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第3章

庇うはずの相手に却って大けがを負わせるシーン、良いよね

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「……思ったより、敵の数が少ないっすね……」

セドナ達はあれから『中流の砦』をけん制しながら敵を引き寄せつつ、街道に布陣した。
砦方面から城へと向かう道はここだけなので、ここさえ押さえておけば城に援軍が回ってくることはない。

「聖走隊の陽動が上手く行ったのもありそうですね……」

聖走隊の兵士たちが各地に散らばって大音響を鳴らし『大部隊が迫っている』と相手に思わせて敵をくぎ付けにするべく工作を行っている。
そのこともあり、街道で待機しているのはアダンとツマリ、そしてセドナと十数名の腕自慢だけである。
流石にこの兵力で万が一砦の全兵から総攻撃を仕掛けられた場合はひとたまりもないので、その場合は『作戦失敗』の狼煙を挙げて撤退する手はずになっている。……その場合、撤退は絶望的だが。

「ネリア将軍くらいは、こちらにやってくるかと思いやしたが……」

僅かな斥候や少数の部隊が城の危機を察知したのか、街道を通る部隊はいくつか見られたが、想定よりもかなり規模が小さく、アダンとツマリだけでも十分に撃退できる程度であった。

「特に『最下流の砦』から来る敵が少ないっす。……さては、クレイズ隊長……撤退せずに戦っていやすね……」
「ええ、ボクもそう思います。そんな予感がしたので……」

アダンがそう答え、セドナははあ、と大きなため息をつく。

「……ったく、また隊長、無茶したんでしょうね……」
「クレイズさんって、そんなに無鉄砲なんですか?」

アダンの質問に、セドナは呆れたように答える。

「ええ。……一見理性的で部下にも優しいから慎重な性格に見えるんすけど……。本質は戦いが大好きなお方っすから……それでも最近はだいぶマシになってきたんすけどね……」
「アハハ、そうよね……。ま、そのおかげであたし達も助けてもらえたんだけどね……」
「……ん? 見てください、あれ!」

そう言うと、セドナは南に位置する城の方から大きな赤い狼煙が2本上がるのを確認した。

「え、どうしたの?」
「城を落とすのに成功したってことっすよ!」
「え、それじゃあ……」
「ええ、あっしらの勝ちっす!」

そう言いながらセドナは満面の笑みを浮かべると、アダンとツマリも剣を収め、喜びの表情を浮かべた。

「本当? やったあ!」
「良かった……。この街を……足掛かりに出来る!」

周りの兵士たちは、嬉しそうにしながらも、どこか複雑そうな表情を浮かべた。

「うおお、俺らの勝ちだあああ! ……って言いたいけど、なんか実感わかねえなあ……」
「だよね。あたし達、あんたたちの『うち漏らし』を倒してっただけだし……」
「まあまあ。別にあっしらが主役じゃなくていいじゃないっすか。何も先陣斬って突っ込むだけが兵士の仕事ってわけじゃないっすよ」

今回、セドナは結局殆ど戦う場面は存在せず、後方支援に徹していた。そのこともあり、周囲は苦笑しつつも、その通りだなと笑う。

「それじゃあ、後はギラル卿の本隊と合流して、砦の兵士たちに降伏勧告を行いやす。……各地に散っている兵士にも撤兵命令をだしやしょう」

そう言うと、セドナは『作戦成功』と『集合場所に移動せよ』の意味を示す狼煙を上げた。
集合場所は、ギラル卿が落としたとされる城である。
各地に散った兵には土地勘がないものも居ることを考慮し、可能な限りわかりやすい箇所に集まるように伝えている。
セドナ達はそこで合流するべく、街道をゆっくりと南下している。

「それにしても……ギラル卿がまた、裏切るってことは無いのかな……」

以前エルフたちに裏切られたことを引きずっているのか、アダンは不安そうにつぶやく。
だが、セドナは笑って首を振った。

「そりゃないはずっす。どう考えても、ギラル卿にとっては、あっしらがこのニクスの町を占拠する方が得なんすから」
「そ、そうだよね……けど、あの町では、きっと差別や格差のない世界を作れると良いな……」

そうアダンがつぶやくのを聞き、ツマリも同意する。

「本当よね! 貴族は全部潰して、まずは貧しい人たちにしっかりとご飯を食べさせてあげなきゃ!」
「そして、鉱山をみんなで経営して、みんなでお金持ちになっていく……世界中をそうやっていきたいわね! セドナにも期待してるわよ!」

