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第3章
なじめない空間で双子が肩を寄せ合うの、良いよね
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それから10日ほど経過した。
クレイズ一行は輸送用の船でゆっくりと川を下っていた。
人数は合計して300人程度の少数部隊である。
内訳としてはクレイズ達元帝国軍とアダン・ツマリ達を含めて約20名、ホース・オブ・ムーンのメンバーの中でも技量に自身があるものが100名、そして残りがギラル卿から借り受けた兵士たちであった。
「……ツマリ、大丈夫?」
「う、うん……」
船の片隅で、アダン達は借りてきた猫のように小さくなっていた。
「今まで兵士と一緒に戦ったことはあるけど……」
「うん、ちょっと怖いよね……」
ツマリはアダンの後ろに隠れるように、腕にしがみついていた。
その不安そうにする腕からは、ともに同行する兵士たちに対する恐怖の思念がじんわりと伝わってきていた。
その震える様子を見ながら、兵士たちはケンカ腰で尋ねてきた。
「にしてもよ、おめーら、そんなにつええのかよ?」
「だよなあ。本当は仲間にまかせっきりだったんじゃねえのか?」
「ま、俺たちは適当にやるからよ。あんたら最前線に突っ込んでってくれや」
「そうそう。ああ、村の金品はあたしらがもらってやるから安心しなよ?」
ニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべながら、明らかにこちらを舐め切ったような態度を見せる兵士達。
「砦を落とすって言ったけどよ? 俺なんか剣なんか持ったことねえんだぜ?生きて帰れるわけねえっての!」
「それならあたしなんて、かっぱらいしかやったことねえんだよ? ……ま、『聖走隊』の仕事なんて、こんなもんだよなあ……。こんなことなら、もっと死ぬ前にたらふく酒でも飲みたかったな……」
聖走隊……と言うのはギラル卿の兵士の中でも素行が悪かったもの、戦場で大失態を犯したもの、そして囚人たちで構成された部隊である。
要するに懲罰部隊の一種だが『主のもとに最も早くたどり着く神聖なる部隊』と言う皮肉を込めて、そのような名がついており、ここにもインキュバスの特性が表れている。
兵士たちの批判を浴びながら、アダンはツマリにぽつり、とつぶやく。
「なんで、こんなことになっちゃったんだろうな……。ツマリ、ごめんね。ボクがあのとき斬りかからなかったら……」
「ううん、それはあたしも同じだから……」
ツマリ達は先日のギラル卿への斬りつけ未遂に対する贖罪として、この聖走隊を押し付けられたのである。
本来敵地内部に潜り込んで砦を陥落させると言う高度かつ危険な作戦に、このような『無能な味方』を供与されるのはマイナスにしかならないのだが、状況が状況であっただけに、軍に受け入れざるを得なかった。
要するにギラル卿にとっては「成功すればそれでよし、失敗しても最悪部隊の厄介払いが出来る」という腹積もりであり、これを狙っていたことがアダンにも理解できた。
「けど、ツマリがあんなに怒ったのは珍しかったね。精気を求められたのは、あれが初めてじゃないよね?」
夢魔同士で精気をやり取りすること自体はそこまで珍しい話ではない。その為、アダンは不思議そうに尋ねた。
「うん。……不思議なんだよね。なんていうか……あの男が気持ち悪く見えちゃって……」
「ギラル卿が、か……。あれは演技だったみたいだけどね……」
「今はそうだって分かるわ。けど……触られただけで、凄い嫌な気持ちになっちゃったの……。前は、同じようなことされても、あんな感じにならなかったのにな……」
「そうだったんだね。……今も、そうなの?」
「……うん。……ごめん、アダン。お願いだから、傍にいて?」
そう言うと、兵士たちに対する敵意の思念をアダンに伝えた。直接兵士の悪口を言うと、今以上に関係性が悪化すると踏んだためだろう。
「……ツマリ……」
その発言に、少し複雑そうな顔を見せるアダン。
そう思いながらもいつもの海のように穏やかな思念を送った。
「あ……ありがと……」
