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第1章 「常に他者を第一に考えられる人類」を作った魔王、ヒルディス

1-2 二コラは「愚かな人間共」を嫌う魔王様に出会いました

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「二コラさん、疲れてないかい?」


案内を買って出てくれた農民に、俺は何度もそう訊ねられた。
だが、このロバは気性がおとなしく、まるで苦痛にはならなかった。
そこで俺は、あることに気が付いた。


……もしかして、この農民は対価として膨大な金を要求するつもりじゃないか?
昔からそうやってぼったくりを行う悪徳商人はどこにでもいる。


最も俺はもう路銀が底をついているため、奪われるようなものはないのだが、逆上されても困る。
俺は念を押すように彼につぶやいた。

「あの、悪いんですが……俺は今持ち合わせがなくて……」
「え、そうかい? ……そうか、ここまで来るの、大変だったんだな、これを持ってきなよ」

だが俺がそう言うと、逆に農民は自分の手持ちの財布を俺に渡してきた。


「え? あの……」
「大した額は入ってないけどさ。これで美味しいものでも食べな?」
「あ、ありがとうございます……」


確かに彼の言うように、これは携帯用の小銭入れなので入っているのは※多額ではない。

(※現代換算で二千円ほど)

だが、それでも気前よく金を渡してくれたのをみて、逆に不安になるほどだった。
恐らくそう遠くない未来に、何かしらの代償を払わされるだろう。それがせめて、どぶさらいのような、命にかかわらない仕事であることを祈ろう。



それから一時間ほど経ち、すでに空は日が暮れ始めていた。

「ほら、ついたよ。……ヒルディス様はその城の奥だ。気をつけてな」


そういうと、その農民は俺の乗っていたロバを連れてきた道を引き返していった。



(ここが……魔王ヒルディスの城、か……)

俺の持つ魔力は大したことはないが、それでも他者の魔力を感じ取ることは、大体だができる。

……この国の住民たちは、みな人間よりもかなり高い魔力を持っている。
俺の国に居た勇者レイドですら、30人くらいを相手にしたら敗れるほどだろう。


もし彼らがあの男の代わりに国に居てくれたなら……あの国は、あんなひどいことにはならなかったと思うと、俺は少し悲しくなった。


(凄い魔力だな……やっぱり魔王ってのはヤバい奴ってことか……)

そして、この城の奥にはそんな彼らの中でも、ひときわ恐ろしい魔力を持つものがいることだけは、俺にも分かった。。



「旅のお方。お待ちください」


俺は城門に着くと、門番に呼び止められた。
普通城門の兵士たちは「とまれ!」と、敢えて高圧的な態度を取ることも多いが、ここでの彼らの紳士的な態度に俺は思わず驚いた。

また、彼らはつけている鎧こそ実用的なものだが、武器を何一つ持っていないこともにも驚いた。

「ひょっとして、入国を希望されますか?」
「はい。……その、理由なんですが……」


国によっては医師や工匠などの専門技術を持つもの、或いは子を産めそうな若い女や、労働力になりそうな屈強な男しか入国を認めない場合も多い。

入国の動機についても「結婚相手を見つけ、永住するため」なんて言ったら、最悪スパイと誤解されて銃殺されるなんて国すらある。

だが、ここの人たちであれば、下手に理由を飾らない方がいいだろう。


「結婚探しを探すために来ました。前の国では、相手がいなかったもので……」


こういうことで、門番達は嘲るような笑いを見せることは覚悟していた。
……だが。

「そうですか……。二コラ様の住んでいた地域のことは存じ上げないのですが、きっと、大変な苦労をされたのですね?」
「お気持ちお察します。……それじゃあ、ヒルディス様へのお目通りを許可します」

そう門番達は言うと城門を開けてくれた。
……本当にこの国の人たちの親切さには、少々不安を感じるほどだった。



ほどなくして、俺は謁見室に通された。
見たところさほどこの謁見室には人の立ち入りはないようだ。年代物と思われる絨毯があまり傷んでいないことからも、それがすぐに分かった。

しばらくして、一人の男と側近の魔導士がゆっくりとマントをたなびかせて入室してきた。


「ようこそ……我が国へ……」

その男は、俺に対して不信感をあらわにしたような表情で俺に尋ねてきた。
……俺は寧ろその態度に安堵したほどだった。


ここの住民たちはあまりに無警戒かつフレンドリーすぎて不安だったからだ。さすがに魔王ヒルディスはそうではないということで、どこか親近感のようなものすら感じた。

「お初にお目にかかります。俺は二コラと申します」

俺はそう言いながら跪いた。
……それにしても、ここの部屋には恐ろしいほどの魔力が充満している。


(けど、魔力の源泉は……魔王だけじゃなかったのか……)


魔王の魔力は、俺たち人間からしたら、まるで勝負にならないほどの力だった。
だが、彼だけではなく、隣にいた美しい魔導士も彼に匹敵するほどの魔力を有していた。

一瞬彼女が魔王の妻か? とも思ったが、この国に王妃はいないと言っていたのを俺は思い出した。

彼女の角は他の住民よりもひときわ大きく、丸みを帯びていた。


「…………」


彼女はニコニコと俺の方を見ながら、杖を手にしている。
だが、一瞬でも彼女の機嫌を損ねたら、俺は灰になるのは間違いない。
……ひょっとして、農民たちは俺が彼女に消し炭にされるのを楽しもうとしていた?

