26 / 45
第3章
庇うはずの相手に却って大けがを負わせるシーン、良いよね
しおりを挟む
「……思ったより、敵の数が少ないっすね……」
セドナ達はあれから『中流の砦』をけん制しながら敵を引き寄せつつ、街道に布陣した。
砦方面から城へと向かう道はここだけなので、ここさえ押さえておけば城に援軍が回ってくることはない。
「聖走隊の陽動が上手く行ったのもありそうですね……」
聖走隊の兵士たちが各地に散らばって大音響を鳴らし『大部隊が迫っている』と相手に思わせて敵をくぎ付けにするべく工作を行っている。
そのこともあり、街道で待機しているのはアダンとツマリ、そしてセドナと十数名の腕自慢だけである。
流石にこの兵力で万が一砦の全兵から総攻撃を仕掛けられた場合はひとたまりもないので、その場合は『作戦失敗』の狼煙を挙げて撤退する手はずになっている。……その場合、撤退は絶望的だが。
「ネリア将軍くらいは、こちらにやってくるかと思いやしたが……」
僅かな斥候や少数の部隊が城の危機を察知したのか、街道を通る部隊はいくつか見られたが、想定よりもかなり規模が小さく、アダンとツマリだけでも十分に撃退できる程度であった。
「特に『最下流の砦』から来る敵が少ないっす。……さては、クレイズ隊長……撤退せずに戦っていやすね……」
「ええ、ボクもそう思います。そんな予感がしたので……」
アダンがそう答え、セドナははあ、と大きなため息をつく。
「……ったく、また隊長、無茶したんでしょうね……」
「クレイズさんって、そんなに無鉄砲なんですか?」
アダンの質問に、セドナは呆れたように答える。
「ええ。……一見理性的で部下にも優しいから慎重な性格に見えるんすけど……。本質は戦いが大好きなお方っすから……それでも最近はだいぶマシになってきたんすけどね……」
「アハハ、そうよね……。ま、そのおかげであたし達も助けてもらえたんだけどね……」
「……ん? 見てください、あれ!」
そう言うと、セドナは南に位置する城の方から大きな赤い狼煙が2本上がるのを確認した。
「え、どうしたの?」
「城を落とすのに成功したってことっすよ!」
「え、それじゃあ……」
「ええ、あっしらの勝ちっす!」
そう言いながらセドナは満面の笑みを浮かべると、アダンとツマリも剣を収め、喜びの表情を浮かべた。
「本当? やったあ!」
「良かった……。この街を……足掛かりに出来る!」
周りの兵士たちは、嬉しそうにしながらも、どこか複雑そうな表情を浮かべた。
「うおお、俺らの勝ちだあああ! ……って言いたいけど、なんか実感わかねえなあ……」
「だよね。あたし達、あんたたちの『うち漏らし』を倒してっただけだし……」
「まあまあ。別にあっしらが主役じゃなくていいじゃないっすか。何も先陣斬って突っ込むだけが兵士の仕事ってわけじゃないっすよ」
今回、セドナは結局殆ど戦う場面は存在せず、後方支援に徹していた。そのこともあり、周囲は苦笑しつつも、その通りだなと笑う。
「それじゃあ、後はギラル卿の本隊と合流して、砦の兵士たちに降伏勧告を行いやす。……各地に散っている兵士にも撤兵命令をだしやしょう」
そう言うと、セドナは『作戦成功』と『集合場所に移動せよ』の意味を示す狼煙を上げた。
集合場所は、ギラル卿が落としたとされる城である。
各地に散った兵には土地勘がないものも居ることを考慮し、可能な限りわかりやすい箇所に集まるように伝えている。
セドナ達はそこで合流するべく、街道をゆっくりと南下している。
「それにしても……ギラル卿がまた、裏切るってことは無いのかな……」
