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第4章

妹に精神年齢で追い越されて焦る兄の姿、良いよね

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それから十数日が経過し、二人がベッドから元気に起き上がれるようになった後。

「……で、今度は船の上ってわけね……」

ツマリがそういうように、クレイズ一行は船の上に揺られていた。

「ええ。ニクスの町の次は、ディアンの町を落とすべきかと思うので」

セドナの発言によると、ここの北東にある『ディアンの町』は穀倉地帯となっており、そこを落とすことによってホース・オブ・ムーンは農業と工業の両方を手にすることが出来る。
そこまでいけば『独立国』として旗揚げすることも可能になる、と言う寸法である。

「へえ……。あそこも確か、あまり評判は良くなかった気がするわ」
「ええ。ここ何年も続いた凶作のせいで、農民たちが自身の土地を売り払い……小作農として働かされているって話っすね。相当きつい小作料を取っている土地もあるって評判もたっていやす……」

数日前まで自分で選んだ道とはいえ、ひどい空腹に悩んでいたためでもあるのだろう、ツマリは怒りをあらわにするように怒りの表情を向けた。

「何それ……それじゃあ、今度はそこの地主の奴らをぶっ飛ばして、農民たちにも土地を返してあげるってこと?」

その質問に、セドナはへい、とうなづく。

「それでみんなで豊かになろうって寸法なんすが……現在のあっしらの国力じゃあ到底勝てそうもありやせん。……だから、ディアンの町の北にある、地主さんと同盟をしようって寸法なんでさあ」
「へえ……因みにどんな同盟?」
「ディアンの町を攻撃する際に、そっちの私兵は出さないでほしい。代わりにこっちも手を出さない……っていう不可侵同盟っす」
「そんな同盟出していいの?」

地主は倒すべき存在だと考えたのであろう、とツマリは考えたのであろう。
当然その質問は来るだろうと思っていたのか、アダンはうなづく。

「ええ。その地主さんは、小作人の方からも受けの良い人格者のようっすから。下手に全部ぶっ潰すより、そう言う方は残す方が都合が良いっすからね」
「けどさ、それなら陸便の方が良かったんじゃない?」
「そうすると時間もかかるし、ディアンの町の人たちを刺激しちまいますからね。こうやって、海路を少人数で渡る方が安全ってわけっすよ」

因みに今回も、アダンとツマリ、クレイズとセドナの4人だけでの旅である。

「そうだったのね。……突然『今日からあっしらは船に乗りやす!』なんて言うから、驚いちゃったわよ」
「アハハ、すいやせん、船便がギリギリまで取れなかったんすよ。突然昨日空きが4人分出たんで、予約したんす」

そう言って、セドナは恥ずかしそうに頭を下げた。

「ところで、アダンさんはどこっすか?」
「船室よ。なんでも、クレイズに経済のこととか兵法のこととか、教わってるんだって」
「へえ……ツマリさんはご一緒しないんで?」
「……あたしは勉強嫌いなのよ……」

その発言に、ツマリはぷい、と顔をそむけた。
ツマリの頭では、クレイズの授業にはついていけなかったのだろうと判断したセドナは、それ以上追求しないようにした。

「それにしても最近……お二人が一緒に居る機会が減りやしたね……」
「そ、そう? ……そうね……。私は……」
「まだ、アダンさんを傷つけたこと気にしてらっしゃるんすか? ……アダンさんは怒っていないと思いやすよ?」
「それだけじゃないわ……ちょっと、いろいろ考えちゃってね」
「アダンさんのことが嫌いになったんすか?」
「ううん。……全く逆よ。……好きすぎて、辛いくらい……。ただ、私はアダンと一緒に居る価値があるのかなって思ってね……」

そう言うと、アダンはマストの上にひらり、と飛び乗ると空を仰ぎながらリンゴをかじり始めた。

「あ、そう言えばさ、セドナ」
「なんすか? ……おっと」

マストの上から投げつけられたリンゴの芯を受け取りながら、セドナは尋ねる。

「さっき船長さんが話してたの訊いたんだけどね。あんたみたいに人気者の男が、どうやらディアンの町にも居るそうよ?」

人気者、と言われてセドナは実感がなさそうに首を傾げた。

「へえ……あっしは人気者なんすかね……」
「それで、名前もセドナって言うんですって」
「なんですって!?」

ツマリが答え終わる前に、セドナは大声で叫ぶ。あまりの反応に、ツマリは思わずふらり、とマストから落ちそうになるのを何とかこらえる。

「急に大声出さないでよ……。で、やっぱり知り合いなの?」
「いえ、知り合いじゃないっすけど……同型……じゃない、同族の可能性があるんで、ちょっと気になりやすね……」
「なんでも、街のバザールによく顔を出すらしいから、会えると良いわね」