ツマリから伝わってきた思念が氷解するように柔らくなるのを感じ取り、アダンは少し落ち着いたツマリの顔を覗き込んだ。
するとツマリも不思議そうに尋ねてきた。
「お兄ちゃんこそ、あんなに怒るなんて珍しかったよね。いつも穏やかだったから、あのときはちょっと怖かったな……」
「うん、ごめんね。……僕もよくわからないけど、あの時……あれ以上ギラル卿に触ってほしくない! って、凄い思ったんだ……。変だよね、僕も……」
「ううん? その……嬉しかったよ? あたしを守ってくれたんだなって……」
「ツマリ……」
そんな素敵な感情じゃなかった、とアダンは言おうとしたが、ツマリが先ほどより強く腕にしがみつく様子を見て、複雑な表情でその様子を見た。
「おいおい、そんなに俺たちが怖いってのかい、お嬢ちゃん、お坊ちゃんよ?」
「へ、あんたらもどうせ、あのクソエルフ共に担ぎ上げられたんだろ? ま、同情はしねーけどな!」
二人が黙っているのをいいことに、あれやこれやと悪口を言ってくるのを見て、セドナがなだめるように、再び間に入った。
因みに、クレイズとホース・オブ・ムーンの面々は別の船に乗っているため、アダン達の知り合いは、この船上ではセドナだけである。そのことも、アダン達が小さくなっている理由になる。
「まあ、まあ。そんなにいじめなくても良いじゃないっすか? あっしの大事な弟妹なんすから……」
「弟妹だって? は! そもそもあんたも気に入らねえんだよ! 敗残兵の癖に、偉そうに仕切りやがってよお!」
そう言うと兵士は怒りの表情で近くにあったナイフを2本投げつけた。
「おっと……」
それをメイスでキン!と弾き上げた後、セドナはジャグリングの要領でナイフを空中に放り投げる。
それを見て、周囲が「おお~」と声を上げる。
「ほい、ほいっと……。さあ、もう一本投げてみてくんなせえ」
「いうじゃねえか……そらよ!」
そう言うと、兵士がまたもう一本のナイフを投げてきた。
「はいやっと!」
そう言うと、セドナはそのナイフもメイスで弾き上げ、器用にジャグリングし始めた。
「いきやすよ、アダンさん、ツマリさん! 切り落とし、出来やすか?」
「え? ……うん!」
そう言うと二人は剣を抜き、立ち上がると、
「そりゃ!」
「「はあ!」」
ギイン……。
その響きと共に、セドナが投げつけてきたナイフを3本とも、交差斬りによって真っ二つに切り落とした。
エルフの愛用する、薄く強度のないナイフだったからこそできた芸当だ。
その様子を見て、周囲が、驚いたようにどよめきの声を上げた。
「……とまあ、こんなもんっすね。あっしらを舐めないでつかあさい。皆さんを全員無事に返してあげやすから、安心してくだせえ」
「……けっ!」
感心しつつも、あっさりと力の差を見せられたことが面白くなかったのか、ナイフを投げた兵士は憮然とした顔で腕を組み顔をそむけた。
その様子を見たセドナは、頃合いと感じたのか、
「まあまあ。目的地まであと1日はあるんすから、良かったら、これ、どうっすか?」
そう言うと、背嚢から大量の酒瓶を取り出した。
「ほう……? こりゃ、値打ちもんじゃねえか!」
「実は、ギラル卿の目を盗んで、ちょいと酒蔵から、ね」
そう言ってセドナはにやりと笑みを浮かべた。
実際にはこの酒は、ギラル卿に事情を説明し、譲ってもらったものである。
だが、元々聖走隊に強制的に配属させられたここの兵士たちは、当然ギラル卿に怨みを持っている。
そのため「ギラル卿から高価な酒を盗んだ」と聞いた兵士達の雰囲気が急に軟化し始めた。それを見て、セドナは追撃とばかりに荷物の一つを開いた。
「後、実はこんなところにも! こっそりクレイズ隊長に内緒で仕込んどいたんす!」
補給物資に見せかけた荷物の一つには酒瓶と、更に人数分のグラスが入っていた。
もちろんこれも本当はクレイズと前もって示し合わせており、すべての船に同じ仕掛けを施している。
恐らく他の船に乗り込んだ兵たちも、今頃酒瓶を取り出しているころだろう。
「目的地までまだ一日ありやすし、どうっすか?みんなで酒でも飲みながら親睦を深めるっつーのは!」
「おお、良いのかよ!」
「帝国軍って言うからろくでもない連中だと思ったけど、あんたはその中でも最高にろくでもないわね! けど、気に入ったわ!」
