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第3章

恋に悩む双子の兄が恋愛相談するの、良いよね

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それから数日後、クレイズ一行は馬車に揺られていた。
礼服を身にまとったアダンに、ツマリは感激したような口調で話しかける。

「お兄ちゃん、すっごいオシャレな服装じゃない!似合ってるわよ?」
「そ、そうかな……」

そう言いながら、アダンの服についているフリルを興味深そうに触るツマリ。
アダンの着用している礼服は『王子様』と言うよりは『ナイト』と言うたたずまいだ。このあたりは恐らく『お飾りでなく、前線で戦う戦士である』と言うことを全面に押し出そうという着付け役の意識が見て取れる。
その様子を見ながら、クレイズはハラハラしたような様子で嗜める。

「ツマリ、あまり触ってアダンの服を汚すんじゃないぞ?」
「分かってるわよ。ところでさ、アダン? 私の服はどう?」
「え? うん、似合ってるよ。すっごいきれいだと思う!」

ツマリの服装は、同じように戦場で戦えるような丈の短いスカートに、刃物を通さないような極めて厚手のタイツ。そしてやや胸元が開いたドレス風の礼服だ。単に動きやすさだけでなく、いわゆる『お姫様』を彷彿とさせる華美な装飾が随所にみられていた。
その様子を見て、アダンは素直にそう答えた。

「でしょ? ……特に、どの辺?」
「その髪留めとか、凄い素敵だよね?ツマリの髪のきれいさをすっごい引き出してると思うよ」
「そうでしょ、そうでしょ?……後は、ドコ?」
「えっと、その……」

ツマリは髪をかきあげるような仕草を見せながら、アダンの正面で前かがみになるような姿勢を見せた。

(ツマリ……やっぱりそうだ……。目が赤く染まってる……確かこれは……)

空いた胸元に目線が行きそうになりながらも、アダンは顔を赤くしながら目を背ける。

(ツマリ……ツマリ……ダメだ、可愛すぎて……)

アダンは高鳴る胸の動悸を悟られないようにしながら、目をつぶる。
それから数秒後、いつものようにツマリははっと来たように姿勢を元に戻した。

「……!……アハハ、ちょっとからかいすぎたね。ごめんね、アダ……お兄ちゃん」
「う、うん……」
「まったく……。ツマリ、少し浮かれすぎていないか?」
「えへへ、だってこんな素敵な格好出来たことなんて、今までなかったからさ。ちょっと羽目を外していいじゃない?……にしてもクレイズとセドナの格好は地味よね?」

クレイズはいつもの鎧姿であり、セドナは若草色の平服にマントと言う、いかにも『従者』と言った格好をしている。

「仕方がないだろう? 私たちの分まで礼服を用意できなかったのだから。ただ、帰ったらあの村の者たちにもお礼を言っておくんだぞ」

これらの礼服は、先にクレイズ達が訪れた人狼の村の村民からお礼として譲り受けたものだ。

「勿論、分かってます。……ただ、あの村の人たち、これからうまくやっていけるでしょうか?」
「それはどうだろうな。ただ、うまくやっていきたいから、こういうぜいたく品を我々に譲ってくれたのだろうな」

彼らは今回のエルフの所業により、薬草の販売と言うドル箱商品を失った。その為今までのような殿様商売ではなく近隣の村と協力しながら農業なり商業なりに手を出さなくてはならない。
そのためには、自身たちが近隣の村のグループに溶け込むことは必須となる。だからこそ、周囲に自慢と受け取られかねない豪奢な服をアダンとツマリに譲り渡したくなった、と言う事情もあるのだろう。
そう思いながら、クレイズは二人の来ている礼服を眺めた。因みにサイズの仕立て直しはドワーフの部下がやってくれたものだ。
ツマリは馬車の背もたれに頭を乗せて、あまり興味なさそうに答える。

「ええ。それにしても、エルフの強引な支配のおかげで村同士での貧富の差がなくなったんだから、皮肉なものですね……」
「ま、あたしたちは出来ることはやったんだし、後は村の人たちに任せましょ?」
「……そうだな。それより、ギラル卿の前では無礼な態度は避けてくれないか? 剣を振るうなど、もってのほかだぞ?」

いつものように注意するクレイズに、ツマリは口を尖らせた。因みにこの世界では謁見の場でも帯刀が許されている。

「そんなことするわけないでしょ!ところでギラル卿ってどんな人なの?」
「ああ、セドナの話によると、インキュバスの地方領主らしいな。性格は……まあ、いわゆるインキュバスの典型的なものらしい」
「うげ……なんか気が進まないなあ……」

