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第2章

無骨な兵が猿芝居で敵を欺くの、良いよね

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「た、大変です!」

暗闇の中で帽子を目深にかぶったうえで、敵兵に扮したアダンは慌てるように門番に叫ぶ。

「どうした、そんなに慌てて?」

この暗がりであれば、アダン達の顔ははっきりとは目視されない。これもまた、作戦の決行を急いだ理由だ。

「採取場の見張りの交代をしようと思ったのですが……あそこの兵士たちが倒れています!」
「なに、それは本当か?確かあそこの隊長は守備隊でも屈指の腕のはず……」
「だから大変なんです!この辺の人狼どもに倒せるとは思いません!一体どうして、隊長が……」

人狼『ども』と言う言い方に部下の人狼は少しぴくり、体を震わせた。最もこれは作戦のための方便であることは当然分かっていることなので、何も口にはしなかったが。
それを聞き、兵士は『そう言えば……』と口にした。

「ダリアーク様がおっしゃっていたな。このあたりに例の『バカ勇者兄妹』がたむろしていると……」
「なによ、失礼ね!」
「ん、何か聞こえたか?」

思わず叫んだツマリの口を、近くに居た女性ドワーフが強引にふさぐ。それをごまかすようにアダンは話題をすり替える。

「いえ、そんなことより、多分その兄妹がやったんじゃないでしょうか!?」
「まさか……、いや、ありえるか……」
そして、同じく兵士に扮したクレイズがわざとらしく動揺しながら答える。
「ひええ……あの、伝説の兄妹ですか?」

演技力に難があるクレイズにさせるのは人選としてはあまり好ましくないが、どうしてもドワーフや人狼の声質ではエルフの口ぶりを真似するのには違和感が出るためだ。
また、直情的なツマリに演技をさせるのは『失敗する』と同義なためでもある。

「ああ……」
「あいつが取った首の数は数知れず……。帝国の猛者たちを目にもとまらぬ連携技のもとに切り裂いたその話は有名ですし……。また、噂では切った人間の血を浴びてさらに力を増していく能力を持つとか……」
(作戦とはいえ、失礼しちゃう話よね!)

ツマリは不満そうにもがもがとつぶやいた。
夢魔は他者から精気を吸い取るその能力から『膂力や魔力、果ては記憶や知識も吸い取られるのではないか』と言う風評被害を立てられることが多くある。
単なる差別感情だけでなく、長命であるエルフは『得てきた物を失う』ことに人間以上に過敏なため、このような風評が立ちやすい。或いは夢魔の魅力に溺れ、鍛錬をサボったものがそのような噂を流した可能性もある。

(あたし達にそんな力なんて無いわよ!あんたたちはご飯食べただけで足が速くなんの?お水飲んだだけで魔法を覚えるの?努力しなきゃ能力は身に付かないっての!)
(ちょっと、いい加減にしな!)
(……あがが!ぐるじい……)

あまりにもがもが叫ぼうとするツマリの様子に、ドワーフ兵は呆れたように首を締め上げられ、ようやくツマリは静かになった。
今回の作戦はそれを利用したものだ。クレイズの発言を真に受けたのか、兵士たちはざわめきはじめた。
その様子に、クレイズは冷静な口調で続ける。

「しかも、あの勇者兄妹は、エルフに怨みも持っている……。さらなる力を求めてこの城に来ることになるのでは……?」
「た、確かに……あり得る……」
「とにかく、採取場に倒れている兵士の救護を要請してください!勇者兄妹がいるかもしれないから、なるべく大人数で行くべきです!」
「わ、分かった!」

人間同士の戦いであれば、このような発言が通るわけがない。
だが前述しているが、エルフは人間に比べて集団への帰属意識が乏しい。その為、よほどの忠臣でない限り、忠義よりも自身や家族の安全を第一に考える傾向がある。
このような出城に来るような兵であれば、無理に命を張って勇者と戦うほどの覚悟はまずない。
さらに言い訳として『採取場の兵士の救護』と言う名目で城を抜け出す口実があるのであれば、なおさらだ。
兵士たちは周囲に呼びかけ、大慌てで支度を開始した。

「私はこの話を城内の兵にも伝えます!城門を開けてください!そして、皆さんが救護に出た後は勇者兄妹に入り込まれないよう、すぐに閉めるように伝えてください!」
「ああ、分かった!」