そう言うと、ツマリは大きくあくびをしながら、マストで昼寝を始めた。





一方、クレイズ達は狭い船室の中で、肩を並べて本を読んでいた。

「それで、この場合はこうして……」
「なるほど、分かりました。……じゃあ……」

クレイズの手ほどきを受けながら、セドナは必死で羽ペンを動かす。

「それにしても、凄い集中力だな。なんで急に、こんなに勉強をする気になったんだ?」

その質問に、ぴたりとアダンは勉強する手を止め、答えた。

「僕は……ツマリを守ることが出来なかった……ツマリを傷つけたのが……辛いんです……」
(む?)

本来、アダンは寧ろツマリによって大けがを負わされた被害者のはずである。それが、何故かアダンは自身のことを責めている。

(そうか……。ツマリの思念をずっと注ぎ込まれていた……と聞いたが……その思念が混ざりこんで、ツマリの罪悪感を自分の感情だと思い込んでいるのか……)

そう解釈したクレイズは、自責の念に囚われるアダンにそっと語り掛ける。

「君は君に出来ることをやっただろう? ……あの場で、あれ以上できることは無かったと思うぞ?」
「……そう、かもしれません……。けど、そんなことより……僕が辛かったのは……自分が成長できていない、子どもだったってことです……」
「子ども?」

その発言に、クレイズは不思議そうに首をかしげる。

「ええ……。僕が倒れていた時に……僕は、ツマリの心の声がずっと響いていました……。好き、愛している、そう言う声の他に……強い衝動や……悲しみ、それと……」
「それと?」

そこまで答えて、アダンは目を伏せ、強い口調で答える。

「分からなかったんです! ……あんな複雑で、悲しくて、辛い思念は……。僕は、あんな感情を持ったこと、ありませんから……!」
「……そうか……」
「ツマリは……。僕の……世界中の誰より、大切な人です。ずっと一緒に大きくなってきたけど……最近はツマリばっかりどんどん大人になって……しかも、可愛く、魅力的になってきています……」
「ふむ……」

クレイズの目から見ると、ツマリの外見には大きな変化は見られなかっただが、感受性の鋭いエルフの血が強いアダンにはよくわかるのだろう、と解釈した。

「それに、心の成長も……僕よりもずっと進んでいます。それなのに、僕は……まだ、ツマリのその気持ちを形容する言葉も分からない、お子様なんです……。ツマリよりもずっと幼くて、情けない……。だから、ツマリの辛さを分かってあげることすらできない……それが辛かったんです……」

ぐっと羽ペンを強く握りながら、絞り出すような声を出すアダン。
それほどツマリに対する心のありように気づけること自体も、アダンが成長した証だとクレイズは思ったが、代わりに別の言葉の方が良いだろうと考え、クレイズは答える。

「とはいえ……君はエルフで、ツマリは夢魔の血が濃いだろう? 寿命の長い君が心身の成長でツマリに勝てるとは思えないが……」
「それでも! 僕は今、ツマリの隣で一緒に悩むことすらできないんです! ……そんな僕をツマリは愛してくれてるんですよ!? 優しい、暖かい思念で、僕に語り掛けてくれていたんです! そんな僕が愛されることが許されるんですか?」

ダン! ……と、珍しく激昂する様子で立ち上がるアダン。
だが、すぐに冷静さを取り戻したように座り込む。

「す、すみません……」
「いや、いい。……だが、君は凄いな……」
「凄い?」

突然そう言われて、アダンは驚いたような表情を見せた。

「正直、私は君がなぜ、それほど自分を責めるのかは分からない。……だが、そんな中でも少しでも出来ることを探して、前を見据えている。……それに、君は理解を諦めていない。少なくとも、私ならツマリを理解することを諦めていたかもしれない」
「僕の命はツマリのためにあるんです……。ツマリが笑えるようになってほしいし、その為なら僕はどんな努力だってやってみせます……」