インキュバスの典型的な性格と言うと、とにかく『権力者』を好む傾向があり、また精気を吸う必要があることから、異性に対して積極的にアプローチを行ってくる。
そのことを思い、ツマリは舌を出した。

「しかし……エルフ以外の諸侯など、このあたりではギラル卿くらいだからな。少なくとも今の段階で、エルフの協力を取り付けるのは難しいだろう」
「ええ。……まずはなんにしても、きちんと国としての体裁を整えないといけませんね」

挙兵したセドナ達の次の目標は『独立国』として評価されるだけの領地と収入減を得ることにある。
そもそも、ホース・オブ・ムーンの構成員の殆どは大義があって挙兵したものではなく、くいっぱぐれて加わったものでもある。
そのようなものを食わせていくには、金が必要であるが、エルフが支配するこのあたりの土地で、まともに産業を興すには時間がかかりすぎる。
そこでこの近くにある『ニクスの町』と呼ばれるエルフの国の直轄地を攻め落とそうと考えているのである。
その為、ギラル卿と同盟を結ぶために一行は馬車に揺られている。

アダンはクレイズに不思議そうに尋ねた。

「けど、ボク達のやることって、言ってしまえば『侵略戦争』ですよね? だったら、ギラル卿も僕らに『同族だから』って理由だけで協力なんかしてくれないんじゃないですか?」
だが、クレイズは首を振った。
「確かにそうだが、ギラル卿の領地には、ニクスの町から流れ込んできた貧民が溢れているらしい。そのものらの対処に悩んでいるとのことだから、きっと話を聴いてくれるだろう」
「そんなにニクスの町って、貧民の方が多いのですか?」
「ああ。残念なことにな。ニクスの町は工業が中心にしているのだが……資本家と労働者の貧富の差が大きすぎるようだ。だから、国の富に比べて貧富の差がとても大きいと聞いている」
「そうだったんですか……」

ニクスの町を侵攻対象に選んだのも、それが理由である。
あくまでも貧民を『富裕層の支配と権力者の圧政から解放する』と言う名目であれば、戦争を起こすにも正当な理由が産まれる、と考えたためだ。

「けど、この街をホース・オブ・ムーンのものにしてしまえば、晴れてあたしたちも『独立国家』を名乗れるってわけね!」
「まあ、そうだな。もっとも、独立国家を名乗ったところで、当面はエルフの国々からの干渉は避けられないだろうがな」

自身の所属していた帝国がエルフに滅ぼされたことを思い出したのだろう、クレイズは少し悲しそうに答えた。

「ところでアダン、さっきから元気がないがどうした?」
「いえ……。ちょっと座り続けていて酔ったのかもしれません。ちょっとセドナさんのほうに行ってきますね」

因みにセドナは国を出た時からずっと御者として馬を操っている。アダンはそう言い残し、馬車から身を乗り出した。

「馬車に酔った、か……ツマリは平気か?ぼーっとしているようだが……」
「え?……うん。私は平気……」

ツマリはアダンが去って、急に気が抜けたような表情で、窓の外を見ていた。




馬車からでて、少し速足で歩きながらアダンは馬車を操るセドナに尋ねた。

「セドナさん、代わりましょうか?」
「いえ、あっしは馬車の中に居るのは苦手なんで。こうやって奉仕してる方が気がまぎれるんでさあ」
「……そうなんですね」
「ところで、どうかなさったんですか?浮かない顔ですけど……」
「え?うん……」

そう言いながらも、少し言い出しにくそうにしながらもアダンは尋ねた。

「セドナさん。……僕ら夢魔って、突然目が赤くなることってあるんですか?」
「へえ?そりゃ、珍しいことじゃありやせんよ」

セドナは何の気なしに答えた。

「夢魔の方々は思春期に差し掛かると、食が細くなっていきやすでしょ?」
「そうみたいですね。ボクはエルフの血が濃いみたいだから、あまりそうならないけど……」
「ありゃ、セドナさんはそうなんですね。ただ、当然そうなると『エナジードレイン』に頼っていかないと生きていけなくなるわけじゃないっすか。だから、異性への関心が亢進されて、その際に目が赤く染まるんすよ」
「けど、ボクの知り合いの大人たちはそんなこと起きていなかったけど……」
「大人になると色合いも落ち着きやすし……。それに、本気で相手から『精気を吸いたい』って思った時にしかならないそうっすからね。……ひょっとして、ツマリさんのことっすか?」
「え? ……うん。実は……」

そう言って、アダンはツマリのことを話した。
ここ最近、自身に対して別人のような接し方を見せること。そして、その際に目が赤く染まりがちなこと。
何より、以前よりもその頻度が増えてきており、昼間でも起きること。
そこまで聴いて、セドナは頷く。