以前エルフたちに裏切られたことを引きずっているのか、アダンは不安そうにつぶやく。
だが、セドナは笑って首を振った。
「そりゃないはずっす。どう考えても、ギラル卿にとっては、あっしらがこのニクスの町を占拠する方が得なんすから」
「そ、そうだよね……けど、あの町では、きっと差別や格差のない世界を作れると良いな……」
そうアダンがつぶやくのを聞き、ツマリも同意する。
「本当よね! 貴族は全部潰して、まずは貧しい人たちにしっかりとご飯を食べさせてあげなきゃ!」
「そして、鉱山をみんなで経営して、みんなでお金持ちになっていく……世界中をそうやっていきたいわね! セドナにも期待してるわよ!」
アダンとツマリの発言を聞き、セドナはバツが悪そうに苦笑した。
「ハハハ。……あっしは『他者に奉仕する』ことは好きだけど『他者を支配する』ってことは大っ嫌いなんすよ。誰か腕のいい管理者を探さねえといけやせんね」
「え? ……まあ、確かにそうね。やることは山積みよね……」
「けど、これから街を大きくして言って……人間や夢魔の人たちでも暮らせる世界になるといいなあ……」
「それについてはあっしも同感っす。……ん?」
だが、そうやって雑談を繰り広げている中で、セドナはぴくり、と耳を動かした。
「この金属音……まさか! みんな、伏せてくだせえ!」
「え? ……うん!」
全員に『伏せろ』と言う思念をアダンとツマリは飛ばし、それに呼応して周囲の兵士は一斉に伏せた。
「ツマリ、ゴメン!」
「きゃあ!」
考え事をしていたためか反応が遅れたツマリの頭をアダンは強引に押し下げる。
その瞬間、パアン……と乾いた音が草原に広がった。
「ぐ……!」
だが、指示に対する反応が遅れたのだろう、セドナ達の隣に居た兵士が肩を抑えてうずくまった。
「な……なんなの、今の音?」
「銃……。しかもライフルで狙われていやす!」
「なに、それ?」
「話は後っす! ……そこ、狙って下せえ!」
セドナは左に居た樹上を指さした。
「え? ……うん!」
それを聞き、アダンは速攻で唱えることが出来る呪文を唱え、樹上に光の矢を飛ばす。
「ぐはあ……!」
すると、一人の兵士が落下した。
「あ、危ないところだった……怪我はない、ツマリ?」
「あ、ありがと……アダン……また、助けてもらっちゃったね……」
顔を赤く染めながら、ツマリはそう答える。
特にツマリは怪我がない様子だった。また、撃たれた兵士もかすっただけで命に別状はなさそうなことを知り、アダンは安堵の表情を浮かべた。
「気にしないでよ。それより、なんだったの、今の武器は……」
「あれはスナイパーライフルって言う『転移物』っす。簡単に言うと、凄い遠くから正確に相手を狙える弓ってとこっすかね」
先ほどの狙撃を受けた兵士の応急手当をしながら答えた。
「ええ……。『転移物』に、そんな危険なものがあるの?」
「本来狙撃中の射程は長いから、あっしらの魔法は届かない距離からも狙える、恐ろしい道具っすよ……。ぶっちゃけ、射手の練度が不足していて幸いでしたね。スコープが壊れていたのかもしれやせんが……」
「そうなんだ……けど、そんな危険な『転移物』なんて、相当高価なものですよね? 一体どうしてこんなところで……?」
「それは、私が教えようか」
「え?」
倒れた兵士からスナイパーライフルをもぎ取ると、一人の魔導士が現れた。
……ダリアークだ。
「ダリアーク……なんでこんなところにいるの?」
「その理由は……。お前だ、セドナ」
「え? あっしがっすか?」
「貴様が『最下流の砦』を攻めると発言したと密偵からの報告を受けたが……。貴様ほどの男が、正直にそこに攻め込むとは限らない、と踏んだのでな……。万が一『中流の砦』を攻める場合を考え、ここで張っていたのだ」