特に酒好きの種族であるドワーフたちはその様子に満面の笑みを向けてきた。
「さ、死ぬなら死ぬで、今日をたっぷり楽しみやしょ? さあさあ、どんどん配っていきやすよ?」
そう言うとセドナはグラスに酒を注ぎ始めた。
それから数時間後。
「そんで、村の住民に叱られちまって、弁償することになって給金はパア! ほんっと、大失敗だったってわけですわ!」
「ほう、そりゃあんたも災難だったな! ガハハハハ!」
すでにセドナは他の兵士たちとすっかり打ち解けていた。
酒を飲めないアダンとツマリは、相変わらず部屋の傍で二人座り込んでいる。だが、周囲は二人の力を恐れたのか、或いはすでに二人に関心を失ったためか、おそらくその両方の理由で、声をかけてくることは無かった。
会話に入ることは無いが、兵士たちの楽しそうな雰囲気は二人にとっても安堵できるものであった。
「凄いな、セドナさんはやっぱり……」
アダンは感心したようにつぶやくと、ツマリも同意した。
「あの、怖そうな人たちとあっさり友達になれるんだもんなあ……。あたしじゃ、出来ないよ……」
「そう言えばクレイズさんが言ってたね。セドナさんが『影の王』って言われていたのは、剣の腕が優れていたからでも頭が回るからでもない。どんな奴とでも友達になれるからだ……って」
「へえ。確かに、あの様子を見たらそう思わざるを得ないわね」
船の中心でバカ話を繰り広げて周りを盛り上げるセドナを見て、二人はつぶやいた。
「お、そうだ! 折角だし一発景気づけに、歌わねえか!」
そうこうしていると、ドワーフの男がそう叫んだ。
「歌、か……いいねえ! 曲は何にする?」
それに対してほかの兵士たちも同じように笑った。
そこでセドナは思いついたように、
「そんじゃあ……『明日を掘り出すもの』なんてどうすか?」
そう提案した。
「え? ああ、確か最近ニクスの町で流行ってる曲だろ?あたしは歌えるよ?」
「俺も歌えるぜ! そもそも、俺はニクスの町の難民だったからな!」
どうやら、兵士たちはほぼ全員歌えることが分かった。当然アダンとツマリはこの曲を知らないが、特に質問を受けることは無かった。
それを見て、セドナは少しバツが悪そうに笑った。
「へへへ。あっしは歌とかはダメなんで、指揮者をやりやす! さあ、皆さんどうぞ!」
「おう、任せときな! ……って、あんたは歌わんのかい!」
一同はどっと笑いながらも、前奏とばかりに手拍子を始めた。
それを見て、セドナは寒気がするほどの正確なペースで指揮棒代わりに指を振る。
「へえ……」
「いい歌ね……」
この曲は、本来炭鉱で働く労働者を元気づける歌である。
歌詞の内容としては、教会で知り合った女性の医療費を稼ぐために男性が鉱山で働き、そして二人が結婚して暖かい家庭を築く物語である。
合唱曲のように男性パートと女性パートがあるのが特徴で、それを兵士たちは丁寧に歌い分けていた。
「けど、なんでセドナはこの曲にしたんだろ?」
「うーん……」
そう言いながら、アダンは船の外をふい、と顔を向けた。
すると、住民たちがアダン達の乗っている船を見て笑いながら、同じ曲を歌っているのが目に入った。
「あ……そういうことか……」
「どういうこと?」
「ほら、みんなボク達を怪しんでないでしょ?この歌を歌って僕らが『ニクスの町の住民』だってアピールをしているんだよ」
それを聞いて合点がいったように、ツマリも頷いた。
「ああ、そういうことだったのね。……細かいとこまで気が回るわね、セドナも」
「本当にね。……ねえ、ツマリ? この歌、凄い素敵な曲だし、今度ボク達も歌ってみない?」
「良いわね! あとで歌詞を教えてもらわなくっちゃ!」
その発言でようやくツマリが笑うのを見て、アダンはふっとほほ笑んだ。
クレイズ一行は輸送用の船でゆっくりと川を下っていた。
人数は合計して300人程度の少数部隊である。
内訳としてはクレイズ達元帝国軍とアダン・ツマリ達を含めて約20名、ホース・オブ・ムーンのメンバーの中でも技量に自身があるものが100名、そして残りがギラル卿から借り受けた兵士たちであった。
「……ツマリ、大丈夫?」
「う、うん……」