そう勘繰るほどに、俺はそう心の中で恐怖の声が叫ばれていた。


「あ、あの……」
「フン、愚かな人間か……。貴様は、この私の作り上げた理想郷に……永住を考えているそうだな」
「え、あ、いや……」

どう答えるのが正解か分からない。
だが、もうすでに路銀は底をついており、この国で少なくとも仕事を見つけないと野垂れ死には確定だ。
最悪でも、一時的な就労目的の滞在だけは認めてもらいたい。


俺はそう思いながら、なんとか口を開いた。


「は、はい……。その、永住がダメならせめて仕事をしたいです……」
「フン……。自分の利益ばかり考え、与えようとせず弱者から奪い、人を裏切り、苦しませ、そしてあの『勇者』をも死地に追いやった貴様ら『愚かな人間』が、この国で仕事だと……?」

ああ、想像はしていたがこの魔王ヒルディスは俺達人間のことを本気で嫌悪しているのだ。
下手したら、この場で俺は殺される。
一瞬そんな気さえした。


……だが、そこで隣にいた魔導士が声を上げた。


「あの、魔王様」
「なんだ、イルミナ?」


イルミナと言う名の魔導士は、その優しそうな目を見せながら魔王に答える。


「この方を私の家にしばらく置いてあげてもよろしいですか?」
「ほう、イルミナ、そなたがか?」

なるほど、素の魔力は彼女と魔王ヒルディスは拮抗している。だが、それだけではなく魔王は彼女に対してどこか敬意のようなものを感じる。恐らくは彼女が人間だったころに何かしらの因縁があるのだろう。

そしてイルミナは少し憐れむような目を俺に向けてきた。


「この方は……。伴侶になる方がおらず、一人で寂しい日常を送ってきた身……。それを打破しようと、わざわざこの国に来てくれたのです。むげに返すわけにもいかないでしょう?」
「ほう……」

魔王はその彼女の発言に対して、神妙な顔をして頷いた。


「ではもし、この男が……この国にそぐわぬ行動をしたら、どうする?」
「その場合は私を好きなように処罰してください。私はこの方、二コラを助けたいです」
「ふむ……」

それでもあまりいい顔をしない魔王ヒルディスに対して、強い口調で彼女は叫ぶ。



「……それなら私が妻になればいいですか? 私はそれでも構いません!」



え、おい、ちょっと待ってくれ!
俺はそう頭の中で叫んだ。


確かに俺は結婚相手を探すためにこの国にやってきた。
それに、彼女のように美しい女性と結婚するのがある種の目標だった。
……だが、こんな形での結婚は望んでいない。

そう思い声を出そうとしたが、それより早く魔王ヒルディスは頷いた。


「ふむ……。なるほど、それでこそ我が創造した『愚かではない人類』だ。……聴いたか、二コラ殿。そなたは今日よりしばらく、イルミナと共に暮らせ。1年経っても、イルミナと共にいようと、互いに思うのであれば……私も結婚……即ち永住の許可をしよう」
「は……はい……」


あまりに俺にとって都合のいい取引だ。
……彼女のように美しい女性であれば、どんな性格であっても大歓迎だ。

だが、そこで「やったあ!」と頷くほど俺はおめでたくはない。



……絶対に裏があるはずだ。
そういえば聞いたことがある。

この世界では魔力とは生まれつきの基礎能力で、生涯増減しない。
だが、一部の種族は『レベルドレイン』という手段によって他者から魔力を奪取することができる。

彼女がその一人なのかもしれない。
そうやって、今の力を得てきた可能性だって否定できない。

もっとも彼女が添い遂げてくれるなら、俺の持つチンケな魔力など惜しくはないが、魔力を奪うだけ奪った後、放逐されてはたまったものではない。


(いや……仮にそうでも……断る選択肢はない、か……)

万一俺の考えが正しくとも、今この場で国外追放されて野垂れ死にになるよりは、まだマシだ。
そう思って俺は頭を深々と下げた。

「はい、ありがとうございます。魔王ヒルディス様。それと、魔導士イルミナ様」
「イルミナで良いわよ? よろしくね、二コラ様?」

そう彼女は人懐っこく優しそうな表情を見せ、俺の腕に抱き着いてきた。
柔らかい胸が俺の腕に当たって俺は思わず顔を赤らめた。

……だめだ、彼女のその可愛い表情を見ると、何でもしてあげたくなってしまう。
向こうに下心があるとしても、俺はそれを拒む気になれないかもしれない。


「なら、俺の方も二コラで良いよ、よろしく?」
「うん!」


彼女の胸についているプレートは「45」だ。
……一体何の意味なのだろう。あとで彼女に聴いてみることにしよう。
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