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第4章
兄を孤立させたことで、独占できることに喜ぶ自分に嫌悪する妹、良いよね
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ツマリは自室のベッドで膝を抱えていた。
(私は……最低だ……)
ここ数日の失態の繰り返しで、アダンを肉体的にも精神的にも傷を負わせたことで、強い罪悪感を抱えていた。
それに加えて、何よりも自己嫌悪に陥ったのは、自身の内面だ。
『アダンさんって、立派な人だと思ったけど、見損ないましたよ』
『あたしも。アダンのこと狙ってたけど、子どもを傷つけるような奴だなんて知ったら、嫌いになったよ』
『それに、もう剣は満足に触れないんだろ? ドワーフとしちゃ、そんな奴を夫にはしたくないなあ……』
そう周囲が口々に話していたのを聞いて、感じたのは怒りや苛立ちもあったが、それ以上に強かったのは、
(なんで、あんなことをアダンが言われてるのに、私はこんなに嬉しいのよ……! 全部私のせいなのに……!)
喜びだった。
アダンが周囲と孤立し、誰のものにもなることはない。もう自分以外に彼の魅力を知るものはいない。
そう感じた時に、胸の中から独占欲に似た、暗い歓喜の思いが溢れてきたのである。
そのことがなによりも、今ツマリ自身が己の酷薄さに気づかせることになり、傷ついていた。
そして何よりも今ツマリを苦しめているのは、
「お腹……空いた……。アダンの精気が……欲しい……!」
夢魔の本能からなる、激しい飢餓感だった。
むろんここ数日の間、精気以外のものを口にしてはいたが、それだけではそもそも栄養価も足りず、凄まじいほどの飢えがツマリを襲っていた。
(欲しい……アダンが……精気ガ……足リナイ……!)
むろん、アダン以外……例えばクレイズなど……でも精気を補給することは出来るだが、ツマリは本能的に、アダン以外の男から精気を受けることを拒否していた。
それに加えて、幼いころから兄として慕い、今では一人の男性として意識しているアダンへの思慕の感情は、食欲と性欲、更には支配欲や独占欲、征服欲が入り混じる、破壊的なまでの感情となってツマリの中に渦巻いていた。
にも拘らず、アダンに重傷を負わせ、指輪を破壊し、あまつさええん罪まで着せたことで合わせる顔がなく、ツマリはその苦しさに耐え続けていた。
(お腹が空いた。けど、アダン以外の精気は欲しクナい。アダンの精気が欲しイ。アダンが大好き。アダンの精気ガ欲しい。アダンの心が欲しい。アダンを抱きしメタイ。アダンに抱きしメられタい。けど、アダンを傷ツケタ。取り返しのつかナイ傷を負わせた。何もかも奪った。ソレナノニ……アダン、アダン……!)
そして今夜、
「ソウダ……。私ニ出来ルコト、アルジャナイ」
ツマリは憑りつかれたようにふらり、と立ち上がった。その瞳はかつてないほど明るく、深紅に染まり切っている。
アダンは部屋の中で、魔導書を読みふけっていた。
(うん……この魔法を使って……そして……)
そもそも、すでに剣の力ではツマリには到底及ばなくなっていた。そのこともあり、自身は魔法を中心に戦わなければならないことをアダンは前々より実感していた。
その為、魔法の勉強をすること自体は、苦ではなかった。
(そういえば……。はじめて魔法を習った時を思い出すな……)
幼少期のころ、アダンは両親に誘われ、近所の魔導士が開く教室に通っていたことがあった。
最初は難しかったが、徐々に魔法を操れるようになっていく感覚は楽しかった。
そして教室を修了するときに両親から、
(素晴らしいわ、アダン。これでツマリも安心ね)
(アダン、お前の力はツマリのためにあるんだぞ? それを忘れるなよ?)
