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第1章

極限状態でかつての敵に助けてもらうの、良いよね

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クレイズ達が馬速を速めて数分後、兵士たちの一団が目に入った。

「やはり、仲間割れか……」

その様子を見ながらクレイズは思わずつぶやいた。
ざっと見た限り、円形に包囲した中央にアダン達がいると容易に推測することが出来た。

「……見たところ、南東が手薄っすね……突っ込みますか」
「ああ……」
そう言いながら、クレイズは馬をいななかせながら大声で叫ぶ。
「我が名は帝国騎士団所属、四天王が一人クレイズ!命が惜しければそこをどけ!」

それに呼応するようにセドナも叫んだ。
「あっしは副長セドナ!逃げるものは斬りやせんから、早く散ってくだせえや!」

エルフの一団はこちらに気づいたのか、一斉にこちらに目を向けてきた。
人間同士の戦いであれば背後から奇襲を行う選択肢もあるが、エルフは人間とは異なり、集団よりも個人、或いは家族の命を重視する傾向が強い。
その為、その一言で多くのエルフは恐慌状態になり、持ち場を離れ始めていた。

「う……うわあ、人間だ!」
「く……ひるむな、撃て!」

また、この世界における平均的なエルフの膂力を1とすると、夢魔は2、人間は3、ドワーフは4と言ったところだ。

まして、四天王に抜擢されるほどの剣才を持つクレイズであれば膂力はドワーフも上回るため、エルフにとっては大きな脅威となる。
クレイズの名乗りに浮足立ったエルフたちは包囲を解くように散りながら、魔力を込めた矢を撃ち込んでくる。

「そんな攻撃、効くか!」

また、エルフの膂力が低いということは、当然弓の張力も低いことである。
人間やドワーフの強弓と訓練で対峙してきたクレイズにとって、目視で撃ち落とせる的に過ぎない。
「さあ、そこをどくんだ!」

そう言うとクレイズはサーベルを抜刀し、エルフに向けて切りかかる。

「ぎゃああああ!」
「ぐわあああ!」

鋭いサーベルが風を切り、エルフを次々に斬り倒していった。

「ほらほら、あっしらを舐めんでくだせえな!」

セドナは大きなメイスを振り回しながらエルフたちを押しのける。
殺生を好まないためセドナは、その一見華奢な体格にそぐわず、大型の鈍器を武器として好む。
そのメイスは正確に敵兵の太ももを打ち、次々に足元に転がしていく。

「な、なめるな、人間ごときが!」
だが、当然エルフも黙って通すことはなく、あるものは弓で、あるものは魔力で、またあるものは剣で切りかかってくる。

「クレイズ隊長、避けてください!」
「なに!……ぐ……」

セドナの見立ては正しく、一部の新兵を除くと残りの兵士は手練れぞろいだった。
ただでさえ負傷した傷を庇いながら戦うクレイズ達に、その一撃は少しずつだが確実に命中していった。

「ほう……さすがはクレイズ殿、といったところか……」

少しずつ馬足を落としながらも中央部に駆け寄っていく様子をダリアークはニヤニヤと見つめながら、エルフたちに指示を出す。

「……いやした、あそこっす!」

しばらく敵陣を駆け抜けると、セドナが叫びながら指さした。
そこにはかつて戦った兄妹が居た。

「アダン!ツマリ!そこに居たのか!」
「……ああ、そうだよ!」
「どっからでもかかってきなさいよ!」

二人からすれば自分は敵兵でしかない。剣を構えながら、覚悟を決めた目でこちらに襲い掛かろうとしていた。

(相変わらず、美しい目だな……。だが、今は怒りと憎しみにくすんでいる、か……)

クレイズの目にも二人は満身創痍なことは明らかであった。
このまま打ち合えばクレイズの勝利になることは明らかだった。或いはこの包囲網の中央で、エルフの兵士たちに三人仲良く討ち取られる結末になる未来もクレイズには見えた。

「どうしますか、隊長?ここで決着つけて死にますか?」

半ばからかうようにクレイズの部下の兵士は尋ねる。

(私の戦いは……。こんなあわただしい戦場で、こんな状態の二人との戦いで終わってたまるか!)

