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第2章 「加害者を守る」ことになる「法律」を否定した魔王、ミルティーナ

2-2 二コラは超絶美女の魔王様に謁見するようです

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俺はイルミナたちの国から出て、今度は東の大陸に向かっていた。
手に持っているのは次に向かう国が発行したチラシ。


「入国者募集! 男性も許可します、か……」


大抵の国では観光客については優先的に許可する場合が多いが、永住となると難しい。
特に男性の場合には文明水準の高い国ほど永住許可が下りにくい。「屈強な肉体を持つ」人間を受け入れるメリットが、文明水準の高い国ほど低いためだ。

その為、工匠や資産家など自国にとって明確なメリットがあるもの以外は大抵の場合永住許可はおりない。


しかし、俺がこれから行こうとしている国は男性であっても入国を積極的に受け入れるということらしい。


(きっと裏があるんだろうな……傭兵として働かされることになるとか、或いは奴隷として従事させられるとか……)

移民を積極的に受け入れる国の中には、戦時下にあり『使い捨ての兵士』を欲しがるような場合もある。

幸い、この国では近年大きな戦争も内乱もないようだが。
俺は少し不安に思いながらも、期待を胸にその国に向かうことにした。



「すみません、入国希望なのですが……」

俺は国の番兵に声をかけた。
不自然なほど分厚い眼鏡をかけた番兵は、やはり不自然なほどの笑顔で返事をしてきた。


「いらっしゃい、良く来てくれましたね! 私たちともども、あなたを歓迎します!」
「は、はあ……」

先日訪れたイルミナの国でも番兵の愛想は良かったが、あれは純粋に善意によるものだった。
一方彼らはその発言の裏に強い恐怖を感じていると思った。

その愛想の良さに俺は気圧されながらも、頷いた。

「ええ。この国で働きたいと思っております」

このような、警戒心が強そうな国であれば下手に「結婚相手を探しに来た」なんて言わない方がいい。
そう思った俺は、当たり障りのない入国理由を説明した。


番兵はそれを聞くと、冷静な表情で頷いた。

「ええ、この国は犯罪もめったに起きませんし、素晴らしい国です! ただ、まあ……その……」

どこか歯切れの悪い口調でその番兵はつぶやこうとする。
だが、同じくニコニコと笑顔を見せる上司がポン、と肩を叩くとすぐにその番兵は態度を改めた。

彼もまた、分厚い眼鏡をかけていた。男性はみな、この眼鏡をかけるのがルールなのか?

「いえ、なんでもありません! 二コラ様、こちらにどうぞ!」

そう言われて俺は城門に案内された。
そこには一台の幌馬車があった。


「すみませんが、城内にいくまでこちらに入っていただけますか?」
「はい……。城内の場所を秘密にしているのですか?」
「いえ。……その、この国では『応報罰の魔法』を受けるまでは国内のものを見聞きすることを禁じているので」
「応報罰の魔法?」
「ええ。詳しくは城内で魔王ミルティーナ様が説明いたします」


そう言われた俺は幌馬車の中に入った。
なるほど、外の景色はまるで見えないようだ。

その中で俺はゴトンゴトンと揺られながら、国の中を進んでいった。


「ふむ……よく来たな、二コラ殿」

城内は意外なほど質素であり、その部屋には魔王と呼ばれるミルティーナと、5人の近衛兵が並んでいた。

魔王ヒルディスは恐ろしいほど整った容姿をしており、まるで壁画の美女が現実世界に現れたような印象すら受けた。
そして戯曲に出てくる「女悪魔」のような扇情的で、胸を強調する性的な服装をしていた。


「入国を歓迎したいところが、この国にはしきたりがある。それについて説明を聞いてくれ」
「は……」

俺は彼女に対して跪くと、周りの近衛兵たちは俺に目を向けてきた。

近衛兵たちは、俺を含む常人と比較すると魔力は高いが、イルミナの国で感じるほどの圧倒的な差はない。彼らはイルミナたちのような『作り変えられた民』ではなく、俺と同じ生粋の人間なのだろう。


それは魔王ミルティーナも例外ではない。
彼女は魔王と自称しているが、本当に人外であったヒルディスとは異なり、単に統率力に優れた普通の人間のようだ。

魔力は確かに常人よりはるかに高いが、人間の範疇にとどまる。
……もし俺が、イルミナから魔力を平均化するまで奪っていたなら、俺はあの美しい彼女を倒し、この国で新しい魔王になりハーレムの一員に出来たのだろう。


(イルミナから魔力を奪って、それをするくらいなら、死んだ方がマシだけどな……)