と、暖かいほほえみと共に言われていたことを思い出した。
両親の笑顔を見たい一心で勉強をしていたアダンは、その言葉を純粋な誉め言葉として受け取っていた。
(ごめんね、ツマリ……僕がもっと強ければ……)
そう思っていると、ドアがトントン、と聞こえてきた。
「はい、どちらさまで……」
そこに居たのはツマリだった。
「ツマリ? いや、でも……」
いつもと違い、目がらんらんと光らせながらどこか壊れそうな笑顔を見せてきたツマリ。
そしてツマリは何も言わずにアダンを抱きしめると、その首筋に唇をつけた。……まるでサキュバスの本能をむき出しにするように。
「ぐ……いた……いたい……!」
「んぐ……んぐ……んぐ……」
いつもと違い、まるでアダンのことを思いやろうともせず、貪るように精気をぐびり、ぐびりとのどを派手に鳴らしながら吸い続けるツマリ。
その首筋に触れるようないつもの口づけではなく、絶対に獲物を逃がさないと言わんばかりに、歯を立ててギリギリとかみついてくる。
「…………」
最初は抵抗していたアダンも、そのツマリの中から伝わってくる、自身をも焦がすような激しい炎のような情欲と、それを持つ自身の心も凍らすような悲しい罪悪感にツマリ自身が壊れそうなほど苦しんでいるのを知り、なすがままに抵抗を辞めた。
「アダン、頂戴、モット、モット、モット……」
次第に足から力が抜けていき、自立できなくなっていくアダン。ツマリはそんなアダンを抱き上げると、そのまま後ろにあるベッドに倒れこんだ。
「足リナイ……アダンヲ……マダ、欲シイ、欲シイ、欲シイ……」
とうに許容量は超えているのだろう、ツマリは苦しそうな表情で精気を吸い続ける。だが、それでも満たされない、欲しい、もっと頂戴、と言わんばかりの思念がアダンに伝わる。
だがしばらくして、ツマリは口を離した。だが、
「ツマリ……その……」
その情欲と罪悪感の嵐はやむどころかますます強まっていた。アダンが口を開こうとするが、ツマリは左手でアダンのことを思いっきり抱き寄せる。
「アダン……アダン! ……ゴメンネ、本当ニ、ゴメンネ……」
そう言いながら、残った手でアダンの左手をぐい、と握りしめる。その瞳からはポロポロと涙が流れ落ちている。
「う……」
その痛みに思わず身をよじるが、それをツマリの腕力は許さなかった。あざが残るほどの握力で、アダンの腕を握りしめる。
「アダンノ、腕……細くナッテキチャッタネ……」
これまで鍛錬によって鍛えていた腕が、鍛錬が出来なくなったことで少しずつ細くなってきているのをツマリは気づいていた。
「私ノ、セイダヨネ……。アハハ……アレダケ努力シタ、アダンノ腕……私ガ奪ッチャッタンダヨネ……」
そう言いながら、ツマリは自分の腕を見せる。以前よりも成長によって徐々に太くなっていることをツマリも自覚していた。
「私ノ腕ハコンナニ太クナッタノニ……。私バカリ強クナッテ、アダンガ強クナル未来マデ、私ガ奪ッタンダ……」
「ツマリ……そのことは、もういいんだよ……! ツマリは僕を守るためにしたことでしょ!」
更にツマリは懐からブローチを取り出した。以前リボンのお礼としてクレイズから貰ったものだ。当然、先日アダンの指輪のお詫びに渡そうとしたが、アダンはそれを頑なに拒否していた。
「私ハコンナニ素敵ナブローチヲ貰ッタノニ……! 私ハアダンノ指輪ヲ壊シチャッタ……! アダンガ昔貰ッタ、大切ナ、大切ナ指輪ナノニ……」
「だからそのことも良いんだってば……! 指輪なんて、また作り直せばいいんだ!」