船の片隅で、アダン達は借りてきた猫のように小さくなっていた。
「今まで兵士と一緒に戦ったことはあるけど……」
「うん、ちょっと怖いよね……」
ツマリはアダンの後ろに隠れるように、腕にしがみついていた。
その不安そうにする腕からは、ともに同行する兵士たちに対する恐怖の思念がじんわりと伝わってきていた。
その震える様子を見ながら、兵士たちはケンカ腰で尋ねてきた。
「にしてもよ、おめーら、そんなにつええのかよ?」
「だよなあ。本当は仲間にまかせっきりだったんじゃねえのか?」
「ま、俺たちは適当にやるからよ。あんたら最前線に突っ込んでってくれや」
「そうそう。ああ、村の金品はあたしらがもらってやるから安心しなよ?」
ニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべながら、明らかにこちらを舐め切ったような態度を見せる兵士達。
「砦を落とすって言ったけどよ? 俺なんか剣なんか持ったことねえんだぜ?生きて帰れるわけねえっての!」
「それならあたしなんて、かっぱらいしかやったことねえんだよ? ……ま、『聖走隊』の仕事なんて、こんなもんだよなあ……。こんなことなら、もっと死ぬ前にたらふく酒でも飲みたかったな……」
聖走隊……と言うのはギラル卿の兵士の中でも素行が悪かったもの、戦場で大失態を犯したもの、そして囚人たちで構成された部隊である。
要するに懲罰部隊の一種だが『主のもとに最も早くたどり着く神聖なる部隊』と言う皮肉を込めて、そのような名がついており、ここにもインキュバスの特性が表れている。
兵士たちの批判を浴びながら、アダンはツマリにぽつり、とつぶやく。
「なんで、こんなことになっちゃったんだろうな……。ツマリ、ごめんね。ボクがあのとき斬りかからなかったら……」
「ううん、それはあたしも同じだから……」
ツマリ達は先日のギラル卿への斬りつけ未遂に対する贖罪として、この聖走隊を押し付けられたのである。
本来敵地内部に潜り込んで砦を陥落させると言う高度かつ危険な作戦に、このような『無能な味方』を供与されるのはマイナスにしかならないのだが、状況が状況であっただけに、軍に受け入れざるを得なかった。
要するにギラル卿にとっては「成功すればそれでよし、失敗しても最悪部隊の厄介払いが出来る」という腹積もりであり、これを狙っていたことがアダンにも理解できた。
「けど、ツマリがあんなに怒ったのは珍しかったね。精気を求められたのは、あれが初めてじゃないよね?」
夢魔同士で精気をやり取りすること自体はそこまで珍しい話ではない。その為、アダンは不思議そうに尋ねた。
「うん。……不思議なんだよね。なんていうか……あの男が気持ち悪く見えちゃって……」
「ギラル卿が、か……。あれは演技だったみたいだけどね……」
「今はそうだって分かるわ。けど……触られただけで、凄い嫌な気持ちになっちゃったの……。前は、同じようなことされても、あんな感じにならなかったのにな……」
「そうだったんだね。……今も、そうなの?」
「……うん。……ごめん、アダン。お願いだから、傍にいて?」
そう言うと、兵士たちに対する敵意の思念をアダンに伝えた。直接兵士の悪口を言うと、今以上に関係性が悪化すると踏んだためだろう。
「……ツマリ……」
その発言に、少し複雑そうな顔を見せるアダン。
そう思いながらもいつもの海のように穏やかな思念を送った。
「あ……ありがと……」
ツマリから伝わってきた思念が氷解するように柔らくなるのを感じ取り、アダンは少し落ち着いたツマリの顔を覗き込んだ。
するとツマリも不思議そうに尋ねてきた。
「お兄ちゃんこそ、あんなに怒るなんて珍しかったよね。いつも穏やかだったから、あのときはちょっと怖かったな……」
「うん、ごめんね。……僕もよくわからないけど、あの時……あれ以上ギラル卿に触ってほしくない! って、凄い思ったんだ……。変だよね、僕も……」
「ううん? その……嬉しかったよ? あたしを守ってくれたんだなって……」
「ツマリ……」
そんな素敵な感情じゃなかった、とアダンは言おうとしたが、ツマリが先ほどより強く腕にしがみつく様子を見て、複雑な表情でその様子を見た。
「おいおい、そんなに俺たちが怖いってのかい、お嬢ちゃん、お坊ちゃんよ?」
