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第3章 自慢は励ましという名の仮面をかぶって現れる

3-4 推しキャラの出ないムービーシーンを何度も見る人は珍しい

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「さ、寒いな……」

未夏は思わずつぶやいた。
すでに季節は初夏に近づいている(この世界はヨーロッパ風の世界だが、四季の移り変わりは日本のそれに近い)のだが、やはり氷におおわれた洞窟は全身を貫くような寒さだった。


「未夏様。どうぞこれを」

そういうと、テルソスは自分の荷物袋からマントを取り出し未夏にかぶせた。

「あ、ありがとうございます……」
「寒いですからね。体を冷やさないようにご注意ください」

そう微笑む彼を見て、未夏は少し顔を赤らめた。

(テルソス様はやっぱり、気遣いが出来る人よね……)

長身のテルソスと自分とでは服のサイズが合わないはずだ。
だが、未夏はそのマントが自分の身体に合っていることがわかり、わざわざ自分のために用意してくれたものだということがすぐに理解できた。


「ところで地底湖まではどのくらいですか?」
「ええ。私の記憶が確かなら、次の曲がり角を曲がったところです」
「そうですか。……想定よりも犠牲は少なく済みそうですね」


幸い、洞窟の中のモンスターたちは門番のスノー・ドラゴンほどの強敵は出てきていない。
そもそも、先刻の兵士の犠牲も未夏を庇ったものだ。そのため、未夏を中央に囲う形で周囲に注意をめぐらせれば、こちらの被害は抑えられる。


実際、あれ以降兵士たちに死亡者は出ていなかった。


「そうね……。早いとこ用を果たして、あいつを回収しないとね」
「そうっすね。あいつのいるあたりは安全だから、焦らなくてもいいとは思いますが」

被害といえば、戦闘でタンク役をやっていた兵士が一名、負傷によって動けなくなってしまっている程度だ。

彼は洞窟近くに作ったキャンプで、荷物の番をかねて待機させている。
そんな風に話していると、地底湖に到着した。


「あそこが地底湖よ」
「思ったよりずいぶん広いですね……」
「なんかいるかもしれないわね……」


テルソスや護衛の兵士たちは、その地底湖の広さを見て、思わず声を上げた。
それはそうだろう。入り口の洞窟の大きさに対して、地底湖の大きさは不釣り合いだったからだ。

未夏は一行に対してつぶやく。

「それより、ご注意を。……あの地底湖には主『キング・クラーケン』がいます。下手に近づくと、奴に襲われますので」
「ふむ……。なぜ、未夏様はそのことをご存じなのですか? 未夏様は転生者ではないはず……仮にそうでも、ここまで来た経験はないはずですよね?」
「えっと……」


「ここが乙女ゲームの世界であり、自身がプレイヤーだったから」などと話しても、そもそも『ゲームとはなんだ?』というレベルから話が始まるので、理解してもらうのは難しい。

「あの、言ってしまえば『神の視点』みたいなものでしょうか……。私は、それがあるんです……」

説明を面倒に思った未夏は、そう言った。
……少なくとも嘘をついているわけではない。
テルソスはその発言だけである程度納得できたようだ。

「なるほど……。いずれにせよ、地底湖の存在を説明し、かつそれがここに実在するという事実だけで……未夏様の話は信用に値すると判断できるでしょう」
「それで、どうしやすか? 上手くやり過ごす方法はあるんですか?」

兵士の人がそういうが、未夏は首を振る。

「いえ……近づいただけでイベントが発生……もとい、敵に勘づかれるので……私がここは囮になります」
「危険です! 囮役であれば私たちが……」
「だめです。これ以上犠牲者を出すことは、薬師として許可できません」

未夏はそうはっきり答えた。
元々は単に『薬を調合できるから』という理由で薬師になったのだが、現在では多くの兵士の死や病気の治療を経て、薬師の矜持を持っている。


「皆様は私の合図ともに、一斉攻撃を私の頭上に放ってください」
「……頭上に?」
「ええ。最初の不意の一撃で攻撃を叩き込めば、そのキング・クラーケンを鎮めることが出来るはずです」