アダンとツマリの発言を聞き、セドナはバツが悪そうに苦笑した。

「ハハハ。……あっしは『他者に奉仕する』ことは好きだけど『他者を支配する』ってことは大っ嫌いなんすよ。誰か腕のいい管理者を探さねえといけやせんね」
「え? ……まあ、確かにそうね。やることは山積みよね……」
「けど、これから街を大きくして言って……人間や夢魔の人たちでも暮らせる世界になるといいなあ……」
「それについてはあっしも同感っす。……ん?」

だが、そうやって雑談を繰り広げている中で、セドナはぴくり、と耳を動かした。

「この金属音……まさか! みんな、伏せてくだせえ!」
「え? ……うん!」

全員に『伏せろ』と言う思念をアダンとツマリは飛ばし、それに呼応して周囲の兵士は一斉に伏せた。

「ツマリ、ゴメン!」
「きゃあ!」

考え事をしていたためか反応が遅れたツマリの頭をアダンは強引に押し下げる。
その瞬間、パアン……と乾いた音が草原に広がった。

「ぐ……!」

だが、指示に対する反応が遅れたのだろう、セドナ達の隣に居た兵士が肩を抑えてうずくまった。

「な……なんなの、今の音?」
「銃……。しかもライフルで狙われていやす!」
「なに、それ?」
「話は後っす! ……そこ、狙って下せえ!」

セドナは左に居た樹上を指さした。

「え? ……うん!」

それを聞き、アダンは速攻で唱えることが出来る呪文を唱え、樹上に光の矢を飛ばす。

「ぐはあ……!」

すると、一人の兵士が落下した。

「あ、危ないところだった……怪我はない、ツマリ?」
「あ、ありがと……アダン……また、助けてもらっちゃったね……」

顔を赤く染めながら、ツマリはそう答える。
特にツマリは怪我がない様子だった。また、撃たれた兵士もかすっただけで命に別状はなさそうなことを知り、アダンは安堵の表情を浮かべた。

「気にしないでよ。それより、なんだったの、今の武器は……」
「あれはスナイパーライフルって言う『転移物』っす。簡単に言うと、凄い遠くから正確に相手を狙える弓ってとこっすかね」

先ほどの狙撃を受けた兵士の応急手当をしながら答えた。

「ええ……。『転移物』に、そんな危険なものがあるの?」
「本来狙撃中の射程は長いから、あっしらの魔法は届かない距離からも狙える、恐ろしい道具っすよ……。ぶっちゃけ、射手の練度が不足していて幸いでしたね。スコープが壊れていたのかもしれやせんが……」
「そうなんだ……けど、そんな危険な『転移物』なんて、相当高価なものですよね? 一体どうしてこんなところで……?」
「それは、私が教えようか」
「え?」

倒れた兵士からスナイパーライフルをもぎ取ると、一人の魔導士が現れた。
……ダリアークだ。





「ダリアーク……なんでこんなところにいるの?」
「その理由は……。お前だ、セドナ」
「え? あっしがっすか?」
「貴様が『最下流の砦』を攻めると発言したと密偵からの報告を受けたが……。貴様ほどの男が、正直にそこに攻め込むとは限らない、と踏んだのでな……。万が一『中流の砦』を攻める場合を考え、ここで張っていたのだ」

ダリアークの発言に、セドナは呆れたように答える。

「あっしはそんなたいそうな『男』じゃないっすけどね。……ただ、なぜこのタイミングなんすか? ニクスの町の人たちにそのことを伝えてれば、あっしらを全滅させることも出来たのに……」
「フン、それにこたえる義理はない……。逆に聞きたいが、セドナ。貴様はなぜ、この武器の正式名を知っている? お前は何者だ……?」
「悪いんすけど、おたくに答える義理がないのはあっしも一緒っすよ。ただ、おたくが殺したいのは、あっしだけみたいっすね。……そんな武器を使うなんて……」

セドナはそう言いながらも身構える。

「そうだ……。貴様は、我々の計画の妨げにしかならん……」

ダリアークは狙撃銃を構える。だが、当然ではあるが、その構えは正しい銃の構え方とはかけ離れたものであった。

「そんな素人の構え方で当たると思ってんすか?」
「それはどうかな……」

ニヤリ、と笑みをダリアークは浮かべた。

「セドナ……あいつ、変じゃない?」

その様子にツマリはぽつり、とセドナに小声で尋ねる。セドナが『思念』を受け取れないことはすでに『ホース・オブ・ムーン』の面々には周知の事実だからだ。

「え?」
「なんで、あいつは姿を現したの? それに、なんで、さっさともう一発撃たないのよ?」
「え……それは……!」
(後ろ!)

