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第1章 「常に他者を第一に考えられる人類」を作った魔王、ヒルディス

1-1 冒険者二コラは、結婚相手探しの旅に出ているようです

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「さて……目的の国まではあと少しか……」

俺の名前は二コラ。
職業は一応冒険者である。

……だが、剣才がなく、生まれ持った魔力も高くない俺は、好きで冒険者になったわけではない。


「……今度の国では素敵な相手が出来ると良いけど……」


俺の国ではかつて、魔王と勇者との戦いが行われており、結果的に勇者が勝利した。
そして勇者は凱旋をし、人々は彼の帰還を歓待した。


……だが、それは大きな誤りだった。そもそも勇者には、この世界を治める気なんてさらさらなかったのだ。


「さあ、これからは俺が勇者だ! まずは女だ、お前とお前、寝所に来い!」


勇者は城に戻るなり、そう王妃とメイドに命令した。
そして彼は、面倒な政治はすべて側近に任せて、後は大量に用意させた側室と、日がな一日子作り三昧の日々だった。


(『勇者の血統を増やすため』なんて言ってたけど、本当ハーレムを楽しみたかっただけだよな、まったく……暗愚って言葉はあいつのためにある言葉だよ)


当然子どもは沢山生まれたが、勇者には子育てをする気はさらさらなく、出来ては乳母に、出来ては乳母に押し付けてばかりだった。


国を救った英雄であり、かつ卓越した武力を持つ勇者に逆らえるものはいない。
その為、国中の女性陣が『子作り担当』『子育て担当』という名目で駆り出されており、特に地方では結婚相手の不足が深刻化していた。


(まあ、あの勇者様にもある意味では同情するけどな……)


それでも勇者の子孫が卓越した能力を遺伝させていれば、まだ救いはあった。
だが、そもそも勇者の力は『女神の奇跡』によって後天的に与えられたものであり、その力は子孫に遺伝しないことがすぐに分かり、子どもたちは失望の目にさらされていた。


それどころか、ろくに医術も進んでいないあの国は乳児死亡率が高く、大半の子は乳幼児期に命を落としている。
だが勇者は、それについて何とも思わない様子で『じゃあまた新しい子を作ろうッと!』と言って、子作りにふけっていた。


……まったく、少しは乳児死亡率を下げるための政治に力を入れろって話だ。


そんな『勇者様』の態度とその国の未来に絶望し、特に若年層の大量流出が起きている。出ていかないのは、勇者の力を恐れるものや置いた母や幼い子どもがいるなどの事情で国を出れないもの、そして勇者のおこぼれにあずかることのできている一部の貴族だけだ。


(けど俺も……あいつと結婚出来ていたら……今もあの国に居たんだろうな……)


俺には小さい時に結婚を誓い合った幼馴染が居た。
だが、彼女もまた大量の金貨と引き換えに彼の慰み者……いや『側室』として招かれ、何人も子どもを産まされた。


……だが彼女が先月、流行り病で命を落とした。

流行り病は流石の勇者でも止めることが出来ない。
だが、彼女は病で命を落とすまで幸せだったのか? 仮に俺が彼女と結婚しても、この国で幸せにできたのか?


そう思った瞬間、俺は国を出る決意をしていた。
どこかの国で、素敵な結婚相手を見つけて、そして幸せに二人で子どもを育てながら一緒に年老いていく。

そんな人生を期待して。



「ああ、レイドか。あんたもついに冒険者になったんだな。いいパートナーが見つかると良いな」

幸いと言うべきかは分からないが、勇者は自身が『人間では最強』という自負があるのだろう、いつ外敵が現れても排除できるという自信の表れか、国への出入りはかなり自由となっていた。

俺は国境警備のおっさんに見送られると自分の国を出て、北へと向かっていた。


それから俺は数年間、様々な国をめぐって結婚相手を探していたが、結果は芳しくなかった。

ただでさえ移民というのは歓迎されないというのに、『勇者レイドの国』の出身の男性というだけで嫌な顔をする国も多数存在したことも理由ではある。


そこで俺は海をわたり、別の国に向かうことにした。
そして何日も歩いた末、ようやく地平線の先から城壁が見えてきたところで現在に至る。


(魔王ヒルディスか……勇者側が負けたという国だ……入った瞬間に殺されるということもあるかもな……)

城壁はまだ遠くだが、このあたりはすでに魔王ヒルディスの領地だ。
そう思いながら俺は心の中で身構えた。


しばらく歩くと、俺は農民の老婆が畑仕事をしているのに気が付いた。
噂によると、彼らは魔王ヒルディスによって作り変えられた、新しい人類とのことだ。彼らは『愚かじゃない人類』と魔王ヒルディスは喧伝していたのを以前新聞で読んだことがある。

見ると確かに外見こそ人間に酷似しているが、頭部には悪魔のものと思しき角がある。
……つまり、俺とはまるで価値観が異なる連中の可能性が高い。


「おや、旅人さんかい?」


俺は細心の注意を払いながら彼らの横を通り過ぎようとすると、突然声をかけられた。
ビクリ、と一瞬心が跳ねたが俺は平静を保った態度で答える。

彼女の発言に敵意はない。また農具を持っているが武器にすることは難しそうだ。


(けど、なんだろ、あのプレートは……)

そして彼女の胸には「80」と書かれたプレートが付いていた。
年齢か? とも思ったが、それにしては彼女が若く見えるので、そうではないとは分かった。
だが俺はそれについては尋ねずに、質問に答える。


「ええ、俺の名前は二コラ。勇者『レイド』の治める国から来ました」
「おや、隣の国じゃないか? そんな遠くからよく来たねえ? 観光かい?」
「いえ、実は……」


俺はこの国に来た理由を告げると、その農民は同情したような表情を見せた。


「それは……気の毒だったね。……あんたみたいな素敵な男が結婚できないなんてのもびっくりだけどね」
「え、いやあ……」

そう褒められて思わず謙遜していると、彼女は隣で畑仕事をしていた息子にも、声をかけた。
すると息子はこちらに笑顔を見せて頷き、小屋に走っていった。

「まあ、あのお城まではまだ結構あるからさ。乗っていきなよ?」
「え?」

すると、老婆の息子と思しき男が、2頭のロバを引き連れてきてくれた。
彼の胸にあるプレートには「15」とある。やはり、彼が15歳には見えないので年齢ではなさそうだ。


「そうそう。えっと、二コラさんだっけ? 道に迷わないように、俺が案内するよ」
「いいんですか?」
「お安い御用だよ。こいつらおとなしいから、きっと二コラさんでも振り落とされないはずだよ」

そう言うと、彼は大きい方のロバを俺の前に持ってきてくれた。


「ああそうそう、向こうに行くまでにお腹が空くだろう? これも持っていきなよ」


更に老婆は、自分の昼食だったと思われる黒パンとドライフルーツを持たせてくれた。

「え、そんな悪いですよ……」
「いいっていいって。あたしらは『誰かのために力になる』のが一番うれしいんだから、ね?」
「そうそう。それじゃ、そろそろ行こうか、二コラさん?」
「あ、はい……」


老婆はニコニコ笑って、俺のことを見えなくなるまで見送ってくれた。


……なんか、魔王に支配された国って言っていたけど、全然思ったのと違うな。
だが、こういう時こそ気を付けなくてはならない。


世の中には、友人のふりをして近づき、金やら命やらを奪ってくるものがいるのだから。
そもそも見ず知らずの人間にここまで親切にしてくれるというのは、裏があると思うべきだろう。


俺はますます警戒心を強めながら、城門に入っていった。
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