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第2章 「加害者を守る」ことになる「法律」を否定した魔王、ミルティーナ

2-5 『応報罰』の世界では恋愛は大変です

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翌日の朝。
俺昨夜遅くまで部屋を綺麗にして、何とかリビングは人が住めるレベルにした。


「おはよう、二コラ」
「おはよ、サンティ?」


……ああ、やはりこの瞬間が嬉しい。
家族……ではまだないが、それに近い関係の人に「おはよう」を言う。これが俺は一番最高の瞬間だ。

俺には家族が居なかったし、少年時代から傭兵として明日も知れない世界でこき使われていた。
そして勇者が来た後は、おんぼろの集合住宅で一人で朝を寂しく過ごしていた。


幸せな家庭に育った貴族から『そんな当たり前のことが嬉しいの?』と言われたこともあったが、それが『当たり前』だからこそ嬉しいんだよ、とも思っていた。

サンティはまだ眠そうな目をしているのか、ふらふらと歩きながら尋ねた。

「朝飯どこ?」
「ああ、そこに作っておいたよ」

この国では氷の精製技術が進んでいるらしく、それを※木箱に入れて食べ物を冷やす『冷蔵庫』というものがあったことに俺は驚いた。

(※現実世界でも、こういう氷を入れるタイプの冷蔵庫は実在した)

もっとも、冷蔵庫の中には腐った野菜ばかりはいっていたので、今回は簡単なサンドイッチに済ませたが。


「ありがと。ところで今日なんだけどさ。またクソったれな上官に命令受けちゃってさあ、それでもうめっちゃ仕事行きたくないんだよね……」
「そうなのか……上官が厄介な奴だと大変だろ?」
「ああ、あんたは分からないと思うけどね。それじゃ、私は行ってくるから片付けておいてね」


そう言われた俺は、彼女は慌てた様子で剣を手に取って出ていった。
残念ながら、部屋を綺麗にしたことについては何も言及してもらえなかったが。

(フフフ……昔を思い出すな……)

俺は下男として働いていた時代を思い出した。
その時もこんな風に貴族の皿を下げて、俺があかぎれを作りながら洗っていたからだ。

(それでも、あの偉そうな貴族様じゃなくって……婚約者候補のサンティってだけで、こんなにうれしいんだもんな……)


正直、彼女の顔を早くみてみたい。
そうは思ったが、彼女が心を開いてくれるまでは我慢しないとな。
俺は一通り片づけが終わった後、職場として指定された場所に向かった。


俺はある大学に案内され、職員と思われる男性に挨拶をした。
どうやら仕事はデスクワークのようだ。
俺は文字の読み書きができたことが、仕事を得るために役に立った。


「ああ、君が新しく我が国に来た二コラか、よろしく」
「よろしくお願いします」
「君にやってもらう仕事は、これだ」

そう言って大量の書類を出してきた。


「なんですか、これ?」
「これはいわゆる『交際の申請書』だな」
「交際に申請が必要なんですか?」
「ああ。ちょっと外を見てみるといい」

そう言って外を見ると、可愛い子猫たちがみな楽しそうにご飯を食べたり談笑したりして笑っていた。

……いや、楽しそう『すぎる』。大抵あのような場所には『ぼっち』と呼ばれる孤立するタイプの人間がいるものだが、あの世界にはほとんどいない。みなグループでワイワイと談笑している。


また、驚いたことに男性のみ・女性のみのグループと言うものがほぼ存在せず、大体は男女が混合となっていた。

さらに通常であれば『カースト下位』とされてしまうような立場の男子が、当たり前のようにギャルっぽい可愛い子と一緒にご飯を食べているのだ。


(ギャルもみんな、オタクに優しいのが当たり前、か……)


この眼鏡の力と『応報罰の魔法』のおかげだろう、本当にこの世界は人がみな傷つけあわず、仲間外れにせず、ともに協調し合って生きている。

……まあ、ずっと弱肉強食の世界で戦ってきた俺からすれば少し不自然な感じは否めないが。


「凄い素敵な世界ですね。この国は?」
「そうだろう? 誰もが罪を知り、罰の重みを知る。そして人を傷つけないように心を砕いて生きているのだからな。……だが、当然だがこの世界では問題がある」
「問題?」
「そうだ。一言で言えば恋愛問題だな」


そこまで言われて俺は、なるほどと思った。
恋愛関係ほど、互いを傷つけあう関係性などそうは無い。

キスやセックス……いや、デート中の発言の一つ一つですら、僅かでも『嫌なんだけどな』と相手に思わせたら、即座にそのダメージが相手に返ってくるため、申し出るリスクは大きい。

また、デートにおける『どっちがお金を出すか問題』も深刻だ。金を少なく支払った側がやはり同様にダメージを受けてしまうか、或いは『盗み』と判断され、自身の財布から勝手に金が消えるのだろう。


