てた様子でセドナが答えると、周囲の老人たちはニヤニヤと笑って答えた。
「ほら、言ってやんなよ。彼氏が待ってるよ?」
「彼氏?」
老人のからかうような口調に、セドナはきょとんとした表情で答えた。
「あれ、違うのかい? てっきり、セドナちゃんとシリル坊ちゃんは付き合ってると思ってたんだけど……」
老人たちの質問に、セドナはアハハ、と笑って答える。
「んなわけないじゃん! シリルのことは相棒だし、大好きだよ。けど、あたしはシリルと……ううん、誰とも付き合えないんだ」
「ん? ……まあセドナちゃんにもいろいろあるか」
その発言に少し違和感を感じたようだが、そもそもこのカルギス領に残るようなものは過去に様々な事情を抱えた者たちの集まりだ。
そのため、特に事情を詮索しようとはしなかった。
「にしてもよ。シリルの坊主、あんだけ良い奴なんだし、早く結婚相手が見つかると良いんだけどな」
中年ドワーフはそう言うと、はあ、と少しため息をつきながら、続けた。
「やっぱりスファーレの嬢ちゃんがいてくれたら、よかったんだけどな……」
「スファーレか……」
セドナがそうつぶやくが、先ほどの老人が効きなれない言葉に、思わず尋ねてきた。
「え、スファーレって、誰の事だ?」
「ああ、あんたは最近うちに来たから、知らないか。……ラルフ様の前妻の娘さんだよ。今はグリゴア領に養子に出されてるけどね。人間なのに優しくて、まじめで、育ちもよくって……。本当に素敵な子だったよ?」
その発言に少し引っかかるものがあったのだろう、老人は口を尖らせた。
「『人間なのに』って言い方はひでえな……。俺やシリルの坊ちゃんも人間なんだぞ?」
「え? ああ、悪かったよ。……とにかく、ラルフ様は物わかりが良すぎたのさ。『生きるのに精いっぱいな我が領地では、愛娘にきちんとした教育を受けさせられない』って言って、養子に出しちまうんだもの。本当はラルフ様も、手元に置いておきたかっただろうに……」
カルギス領はその土地柄から、エルフ以外の他種族が数多くおり、特に人間が他の領地に比べて比率が高い。
これは、この老婆が無意識に発した発言からも分かるように、人間がこの世界で差別を受けやすく、その結果この領地に流れてくるからでもある。
「そうなんだ。『シリルはスファーレと結婚するとみんなも嬉しい』ってことか……。よし。学習した! じゃあまたね!」
そう言うと、セドナは明るい笑顔と共に老人たちに手を振り、別れを告げた。
「あ、シリル坊ちゃん!」
「セドナちゃんも来た!」
広場に到着すると、そこにはすでに何人か男女が集まっていた。
「来るの遅かったな、どうしたんだ?」
「あはは、悪い。あちこち回るようにラルフ様から言われてたからさ……」
シリルたちは馬車で領内を移動する際に、意図的に治安の悪い場所を通るようにラルフから指示されている。
むろんこれは、領地の使用人が治安の悪いところを移動することにより、事前に犯罪を防ぐことが目的である。
また、万一トラブルが起きていたとしても、人間であるシリルや、高い身体能力を持つセドナは肉体的にエルフや夢魔が相手ならば解決できるということもある。
因みにシリルは実際にはラルフの使用人でしかないが、幼少期からラルフに仕えており、かつその二人の親子のような関係性を知っている村人たちは、シリルを『坊ちゃん』と呼んでいる。
シリルは村人たちと挨拶を交わしながら、少し心配そうに答える。
「それで、最近はどうだよ、あんたたちの方は?」
「え? ……ああ、そういやさ! こないだ、ついにおふくろの病気が治ったんだよ!」
そう言うと、男は後ろにいた老婆を指さした。
「ええ、ええ。シリルさん。先日からありがとうございました」
「アハハ。足の病気が治ったんならよかった。薬湯は役に立ったんだな?」
「それはもう。……本当に、助かりました……」
そう言いながら老婆は何度も頭を下げてくるのに少し恐縮したように、ラルフは笑う。
「けどさ、まだ完治はしてないと思うから、もう少しこれ、飲んどきなよ?」
そして、馬車から粉薬を一袋取り出し、老婆に手渡した。
「ええ、そうさせていただきます……。ラルフ様にも、お礼を申し上げてください……」
「ああ、もちろん。……他には、困っている人はいないか?」
シリルがそう言うと、周囲が次々に声を上げてきた。
「すまねえ! うちの息子が実は指を切っちまって……。それで、血止め用の薬はねえか?」