さらにツマリは、アダンをベッドの上に押し付け、
「ソレニ、私ガアノ子ヲ殴ッタコトデ、アダンガミンナニ嫌ワレルヨウニナッチャッタ……。……アダンガ頑張ッテ作ッタ絆マデ、私ガ奪ッテ、自分ノモノニシチャッタンダ……!」
先日の少女を殴りつけたことについては、アダンが犯人となる代わりにツマリがそれを必死で止めようとした、と言う話にすり替わっていた。
これにより、寧ろツマリは周りからの評判は出発前よりも良くなっていたほどだった。そしてそのことも、ツマリは自らを傷つける原因となっていた。
「そんなこともどうだっていい! それに、クレイズさん達は仲間のままじゃないか!」
なんども自らの罪を虚ろな笑顔を浮かべながら訴えるツマリを見て、アダンは泣きながらそれを撤回させようとする。
そしてツマリはニヤリ、と笑いアダンを押し倒すと四つん這いになる形でアダンの目をじっと見つめる。
ツマリの服が少しはだけ、胸の谷間が目に入った。
思わず目をそらすアダン。
「ツマリ、ちょっと、待って……」
「待タナイ。アダン、私ノコト、見テ……?」
そうツマリが言うとアダンの目をじっと覗き込む。
「アダン……。私ノ胸、見タイデショ? ……イクラデモ見テ良イヨ?」
「けど、ツマリ……」
「アダンノ大事ナモノヲ全部奪ッタカラ……。私ハ、私ノ全テヲアダンニアゲルネ?」
「……え……?」
そう言いながら、ツマリはまだ足りない、とばかりにアダンの首筋に再度かぶりつき、精気を吸っていく。
「う……」
あまりの急激なエナジードレインに、アダンは意識を失いかける。
だが、自身への独占欲にも似た愛情と支配欲にも似た性欲、その奔流ともいうべき凄まじい思念。
さらに頭の中で自身への愛の言葉が鳴り響き、気を失うことを許さなかった。
ツマリは唇を離すと、また虚ろな笑みでアダンを見つめる。
「私ハマダ、胸モ小サイシ……背モ低イケド……今ノ私ヲ抱ケルノハ、今ダケダヨ? ソレニ、コレカラドンドン大キクナルヨ?」
「ツマリ……ツマリ……!」
熱く、自身を焼くような感覚。そして自身に対するツマリが注いでくる愛の想い。
ツマリの可愛らしい顔を見て、そしてその眼前でツマリの熱い吐息がかかり、アダンの心も狂わせようとしてくる。
「今ノ私ノコトモ、アゲル……。モット大キクナッタ、未来ノ私モ、全部アゲル……欲シイ、デショ?」
「く……!」
だが、アダンはその自らも狂いそうな思念に抗いながらも、ツマリのその瞳をじっと見つめる。そのツマリの瞳があまりに美しく見え、アダンは思わず目を閉じる。
ツマリはさらに、ゆっくりとアダンの体にしなだれかかってきた。
妹だということは分かっている。そして自身にとって命よりもはるかに大切な存在だということも。
だが、今目の前で自身に身をゆだねている妹が、アダンには『女』にしか見えなくなりつつあった。
「コレカラハネ? アダンハモウ何モシナクテイイヨ……? 私ガズット一緒ニ居テ、アダンノオ世話、シテアゲル……。ゴ飯モ、全部私ガ食ベサセテアゲル……。誰ニ嫌ワレテモ、私ハ絶対ニアダンヲ愛シテルシ、傍ニイルカラ……二人ッキリデ、コレカラズット一緒ニ居ヨウ? 朝モ夜モ、ズットコウシテ愛シ合オウヨ……」
「ツマリ……! 僕も……ツマリが……!」
それでも最後の理性を保ちながらツマリを引きはがそうとするが、エナジードレインによって弱った体ではそれも出来ない。
「サア、アダン……。私ノコノ小サナ唇……キス……シタイデショ?……シテイイヨ……? 今日モ、明日モ、コレカラモ、死ヌマデ、ズット……」