その瞬間、アダンから凄まじい思念がツマリに伝わった。
ツマリは思わず振り返ると、もう一人の兵士がクロスボウを構えていた。
……はなから、ダリアークは囮だったのだ。

(そんな……けど、アダンはあたしが守る!)
「だあ!」

そう叫ぶとツマリは思念を全力でその兵士に叩きつけるとともに、先ほどとは逆に、アダンを力任せに突飛ばした。

「ぐ……!」

……だが、それは最悪の結果を呼び起こすことになる。
思念を受けてふらついた暗殺者の指が引き金に当たり、クロスボウの矢が猛烈な速度で向かってくる。






「え……?」
……そしてその矢は大きく狙いを逸れ、突飛ばされたアダンを貫いた。





「あああああああ!」
「ぎゃああああああ! アダン! アダン!」

アダンの苦悶の声と、ツマリの後悔の叫びが同時に空に響いた。

「な……アダンさん! く……ひどい傷っす!」

左腕を貫通した痛々しい傷跡、そしてそこから止まらない出血。
セドナは暗殺者には目もくれず、すぐにアダンのもとに走り、応急処置を開始する。

「く……まだだ……くらえ、セドナ……!」

暗殺者はもう一度体制を立て直して、クロスボウをつがえた。
だが、その兵士の背後から一筋の剣が走った。

「ぐは……!」

峰打ちとはいえ不意の一撃に対応しきれず、暗殺者はその叫びを最後に意識を失う。

「はあ……はあ……! どうしたんだ、アダン、ツマリ!」
「クレイズ隊長!」

街道沿いの道を南下していたのであろう、満身創痍のクレイズが現れるのを見て、セドナは治療を続けながら叫んだ。

「ちっ……! これ以上は時間を使えんな……セドナ、次に会う時が貴様の最期だ……楽しみにしていろ!」

その様子を見たダリアーク苦々しい表情でそう叫ぶと、持っていたスナイパーライフルを投げ捨て、茂みの中に消えていった。
……実際には、端から銃には弾が一発しか残っていなかったのだろう。

「待て、ダリアーク!」

クレイズが追いかけようとしたが、セドナはそれを制止する。

「行かないで下せえ、隊長! ここで隊長まで失うわけにはいきやせん!」
「く……! セドナ、傷の具合はどうなんだ?」
「かなり深いっす……。何とか止血しないといけやせん……」
「お前には出来ないのか?」
「やるだけのことはやっていやすが、あっしだけじゃ無理っす! 事態は一刻を争いやす! すぐに軍医を!」
「ぐ、軍医なんて、ど、ど、どこに居るの?」

半ばショックで気が動転しているだろうツマリが叫ぶが、クレイズは落ち着いた口調で答える。

「ここから一番近くであれば、ギラル卿の分隊がこの南西に位置していたはずだ。そこに行けば軍医はいるはずだ。……ツマリ、急げ!」

この分隊は、作戦遂行時に重傷者が出た場合に治療を受けられるように、セドナがギラル卿に頼み込んでいたものである。
クレイズは持っていた地図に乱暴に印をつけ、ツマリに手渡した。夢魔の中でも傑出した脚力を持つツマリであれば、そこまで時間はかからないはずの距離である。

「おい、さっきの礼だ! 貰っとけ!」

更に、先ほどセドナに治療をしてもらった兵士が、ツマリの足に薬瓶を投げかけた。
その薬を受けたツマリの足がわずかな光を放つ。どうやら一時的な脚力強化の効果を持つ道具だろう。

「ありがと! ……待っててね、セドナ……! 直ったら、いくらでも詫びてあげる……!」

そしてツマリは、一目散に走りだしていった。




「セドナ……。私にできることはあるか?」

失血によって意識を失ったアダンを見ながら、クレイズは尋ねた。
セドナは普段のにこやかな態度からは想像できないほどの、冷静な口調で答えた。

「万一に備えて、周辺の警護をお願いしやす」
「……分かった。……間に合わなくて、すま……なかった……」

申し訳なさそうにしながら、クレイズはどさり、と倒れた。

「隊長! ひどい怪我……! こんな怪我でここまで来てたんすか……!」

しばらくして、クレイズの部下である元帝国兵たちが、ゼイゼイと息を切らせてやってきた。

「クレイズ隊長……ここに居たんですか……!」
「あの怪我なのに、突然走っていったから……我々がクレイズ隊長に代わり、警護をやります!」
「……アダンさんたちの声を聴いて、大急ぎで来てくださったんですね。ありがとうごぜえやす……」
そう言うと、セドナはクレイズに礼を言った。
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