「なるほど……。けど、アダンさんとツマリさんは兄妹ですよね?」
「そうです……」

なお、実際にはアダンとツマリの血はつながっていない。
だが、両親がそのことを伝える前に病死していたため、そのことを知るものはこの場には居ない。

「あっしとしては、そう言う関係は絶対に応援できやせんが……。とりあえずそれは置いておきやしょう。それでアダンさんは、ツマリさんと昔みたいな兄妹に戻りたいんですか?」
「う、うん……けど、ちょっと違うって言うかなんて言うか……」

そう言うとアダンは口ごもる。

「自分でもうまく言えないんだけど、ツマリと今後どう接していくかって言うのは……。ツマリのことが『大好き』って言うのはずっと変わりません。ただ、それだけじゃないのかも、ツマリはずっと僕だけの傍にいてほしいのかな、それとも僕がいない方がツマリは幸せになれるのかな、とかいろいろ考えちゃって……」

セドナはそれを聞いて、少し申し訳なさそうな表情を見せた。

「そうっすか……。すいやせん。そう言う感情って、あっしにはよくわからないっす。けど……アダンさんが今悩んでることって、アダンさんにとってすごく大事なことだってのは分かりやす」
「僕にとって?」
「そう。だから、『この気持ちは、兄妹の情だ』とか『禁断の愛だ』とか、そう言う陳腐な言葉で簡単に結論付けるのだけはやめてほしいっす」
「そう、か……」

そこまで聴いて、アダンは少しだけ納得のいった表情を見せた。

「とにかく、焦って間違った結論を出しちゃ駄目っすよ。もっともっと悩んでつかあさい」
「もっと、悩む……ですか?」
「ええ。あっしは答えを出すことは出来やせん。けど一緒に悩むことくらいなら出来やすし、クレイズ隊長も付き合ってくれるはずっす。隊長、ああ見えて面倒見がいいから、悩み相談ばっかり受けていやしたからね」
「うん……ありがとうございます、セドナさん」

少しだけ気が晴れたのか、アダンは先ほどより明るい表情になってぺこり、と頭を下げた。

「いえ、お力になれたら嬉しいっす。あと、悩んでいるのはツマリさんも同じはずですから。一度じっくり話し合ってみてはどうっすか?」

だが、さすがにそれは気恥ずかしいのだろう、アダンは首を振った。

「ううん……。まだ、それをやっちゃうとツマリとの関係が壊れるかもしれませんから……。だから、それは……」

その様子を見て、セドナはフフ、と笑みを浮かべた。

「すいやせん。これもまた『結論を急いだ行動』みたいっすね。そうやって話し合うかどうかも一緒に悩んでくだせえ」
「……ありがとうございます。けど、セドナさんって不思議ですね?」
「あっしが?」
「はい。僕達インキュバスは『エナジードレイン』を行わないといけない性質上、基本的に同性は嫌いになるんです。恩知らずなのは承知ですけど、実はクレイズ隊長がツマリといるときも時々不快な気持ちになるくらいですから……」

セドナは少し皮肉めいた笑みを浮かべながら頷いた。

「アハハ! 今更そんなこと言ってんすか? 夢魔の方々が同性を嫌うのは当然っすからね。クレイズ隊長も、気にしてる様子はありやせんよ?」

その発言に、アダンも少し安堵したような表情を浮かべる。

「あ、それならよかったです。……ただ、セドナさんにはそういう感情がわかないんですよね」
「へえ。そりゃあっしが女の子だって疑ってるんですか?」

冗談めかして答えるセドナに、アダンは首を振る。因みにセドナはどう考えても女性と言う外見や声質ではない。

「いえ、さすがにそれはないですよ。それとツマリも『セドナって、凄い頭いいし素敵なのは分かるけど、何故か精気は欲しくないのよね~』って言っていました。そんなこと言ったの、初めてです」

その発言に、セドナはビクリ、と体を震わせる。だが、すぐに表情を元に戻すと、

「ハハハ、不思議な話もあるものっすね。ところで、そろそろ風も冷たくなってきやした。そろそろ馬車に戻られては?」
「……そうですね。そうします」

そう言ってアダンは戻ろうとする。そして最後に一言だけ、




「ところでセドナさんって、人間なんですか?」




そう訊ねた。

セドナはきょとんとした表情をして、
「え?あっしの見た目見て分かりやせんか?人間の男性に見えないなら、心外っす」
そう答えた。

「アハハ、そうですよね。それじゃ、もし交代が必要になった呼んでください」
その回答に、アダンはそれ以上の追及は避けることにした。

「ええ、そうさせてもらいやす」
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