そう言って目を閉じたツマリ。
「……く!」
だが、その瞬間に一瞬だけ体の自由がきいたアダンは、右腕に風の魔力を高め、それをツマリにぶつける。
ここ最近ずっと鍛えていた風属性の魔法だ。
「きゃあ!」
それによってツマリははじけ飛び、そのままベッドに尻もちをついた。
「はあ……はあ……はあ……」
魔力がくすぶる右手を抑えようともせず、アダンはツマリを見つめる。
「あ……あ……私……何、してたの……?」
腹が満たされたこともあるのだろう、サキュバスの本能が冷え込んだらしい。
瞳の色がいつもの茶色に戻ったツマリは、信じられないといった表情でアダンを見つめる。
「だ……大丈夫……。ツマリ、多分今のは、サキュバスの血が……」
だが、その言葉を聴く前に、ツマリは猛烈な吐き気に襲われた。
「うぐ……!」
そのままツマリは全力で部屋を出て、トイレに駆けだした。
それが、自身の限界を遥かに超えた容量の精気を吸い続けたことによる体調不良であることは、すぐにわかった。
「ツマリ! ……う……」
だが、立ち上がろうとした瞬間に、アダンは意識が遠くなり、その場でばたり、と倒れこんだ。
……エナジードレインによる極度の体力の消耗だろう。ツマリの思念による興奮作用により意識を保っていたのだろうが、ついに限界が来たアダンは、その日はもう起き上がることはなかった。
更に彼にとって不幸だったことは、このやり取りの目撃者がいたことだった。
「今出ていったのは、ツマリさん……泣いていたな、服もはだけていたし……どうしたんだろ……」
ドアの向こうから走り去っていったツマリを見た兵士は、思わずアダンの部屋を覗く。
「あ……。ここに居るのは、あの乱暴者アダン……! 首筋に歯形がついて、倒れている……ツマリさんの服は、はだけていたし……そう言うことか……!」
それを見た兵士は状況から判断し、誤った結論を出していた。
「アダンが……ツマリさんを襲ったんだ……! それで抵抗されて、今倒れているってことか!」
(私は……最低だ……)
ここ数日の失態の繰り返しで、アダンを肉体的にも精神的にも傷を負わせたことで、強い罪悪感を抱えていた。
それに加えて、何よりも自己嫌悪に陥ったのは、自身の内面だ。
『アダンさんって、立派な人だと思ったけど、見損ないましたよ』
『あたしも。アダンのこと狙ってたけど、子どもを傷つけるような奴だなんて知ったら、嫌いになったよ』
『それに、もう剣は満足に触れないんだろ? ドワーフとしちゃ、そんな奴を夫にはしたくないなあ……』
そう周囲が口々に話していたのを聞いて、感じたのは怒りや苛立ちもあったが、それ以上に強かったのは、
(なんで、あんなことをアダンが言われてるのに、私はこんなに嬉しいのよ……! 全部私のせいなのに……!)
喜びだった。
アダンが周囲と孤立し、誰のものにもなることはない。もう自分以外に彼の魅力を知るものはいない。
そう感じた時に、胸の中から独占欲に似た、暗い歓喜の思いが溢れてきたのである。
そのことがなによりも、今ツマリ自身が己の酷薄さに気づかせることになり、傷ついていた。
そして何よりも今ツマリを苦しめているのは、
「お腹……空いた……。アダンの精気が……欲しい……!」
夢魔の本能からなる、激しい飢餓感だった。
むろんここ数日の間、精気以外のものを口にしてはいたが、それだけではそもそも栄養価も足りず、凄まじいほどの飢えがツマリを襲っていた。
(欲しい……アダンが……精気ガ……足リナイ……!)
