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第3章「すべての人が平等な、実力主義の国」を作った魔王、ヨルム
3-1 「実力主義」の国にするため、母親だった女帝は処刑されました
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時はさかのぼって、今から50年ほど前。
「わあああああ!」
「革命は成功した!」
「これからは、我々の時代だ!」
凄まじい喧噪の中、広場には国中の市民たちが集まっていた。
彼らの持つ剣は血に濡れ、そして足元には王国の兵士と思しき者たちの死体が転がっている。
一部の兵士たちは捕縛されており、彼らに対してあるものは石を投げ、またある者は唾を吐きかけていた。
「貴族どもが! 今まで身分制のもとに好き勝手やりやがって! てめえら、これからの人生覚悟しておけよな?」
「く……市民風情が……ぐは!」
だが、その捕縛された兵士をある女が思いっきり踏みつける。
「市民風情で悪かったわね! これからはあんたたち『元貴族』が、道を譲るんだからね?」
「そうだ! 今までの報いを受けろ!」
「お前をこうするのが、ずっと夢だったんだ!」
そういうと、民衆はその男を何度も殴りつける。
怒りと共に振り下ろされる彼らには罪悪感など微塵もなかった。まるで正義のヒーローが『悪人退治』をするような快感すら、感じていたのだろう。
「やめろ! やめ……!」
……執拗に殴られた男は、やがて口を開かなくなった。
その様子をみながら、広場の中央で一人の身なりの良い女帝はその様子を悲しそうに眺めていた。彼女の年齢は40代後半だろうか。
「弱い者いじめに関する新聞記事を読んだときの、読者の反応を知っているかい?」
息子と思しき男に、女帝は尋ねる。
「いや……わからない」
女帝は答えた。
「……あいつらが口にするのは『加害者をどう裁くか』ばかりさ。『被害者をどう救うか』なんて、考える奴はほんの一握りなんだよ」
「……何が言いたい?」
「……あんたがやりたかったのは、あれかい?」
彼女の首は断頭台に固定されている。
処刑は数十分後に行われる予定であり、彼女はすでに死を覚悟したような諦観の混じった目をしながら、眼下でリンチを受けている貴族たちを見やる。
「あれは正当な報復行為だ。今までさんざん好き勝手やってきたのだから、何をされても黙って耐えるべきだろう。……あなたもな、母上……」
「そうかい……。魔王ヨルム……いや、我が息子と言うべきだね……あんたが、まさか謀反を企んでいたとはねえ……」
「謀反ではない。革命だ」
処刑台の前で腕を組んでいる男は、革命軍のリーダー。
その苛烈な性格と圧倒的な魔力から『魔王ヨルム』とあだ名されるものであった。
まだ17歳の彼は、その年齢を感じさせない威厳溢れる口調でつぶやく。
「母上……いえ、愚かなる女帝よ。あなたは『身分制』という愚かな制度を作り、国民たちに機会を渡さなかった。そのおかげでどれほどの人が苦しんだと思っている……」
その怒りを込めた吐露を聞いて、女帝は否定せずに受け入れた。
「確かに……無能なものが、生まれ持った身分によってのみ高い地位を得たことは……確かに言い訳は出来ないねえ……」
「あなたは偉大な女帝だったかもしれない。しかし……私の友は身分が低いということで、兵卒として軽んじられ……そして戦死した。新しい時代にもはや『王』はいらないのだ」
「そうかい……で、あんたはどんな国を作りたいんだい……」
処刑の時間まではまだ少し時間がある。
そこで魔王ヨルムは、フン、と笑いながら答える。
「決まっている。身分によって人が差別されず、実力によってのみ評価される世界だ」
そう言われて女帝は、憐れむような目で見据えた。
「はあ……やっぱりそんなもんかい。お題目だけは立派だけど……絶対にうまくいかないよ?」
「なぜだ……聴かせていただきたい、母上よ」
「まずあんたは……。自分より優秀なものが、あんたの椅子を奪ったら……納得できんのかい?」