今こうやって必死で勉強するようになったのも、せめて知力だけでも身に着け、ツマリのために使いたいと思っているのだろう。
そうクレイズは理解し、少し合点がいったようにうなづいた。

「……やれやれ。そう思うなら、仕方ないな。私も君に出来る限りのことを教えよう」

その発言にクレイズは呆れながらも、次の本を手に取る。





その後、更に時間が経ち、クレイズはアダンにおもむろに尋ねた。

「……そういえば、アダン」
「なんですか?」
「先ほどから気になっていたのだが……。君の怪我をしている左手だが……銃創の他にも、ずいぶん大きな傷があるな。見た感じ、ずいぶん昔のもののようだが……」
「ああ、これは僕の誇りです」

アダンが少し笑みを浮かべながら、腕をまくって見せた。
「な……ひどい傷跡だな……」
そこには、クレイズが今までに受けたどのような傷よりも痛々しい跡がついていた。

「小さいころ、勉強が嫌になったツマリが勝手に家を出て、家畜小屋に入り込んだことがあったんです」
「ハハハ、あの娘らしいな。そう言うところは昔から変わらないのか」

クレイズはツマリのその時の行動を思ったのか、少し呆れたように笑った。

「ええ。それで、そこに居た家畜に襲われそうだったんですけど……。僕がその時に、ツマリを庇って守った傷だったんです」
「なるほど、名誉の負傷、ということか」
「ええ。……僕の亡くなった両親は、それはもう褒めてくれました。……『よく、私たちの大切な妹を守ってくれた』『さすが、ツマリの兄だ』って……。」
「なに?」

その発言を聞いて、クレイズはガタリ、と席を立つ。

「どうしました、クレイズさん?」
「あ……いや、何でもない……」

そう口では答えるが、内心ではクレイズはその発言に不可解な点を感じていた。

(その反応、おかしくないか? 妹を守るためとはいえ、話を聴く限りアダンに非はない。だとしたら、怪我をしたら、原因になった妹を叱るか、自身を責めるものじゃないか……? しかも『私の息子』ではなく『ツマリの兄』……?)

そう思いながら、アダンはいぶしがむ。

(そう言えば、アダンのツマリへの自己犠牲の精神は、やや逸脱している……。なるほど……無意識のうちに、ツマリを守ることが自身の生きる理由として、親に刷り込まれたのか……)

クレイズは思わずアダンに尋ねた。

「一つ聞きたいが……。君は、両親のことをどう思う?」
「え? 勿論大好きでした。……ツマリのことをいつも愛してくれましたし……」
「……そうか……」
その発言に、半ば同情を込めた思いをアダンに感じた。

(まさか、アダンは養子なのか? ツマリの護衛兼エナジードレイン要因として貧困家庭から子どもを買い取る……あり得ない話ではないが……いや、そのことを尋ねるのはよそう……)

証拠もない思い込みをうかつに口にするほどクレイズは愚かではない。
その疑問をそっと自身の心の奥底にしまい込んだ。

「それと、その時に両親は、この指輪もくれたんですよ」

そう言って、アダンは茶色の宝石が付いた高価そうな指輪を見せた。
クレイズは美術品の類についてはかなりの審美眼がある。その目から見ても、極めて値打ちのあるものだとわかる。

「ほう……。これは凄い品だな……」
「ええ。もしも大切な人に告白されたら……。その指輪を渡せ、って言われています」
「なるほど。つまり婚約指輪のようなものか」
「……ツマリがお金に困ったら、売っても良いと言われていますけどね。幸い、売るほど困窮することはありませんでしたが……」
「ええこれは僕の宝物です」

そう言うと、大事そうに財布の中にしまった。

「さて……。では、続きを始めよう。私も、君のようなライバルがいて幸せだな」
「そんな……けど、僕はもう……」
「剣が振れなくても、魔法が使えなくても……。君のその心意気は、私にとっては脅威だからな。……さすがにまだ、そこでは負けたくないんでね」

そう少し悲しそうに答えると、クレイズは再度本を開く。

「ありがとうございます……。あの、クレイズさん……もし、僕に何かあった時には、ツマリを……」
「じゃあ次の問題だ。余計な口は叩くものじゃないぞ?」
「え? ……はい……」

その有無を言わせない態度に、アダンは気を引き締め直し、本を手に取った。
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