ダリアークの発言に、セドナは呆れたように答える。
「あっしはそんなたいそうな『男』じゃないっすけどね。……ただ、なぜこのタイミングなんすか? ニクスの町の人たちにそのことを伝えてれば、あっしらを全滅させることも出来たのに……」
「フン、それにこたえる義理はない……。逆に聞きたいが、セドナ。貴様はなぜ、この武器の正式名を知っている? お前は何者だ……?」
「悪いんすけど、おたくに答える義理がないのはあっしも一緒っすよ。ただ、おたくが殺したいのは、あっしだけみたいっすね。……そんな武器を使うなんて……」
セドナはそう言いながらも身構える。
「そうだ……。貴様は、我々の計画の妨げにしかならん……」
ダリアークは狙撃銃を構える。だが、当然ではあるが、その構えは正しい銃の構え方とはかけ離れたものであった。
「そんな素人の構え方で当たると思ってんすか?」
「それはどうかな……」
ニヤリ、と笑みをダリアークは浮かべた。
「セドナ……あいつ、変じゃない?」
その様子にツマリはぽつり、とセドナに小声で尋ねる。セドナが『思念』を受け取れないことはすでに『ホース・オブ・ムーン』の面々には周知の事実だからだ。
「え?」
「なんで、あいつは姿を現したの? それに、なんで、さっさともう一発撃たないのよ?」
「え……それは……!」
(後ろ!)
その瞬間、アダンから凄まじい思念がツマリに伝わった。
ツマリは思わず振り返ると、もう一人の兵士がクロスボウを構えていた。
……はなから、ダリアークは囮だったのだ。
(そんな……けど、アダンはあたしが守る!)
「だあ!」
そう叫ぶとツマリは思念を全力でその兵士に叩きつけるとともに、先ほどとは逆に、アダンを力任せに突飛ばした。
「ぐ……!」
……だが、それは最悪の結果を呼び起こすことになる。
思念を受けてふらついた暗殺者の指が引き金に当たり、クロスボウの矢が猛烈な速度で向かってくる。
「え……?」
……そしてその矢は大きく狙いを逸れ、突飛ばされたアダンを貫いた。
「あああああああ!」
「ぎゃああああああ! アダン! アダン!」
アダンの苦悶の声と、ツマリの後悔の叫びが同時に空に響いた。
「な……アダンさん! く……ひどい傷っす!」
左腕を貫通した痛々しい傷跡、そしてそこから止まらない出血。
セドナは暗殺者には目もくれず、すぐにアダンのもとに走り、応急処置を開始する。
「く……まだだ……くらえ、セドナ……!」
暗殺者はもう一度体制を立て直して、クロスボウをつがえた。
だが、その兵士の背後から一筋の剣が走った。
「ぐは……!」
峰打ちとはいえ不意の一撃に対応しきれず、暗殺者はその叫びを最後に意識を失う。
「はあ……はあ……! どうしたんだ、アダン、ツマリ!」
「クレイズ隊長!」
街道沿いの道を南下していたのであろう、満身創痍のクレイズが現れるのを見て、セドナは治療を続けながら叫んだ。
「ちっ……! これ以上は時間を使えんな……セドナ、次に会う時が貴様の最期だ……楽しみにしていろ!」
その様子を見たダリアーク苦々しい表情でそう叫ぶと、持っていたスナイパーライフルを投げ捨て、茂みの中に消えていった。
……実際には、端から銃には弾が一発しか残っていなかったのだろう。
「待て、ダリアーク!」
クレイズが追いかけようとしたが、セドナはそれを制止する。
「行かないで下せえ、隊長! ここで隊長まで失うわけにはいきやせん!」
「く……! セドナ、傷の具合はどうなんだ?」
「かなり深いっす……。何とか止血しないといけやせん……」