「無論だ。……それは、ここにいる民衆たちはみな、覚悟の上で革命を行ったのだ」
そう言って、処刑台の下に集まっている民衆たちを指さした。
彼らもみな、狂騒の中で兵士を痛めつけ、貴族の住居を燃やしながら狂った笑みを浮かべている。
「ふうん……。本当に椅子を奪われるときにならないと、分からないと思うけどねえ……。ま、そりゃ私も同じか。女帝の座を追われるのが、こんなに辛いなんて想像もしなかったよ……」
女帝は、その胸元に手をやった。
そこにかつては、大きなブローチがあったのだろう。それはみな『革命後の資金調達』に用いられると魔王ヨルムは口にしていた。
「それで、身分制を廃止した後は……誰が政治をするんだい?」
「すべてのものに平等な教育を行い、そしてその中から優れたものを選ぶつもりだ……」
その話に対して、女帝は少し呆れたような声を出した。
「『平等な教育』なんて……与えられるわけないじゃないか。あんた、親が子に与えるのは身分だけだと思ってないかい?」
「どういうことだ?」
「……ま、あんたに言っても分かんないか。それに、あたしが言っても説得力がないからねえ……」
そう女帝は少し呆れたような口調でつぶやいた。
処刑の時間はあと5分まで迫っている。
「後ねえ……『実力主義』の一番大きな問題は……そうさね、あんたは自分のことを『才気にあふれた、恵まれた天才』と思っているんじゃないかね?」
「……いや……。私は『才能には恵まれず、努力するしかとりえのなかった、ただの凡人』だ。今回の革命も、努力なしには成し遂げられなかっただろう」
その発言に、彼女は失望したような表情を見せた。
「はあ……。あんたがそんなことを言うなんて……私の育て方は間違ってたみたいだねえ……ま、私を処刑することになるほどとは思わなかったけど」
「しかし、すでに身分制は制度疲労を起こしていた。私があなたを処刑しなくとも、いずれ別の誰かが……母上、あなたを処刑していただろう」
魔王ヨルムは少し悲しそうな口調でつぶやくと、女帝もまたそれには同意するように頷くそぶりを見せた。
「それは、確かだねえ……。ま、あんたに殺されるなら私も本望さ。けどね。一つ言っとくよ? 努力したことで結果が出る、その体験ができること自体『才能ある人』にし与えられた特権なのさ……」
含みのある言い方で、女帝はそうつぶやいた。
……そして、教会の鐘が鳴った。処刑の時間だ。
「人々の幸せを願う教会が、人を殺す合図になるすなんて……皮肉なものだ……」
名もなき処刑人は、そうぽつりとつぶやきながらナイフを手に、ギロチンの前に近づいた。
「訊け、革命軍よ! そして新しい時代を担う者たちよ!」
その魔王ヨルムの叫びと共に、周囲は静かになる。
「これより、われらを苦しめていた身分制の解体を行う! 私が殺すのは女帝でも母親でもない! この古い因習そのものなのだ!」
その発言と共に『わあああああああ!』と、凄まじい喧噪が広場に響く。
そして彼らは「魔王様!」「ヨルム様!」と狂気の混じったような口調で叫ぶ。
「……さて、母上……いえ、古き悪習の体現者よ。最後に言い残すことがあれば聞こう」
「そうかい。なら……最期に一個だけ言わせとくれ?」
その女帝はすでに衰弱しているのだろう、だがその目ははっきりと開かれ、心から警告するように、つぶやいた。
「人はね、差別が大好きな生き物なんだ。身分制をなくしても、差別は絶対になくならないよ。それと『実力主義』もいつか必ず制度疲労を起こす。『実力あるもの』は絶対、その制度疲労を認めないだろうけどね。そのことを忘れないことだね……」
その時の女帝は、魔王ヨルムだけではなく、処刑台の周りにいたすべての住民を向いていた。
……聞こえたのは、息子の魔王ヨルムだけだったが。
彼女の目には憎しみはなく、心から忠告をするような表情だった。
彼はその発言に、フンと笑みを浮かべた。
「……肝に銘じておこう」
そして、魔王ヨルムの手が振り上げられ、その合図とともにギロチンが落ちる。
……そして、一人の女帝は命を落とした。
