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第1章

救出劇が茶番だったって疑うの、良いよね

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すっかり夜も更け、羽虫がリーリーと可愛い音色を響かせている。

「静かな夜だな……」

川のせせらぎを聴きながら、クレイズはそうつぶやいた。
兵士たちは今日の戦いで疲弊したためか、泥のように眠っている。
しかし、逆に言えば深夜に飛び起きるものもなく、騒ぐものもいない。
つかの間になる可能性はあるが、新しい旗印になるとも言える双子勇者を仲間に加えられたことへの安堵だろう。

(生き残った私の部下は、みなエルフ以外の種族ばかりだ。部下たちが私についてきたのは、あの双子を仲間に入れたいという気持ちもあったのだろうな……)

クレイズはそう考えながら、セドナの到着を待った。

「隊長、お待たせしやした」

セドナはそう言うとニコニコと手を振りながらやってきた。

「ああ、遅かったな」
「すいやせん。けが人のし尿の処分と、血や糞便で汚れた衣服の交換をやってたんでさあ。大体感染症っつーんは、そう言う不潔なもんから発生しやすからね」

それを聞き、クレイズは感心したようにつぶやく。

「なるほどな。……にしても珍しいな、お前は」
「へい?」
「今までにも新しい発想技術を持つものや、非凡な才覚を持つ『天才』は沢山いたし、陛下もその一人だったが……。みな、美味しい仕事ばかりやりたがっていたからな」
「はは、あっしは『天才』じゃねえっすよ。買い被りっす」

セドナの謙遜する様子に、クレイズはほほ笑みながら続ける。

「戦場で暴れる、謀略で相手を言い負かす、新技術をひけらかす……確かにどれも大事だが、一番必要な現場での『汚れ仕事』はみな嫌うものだったからな」

その言い方に、少しムッとした様子でセドナは答える。

「汚れ仕事って言いやすがね。あっしはそれを好きでやってるんす。誰かに奉仕すんのがあっしの幸せっすから」

実はクレイズ自身もセドナに出会うまでは、けが人の救護や兵站線の警護などの仕事は部下に押し付け、自分は戦災に遭った村への寄付や同盟国への会食など新聞記者の前で目立てる『美味しい仕事』ばかりやっていた。
もしこれを改めていなければ、部下たちはクレイズの首を手土産に投降をしていた可能性は高い。
そう思いながら、クレイズは自嘲するように笑った。

「ハハハ。私もお前を見習わなくてはな」
「で、話なんすけどね……」

雑談を辞め、二人は真剣な表情に戻った。

「ああ」
「これは推測なんすけど……どう考えても、あのエルフたちはアダンさんやツマリさんを意図的に『逃がした』ような気がするんす」
「なに?」

それを聞き、クレイズは目を見開いた。

「隊長もおかしく思ったことはありやせんか?」
「ふむ……そう言えば……」

そう言うと、少し考え込む様子を見せながらクレイズはつぶやいた。

「一個大隊であの二人を包囲しておきながら、ずいぶんもたもたしていたとは感じたな。お前が発見してから私が突入するまで、かなり時間があったはずだ」
「少なくとも5分はありやしたよね」
「そうだ。私ならあの状況であれば犠牲覚悟で総攻撃を仕掛け、始末する。余計な口上を入れて時間を稼いでいたのか?」
「その可能性は高いっすね。それにあっしらが全員脱出できたなんてのも妙な話じゃないっすか。あの精兵ぞろいの中に突っ込んで、生き残れるのは隊長くらいっす」

だが、クレイズは首を振った。

「いや、正直なところ、私でも脱出は出来ないほどの手練れぞろいだった。だが今思うと一か所だけ不自然に動きの悪い新兵ばかりの箇所があった。あの時は単に運が良かったと思ったが……確か、あの場に居たのはダリアーク。彼女ほどのものが、あんな杜撰なミスをするとは思えんな」