むろん、アダン以外……例えばクレイズなど……でも精気を補給することは出来るだが、ツマリは本能的に、アダン以外の男から精気を受けることを拒否していた。
それに加えて、幼いころから兄として慕い、今では一人の男性として意識しているアダンへの思慕の感情は、食欲と性欲、更には支配欲や独占欲、征服欲が入り混じる、破壊的なまでの感情となってツマリの中に渦巻いていた。
にも拘らず、アダンに重傷を負わせ、指輪を破壊し、あまつさええん罪まで着せたことで合わせる顔がなく、ツマリはその苦しさに耐え続けていた。
(お腹が空いた。けど、アダン以外の精気は欲しクナい。アダンの精気が欲しイ。アダンが大好き。アダンの精気ガ欲しい。アダンの心が欲しい。アダンを抱きしメタイ。アダンに抱きしメられタい。けど、アダンを傷ツケタ。取り返しのつかナイ傷を負わせた。何もかも奪った。ソレナノニ……アダン、アダン……!)
そして今夜、
「ソウダ……。私ニ出来ルコト、アルジャナイ」
ツマリは憑りつかれたようにふらり、と立ち上がった。その瞳はかつてないほど明るく、深紅に染まり切っている。
アダンは部屋の中で、魔導書を読みふけっていた。
(うん……この魔法を使って……そして……)
そもそも、すでに剣の力ではツマリには到底及ばなくなっていた。そのこともあり、自身は魔法を中心に戦わなければならないことをアダンは前々より実感していた。
その為、魔法の勉強をすること自体は、苦ではなかった。
(そういえば……。はじめて魔法を習った時を思い出すな……)
幼少期のころ、アダンは両親に誘われ、近所の魔導士が開く教室に通っていたことがあった。
最初は難しかったが、徐々に魔法を操れるようになっていく感覚は楽しかった。
そして教室を修了するときに両親から、
(素晴らしいわ、アダン。これでツマリも安心ね)
(アダン、お前の力はツマリのためにあるんだぞ? それを忘れるなよ?)
と、暖かいほほえみと共に言われていたことを思い出した。
両親の笑顔を見たい一心で勉強をしていたアダンは、その言葉を純粋な誉め言葉として受け取っていた。
(ごめんね、ツマリ……僕がもっと強ければ……)
そう思っていると、ドアがトントン、と聞こえてきた。
「はい、どちらさまで……」
そこに居たのはツマリだった。
「ツマリ? いや、でも……」
いつもと違い、目がらんらんと光らせながらどこか壊れそうな笑顔を見せてきたツマリ。
そしてツマリは何も言わずにアダンを抱きしめると、その首筋に唇をつけた。……まるでサキュバスの本能をむき出しにするように。
「ぐ……いた……いたい……!」
「んぐ……んぐ……んぐ……」
いつもと違い、まるでアダンのことを思いやろうともせず、貪るように精気をぐびり、ぐびりとのどを派手に鳴らしながら吸い続けるツマリ。
その首筋に触れるようないつもの口づけではなく、絶対に獲物を逃がさないと言わんばかりに、歯を立ててギリギリとかみついてくる。
「…………」
最初は抵抗していたアダンも、そのツマリの中から伝わってくる、自身をも焦がすような激しい炎のような情欲と、それを持つ自身の心も凍らすような悲しい罪悪感にツマリ自身が壊れそうなほど苦しんでいるのを知り、なすがままに抵抗を辞めた。
「アダン、頂戴、モット、モット、モット……」
次第に足から力が抜けていき、自立できなくなっていくアダン。ツマリはそんなアダンを抱き上げると、そのまま後ろにあるベッドに倒れこんだ。
「足リナイ……アダンヲ……マダ、欲シイ、欲シイ、欲シイ……」
とうに許容量は超えているのだろう、ツマリは苦しそうな表情で精気を吸い続ける。だが、それでも満たされない、欲しい、もっと頂戴、と言わんばかりの思念がアダンに伝わる。
だがしばらくして、ツマリは口を離した。だが、
「ツマリ……その……」