「お前には出来ないのか?」
「やるだけのことはやっていやすが、あっしだけじゃ無理っす! 事態は一刻を争いやす! すぐに軍医を!」
「ぐ、軍医なんて、ど、ど、どこに居るの?」
半ばショックで気が動転しているだろうツマリが叫ぶが、クレイズは落ち着いた口調で答える。
「ここから一番近くであれば、ギラル卿の分隊がこの南西に位置していたはずだ。そこに行けば軍医はいるはずだ。……ツマリ、急げ!」
この分隊は、作戦遂行時に重傷者が出た場合に治療を受けられるように、セドナがギラル卿に頼み込んでいたものである。
クレイズは持っていた地図に乱暴に印をつけ、ツマリに手渡した。夢魔の中でも傑出した脚力を持つツマリであれば、そこまで時間はかからないはずの距離である。
「おい、さっきの礼だ! 貰っとけ!」
更に、先ほどセドナに治療をしてもらった兵士が、ツマリの足に薬瓶を投げかけた。
その薬を受けたツマリの足がわずかな光を放つ。どうやら一時的な脚力強化の効果を持つ道具だろう。
「ありがと! ……待っててね、セドナ……! 直ったら、いくらでも詫びてあげる……!」
そしてツマリは、一目散に走りだしていった。
「セドナ……。私にできることはあるか?」
失血によって意識を失ったアダンを見ながら、クレイズは尋ねた。
セドナは普段のにこやかな態度からは想像できないほどの、冷静な口調で答えた。
「万一に備えて、周辺の警護をお願いしやす」
「……分かった。……間に合わなくて、すま……なかった……」
申し訳なさそうにしながら、クレイズはどさり、と倒れた。
「隊長! ひどい怪我……! こんな怪我でここまで来てたんすか……!」
しばらくして、クレイズの部下である元帝国兵たちが、ゼイゼイと息を切らせてやってきた。
「クレイズ隊長……ここに居たんですか……!」
「あの怪我なのに、突然走っていったから……我々がクレイズ隊長に代わり、警護をやります!」
「……アダンさんたちの声を聴いて、大急ぎで来てくださったんですね。ありがとうごぜえやす……」
そう言うと、セドナはクレイズに礼を言った。
セドナ達はあれから『中流の砦』をけん制しながら敵を引き寄せつつ、街道に布陣した。
砦方面から城へと向かう道はここだけなので、ここさえ押さえておけば城に援軍が回ってくることはない。
「聖走隊の陽動が上手く行ったのもありそうですね……」
聖走隊の兵士たちが各地に散らばって大音響を鳴らし『大部隊が迫っている』と相手に思わせて敵をくぎ付けにするべく工作を行っている。
そのこともあり、街道で待機しているのはアダンとツマリ、そしてセドナと十数名の腕自慢だけである。
流石にこの兵力で万が一砦の全兵から総攻撃を仕掛けられた場合はひとたまりもないので、その場合は『作戦失敗』の狼煙を挙げて撤退する手はずになっている。……その場合、撤退は絶望的だが。
「ネリア将軍くらいは、こちらにやってくるかと思いやしたが……」
僅かな斥候や少数の部隊が城の危機を察知したのか、街道を通る部隊はいくつか見られたが、想定よりもかなり規模が小さく、アダンとツマリだけでも十分に撃退できる程度であった。
「特に『最下流の砦』から来る敵が少ないっす。……さては、クレイズ隊長……撤退せずに戦っていやすね……」
「ええ、ボクもそう思います。そんな予感がしたので……」
アダンがそう答え、セドナははあ、と大きなため息をつく。
「……ったく、また隊長、無茶したんでしょうね……」
「クレイズさんって、そんなに無鉄砲なんですか?」
アダンの質問に、セドナは呆れたように答える。
