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第3章「すべての人が平等な、実力主義の国」を作った魔王、ヨルム

3-8 「意図的な善戦」はある意味負けより難しいものです

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俺たちの「介抱が必要な倒れた人」の演技は成功したようだった。


ああやって『ターゲットの少年に解決できそうな困りごと』を彼の前で演じて見せ、それを本人の手で解決させる。


こうやって成功体験を積ませ、自信と周囲からの評価を高める。
また『人から感謝される経験』を積むことにより、他者に対して『優しくすることの重要性』を学ばせるという目的もある。


他者から感謝される経験、それ自体にこの国の住民は価値を見出しているのだ。


「自信や優しさも、親の懐次第で高められる世界なんだな、ここは……」
「ええ。成功体験は金で変えるのがこの国の特徴っすね」


今回は回復魔法だったが、俺たちが依頼される仕事で一番多いのは『攻撃魔法の使い手の前で倒されること』だ。

だから、この仕事が『負け屋』と呼ばれているのである。


「……おや、思ったより早かったっすね。次のターゲットは攻撃魔法の使い手っす。……気合い入れていきやしょう」

今度は15歳くらいの青年たちの集団が俺たちのほうに歩いて来るのにシルートは気がついた。

「ああ……」

そういうと、次のターゲットとなる青年の前に、俺たちはマスクをかぶって現れる。


「な、なんだ、あんたらは……」
「気を付けろ……みんなは下がってて……」

ターゲットの青年は、そういって周りの人たちを下がらせた。
このあたりの行動が取れるのも、過去に何度も『負け屋』のおかげで自信をつけ、また『自分が前に出て弱いものを守る』という役割意識を身に着けたためだろう。


……すでに、現時点で彼ら金持ち連中は、周りに比べて『自信』という最強の武器を身に着け始めているのが分かり、俺は不公平な気分になった。

だが、この仕事はきちんとやらないと、とも思い俺は心の中で気合いを入れた。


「ひひひ……。あんたがた、ずいぶん金を持ってそうっすからねえ……。少しあっしらに恵んでいただきたく思いまして……」
「物乞いだったら、それらしい態度を見せたらどうだ?」
「いえいえ。あっしらは物乞いじゃないんでねえ……」

そういって、シルートはナイフを取り出した。
昔からこの手の仕事は慣れているのだろう。また、彼の独特な口調は、こういう生活を続ける中で身についていたことがわかった。


実は彼のナイフは、万が一にもターゲットを傷つけないように刃引きされている。だが、それを感じさせないほど、彼の『狂気を帯びた男』の演技は上手かった。

その様子を見て周囲はびくりと身体を震わせるが、ターゲットの青年は冷静にこちらを見据えている。


「きゃあ!」
「大丈夫だ、俺に任せて……」
「ふん、ナイト気取りっすか! 気に入りやせんね!」


そういってシルートはとびかかる。
それをターゲットの青年は紙一重でよけ、

「そこだ!」

シルートのこめかみに魔力をこめた一撃を加える。
その一撃を受け、シルートは一歩引きさがりながらひるむ。

「ぐ……」
「シルート! くそ! 次は俺が相手だ!」

……そして俺は、シルートの前に立ちはだかるようにして、青年に剣を向けた。


(なるほどな、この国の人たちが、多人数相手の戦いに慣れていないわけだ……)

前後から同時に切りかかってきた敵を難なくいなせるのは、戯曲の中のヒーローだけだ。
人間はどれほど練達したとしても、前後に対して同時に注意を向けることなど不可能だからだ。