そう言うと兵士は城門を開け、クレイズ一行はすんなりと入り込んだ。





「……ふう……」

城門に向けて駆けながら、クレイズはあたりを見回した。
やはり、アダンとツマリの名はよほど恐ろしいのだろう。

「流石、セドナの作戦だな。こうもうまく行くとはな……」

そう言いながら、クレイズはにやりと笑った。

「それにしても緊張しました……。あと、クレイズさん、その……」
「なんだ?」
「はっきり言って、演技下手すぎ!バレなかったのは奇跡だから!」

先ほどまで口を押さえられてフラストレーションも溜まっていたのだろう、ツマリは不満げにそう叫んだ。

「む……そうか?」
「確かに、ぎこちなかったですよね……。それに、一度『人間』って言ってましたけど、あの時は肝が冷えましたよ……」

基本的にこの世界において少数部族である『人間』と言う言葉は、使われることが少ない。だが、その中でも人間が比較的多く暮らしていた帝国出身のクレイズは、自覚無くその言葉を使ってしまうのだろう。

「なに、そんなことを言っていたか、私は……」
「ほんっと、クレイズって戦い以外のことはダメなのね……」

ツマリに対して「君に言われたくない」と言おうとしたが、これ以上の議論は無駄と考えて会話をやめた。
クレイズ達が城門の前に到着したときは、すでに城門がバタン、と閉まっていた。

「さあ、ここから先は本格的に戦うから、みんな気をつけろよ!」
「はい!」

そう言うとクレイズ一行は兵士の服を脱ぎ捨て、城内に侵入した。




「な……なんでここに……バカ勇者が……ぐわ!」
「バカ勇者なんて言葉、二度と使わないで!」

城内に入り込んでから、ツマリの動きは素早かった。
風のように敵の背後に周り、背後から致命傷にならないようにしつつ切りつける。

「な……門番は何をやっていたんだ!」
「さあね!それ!」

アダンも負けていない。大声で叫びながら襲い掛かる兵士たちに、アダンは呪文を唱え、現れた炎の槍を投げつける。

「ぐわああああ!」

足に炎の槍が突き刺さり兵士はのたうち回った。

「あたしらも、暴れたりないんだよ!」

クレイズの部下も今まで生き残れたということもあり、極めて優秀な兵士たちだ。
得物とするナイフや手槍を用いて敵兵を『気絶させないように』切りつけていく。

城内に居る敵は、やはりあまり手ごたえのない相手ばかりであった。
少なくとも採取場で出会った部隊長が、この城内で最強であることは先ほどの会話から想定していた。
それでも不満げな表情を見せてクレイズは尋ねる。

「城の城主はどこにいる?今すぐ言えば命は保証する」
「あ……はい!ここの階段を上ったところです!」
「そうか、ご苦労。では君には……」

そう言って剣を抜くクレイズ。

「ちょ、ちょっと待ってください! 殺さないって約束じゃあ……!」
「そんなに死にたくないのか。では、少し待て……」

そう言ってクレイズは近くに居た人狼の部下に合図をした。先ほど城内までの案内をしたものとは別の部下だ。

「城内の兵士に告ぐ! われらはエルフの支配する世界に不満をもつもの!こ の城はわれらのものだ!」

人狼兵は遠吠えするように叫ぶと、城内がビリビリと震えた。
夢魔の行う思念では複雑な情報を周囲に伝えることは出来ない。その為、降伏勧告をはじめ、敵兵に命令を与えるのには、人狼が一番の適役でもある。

「命が惜しければ、すぐに仲間と共にけが人の手当をし、今すぐここから出よ! 北門から出た兵は追撃しないと約束する!」
「ひ……ひい!」

どうやらその声が休養を取っていた兵たちにも聞こえていたのだろう、にわかに騒がしくなり、バタバタと走り出す音が聞こえてきた。

「さあ、君もそうするんだ」
「は、はい!」

そう言うと、先ほどクレイズに倒された兵士は大慌てで近くの兵士を担ぎ、北門に向けて走り出していった。
セドナに言われたように、クレイズ達は意図的に致命傷や後遺症が残るような怪我を避けエルフたちが『痛がるような』傷を与えていった。
これによってエルフたちに恐怖を与えながら、救護に人材を割かせる。この方法であれば、彼我の戦力差をカバーすることが出来る。

「ま、セドナらしいと言えばらしいな……」

クレイズは逃げ惑う兵士たちを見ながらつぶやいた。
いざ戦闘となればクレイズと同じくらい勇猛に戦えるセドナだが、基本的に殺生は極端に嫌う。
一見合理的な作戦にも見えるが、そのような意図が背景にあることがクレイズにも容易にくみ取れた。

「さあ、後は城主の部屋を落として勝利だ!」

そう言うと、クレイズは階段を駆け上がった。
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