「ええ。……一見理性的で部下にも優しいから慎重な性格に見えるんすけど……。本質は戦いが大好きなお方っすから……それでも最近はだいぶマシになってきたんすけどね……」
「アハハ、そうよね……。ま、そのおかげであたし達も助けてもらえたんだけどね……」
「……ん? 見てください、あれ!」
そう言うと、セドナは南に位置する城の方から大きな赤い狼煙が2本上がるのを確認した。
「え、どうしたの?」
「城を落とすのに成功したってことっすよ!」
「え、それじゃあ……」
「ええ、あっしらの勝ちっす!」
そう言いながらセドナは満面の笑みを浮かべると、アダンとツマリも剣を収め、喜びの表情を浮かべた。
「本当? やったあ!」
「良かった……。この街を……足掛かりに出来る!」
周りの兵士たちは、嬉しそうにしながらも、どこか複雑そうな表情を浮かべた。
「うおお、俺らの勝ちだあああ! ……って言いたいけど、なんか実感わかねえなあ……」
「だよね。あたし達、あんたたちの『うち漏らし』を倒してっただけだし……」
「まあまあ。別にあっしらが主役じゃなくていいじゃないっすか。何も先陣斬って突っ込むだけが兵士の仕事ってわけじゃないっすよ」
今回、セドナは結局殆ど戦う場面は存在せず、後方支援に徹していた。そのこともあり、周囲は苦笑しつつも、その通りだなと笑う。
「それじゃあ、後はギラル卿の本隊と合流して、砦の兵士たちに降伏勧告を行いやす。……各地に散っている兵士にも撤兵命令をだしやしょう」
そう言うと、セドナは『作戦成功』と『集合場所に移動せよ』の意味を示す狼煙を上げた。
集合場所は、ギラル卿が落としたとされる城である。
各地に散った兵には土地勘がないものも居ることを考慮し、可能な限りわかりやすい箇所に集まるように伝えている。
セドナ達はそこで合流するべく、街道をゆっくりと南下している。
「それにしても……ギラル卿がまた、裏切るってことは無いのかな……」
以前エルフたちに裏切られたことを引きずっているのか、アダンは不安そうにつぶやく。
だが、セドナは笑って首を振った。
「そりゃないはずっす。どう考えても、ギラル卿にとっては、あっしらがこのニクスの町を占拠する方が得なんすから」
「そ、そうだよね……けど、あの町では、きっと差別や格差のない世界を作れると良いな……」
そうアダンがつぶやくのを聞き、ツマリも同意する。
「本当よね! 貴族は全部潰して、まずは貧しい人たちにしっかりとご飯を食べさせてあげなきゃ!」
「そして、鉱山をみんなで経営して、みんなでお金持ちになっていく……世界中をそうやっていきたいわね! セドナにも期待してるわよ!」
アダンとツマリの発言を聞き、セドナはバツが悪そうに苦笑した。
「ハハハ。……あっしは『他者に奉仕する』ことは好きだけど『他者を支配する』ってことは大っ嫌いなんすよ。誰か腕のいい管理者を探さねえといけやせんね」
「え? ……まあ、確かにそうね。やることは山積みよね……」
「けど、これから街を大きくして言って……人間や夢魔の人たちでも暮らせる世界になるといいなあ……」
「それについてはあっしも同感っす。……ん?」
だが、そうやって雑談を繰り広げている中で、セドナはぴくり、と耳を動かした。
「この金属音……まさか! みんな、伏せてくだせえ!」
「え? ……うん!」
全員に『伏せろ』と言う思念をアダンとツマリは飛ばし、それに呼応して周囲の兵士は一斉に伏せた。
「ツマリ、ゴメン!」
「きゃあ!」
考え事をしていたためか反応が遅れたツマリの頭をアダンは強引に押し下げる。
その瞬間、パアン……と乾いた音が草原に広がった。
「ぐ……!」
