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第3章「すべての人が平等な、実力主義の国」を作った魔王、ヨルム

3-3 一番差別する人は『差別を憎むもの』かもしれません

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「すみません、移民の希望なのですが、王城はどこですか?」
「王城? ……ああ、役所のことだね」


俺は途中で道に迷ってしまったため、通行人に道を尋ねると彼女はニコニコと答えてくれた。

「この国に王様はいないんですか?」
「ええ。身分制が廃止されたからね。だから私らもみんな同じ『市民』で魔王ヨルム様は『代表』って言われてるのよ」
「へえ……代表はずっと魔王ヨルム様なんですか?」
「そうねえ。数年に一度多数決で決めるんだけど、毎回ヨルム様になるのよ」


なるほど、この国では革命ではなく民主主義によって決まるというわけか。
俺の国も昔はそんな感じで政治を担うものを決めていたそうだが、いつの間にか廃れていた。

更に彼女は、こうも伝えてくれた。

「移民の試験は難しいと思うけどさ、あんたも頑張んな」
「ええ、ありがとうございます」


そう言って俺は『役所』に向かっていった。




「移民申請で来た、二コラです」

役所の内装は全体に質素な形になっていたものの、やはり古い王城をイメージしたような形になっていた。

中央に大きな玉座……いや『代表席』があり、その左サイドには大臣が立っている。
このあたりは一般的な謁見室とはあまり変わらない。
大臣は、フンと鼻を鳴らして尋ねた。
見たところ性別不詳だが、おそらくかなりの高齢であることは確かだ。


「君が二コラか。……移民試験はなにを選択するのだ?」
「はい、一般試験をお願いします」


移民試験は大きく分けて『一般試験』と『特殊試験』がある。

一般試験はいわゆる学力テストと体力テストだ。
この世界は『実力主義』ではあるが、その実力を見る幅は割と多様なようだ。

その為、両者の試験で足切り点はなく、逆に『確定合格点』という制度があり、一定以上の点を取ればもう一方の試験は何点でも良いとされる。

また『体力テスト』でも、※持ち前の魔力による加点はされるが、戦闘技術を応用すれば、魔力が低くとも突破できるとも、シルートは言っていた。


(※この世界における魔力は、通常生涯を通して変化することはない。『レベルドレイン』などによって魔力の譲渡や奪取を行える種族もごくまれにいるが、少なくとも人間には不可能である)


「そうか……。一般試験の受験者であれば試験のしがいもある。たまに音楽家と称して、愚にもつかぬ演奏を聴かせてくる『特殊試験』の受験者もいるからな」


一方で特殊試験とは、魔力や医療技術、芸術など特定の分野でアピールし、移民の許可を受けるものである。
やはりこの国でも、医師や工匠と言った特殊技能を持つものは優遇されるのだろう。


……『特殊』とは銘打っているが、世界的に見れば、この方法による入国の方が一般的なのは何とも皮肉な話だった。


「あはは……。俺はそういう技能は無いですからね……」
「では、貴様の簡単な来歴を教えてもらうぞ」
「はい」


また、どちらの試験であっても当然簡単な履歴書のようなものは書かされる。
俺は役所でそれを書かされたものを今提出した。

……だが、それを見るなり大臣の表情がこわばった。


「貴様……まさかとは思ったが……『勇者レイドの国』の出身だったのか……!」
「はい……そうです……」
「では、貴様のような差別主義者の入国は許さん! 殺されたくなければ、今すぐ出ていけ!」


そう言うなり、大臣は手から魔法の光弾を打ち出し、俺の足元にぶつけてきた。


「うわ! な、なにするんですか! いくらなんでも酷いですよ!」
「何を言う! 貴様の国は、女をもののように扱い、使い捨て、そして消費しきって来たではないか!」
「それは……」

……確かに、俺の国『勇者レイドの国』では、レイド本人をはじめ何人もの貴族たちが、そのような扱いをしてきたことは俺も知っている。

俺の使えていた主人、ラルフ様は幸いと言うべきか、そのようなことはなく独身であり、また、勇者レイドに根こそぎ女性を奪われたせいもあるのか、屋敷には女性もいなかったのだが。


「そんな貴様が私たちの国に来て、そんなことを繰り返す気か!」
「別に、俺はそんなつもりじゃ……」

大臣が怒ったのは、もう一つ理由がある。
『入国希望理由』の方だろう。

「ではなんだ! ここには『結婚相手を探すため』と書いているが……。どうせ貴様も、奴隷が欲しいだけなのだろう?」


その大臣の目にはひどい憎しみの光が灯っていた。


「私の姪が、貴様の国の男に何をされたか知っているのか!? 貴様ら『勇者レイドの国』の民どもは、我が国の土を踏むことは許さん! どれほど苦労して、我々が今の国家を作り上げたと思っているのだ!」