ダリアークの名前はセドナの帝国にも響いていた。特に局地戦に関しては、彼女の軍略に勝るものはいないとも称されている。
そこまで言うと、セドナはさらに続けた。

「後、あっしらがあの一団を見つけたこと自体おかしいんすよ。仮にも他種族から支持されている兄妹をあんな目立つ場所で真昼間に殺しやすか? 誰かしら助けに来るかもしれやせんし、仮に来なかったとしても『他種族は用済みになったらポイ』なんて、エルフへの憎しみが増すだけっす。そもそもあんな荒野じゃ逃げるのも難しくないっす」

自身が突入する際にエルフへの怨嗟の声を漏らした兵が居たことを思い出し、クレイズも頷いた。

「そうだな。私なら脱出されず目撃もされないよう、城内に呼び寄せてから始末する。他種族には『病死』とでも喧伝すればいいからな」
「そうっすよね。それ以前に、あの無敵の双子兄妹を『堂々と用済みだと宣言した上で、戦って始末する』なんて発想自体が無駄に犠牲も出るしおかしいんすよ。隊長ならどうしやす?」
「ふむ……。一番手っ取り早いのは宴の食事に毒を盛ることか。或いは航海中に船を沈め海の藻屑にするか、病のはびこる村に派遣させて病死を狙うか、或いは……」

そこまで言ったのを聞き、セドナは苦笑しながら制止した。

「た、隊長。その辺で良いと思いやす。ですが、こんだけすんなり殺す方法があるじゃないっすか。しかも、そういう方法で始末するなら、万一失敗しても『謎の抵抗勢力がやったことだ』って言えば、エルフを憎むようなことにはなりやせんよね」

その発言に、クレイズはもう一度頷く。

「全くだな。真の名将なら負けた時のことも考えるべきだ。つまり私たちは知らないうちにエルフたちに利用された、と言うことか?」

セドナは大きくうなずいた。

「そう考えた方が自然っす。具体的に言えば『あの双子兄妹に対して、エルフへの憎しみを煽るようにしたうえで、意図的に逃がした』ってことっすね。本当はあの場で双子のどっちかを殺すつもりだったのかもしれやせんね」
「なるほど……。ツマリのエナジードレインを使えば、アダンは犠牲になるが脱出は可能だっただろうな。だが、どうしてそんなことをしたんだ?」

そのクレイズの質問に対しては、セドナは頭を掻きながら答えた。

「さあ……あっしはそう言う謀略みたいなことを考えるのは苦手なんすよ」

クレイズは少し呆れたように、同じように頭を掻きながらつぶやく。

「まったく、お前はおかしな奴だな。それだけ頭が良いのに、人を出し抜くような謀略を考えることは全然出来ないのだからな」
「しょうがないじゃないっすか……。で、隊長はお分かりになるんで?」
「すまない、私にも分からないな。なぜダリアークはあの二人に自種族に憎しみを植え付けた上で取り逃がしたのかは……。で、その話は二人にするのか?」
「いや、やめておきやしょう。まだ推測の域は出やせんし、何より……」
「憎しみで動くものに対して、その憎しみすら『仕組まれたもの』と告げたら、生きる気力を失うかもしれない、ということだな……」
「そうっす。そうなったらクレイズ隊長も困りやすよね?なんで、今は黙っとくことがあっしは誰にとっても『最適解』だと思いやすね」
「……そうだな。話はそれで終わりか?」
「へい。話を聴いた感じ、あっし以外の仲間たちも薄々感づいてるようっすけど、あの兄妹には話していやせん」
「それならいい。……さて、そろそろ私も寝るかな」

そう言うと、クレイズはふらりと振り返り、空を照らす満月を見上げた。

「きれいな月だな……。あの時の二人の瞳も、この月と同じように、理想に燃えて澄んでいた。願わくば、今夜と同じ月下の下で……美しく戦って散りたいものだ」
「…………」
「その時には、お前も立ち会ってもらうぞ、セドナ」

だがセドナは不愉快そうに答えた。

「へい。……お考え直しいただけるなら、それが一番っすけどね」
「……だろうな。ともかく、明日から忙しくなりそうだな。お前も寝ておけよ」
「いえ、あっしは……。いや、そうっすね。おやすみなさい、クレイズ隊長」
「おやすみ、セドナ」

そう言うと、クレイズは天幕に戻っていった。
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