だが、指示に対する反応が遅れたのだろう、セドナ達の隣に居た兵士が肩を抑えてうずくまった。
「な……なんなの、今の音?」
「銃……。しかもライフルで狙われていやす!」
「なに、それ?」
「話は後っす! ……そこ、狙って下せえ!」
セドナは左に居た樹上を指さした。
「え? ……うん!」
それを聞き、アダンは速攻で唱えることが出来る呪文を唱え、樹上に光の矢を飛ばす。
「ぐはあ……!」
すると、一人の兵士が落下した。
「あ、危ないところだった……怪我はない、ツマリ?」
「あ、ありがと……アダン……また、助けてもらっちゃったね……」
顔を赤く染めながら、ツマリはそう答える。
特にツマリは怪我がない様子だった。また、撃たれた兵士もかすっただけで命に別状はなさそうなことを知り、アダンは安堵の表情を浮かべた。
「気にしないでよ。それより、なんだったの、今の武器は……」
「あれはスナイパーライフルって言う『転移物』っす。簡単に言うと、凄い遠くから正確に相手を狙える弓ってとこっすかね」
先ほどの狙撃を受けた兵士の応急手当をしながら答えた。
「ええ……。『転移物』に、そんな危険なものがあるの?」
「本来狙撃中の射程は長いから、あっしらの魔法は届かない距離からも狙える、恐ろしい道具っすよ……。ぶっちゃけ、射手の練度が不足していて幸いでしたね。スコープが壊れていたのかもしれやせんが……」
「そうなんだ……けど、そんな危険な『転移物』なんて、相当高価なものですよね? 一体どうしてこんなところで……?」
「それは、私が教えようか」
「え?」
倒れた兵士からスナイパーライフルをもぎ取ると、一人の魔導士が現れた。
……ダリアークだ。
「ダリアーク……なんでこんなところにいるの?」
「その理由は……。お前だ、セドナ」
「え? あっしがっすか?」
「貴様が『最下流の砦』を攻めると発言したと密偵からの報告を受けたが……。貴様ほどの男が、正直にそこに攻め込むとは限らない、と踏んだのでな……。万が一『中流の砦』を攻める場合を考え、ここで張っていたのだ」
ダリアークの発言に、セドナは呆れたように答える。
「あっしはそんなたいそうな『男』じゃないっすけどね。……ただ、なぜこのタイミングなんすか? ニクスの町の人たちにそのことを伝えてれば、あっしらを全滅させることも出来たのに……」
「フン、それにこたえる義理はない……。逆に聞きたいが、セドナ。貴様はなぜ、この武器の正式名を知っている? お前は何者だ……?」
「悪いんすけど、おたくに答える義理がないのはあっしも一緒っすよ。ただ、おたくが殺したいのは、あっしだけみたいっすね。……そんな武器を使うなんて……」
セドナはそう言いながらも身構える。
「そうだ……。貴様は、我々の計画の妨げにしかならん……」
ダリアークは狙撃銃を構える。だが、当然ではあるが、その構えは正しい銃の構え方とはかけ離れたものであった。
「そんな素人の構え方で当たると思ってんすか?」
「それはどうかな……」
ニヤリ、と笑みをダリアークは浮かべた。
「セドナ……あいつ、変じゃない?」
その様子にツマリはぽつり、とセドナに小声で尋ねる。セドナが『思念』を受け取れないことはすでに『ホース・オブ・ムーン』の面々には周知の事実だからだ。
「え?」
「なんで、あいつは姿を現したの? それに、なんで、さっさともう一発撃たないのよ?」
「え……それは……!」
(後ろ!)
その瞬間、アダンから凄まじい思念がツマリに伝わった。
ツマリは思わず振り返ると、もう一人の兵士がクロスボウを構えていた。
……はなから、ダリアークは囮だったのだ。
(そんな……けど、アダンはあたしが守る!)