「差別のない世界……そしてすべてのものが実力だけで評価される世界……。それこそ、私が目指す社会だ。新しい時代の幕開けにしてみせる……いや、母上のためにも、民たちを率い、そして幕開けにして見せねばならん!」
そう叫び、魔王ヨルムは神に誓うように、剣を振り上げた。
「わあああああ!」
「革命は成功した!」
「これからは、我々の時代だ!」
凄まじい喧噪の中、広場には国中の市民たちが集まっていた。
彼らの持つ剣は血に濡れ、そして足元には王国の兵士と思しき者たちの死体が転がっている。
一部の兵士たちは捕縛されており、彼らに対してあるものは石を投げ、またある者は唾を吐きかけていた。
「貴族どもが! 今まで身分制のもとに好き勝手やりやがって! てめえら、これからの人生覚悟しておけよな?」
「く……市民風情が……ぐは!」
だが、その捕縛された兵士をある女が思いっきり踏みつける。
「市民風情で悪かったわね! これからはあんたたち『元貴族』が、道を譲るんだからね?」
「そうだ! 今までの報いを受けろ!」
「お前をこうするのが、ずっと夢だったんだ!」
そういうと、民衆はその男を何度も殴りつける。
怒りと共に振り下ろされる彼らには罪悪感など微塵もなかった。まるで正義のヒーローが『悪人退治』をするような快感すら、感じていたのだろう。
「やめろ! やめ……!」
……執拗に殴られた男は、やがて口を開かなくなった。
その様子をみながら、広場の中央で一人の身なりの良い女帝はその様子を悲しそうに眺めていた。彼女の年齢は40代後半だろうか。
「弱い者いじめに関する新聞記事を読んだときの、読者の反応を知っているかい?」
息子と思しき男に、女帝は尋ねる。
「いや……わからない」
女帝は答えた。
「……あいつらが口にするのは『加害者をどう裁くか』ばかりさ。『被害者をどう救うか』なんて、考える奴はほんの一握りなんだよ」
「……何が言いたい?」
「……あんたがやりたかったのは、あれかい?」
彼女の首は断頭台に固定されている。
処刑は数十分後に行われる予定であり、彼女はすでに死を覚悟したような諦観の混じった目をしながら、眼下でリンチを受けている貴族たちを見やる。
「あれは正当な報復行為だ。今までさんざん好き勝手やってきたのだから、何をされても黙って耐えるべきだろう。……あなたもな、母上……」
「そうかい……。魔王ヨルム……いや、我が息子と言うべきだね……あんたが、まさか謀反を企んでいたとはねえ……」
「謀反ではない。革命だ」
処刑台の前で腕を組んでいる男は、革命軍のリーダー。
その苛烈な性格と圧倒的な魔力から『魔王ヨルム』とあだ名されるものであった。
まだ17歳の彼は、その年齢を感じさせない威厳溢れる口調でつぶやく。
「母上……いえ、愚かなる女帝よ。あなたは『身分制』という愚かな制度を作り、国民たちに機会を渡さなかった。そのおかげでどれほどの人が苦しんだと思っている……」
その怒りを込めた吐露を聞いて、女帝は否定せずに受け入れた。
「確かに……無能なものが、生まれ持った身分によってのみ高い地位を得たことは……確かに言い訳は出来ないねえ……」
「あなたは偉大な女帝だったかもしれない。しかし……私の友は身分が低いということで、兵卒として軽んじられ……そして戦死した。新しい時代にもはや『王』はいらないのだ」
「そうかい……で、あんたはどんな国を作りたいんだい……」
処刑の時間まではまだ少し時間がある。
そこで魔王ヨルムは、フン、と笑いながら答える。
「決まっている。身分によって人が差別されず、実力によってのみ評価される世界だ」
そう言われて女帝は、憐れむような目で見据えた。
「はあ……やっぱりそんなもんかい。お題目だけは立派だけど……絶対にうまくいかないよ?」
「なぜだ……聴かせていただきたい、母上よ」
「まずあんたは……。自分より優秀なものが、あんたの椅子を奪ったら……納得できんのかい?」
「無論だ。……それは、ここにいる民衆たちはみな、覚悟の上で革命を行ったのだ」
そう言って、処刑台の下に集まっている民衆たちを指さした。
彼らもみな、狂騒の中で兵士を痛めつけ、貴族の住居を燃やしながら狂った笑みを浮かべている。