「え? わかった。じゃあこれだな」
「すみません。最近夜に眠れなくて……。何かいい薬ありませんか?」
「うーん……。じゃあ、こいつが良いんじゃないかな」
そう言いながら、シリルはそれぞれ異なる薬を手渡す。
「ありがとうございます、シリルさん! で、代金替わりなんすけど……こんなもんで良いっすか?」
そう言うと村人たちは先ほど渡した薬の材料になる、薬草をいくつか手渡した。
「ああ。これだけあったら、あんたらに渡した薬湯の分を差し引いてもたっぷり釣りが出るよ」
シリルたちは福祉施策の一環として、ここ数年の間荒れた土地でも育つ薬草を調合しながら薬湯の製造を行い、村人たちに振舞っている。
代金替わりとして、その原料となる薬草を受け取っており、これにより薬湯を量産する体制を整えてきていた。
「……けど、大丈夫か? もし薬草を採りつくしちまったら、困るんじゃねえか?」
だが、村人である中年のドワーフは、胸を叩いて笑う。
「もう野生のものは採ってないから大丈夫でさあ! 前にセドナちゃんから教わった農法……えっと、牛糞を使って土地を肥やすやり方っすね? それで薬草を育てたら、これがてきめんで! 寧ろ草が生えすぎて困ってるくらいっすよ!」
「へえ……。それならよかったよ」
少し遠めに見えている畑を見ると、数年前は本当にひどい荒地だったところだったが、少しずつ緑が増え始めている。
勿論大地の肥沃さは、聖女ミレイユによる『聖女の奇跡』があった時とは比較にならないが、それでも地道に土地を肥やすための努力をした成果が表れていることが感じ取れた。
現在では自給自足とまではいかないが、かろうじて内職を休まず行うことで、生きていくことだけは出来る程度には生産が行えている。
「そういや、セドナの姐御は?」
「ああ、あっちで読み書きを教えてるよ」
セドナは薬草の回収と、対価としての薬湯の譲渡を主な仕事としてラルフから言いつけられている。
当然忙しい時にはセドナも同じように村人の相手をするのだが、今のように人手に余裕があるときには、セドナは物語を話したり、或いは読み書きを教えたりしている。
少し離れたところで、セドナはそのポニーテールの髪を揺らしながら、青空教室で授業を行っていた。
「セドナさん! 見て下せえ!」
そう言うと、ドワーフの中年男性は乱雑な字で『セドナ』と書かれた粘土板を見せた。
「え? これ、あたしの名前書いてくれたの? ありがと! 嬉しいよ!」
「えへへ、セドナさんのおかげで、ちょっとだけど文字が書けるようになったんすよ。それと、ほら、ほかにも書きやしたよ!」
今度は『ラルフ』『シリル』と書いてみせた。
「凄い、ラルフ様やシリルの名前も覚えたのね!?」
「あたしだって、ほら!」
近くにいた老婆も、『ありがとう、セドナさん』と書かれた粘土板を見せた。
「これで、ありがとう、って意味だろ?」
「うん、そうだよ! お婆さんも、凄いね!」
カルギス領は以前グリゴア領で行われた『養子政策』と言う施策によって、大量の子どもが流出したことがある。
その為、この街に居るのは基本的に行く当てのない中年や老人ばかりであり、とうぜんここで文字の読み書きを教えるのも高年齢の世代ばかりである。
「みんな、頑張ってるみたいだし、今日は別の文字を教えるね? ……そうだね、今みんなが育ててくれている薬草の名前を教えるから!」
セドナはその年老いた生徒たちの成長を喜ぶような表情を見せながら、文字を教えている。
だが、その様子を遠巻きに見ていた一人の老人が、少し不思議そうに尋ねた。
「けどさ、確かに読み書きを教わるのは良いけど……。俺たちが今更学んで、いったい何の役に立つんだ?」
「ああ、あんたは今回が初めての参加なんだね。……セドナちゃん、言ってやんな」
「うん!」
老婆がそう笑うと、待ってましたとばかりにセドナは一冊の書籍を取り出した。厚さはさほどでもない。
「……フフ。みんなが文字を覚えて一番役に立つのはね? ……この本が読めるようになることなんだよ!」
「なんだよ、これ?」
「あたしたちが渡している薬湯の調合方法が詳しく書いてある本だよ! 実はこれ、あたしが領内のみんなのために書いた本なんだけど……これが読めるようになったら、分かる?」
その質問に、少し首を傾げた後、老人は答える。
「えっと……。俺たちが薬湯を作れるように、なる……?」