だが、クレイズは当然のごとく首を振り、二人に声をかけた。

「二人とも、話は後だ!さっさと、こんな戦場から抜け出すぞ!」
「……は?」
「騙されないわよ、あんたにとって、あたし達は主君の敵でしょ?」
「……ある意味では、な……。だが……」

そう言うと、クレイズは覚悟を決めた表情で剣を放り捨てた。その様子を見て、アダンは思わず声を上げた。

「え、なにやってんの?」

カラン、とクレイズのサーベルが足元で乾いた音を立てる。

「これで信頼できるか?……お前たちの力を借りなければ、私もここから脱出は不可能だ。……だから、早く私の馬の背に乗ってくれ」
「…………」

一瞬アダンは悩むそぶりを見せたが、すぐにうなづくと、

「分かった。……じゃあ、ツマリ、先に乗って?」
そう言って、ツマリの体を持ち上げた。

「はあ?いやよ、なんで人間ごときに助けられなきゃ……!」
そう叫ぶツマリをひょい、とクレイズは担ぎ上げた。

「……え?ち、ちょっと、何すんのよ!」
「同族じゃなくてすまないな。だが私の馬の力が一番強いから、お前たちを運ぶには一番なんだ。勘弁してくれ」
その腕にしがみつく形になったツマリは、一瞬呆けるような表情を見せた。そして、

(……な、なに……今の……)
ドクン、と高鳴った胸の鼓動にツマリは自分自身が驚いた。

「どうしたの、ツマリ?」
アダンの発言に、再度胸がドクン、と先ほどより強く高鳴った。
(アダンを見たらもっと苦しいなんて……なんなのよ、急に!)
そう思いながらも、ツマリは気のせいだと思い込むように首を振った。

「え?……あ、ああ、何でもないわよ、アダン……」
「じゃあ、アダンさんはこっちっすね。すいやせんがたのんます」

セドナの武器は重すぎて、アダンを乗せると馬足が足りなくなる。そこで近くに居た部下に声をかけた。

「あ、はい!ありがとうございます!」

アダンはツマリと対照的に反抗する様子もなく、ひょい、とセドナの馬に飛び乗った。

「全軍に告ぐ!これより戦場より離脱する!」
そう叫ぶと、クレイズは再度馬をいななかせ、戦場を駆けていった。

「く……!これが、人間の力……!」
「ぐわああああ!」

あちこちから断末魔が上がる中、副長と思しきエルフがダリアークに慌てた様子で駆け寄ってきた。

「ど、どうしますか、ダリアーク様!彼らが新兵のいる場所を狙って突撃しています!このままでは包囲を抜けられます!」

だが、ダリアークは落ち着いた口調で答えた。

「案ずるな。……ここまでは作戦通りだ。多少想定とはずれたが、な……」
「し、しかし、どうするのですか?」

慌てふためく様子に、ダリアークは少し不機嫌そうにしながらも、子どもを叱る親のような口調でつぶやく。

「……ふん。お前もまだ分かっていないのか……まあいい」
「隊長!包囲を突破されました!追撃の許可を!」

恐らく包囲の一番外に居るのであろうエルフの声が聞こえたが、ダリアークは大声で「ならん!」と叫ぶ。

「我が精兵諸君! 夢魔ごときのためにここで命を散らす必要はない!あの愚かな夢魔どもは我が国から去った! 目標は達したものとする!」
「え……」
その発言に、副長は思わず絶句するが、その様子を見ながらもダリアークは、
「これで良いのだ……。人間の将軍クレイズよ、敵ながら褒めてやるとするか……。それに『影の王』セドナとやらにもな……」
そうつぶやき、軍の再編成を始めた。
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