その情欲と罪悪感の嵐はやむどころかますます強まっていた。アダンが口を開こうとするが、ツマリは左手でアダンのことを思いっきり抱き寄せる。
「アダン……アダン! ……ゴメンネ、本当ニ、ゴメンネ……」
そう言いながら、残った手でアダンの左手をぐい、と握りしめる。その瞳からはポロポロと涙が流れ落ちている。
「う……」
その痛みに思わず身をよじるが、それをツマリの腕力は許さなかった。あざが残るほどの握力で、アダンの腕を握りしめる。
「アダンノ、腕……細くナッテキチャッタネ……」
これまで鍛錬によって鍛えていた腕が、鍛錬が出来なくなったことで少しずつ細くなってきているのをツマリは気づいていた。
「私ノ、セイダヨネ……。アハハ……アレダケ努力シタ、アダンノ腕……私ガ奪ッチャッタンダヨネ……」
そう言いながら、ツマリは自分の腕を見せる。以前よりも成長によって徐々に太くなっていることをツマリも自覚していた。
「私ノ腕ハコンナニ太クナッタノニ……。私バカリ強クナッテ、アダンガ強クナル未来マデ、私ガ奪ッタンダ……」
「ツマリ……そのことは、もういいんだよ……! ツマリは僕を守るためにしたことでしょ!」
更にツマリは懐からブローチを取り出した。以前リボンのお礼としてクレイズから貰ったものだ。当然、先日アダンの指輪のお詫びに渡そうとしたが、アダンはそれを頑なに拒否していた。
「私ハコンナニ素敵ナブローチヲ貰ッタノニ……! 私ハアダンノ指輪ヲ壊シチャッタ……! アダンガ昔貰ッタ、大切ナ、大切ナ指輪ナノニ……」
「だからそのことも良いんだってば……! 指輪なんて、また作り直せばいいんだ!」
さらにツマリは、アダンをベッドの上に押し付け、
「ソレニ、私ガアノ子ヲ殴ッタコトデ、アダンガミンナニ嫌ワレルヨウニナッチャッタ……。……アダンガ頑張ッテ作ッタ絆マデ、私ガ奪ッテ、自分ノモノニシチャッタンダ……!」
先日の少女を殴りつけたことについては、アダンが犯人となる代わりにツマリがそれを必死で止めようとした、と言う話にすり替わっていた。
これにより、寧ろツマリは周りからの評判は出発前よりも良くなっていたほどだった。そしてそのことも、ツマリは自らを傷つける原因となっていた。
「そんなこともどうだっていい! それに、クレイズさん達は仲間のままじゃないか!」
なんども自らの罪を虚ろな笑顔を浮かべながら訴えるツマリを見て、アダンは泣きながらそれを撤回させようとする。
そしてツマリはニヤリ、と笑いアダンを押し倒すと四つん這いになる形でアダンの目をじっと見つめる。
ツマリの服が少しはだけ、胸の谷間が目に入った。
思わず目をそらすアダン。
「ツマリ、ちょっと、待って……」
「待タナイ。アダン、私ノコト、見テ……?」
そうツマリが言うとアダンの目をじっと覗き込む。
「アダン……。私ノ胸、見タイデショ? ……イクラデモ見テ良イヨ?」
「けど、ツマリ……」
「アダンノ大事ナモノヲ全部奪ッタカラ……。私ハ、私ノ全テヲアダンニアゲルネ?」
「……え……?」
そう言いながら、ツマリはまだ足りない、とばかりにアダンの首筋に再度かぶりつき、精気を吸っていく。
「う……」
あまりの急激なエナジードレインに、アダンは意識を失いかける。
だが、自身への独占欲にも似た愛情と支配欲にも似た性欲、その奔流ともいうべき凄まじい思念。
さらに頭の中で自身への愛の言葉が鳴り響き、気を失うことを許さなかった。
ツマリは唇を離すと、また虚ろな笑みでアダンを見つめる。
「私ハマダ、胸モ小サイシ……背モ低イケド……今ノ私ヲ抱ケルノハ、今ダケダヨ? ソレニ、コレカラドンドン大キクナルヨ?」
「ツマリ……ツマリ……!」
熱く、自身を焼くような感覚。そして自身に対するツマリが注いでくる愛の想い。