なるほど、大臣の姪は勇者レイドか、その取り巻きの貴族にひどい目にあわされたのだろう。
この手のタイプの相手には『すべての国民がそうじゃない』などと言っても、聞く耳を持たないだろう。


「分かりました……。では、明日この国から出ていきます……」

やはり入国はダメだったか。
ここまで頭ごなしに入国を断られるのは初めてだったが、そう言う時もあるのだろう。

せめてシルートと会えただけでも良かったと思おう。
俺はそういって荷物を手に立ち上がろうとした瞬間。


「待て」

そう扉の向こうから威厳のある声が聞こえた。


「……魔王様ですか?」
「大臣……貴様……自分が今、何をしたのか分かっているのか?」


なるほど、彼が魔王『ヨルム』なのだろう。
かなりの高齢であるようだが、その怜悧な目つきは年を感じさせない。

また、持っている魔力もやはり人間の中では最高峰だ。
恐らく、若いころは相当な魔導士として名をはせたのだろう。

大臣はそれを聞かれ、答える。


「は! 薄汚い差別主義者の入国を拒否したところです!」
「薄汚い差別主義者、とは?」
「ここにいる『二コラ』なるものです! 奴はあの女性をものとして扱う『勇者レイドの国』の民とのこと! こんな奴を入国させるなど、許されるはずがないでしょう!」


その大臣は一片の曇りもない目で答えた。
恐らく、自身の行動が国益と信じて疑わないのだろう。
だが魔王ヨルムは、彼の発言を聞いて静かな怒りをたぎらせた口調でつぶやく。


「……出ていけ」
「は?」
「貴様がやっているのは、門地による差別だ。……気づかんのか?」
「何言ってるんですか! 私は、国のためを思って……!」

その発言が方便ではなく、本心からそう言っているのが伝わってくる。


「いかなる理由があろうと、そのような差別をするものは我が国の要職には付けさせるわけにいかない。そうだな、ヨハンナ?」

魔王ヨルムはそう言うと、隣にいた女性に声をかけた。
落ち着いた雰囲気だが、どちらかと言えば武闘派なのだろう、動きやすい服装をしている。

……彼女が恐らく今回の試験官だろうことは想像に難くなかった。

「はい。……私も父が『勇者レイドの国』の出身者です。その国の女性が看過できない扱いを受けたという話は何度も耳にしてきました……。かといって、あなたの今の言動は許されません」


自分のやったことが悪いことと全く理解できないながらも、この二人の魔力の前では大臣も強い態度には出れない。
すこし怯えるような様子で、大臣は叫んだ。


「む……しかし、私は今までこの国でずっと働いておりました! 差別なく、実力あるものが登用されるようにと思い、ひたむきに努力を重ねてきたのですぞ!」
「そうだ。だから解雇で済ますのだ。……母上と同じようにならないだけ、ありがたいと思え」
「ひい……」


そう魔王ヨルムが鋭い目を細めて睨みつけた。
シルートから聴いたが、魔王ヨルムは革命の際に自らの手で実母をギロチンにかけたとのことだ。

大臣は見たところかなりの高齢なので、それを知っているのだろう。
怯える様子でドアに向けてフラフラと歩いて行った。


「で、ですが……! そんな輩を国に入れたらきっと後悔することになりますぞ!」


そして、そんな捨て台詞を吐いて去っていった。



そしてしばらくして、魔王ヨアンは深々と頭を下げた。


「すまなかった、二コラ殿。……あの男は、私の昔からの朋友。昔は差別を憎み、機会の平等を実現するために尽力していたのだが……。差別を憎むあまり、差別主義者に成り下がってしまたようだな……」
「いえ……正直なところ、差別をされるのは慣れていたので……」

確かに、彼は俺個人に対する憎しみと言うよりは『国民を不幸にさせたくない』という気持ちが、先ほどの発言をさせていたのだろうということが見て取れた。

魔王ヨルムは、少し俺を憐れむように答える。


「慣れる、か……。差別されることに慣れるものなど、居てはならないのだがな……」
「ええ。私の父も似たようなことを言っていましたから。大変でしたね、二コラ。……ですが、それと今回の試験は無関係。手心を加えることはありませんよ?」

そういってヨハンナは事務的につぶやいた。
……内包している魔力は、魔王ヨルムほどではないが相当なものだ。それに、見たところ格闘技術なども磨いて来ているのが分かる。

その肉体を見ただけで、相当努力をしてきたのだろうな、と感じられた。


「よし、それでは早速試験を始めよう」

そして、そう魔王ヨルムは一枚の用紙を取り出した。
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