「へ、あんたらもどうせ、あのクソエルフ共に担ぎ上げられたんだろ? ま、同情はしねーけどな!」
二人が黙っているのをいいことに、あれやこれやと悪口を言ってくるのを見て、セドナがなだめるように、再び間に入った。
因みに、クレイズとホース・オブ・ムーンの面々は別の船に乗っているため、アダン達の知り合いは、この船上ではセドナだけである。そのことも、アダン達が小さくなっている理由になる。
「まあ、まあ。そんなにいじめなくても良いじゃないっすか? あっしの大事な弟妹なんすから……」
「弟妹だって? は! そもそもあんたも気に入らねえんだよ! 敗残兵の癖に、偉そうに仕切りやがってよお!」
そう言うと兵士は怒りの表情で近くにあったナイフを2本投げつけた。
「おっと……」
それをメイスでキン!と弾き上げた後、セドナはジャグリングの要領でナイフを空中に放り投げる。
それを見て、周囲が「おお~」と声を上げる。
「ほい、ほいっと……。さあ、もう一本投げてみてくんなせえ」
「いうじゃねえか……そらよ!」
そう言うと、兵士がまたもう一本のナイフを投げてきた。
「はいやっと!」
そう言うと、セドナはそのナイフもメイスで弾き上げ、器用にジャグリングし始めた。
「いきやすよ、アダンさん、ツマリさん! 切り落とし、出来やすか?」
「え? ……うん!」
そう言うと二人は剣を抜き、立ち上がると、
「そりゃ!」
「「はあ!」」
ギイン……。
その響きと共に、セドナが投げつけてきたナイフを3本とも、交差斬りによって真っ二つに切り落とした。
エルフの愛用する、薄く強度のないナイフだったからこそできた芸当だ。
その様子を見て、周囲が、驚いたようにどよめきの声を上げた。
「……とまあ、こんなもんっすね。あっしらを舐めないでつかあさい。皆さんを全員無事に返してあげやすから、安心してくだせえ」
「……けっ!」
感心しつつも、あっさりと力の差を見せられたことが面白くなかったのか、ナイフを投げた兵士は憮然とした顔で腕を組み顔をそむけた。
その様子を見たセドナは、頃合いと感じたのか、
「まあまあ。目的地まであと1日はあるんすから、良かったら、これ、どうっすか?」
そう言うと、背嚢から大量の酒瓶を取り出した。
「ほう……? こりゃ、値打ちもんじゃねえか!」
「実は、ギラル卿の目を盗んで、ちょいと酒蔵から、ね」
そう言ってセドナはにやりと笑みを浮かべた。
実際にはこの酒は、ギラル卿に事情を説明し、譲ってもらったものである。
だが、元々聖走隊に強制的に配属させられたここの兵士たちは、当然ギラル卿に怨みを持っている。
そのため「ギラル卿から高価な酒を盗んだ」と聞いた兵士達の雰囲気が急に軟化し始めた。それを見て、セドナは追撃とばかりに荷物の一つを開いた。
「後、実はこんなところにも! こっそりクレイズ隊長に内緒で仕込んどいたんす!」
補給物資に見せかけた荷物の一つには酒瓶と、更に人数分のグラスが入っていた。
もちろんこれも本当はクレイズと前もって示し合わせており、すべての船に同じ仕掛けを施している。
恐らく他の船に乗り込んだ兵たちも、今頃酒瓶を取り出しているころだろう。
「目的地までまだ一日ありやすし、どうっすか?みんなで酒でも飲みながら親睦を深めるっつーのは!」
「おお、良いのかよ!」
「帝国軍って言うからろくでもない連中だと思ったけど、あんたはその中でも最高にろくでもないわね! けど、気に入ったわ!」
特に酒好きの種族であるドワーフたちはその様子に満面の笑みを向けてきた。
「さ、死ぬなら死ぬで、今日をたっぷり楽しみやしょ? さあさあ、どんどん配っていきやすよ?」
そう言うとセドナはグラスに酒を注ぎ始めた。
それから数時間後。
「そんで、村の住民に叱られちまって、弁償することになって給金はパア! ほんっと、大失敗だったってわけですわ!」
「ほう、そりゃあんたも災難だったな! ガハハハハ!」
すでにセドナは他の兵士たちとすっかり打ち解けていた。
酒を飲めないアダンとツマリは、相変わらず部屋の傍で二人座り込んでいる。だが、周囲は二人の力を恐れたのか、或いはすでに二人に関心を失ったためか、おそらくその両方の理由で、声をかけてくることは無かった。