ツマリの可愛らしい顔を見て、そしてその眼前でツマリの熱い吐息がかかり、アダンの心も狂わせようとしてくる。
「今ノ私ノコトモ、アゲル……。モット大キクナッタ、未来ノ私モ、全部アゲル……欲シイ、デショ?」
「く……!」
だが、アダンはその自らも狂いそうな思念に抗いながらも、ツマリのその瞳をじっと見つめる。そのツマリの瞳があまりに美しく見え、アダンは思わず目を閉じる。
ツマリはさらに、ゆっくりとアダンの体にしなだれかかってきた。
妹だということは分かっている。そして自身にとって命よりもはるかに大切な存在だということも。
だが、今目の前で自身に身をゆだねている妹が、アダンには『女』にしか見えなくなりつつあった。
「コレカラハネ? アダンハモウ何モシナクテイイヨ……? 私ガズット一緒ニ居テ、アダンノオ世話、シテアゲル……。ゴ飯モ、全部私ガ食ベサセテアゲル……。誰ニ嫌ワレテモ、私ハ絶対ニアダンヲ愛シテルシ、傍ニイルカラ……二人ッキリデ、コレカラズット一緒ニ居ヨウ? 朝モ夜モ、ズットコウシテ愛シ合オウヨ……」
「ツマリ……! 僕も……ツマリが……!」
それでも最後の理性を保ちながらツマリを引きはがそうとするが、エナジードレインによって弱った体ではそれも出来ない。
「サア、アダン……。私ノコノ小サナ唇……キス……シタイデショ?……シテイイヨ……? 今日モ、明日モ、コレカラモ、死ヌマデ、ズット……」
そう言って目を閉じたツマリ。
「……く!」
だが、その瞬間に一瞬だけ体の自由がきいたアダンは、右腕に風の魔力を高め、それをツマリにぶつける。
ここ最近ずっと鍛えていた風属性の魔法だ。
「きゃあ!」
それによってツマリははじけ飛び、そのままベッドに尻もちをついた。
「はあ……はあ……はあ……」
魔力がくすぶる右手を抑えようともせず、アダンはツマリを見つめる。
「あ……あ……私……何、してたの……?」
腹が満たされたこともあるのだろう、サキュバスの本能が冷え込んだらしい。
瞳の色がいつもの茶色に戻ったツマリは、信じられないといった表情でアダンを見つめる。
「だ……大丈夫……。ツマリ、多分今のは、サキュバスの血が……」
だが、その言葉を聴く前に、ツマリは猛烈な吐き気に襲われた。
「うぐ……!」
そのままツマリは全力で部屋を出て、トイレに駆けだした。
それが、自身の限界を遥かに超えた容量の精気を吸い続けたことによる体調不良であることは、すぐにわかった。
「ツマリ! ……う……」
だが、立ち上がろうとした瞬間に、アダンは意識が遠くなり、その場でばたり、と倒れこんだ。
……エナジードレインによる極度の体力の消耗だろう。ツマリの思念による興奮作用により意識を保っていたのだろうが、ついに限界が来たアダンは、その日はもう起き上がることはなかった。
更に彼にとって不幸だったことは、このやり取りの目撃者がいたことだった。
「今出ていったのは、ツマリさん……泣いていたな、服もはだけていたし……どうしたんだろ……」
ドアの向こうから走り去っていったツマリを見た兵士は、思わずアダンの部屋を覗く。
「あ……。ここに居るのは、あの乱暴者アダン……! 首筋に歯形がついて、倒れている……ツマリさんの服は、はだけていたし……そう言うことか……!」
それを見た兵士は状況から判断し、誤った結論を出していた。
「アダンが……ツマリさんを襲ったんだ……! それで抵抗されて、今倒れているってことか!」
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(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
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