「だあ!」
そう叫ぶとツマリは思念を全力でその兵士に叩きつけるとともに、先ほどとは逆に、アダンを力任せに突飛ばした。
「ぐ……!」
……だが、それは最悪の結果を呼び起こすことになる。
思念を受けてふらついた暗殺者の指が引き金に当たり、クロスボウの矢が猛烈な速度で向かってくる。
「え……?」
……そしてその矢は大きく狙いを逸れ、突飛ばされたアダンを貫いた。
「あああああああ!」
「ぎゃああああああ! アダン! アダン!」
アダンの苦悶の声と、ツマリの後悔の叫びが同時に空に響いた。
「な……アダンさん! く……ひどい傷っす!」
左腕を貫通した痛々しい傷跡、そしてそこから止まらない出血。
セドナは暗殺者には目もくれず、すぐにアダンのもとに走り、応急処置を開始する。
「く……まだだ……くらえ、セドナ……!」
暗殺者はもう一度体制を立て直して、クロスボウをつがえた。
だが、その兵士の背後から一筋の剣が走った。
「ぐは……!」
峰打ちとはいえ不意の一撃に対応しきれず、暗殺者はその叫びを最後に意識を失う。
「はあ……はあ……! どうしたんだ、アダン、ツマリ!」
「クレイズ隊長!」
街道沿いの道を南下していたのであろう、満身創痍のクレイズが現れるのを見て、セドナは治療を続けながら叫んだ。
「ちっ……! これ以上は時間を使えんな……セドナ、次に会う時が貴様の最期だ……楽しみにしていろ!」
その様子を見たダリアーク苦々しい表情でそう叫ぶと、持っていたスナイパーライフルを投げ捨て、茂みの中に消えていった。
……実際には、端から銃には弾が一発しか残っていなかったのだろう。
「待て、ダリアーク!」
クレイズが追いかけようとしたが、セドナはそれを制止する。
「行かないで下せえ、隊長! ここで隊長まで失うわけにはいきやせん!」
「く……! セドナ、傷の具合はどうなんだ?」
「かなり深いっす……。何とか止血しないといけやせん……」
「お前には出来ないのか?」
「やるだけのことはやっていやすが、あっしだけじゃ無理っす! 事態は一刻を争いやす! すぐに軍医を!」
「ぐ、軍医なんて、ど、ど、どこに居るの?」
半ばショックで気が動転しているだろうツマリが叫ぶが、クレイズは落ち着いた口調で答える。
「ここから一番近くであれば、ギラル卿の分隊がこの南西に位置していたはずだ。そこに行けば軍医はいるはずだ。……ツマリ、急げ!」
この分隊は、作戦遂行時に重傷者が出た場合に治療を受けられるように、セドナがギラル卿に頼み込んでいたものである。
クレイズは持っていた地図に乱暴に印をつけ、ツマリに手渡した。夢魔の中でも傑出した脚力を持つツマリであれば、そこまで時間はかからないはずの距離である。
「おい、さっきの礼だ! 貰っとけ!」
更に、先ほどセドナに治療をしてもらった兵士が、ツマリの足に薬瓶を投げかけた。
その薬を受けたツマリの足がわずかな光を放つ。どうやら一時的な脚力強化の効果を持つ道具だろう。
「ありがと! ……待っててね、セドナ……! 直ったら、いくらでも詫びてあげる……!」
そしてツマリは、一目散に走りだしていった。
「セドナ……。私にできることはあるか?」
失血によって意識を失ったアダンを見ながら、クレイズは尋ねた。
セドナは普段のにこやかな態度からは想像できないほどの、冷静な口調で答えた。
「万一に備えて、周辺の警護をお願いしやす」
「……分かった。……間に合わなくて、すま……なかった……」
申し訳なさそうにしながら、クレイズはどさり、と倒れた。
「隊長! ひどい怪我……! こんな怪我でここまで来てたんすか……!」
しばらくして、クレイズの部下である元帝国兵たちが、ゼイゼイと息を切らせてやってきた。
「クレイズ隊長……ここに居たんですか……!」
「あの怪我なのに、突然走っていったから……我々がクレイズ隊長に代わり、警護をやります!」
「……アダンさんたちの声を聴いて、大急ぎで来てくださったんですね。ありがとうごぜえやす……」
そう言うと、セドナはクレイズに礼を言った。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
あなたの妻にはなりません
風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。
彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。
幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。
彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。
悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。
彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。
あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。
悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。
「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
Cutie Skip ★
月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。
自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。
高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。
学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。
どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。
一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。
こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。
表紙:むにさん
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる