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第2章

妹がほかの男といちゃつくのに複雑な兄、良いよね

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「うーん……」

陽光が天幕の中に差し込むころ、ようやくツマリは目を覚ました。

「あ、おはようございやす、ツマリさん。ご飯は出来ていやすので、食べてくだせえ」

外に居たのはセドナ。
調理用の大鍋の掃除と後片付け、そして荷造りを行っているようだった。
その傍らにはツマリの朝食と思われる、粗末なシチューが入った皿が置かれていた。

「あ、おはよう、えっと……セドナだったわね。ところでお兄ちゃんはどこ?」
「アダンさんっすか?それなら向こうで剣の訓練をしていやす。そろそろ終わると思いやすが……」
「あたしちょっと見てくるね」
そう言うとツマリは鼻歌交じりに軽く身だしなみを整え、河原の方にかけていった。

「149,150!」

そこでは、アダンはクレイズ達兵士と共に剣の素振りをやっていた。
どうやら自由参加なのだろう、参加している兵士はクレイズとアダンを合わせて6名程度だった。

「…………」

ツマリは、その様子をしばらく眺めていた。

(お兄ちゃん……体、大きくなったわよね……。最近じゃ、外を歩いても女の子と間違えられなくなったんだよなあ……)

小さいころ、周囲に気づかれないように服を入れ替えて遊んでいたことを思い出し、寂しそうに空を仰いだ。

(もう、あの遊びが出来ないなんて、ちょっと寂しいな……)

どうやら今度は素振りから剣による簡単な打ち合いに入ったようだ。
いわゆる「型稽古」のそれと同様、決まった手順で動く相手に対して、決まった動作で攻撃をする、と言う練習のようだ。

「やあ!」
「はあ!」

稽古をする兵士を比較しても、アダンとクレイズの動きは、やはり抜きんでて優れている。
単に機械的に体を動かすのではなく、常に実践を意識しているのだろう、返しの剣を打つ瞬間、そして撃ち込んだ後にも周囲の警戒を怠らない動作を取っている。

(あ、お兄ちゃん、今の体さばき凄い! ……けど、やっぱり今はあたしの方が速くなっちゃったんだよなあ……)

エルフの血が濃いアダンに対して夢魔の血が濃いツマリの方が、どうしても身体能力には優れる傾向がある。その為、今まではアダンがツマリのサポートをするような連携攻撃を基本的な戦術として行っていた。
だが最近では、徐々にアダンが自身の動きについていけなくなっているとも感じ取っていた。

(いっつもお兄ちゃんったら『ツマリを守るんだ!』って言って頑張ってたからなあ……けど、それでもあたしとまだ連携できるだけでも、凄いよね……それに魔法の方は、あたしは全然できないけど、最近はますます得意になってるし……)

夢魔とエルフの体格差は、性差だけで埋めることは出来ない。
しかし、アダンのここ最近の稽古の量は、元々練習嫌いのツマリよりずっと多かったことをツマリは感じた。

(……アダン……どんどん私と離れていっちゃうんだろうな……けど、そんなのイヤダナ……)

またドクン、と鼓動が高鳴るのを感じ、ツマリは首を振る。
しばらくその様子を見ていると訓練にひと段落してこちらに気が付いたのか、アダンが声をかけてきた。

「あれ、ツマリじゃん!おはよう!」
「おはよ、お兄ちゃん」

クレイズも後ろから剣を収めてやってきた。

「おはよう、ツマリ。すまないな、今剣の訓練が終わったところだ」
「あ、そう?そりゃ残念ね」

心にもないことを言いながらも、ツマリはツン、と不満を見せるふりをし、クレイズに話しかけた。

「ところでさ、クレイズ?あたしを見て何か思わない?」
「む?……ふむ……」

しばらくクレイズはツマリを見ながら真剣に悩んだ後、頷いて答える。

「そうか。寝すぎてむくんだのを気にしているのか。それで正しいか?」
「……はあ……ぜんっぜん違う。クレイズって、乙女心が全然わからないのね?」

そう言うと、クレイズが話し終わるのも待たずに、ツマリは大きくはあ、とため息をついた。
すると、セドナが後ろから声をかけてきた。

「みなさん、そろそろご飯にしましょうや……ってツマリさん。今日はリボン付けてるんすね。とってもお似合いですよ」

その発言に、クレイズは「あっ」と、やや大げさな口調で声を上げる。
ツマリはシャギーがかかったセミロングの髪型をしているのだが、後頭部に大きなリボンを結び付けていることに気が付いたからだ。

「確かに、昨日はつけていなかったな……」
「でしょ?でさあ、どう、似合う?」
「うん、似合う似合う!すっごい素敵だよ、ツマリ!」

ニコニコと嬉しそうに答えるアダンを見て、ようやくツマリも嬉しそうに笑った。

「でしょ?ほら、クレイズもお兄ちゃんを見習いなって!」
「うーむ……。すまないな。どうしてもそう言うのは苦手でな」
「もう……。それにクレイズ、昨日から思ってたんだけど、髪型とかも無頓着すぎ! ほら、私のリボン1つあげるから、結わいときなさいよ!」

生来身なりに無頓着なことに加え、ここ最近は戦いや逃亡に明け暮れていたせいもあるのだろう、クレイズは無造作に伸ばした髪をうっとうしそうにしているのをツマリは昨日から気にしていた。

「どうせクレイズ、リボンの結び方なんて知らないでしょ?セドナ、結んであげて」
「へえ……。あっし、こういうの苦手なんすけどね……」

ツマリからシックな色合いをしたリボンを受け取りながらも、慣れた手つきでクレイズの髪をまとめ上げる。

「出来た。……こんなもんですかい?」
「おお、すっきりした。ありがとう、セドナ」
「……えっと……」
「キャハハハハ!いい、すっごい似合う!」

だが、上手に見えたのは、その手つきだけであった。
そのリボンはなんと荷物をくくるときなどに用いる『堅結び』で結ばれていたからだ。
アダンは困惑したように、逆にツマリは小ばかにするようにその姿を見ていた。

「うーむ……。君たちの反応を見る限り、これはおかしな結び方なのだな……」
「全くもう!ほら、私がやってあげるわよ!」
「そんなら、最初からそうしてくださいよ……」

笑われて少し不満そうにするセドナをしり目に、ツマリはリボンをほどいて再度結び始めた。

「…………」

髪を丁寧にまとめながらリボンを結ぶツマリを見て、アダンは少しだけ複雑そうな表情を見せた。

「どうしたんですかい、アダンさん?」
「え?……ううん、なんかツマリの雰囲気がいつもと違うなって」
「どう違うんす?」
「うん。普段は自分のこと『あたし』って言うのに、時々『私』になってるから気になってるんだ」
「よくその違いが分かりやすね。さすが、長年兄妹をやってることはありやすね」
「あと、僕もちょっと嫌な気持ちが出てきちゃって……」
「嫌な気持ち?練習しすぎて疲れたんすか?」
「そう言うんじゃないけど……。まあ、気のせいだよね」




それからしばらくして、ツマリはパシン、とクレイズの頭をはたいた。

「よし、出来た!これで完璧ね!」
「へえ……」

今度の髪型はきちんと上品にまとめられていた。
元々貴族の出身であるクレイズは、きちんとした格好をすれば社交界でも目立つほどの顔立ちをしていることを改めて認識させられる。

「凄いな、こんなに変わるんだね。クレイズさん、王国の騎士団長さんみたい……」

これにはアダンも感嘆せざるを得なかった。

「でしょ?ぜったいクレイズ、髪まとめたらかっこよくなるって思ったから!……にしてもさ、セドナ。あんたってなんでも出来そうな気がしたけど、こういうのは全然ダメなのね」
「ええ。どうも芸術とかそっちの類はテンでダメなんでさあ……。歌も踊りも、そう言うのはどうもねえ……」

セドナはそう答えると、恥ずかしそうにうつむいた。
それを見たクレイズは、フォローをするように答える。

「まあ、誰しも一つや二つは欠点くらいあるものさ。それくらいのことは大目に見てくれ。……だが、こんな素敵なリボンをもらったら、お返しをしない訳にはいかないな……そうだ、これを君にあげよう」

クレイズはそう言うと、懐からブローチを取り出した。

「え、何これ……こんな細かい細工で作られたブローチ、見たことない……。それに、こんあに軽いのにキラキラした材質って……ガラスじゃないの?」

驚いた様子のツマリに、セドナは代わりに答える。

「そいつは『転移物』ってやつっす。ここではない別世界からやってきた代物っすね。『プラスチック』っていう、特殊な素材を使ってるんす。軽いし、ガラスと違ってそうそう割れたりしやせんよ」
「え……じゃあ、高いんじゃないの?良いの、あたしがもらって?」
「ああ、私が持っていても無用の長物だからな。遠慮なくもらってくれ」
「ありがと、大切にするね」

そう言うと、ツマリはそのブローチを腰に着けていたポシェットに大事そうにしまった。

「そんじゃ、準備も出来たことですし、出立しやしょう!」

セドナは先ほどの失態をごまかすかのように、手を上げて馬の居る方向を指さした。
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