「なるほど、確かに、恋愛は難しいですね」
「だろう? だから我々国営の『仲介屋』が彼らの交際については厳しく管理しているんだ。まずは書類の見方を教えよう」


そう言ってその男は、一枚の書類を差し出した。

「えっと、これは……」

美少女の※肖像画が描かれているのを見て、俺はその可愛さと絵の精巧さに驚いた。

(※本当は写真だが、二コラ出身国には写真が存在しなかったため、二コラは肖像画と勘違いしている)


「なになに、交際申込書……相手の名前がこれか……」
「そうだ。もしも特定の恋仲になる場合、基本的にはこの『交際申込書』の提出が義務付けられるんだ。君にはこの書類に対応する相手を台帳から探し、そして彼の下に郵送してほしい」
「へえ……。それで相手が同意したら、交際成立ってわけですね」
「そういうことだ」


正直、彼女ほどの容姿であれば100%交際はOKされるだろうとは思う。
だが、書類の中にはお世辞にも顔が良いとは言えないものや、社会的地位が高いとは言えないものも混じっている。


「そうか、俺達が代行して申請をするわけだから……」
「そう、振った側が振られた側の心痛を受けることはないということだ」
「そうなんですね。……で、この書類は何ですか?」


今度は別の形式の書類を見て俺は尋ねた。


「ああ、恋愛行為の要求書だ」
「恋愛行為?」
「ありていに言えばデートだな。具体的に何時にどこで待ち合わせ、いくらの予算で、どこに行き、何をするかの書類だ。また希望する行為についても書かれている」
「行為? ……な、なるほど……」


そこには「キス」「ハグ」「セックス」などのチェックリストがあり、デートを申し出た側がこれにチェックを入れ、そして受ける側が「OK」と思ったらチェックを入れる形になっている。

金額についても同様だ。申し出る側の『出してほしい予算』に対して、受ける側が実際に出せる予算について書けるようになっている。


これは、相手の内面を知る上でも効果的だ。

関係性にもよるが、毎回「セックス」の項目にばかりチェックを入れると、男性側は女性に嫌われる。
逆に女性側も予算をあまり少なく見積もると、やはり男性側に嫌われる。


「下手な駆け引きは出来ないってわけか……」
「そうだ。これであれば、互いに傷つけあうようなデートはしないで済むだろう? これが出来る前は、デートのたびに入院するものが出て大変だったからな……」

そう、その男は少し呆れるような声でつぶやいた。
まあ友情に比べると恋愛は相手に求めることが多くなるから、必然的に他者の心を傷つけることになるのだろうな、とも俺は思った。


「『応報罰の魔法』は犯罪だけに適用するわけにはいかなかったんですかね……」
「ミルティーナ様に教えは頂いただろう? 犯罪とそうでない行為の区別は複雑だから、すべての行動に適用するようにしたんだ」


つまり俺の仕事は、この大量の書類を整理し、そして相手に届ける仕事になる。
デスクワークだと思ったが、結構ハードそうだな。

俺はそう思いながら書類の整理の仕方を教えてもらって、早速仕事に入った。



(……ん?)

しばらく俺は書類を整理していると、予算については最初から印字されており、そして受け入れ側のチェックリストは何も書かれていない書類を見つけた。

また、相手によっては「キス」しか項目が無かったり、逆に「デート」の行がまるごと塗りつぶされて書けなくなっていたりするものもある。
『行為』の内容も(ここでは具体的な内容は敢えて出さないが)かなり細かく書かれている。

「あれ、この色の違う紙はなんですか?」
「ああ、それは『確定同意書』だ。印字された予算を支払う場合、そこにチェックされている行為は、必ず同意するというものだな」
「へえ……」


ああ、そう言うことかと俺はすぐに理解できた。
要するに、デートクラブや娼館の役割をこの用紙は意味しているのだ。

「娼婦が最初の申し出以上の行為を求められたり、逆に最初の約束以上の金銭を要求したりする例が問題になっていたからな。だからこうやって我々が管理するべきだと、ミルティーナ様のお達しだ」

それを聞いて、俺は少し意外に思った。

「てっきりミルティーナ様は、この手の仕事を無条件で排除するタイプだと思ってましたが……」
「……ミルティーナ様はそこまで短慮な方ではない。人は潔癖ではないことくらい、誰よりも承知されている。だから我々が国営で管理することにしたんだ」
「いて……! す、すみません……」


ぐ……と俺は一瞬肩を殴られた感覚が来た。
そうか、今の発言が魔王ミルティーナを敬愛する、彼の気持ちを傷つけたのか。
苦痛に顔をゆがめた姿を見て、心配そうに男は声をかけた。

「『応報罰の魔法』を受けたのは初めてか?」
「は、はい……。こんな風にダメージが来るんですね?」
「ああ。悪いがそのダメージは私には止められない。お互いに気を付けていこうな?」
「はい」

とはいえ、この程度のダメージで済んでよかった。
俺はそう思いながらある程度集まった書類を持って、外に出た。
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