「そう! そうしたら、皆も薬湯を自分で作れるようになって、それを売ったりすることも出来るでしょ?」
ほう、と少し魅力に感じたような表情を見せたが、その老人はまた訝し気に尋ねてきた。
「けど、そんならセドナさんたちが直接教えてくれたらいいじゃねえっすか?」
だが、セドナはちっちっちと指を振る。
「そう思う? けど、薬湯の調合は沢山種類があるし、凄い複雑なのもあるんだよ。ちょっとでも間違えたら、薬効が下がったり、最悪副作用が出たりするんだ。……もしあたしたちが教えたとして、それをきっちりと手順も種類も忘れないでい続けることは出来る?」
そう言われて、その老人は口ごもった。
「む……。確かに最近、物忘れがひどいからなあ……」
「それに何より、あなた達が調合をマスターしたら、ほかの人にも教えてもらうつもりだから! それなら、間違えないように読み書きを覚えていた方が良いでしょ?」
「なるほど……。けど、これ以上俺たちの村に人が来ることはあるのか?」
「ふっふっふ。大丈夫! あたしたちには『秘策』があるんだから、ね! だからがんばろ?」
そう言ってセドナは老人の肩を叩いた。
「ふむ……。それなら……俺もやってみるか!」
「うん、それならあたしも嬉しいよ! リスキリングは大変だと思うけど、一緒にやっていこうね?」
「……りす……きりんぐ?」
「え? ああ、何でもない。今のは忘れて?」
聴きなれない言葉に老人が聞き返すが、セドナは少し焦ったように手を振った。
そしてしばらくした後、遠くからラルフの声が聞こえてきた。
「おーい。セドナ? 悪い、そろそろ人が増えてきたからさ、手伝ってくんねえか?」
「え? えっと……」
ちょうど質問を受けていたところだったのだろう、少し慌てた様子でセドナが答えると、周囲の老人たちはニヤニヤと笑って答えた。
「ほら、言ってやんなよ。彼氏が待ってるよ?」
「彼氏?」
老人のからかうような口調に、セドナはきょとんとした表情で答えた。
「あれ、違うのかい? てっきり、セドナちゃんとシリル坊ちゃんは付き合ってると思ってたんだけど……」
老人たちの質問に、セドナはアハハ、と笑って答える。
「んなわけないじゃん! シリルのことは相棒だし、大好きだよ。けど、あたしはシリルと……ううん、誰とも付き合えないんだ」
「ん? ……まあセドナちゃんにもいろいろあるか」
その発言に少し違和感を感じたようだが、そもそもこのカルギス領に残るようなものは過去に様々な事情を抱えた者たちの集まりだ。
そのため、特に事情を詮索しようとはしなかった。
「にしてもよ。シリルの坊主、あんだけ良い奴なんだし、早く結婚相手が見つかると良いんだけどな」
中年ドワーフはそう言うと、はあ、と少しため息をつきながら、続けた。
「やっぱりスファーレの嬢ちゃんがいてくれたら、よかったんだけどな……」
「スファーレか……」
セドナがそうつぶやくが、先ほどの老人が効きなれない言葉に、思わず尋ねてきた。
「え、スファーレって、誰の事だ?」
「ああ、あんたは最近うちに来たから、知らないか。……ラルフ様の前妻の娘さんだよ。今はグリゴア領に養子に出されてるけどね。人間なのに優しくて、まじめで、育ちもよくって……。本当に素敵な子だったよ?」
その発言に少し引っかかるものがあったのだろう、老人は口を尖らせた。
「『人間なのに』って言い方はひでえな……。俺やシリルの坊ちゃんも人間なんだぞ?」
「え? ああ、悪かったよ。……とにかく、ラルフ様は物わかりが良すぎたのさ。『生きるのに精いっぱいな我が領地では、愛娘にきちんとした教育を受けさせられない』って言って、養子に出しちまうんだもの。本当はラルフ様も、手元に置いておきたかっただろうに……」
カルギス領はその土地柄から、エルフ以外の他種族が数多くおり、特に人間が他の領地に比べて比率が高い。
これは、この老婆が無意識に発した発言からも分かるように、人間がこの世界で差別を受けやすく、その結果この領地に流れてくるからでもある。
「そうなんだ。『シリルはスファーレと結婚するとみんなも嬉しい』ってことか……。よし。学習した! じゃあまたね!」
そう言うと、セドナは明るい笑顔と共に老人たちに手を振り、別れを告げた。
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