そう俺は心の中で苦笑すると、魔王ミルティーナはあからさまに不快そうな顔をした。
その様子に呼応するように、兵士たちが剣を抜いて俺に向けてきた。

「貴様。今私を性的な目で見たな?」
「は?」

しまった、俺の思考が一瞬表情に現れたのだろう。
この状況では魔法の展開など不可能だ。
俺は素直に頭を下げる。


「はい……。ヒルディス様の美しさに見惚れてしまい……申し訳ありません」
「……次はないぞ」

そこまで怒られることか? と思ったが、おそらく彼女は過去に同じような目に遭ってきたことで、他者の目に対して非常に厳しくなっているのだろう。

俺は彼女の境遇に少し同情しながら、頭を下げて彼女の目を見ないようにした。


「さて、今のように視線や行動が不快感を与えることについて、貴様はどう思う?」

魔王ミルティーナはそう訊ねてきた。
なるほど、この質問をするために意図的に扇情的な格好をしていたのか。そして怒りを込めた口調も、ある意味では演技だったとも言える。

当然彼女が望む回答など分かり切っている。


「……相手を不快にさせること、それ自体が悪だと思います……」

その回答が正解だったのか、魔王ミルティーナは少し笑みを浮かべてきた。
なんて美しい顔だ……とは思わないように俺はその顔を見ないよう目を伏せた。

「そうであろう? では、盗みや暴力、いじめや仲間外れについてはどう思う?」
「当然許されることではありません。……罪に対して正当な罰が与えられるべきでしょう」

先ほど門番達は俺に『応報罰の魔法』をかけると言っていた。
その名称から、彼女が期待している答えはこれだろうということはすぐに分かった。

俺がそう答えると、周りは安堵する様子がこちらに伝わってきた。


「その通りだ。……罪に対しては、それにふさわしい罰を受ける必要があるのだ。その為の魔法を貴様は受け入れること。これが入国の条件だ」
「それが……門番の言っていた『応報罰の魔法』ですね?」
「そうだ。……これより説明に入ろう。だがその前に……」


そう言うと魔王ミルティーナは俺に対して魔法を唱えてきた。
その光球は俺の体の中に入り込んだようだ。……だが、特段変わった様子はない。

「今のは?」
「実際に体験する方が早いと思い『応報罰の魔法』をかけた。安心すると良い、貴様が出国するときには解いてやる。ただし国内にいる限りは、死ぬまで解除は行わん」
「はい……。それで、応報罰の魔法とはどういうものですか?」

そう俺が質問すると、側近が隣から一枚の銅貨とリンゴを取ってきてテーブルに乗せた。


「まず、その銅貨を受け取ってくれ」
「はい」

俺は銅貨を手に取った。

「次にそのリンゴを『盗んで』食べてみろ」
「は?」
「安心しろ、毒などは盛っていない」
「は、はあ……」

そう言って俺はリンゴを手に取り、口にした。
すると、


「銅貨が消えた?」

そう言うと魔王ミルティーナは頷いた。

「そうだ。盗んだリンゴの分の代金がお前の所持金から消える。これが『応報罰の魔法』の効果だ」
「なるほど……。ところで俺が一文無しだったらどうなるんですか?」
「その場合、未来に稼ぐ額から引かれることになる。加害者に支払い能力そのものが無い場合、額に応じて加齢することになる」


それを言われて俺は少しぞっとした。
悪魔の契約に「寿命をいただく」ものはあるが、あれは最後の寿命を奪うものだ。これは逆に「今から数えての寿命」を奪うのだから、ペナルティは重い。

もしも貧困ゆえに盗みを働いた場合、あっという間に老化し、命を落とすのだろう。


「無論暴力を振るった場合も同様だ。他者を傷つけた場合、被害者の受けた痛みが本人に返ってくる」
「分かりました。……返ってくるのは、暴力の痛みだけですか?」

その発言を待っていたのか、魔王ミルティーナはフン、と笑ってきた。


「……むろん、心の痛みもだ」
「心の痛み、ですか……」
「そうだな、分かりやすい例を出そうか。……まず、私に『暗愚な女帝』と言ってみろ」


そう言われて、俺は「暗愚な女帝」と答えた。
……特に変わったことはない。


次に魔王は突然俺の前にやってきて、胸を突き出してきた。


「次は、私の胸をもんでみろ」
「……は?」

俺がそう驚いたような表情を見せると、側近たちがまた腰の剣を手に取った。
……つまり、これは命令ということか。
魔王ミルティーナは表情を崩さずに俺に答える。


「安心しろ。貴様に危害はない。それに男はみな、私の胸をもみたがるものだろう?」
「…………」


俺だって男だ。そりゃ、美女の胸をもみたいと思うに決まっている。
だが、こんな状況で半ば脅されるような形で揉まされるのは不安だ。

俺はそう思いながら、おっかなびっくり彼女の胸をもんでみた。

「どうだ?」
「……特になにも……」


こんな状況で、柔らかい胸の感触を楽しむことなんてできる訳がない。
恐らくこれは彼女が先ほど俺を脅しつけた「お詫び」でもあるのだろうが、正直有難迷惑だ。

まるで爆弾でも扱っているような感覚になりながらも、俺は彼女の胸をもんだ。

「ぐ……」

(……ん?)

触っているうちに、彼女の表情が苦痛にゆがんだ。
見ると、その美しい肌に小さな切り傷が走っている。

それを見て俺は理由が分かり、彼女の胸から手を離した。
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