そこで俺たちは二人がかりで仕掛けるようなことはせずに、一方がやられそうになったら割って入るような形で戦うようにしていた。


おそらく軍の上層部は、こんな風に『負け屋』を相手にしてきた奴ばかりなのだろう。
だからこそ、1対1での戦いに特化した訓練ばかりやっていたのがわかった。

俺とシルートはかわるがわる、その青年と剣と魔法で切り結ぶ。

「はあ!」
「何度も効くか!」

俺の得意魔法である、大地に衝撃波を走らせる魔法を青年は次第に見切り、かわせるようになってきた。

もっともこれは、俺が意図的に同じ技を繰り返したためなのだが。

だが、青年も疲労がたまってきたらしく、肩で息をしながら尋ねてきた。


「はあ、はあ……くそ、強いな……あんた、元傭兵かなにかか?」
「んなわけありやせんよ……あっしはね。さて、どうしやした、坊や! 息が上がってやすよ!」


だが単に負けるだけではいけない。
あくまでも『ギリギリ、紙一重で格上の相手に勝利した』と思わせることが一番大事だ。

俺はシルートが倒れそうになったところにフォローに周り、シルートは青年が『ギリギリ避けられそうなところ』にナイフを投げる。

こうやって善戦するように演出する。


「……ん? あいつ、剣の動きに癖があるな……」


しばらくして、青年がそうつぶやくのが俺の耳にも入った。
どうやら、俺が意図的に作っていた隙に気が付いたようだった。
これなら上手くとどめをさしてもらえそうだ。


「はあ、はあ……これでとどめだ!」


そう叫びながら俺は剣を後ろに引くように構えた。


(さあ、隙だらけだぞ、上手く当てろよ!)
「いまだ! 風よ、このものの前で吹きすさべ!」
「ぐわああああ!」



青年は風魔法を詠唱し、俺を壁に叩きつけた。
だあん! 叩きつけられながらも、俺は「お見事!」と心の中で喝采した。

「ぐは……! くそ……このガキ、強すぎる……」

そうつぶやいて、俺は気絶したふりをしていると、シルートが俺のことを抱きかかえ、

「……覚えておくんすね……!」


そういいながら、俺たちは退散した。




「すごい、あんな強い大人たちを倒しちゃうなんて!」
「いや、本当にやばい相手だったけど……。あの若いほうの強盗はさ、変な癖があったんだよ」
「変な癖?」
「ああ。剣で突きを狙うときに、大きく手を引く癖があったんだ。そこに飛び込めば行けると思ったんだよな!」
「へ~! そんな一瞬で判断できるなんて、さすがだな!」
「ほんとう! ……そうだ、今度さ。お礼にデートしてあげるね!」


そんな風に取り巻き立ちに自慢しているターゲットを、俺たちは物陰で見ていた。


「うまくやりやしたね、二コラさん」
「ああ。シルートもばっちりだったな!」

むろん、彼が見つけたという『剣を引く癖』は俺が意図的に演出したものだ。
突きを狙う際にそんな馬鹿なことは通常しない。

もしも彼の力量がもう少し低かったのであれば、剣を意図的に大振りに振って、カウンターを狙わせる予定だった。


「二コラさんも、接待勝負が得意なんすね」
「ああ。……昔貴族相手に似たようなことをやってたからな。子ども相手にやるのは初めてだったけどな」
「大変だったんすね。……けど、この仕事は稼ぎがいいっすから。一緒に頑張っていきやしょう?」
「そうだな……」


この国では、親が子にかける教育への熱量は半端ではない。
単に勉強や運動、魔法の鍛錬だけではなく、その根底にある自信や自己肯定感、さらにはスクールカーストまでもが、大金をはたいて『買って』いる。


(これが実力主義っていうなら……。俺は正直いやだな……)

そう、この国では表向きは実力主義だが、結局金持ちが有利になるだけなのだ。
さらに、身分制の時にあったような『特権階級として生まれた義務としての、下位層に対して施し』ということもない。

というより、彼らは恵まれていることに気づきもしないで『自分の努力と実力で今の地位を気づいた凡人』『周りはみな、努力不足』だと思っているからだ。
……この傾向は、ヨハンナも例外ではない。


「彼らが、弱い立場の気持ちが本当にわかればいいんだけどな……」
「……ヨハンナさんも、そうなんすよね……。実はあっしらも、彼女のそういうところが心配なんすよ……。特に彼女は人づきあいが苦手見たいっすから、猶更っすね」


人づきあいの経験が少ない人は、メディアが金目当てに作った『男というのはこうだ』『〇〇人はみんなこうだ』という、対立を煽るような文を鵜呑みにしてしまい、歪んだ自己評価や他者評価を持ちやすいのは、俺もよく知っている。

シルートはまじめな表情で、俺につぶやく。


「あっしらは彼女を助けるには、年をとりすぎやした。だから二コラさん。……ヨハンナさんのこと、お願いしやす……」


シルートは俺のケガを治療しながら、心配そうにつぶやいた。
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