会話に入ることは無いが、兵士たちの楽しそうな雰囲気は二人にとっても安堵できるものであった。
「凄いな、セドナさんはやっぱり……」
アダンは感心したようにつぶやくと、ツマリも同意した。
「あの、怖そうな人たちとあっさり友達になれるんだもんなあ……。あたしじゃ、出来ないよ……」
「そう言えばクレイズさんが言ってたね。セドナさんが『影の王』って言われていたのは、剣の腕が優れていたからでも頭が回るからでもない。どんな奴とでも友達になれるからだ……って」
「へえ。確かに、あの様子を見たらそう思わざるを得ないわね」
船の中心でバカ話を繰り広げて周りを盛り上げるセドナを見て、二人はつぶやいた。
「お、そうだ! 折角だし一発景気づけに、歌わねえか!」
そうこうしていると、ドワーフの男がそう叫んだ。
「歌、か……いいねえ! 曲は何にする?」
それに対してほかの兵士たちも同じように笑った。
そこでセドナは思いついたように、
「そんじゃあ……『明日を掘り出すもの』なんてどうすか?」
そう提案した。
「え? ああ、確か最近ニクスの町で流行ってる曲だろ?あたしは歌えるよ?」
「俺も歌えるぜ! そもそも、俺はニクスの町の難民だったからな!」
どうやら、兵士たちはほぼ全員歌えることが分かった。当然アダンとツマリはこの曲を知らないが、特に質問を受けることは無かった。
それを見て、セドナは少しバツが悪そうに笑った。
「へへへ。あっしは歌とかはダメなんで、指揮者をやりやす! さあ、皆さんどうぞ!」
「おう、任せときな! ……って、あんたは歌わんのかい!」
一同はどっと笑いながらも、前奏とばかりに手拍子を始めた。
それを見て、セドナは寒気がするほどの正確なペースで指揮棒代わりに指を振る。
「へえ……」
「いい歌ね……」
この曲は、本来炭鉱で働く労働者を元気づける歌である。
歌詞の内容としては、教会で知り合った女性の医療費を稼ぐために男性が鉱山で働き、そして二人が結婚して暖かい家庭を築く物語である。
合唱曲のように男性パートと女性パートがあるのが特徴で、それを兵士たちは丁寧に歌い分けていた。
「けど、なんでセドナはこの曲にしたんだろ?」
「うーん……」
そう言いながら、アダンは船の外をふい、と顔を向けた。
すると、住民たちがアダン達の乗っている船を見て笑いながら、同じ曲を歌っているのが目に入った。
「あ……そういうことか……」
「どういうこと?」
「ほら、みんなボク達を怪しんでないでしょ?この歌を歌って僕らが『ニクスの町の住民』だってアピールをしているんだよ」
それを聞いて合点がいったように、ツマリも頷いた。
「ああ、そういうことだったのね。……細かいとこまで気が回るわね、セドナも」
「本当にね。……ねえ、ツマリ? この歌、凄い素敵な曲だし、今度ボク達も歌ってみない?」
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そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
Cutie Skip ★
月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。
自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。
高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。
学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。
どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。
一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。
こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。
表紙:むにさん
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