「ふうん……。本当に椅子を奪われるときにならないと、分からないと思うけどねえ……。ま、そりゃ私も同じか。女帝の座を追われるのが、こんなに辛いなんて想像もしなかったよ……」
女帝は、その胸元に手をやった。
そこにかつては、大きなブローチがあったのだろう。それはみな『革命後の資金調達』に用いられると魔王ヨルムは口にしていた。
「それで、身分制を廃止した後は……誰が政治をするんだい?」
「すべてのものに平等な教育を行い、そしてその中から優れたものを選ぶつもりだ……」
その話に対して、女帝は少し呆れたような声を出した。
「『平等な教育』なんて……与えられるわけないじゃないか。あんた、親が子に与えるのは身分だけだと思ってないかい?」
「どういうことだ?」
「……ま、あんたに言っても分かんないか。それに、あたしが言っても説得力がないからねえ……」
そう女帝は少し呆れたような口調でつぶやいた。
処刑の時間はあと5分まで迫っている。
「後ねえ……『実力主義』の一番大きな問題は……そうさね、あんたは自分のことを『才気にあふれた、恵まれた天才』と思っているんじゃないかね?」
「……いや……。私は『才能には恵まれず、努力するしかとりえのなかった、ただの凡人』だ。今回の革命も、努力なしには成し遂げられなかっただろう」
その発言に、彼女は失望したような表情を見せた。
「はあ……。あんたがそんなことを言うなんて……私の育て方は間違ってたみたいだねえ……ま、私を処刑することになるほどとは思わなかったけど」
「しかし、すでに身分制は制度疲労を起こしていた。私があなたを処刑しなくとも、いずれ別の誰かが……母上、あなたを処刑していただろう」
魔王ヨルムは少し悲しそうな口調でつぶやくと、女帝もまたそれには同意するように頷くそぶりを見せた。
「それは、確かだねえ……。ま、あんたに殺されるなら私も本望さ。けどね。一つ言っとくよ? 努力したことで結果が出る、その体験ができること自体『才能ある人』にし与えられた特権なのさ……」
含みのある言い方で、女帝はそうつぶやいた。
……そして、教会の鐘が鳴った。処刑の時間だ。
「人々の幸せを願う教会が、人を殺す合図になるすなんて……皮肉なものだ……」
名もなき処刑人は、そうぽつりとつぶやきながらナイフを手に、ギロチンの前に近づいた。
「訊け、革命軍よ! そして新しい時代を担う者たちよ!」
その魔王ヨルムの叫びと共に、周囲は静かになる。
「これより、われらを苦しめていた身分制の解体を行う! 私が殺すのは女帝でも母親でもない! この古い因習そのものなのだ!」
その発言と共に『わあああああああ!』と、凄まじい喧噪が広場に響く。
そして彼らは「魔王様!」「ヨルム様!」と狂気の混じったような口調で叫ぶ。
「……さて、母上……いえ、古き悪習の体現者よ。最後に言い残すことがあれば聞こう」
「そうかい。なら……最期に一個だけ言わせとくれ?」
その女帝はすでに衰弱しているのだろう、だがその目ははっきりと開かれ、心から警告するように、つぶやいた。
「人はね、差別が大好きな生き物なんだ。身分制をなくしても、差別は絶対になくならないよ。それと『実力主義』もいつか必ず制度疲労を起こす。『実力あるもの』は絶対、その制度疲労を認めないだろうけどね。そのことを忘れないことだね……」
その時の女帝は、魔王ヨルムだけではなく、処刑台の周りにいたすべての住民を向いていた。
……聞こえたのは、息子の魔王ヨルムだけだったが。
彼女の目には憎しみはなく、心から忠告をするような表情だった。
彼はその発言に、フンと笑みを浮かべた。
「……肝に銘じておこう」
そして、魔王ヨルムの手が振り上げられ、その合図とともにギロチンが落ちる。
……そして、一人の女帝は命を落とした。
「差別のない世界……そしてすべてのものが実力だけで評価される世界……。それこそ、私が目指す社会だ。新しい時代の幕開けにしてみせる……いや、母上のためにも、民たちを率い、そして幕開けにして見せねばならん!」
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