この戦闘では本来、味方が一人キング・クラーケンに捕まった状態で始まる。当然そのキャラは動くことが出来ない。

そのため、一番戦力にならない未夏が掴まれた状態になる方がいいと判断したのだ。
テルソスはそれを聞いて、仕方ないといったようにうなづく。


「分かりました……。では、我々は後ろで魔法を充填します」
「来るとわかってるんなら……今からチャージしておいたほうがいいですよね……」

そういってテルソスたちは魔法の準備をした。
他の魔法が使える兵士たちも同様だ。剣を使えるものは闘気を高め始めた。

(1ターン力を溜めて2ターン目に発動するタイプの魔法を……戦闘前に溜めておき、最初にぶっぱなすことが出来れば、どれほど楽なんだって思ってたなあ……)


そう思いながら未夏は湖に足を運ぶ。


「来るかな……!」


そう思った瞬間、シュルン、とイカの足が未夏の足を掴もうとする。
……だが、その足はにゅるん、と未夏の足から滑った。

(甘いわよ、クラーケン! あんたの行動はお見通しだから!)

未夏は事前に足に油を塗っておいたのだ。
そして次の瞬間、ざばあ……という音とともに大きなイカが現れた。

捕獲にしくじったことに気づいて、確認のため水面から顔を出したのだろう。


「今よ!」

そう未夏が大声を上げると、兵士とテルソスは一斉に魔法を放つ。

「喰らいなさい! フレア・アロー!」
「当たれ! ワールド・サンダー!」

どちらも強力な『チャージ攻撃』だ。
それを喰らったクラーケンは大きく身体を傾ける。


「さあ、とどめだ!」

そういうと、剣士たちが闘気をみなぎらせた剣を大きく振りかぶり、クラーケンに突き刺す。


「…………」

するとクラーケンはそのまま足を力なく下げ、地底湖にぷかぷかと浮かび上がった。


「……私たちの……勝利ね……」

そういうと、未夏は安堵したようにへたり込む。
そしてイカを見て、

(こいつ、料理したら美味しいのかな……)

と、どうでもいいことを考えていた。




「未夏様、お怪我は?」
「ええ、大丈夫です。……テルソス様も皆様も、ありがとうございます」
「本当に無茶な作戦でしたが……被害なしで突破できたのは、未夏様のおかげです……」


このボスであるキング・クラーケンも真っ向から戦えばかなりの強敵だ。
もし最初の一撃が決まらなかったら、誰かしら地底湖に放り込まれて命を落としたものがいたかもしれない。


そう思うと、未夏は役に立てた気がして嬉しく思った。


「いえ……それでは先に進んでいきましょうか?」

地底湖の奥には、確かにプログリオの言った通り道が続いていた。
そこを進めば、恐らく『十六夜の花』の群生地だろう。



そういって未夏は洞窟の奥をゆっくりと歩く。
ゲーム本編では細かい道順まで覚えていた未夏だったが、ここから先は見覚えがない道である。

幸いなことにモンスターの気配はないが、テルソスや兵士たちは油断せずに周囲を警戒しながら進む。


(けど、何だろうこの感じ……。なにか、嫌な予感がする……)

だが、未夏はその状態に少し不安を覚えていた。
というのも洞窟の中を進むにつれて、周囲の様子が自然に作られた外壁から、近未来的な垂直な壁に変わっていっているからだ。

その様子を見て、テルソスや他の兵士たちも疑問の表情を浮かべていた。


(確か、このダンジョンの形って……)

未夏は思った。
このダンジョン……というより、地底湖の先には本来プレイヤーは到達できない。
だが、なぜかこのダンジョンの外壁には既視感があり、疑問を感じていた。


(なんでだろう、思い出せない……)


そう考えていると、未夏たちは袋小路に到着した。


「あれ、未夏様……この洞窟……いえ、遺跡というべきですね……は、ここで終わりなのですか?」
「ってことは……『十六夜の花』はここにはないってことか?」

そういう兵士たちだが、その表情には未夏を非難する様子はない。
犠牲者こそ出たが、この遺跡の発見だけでも、その犠牲を補える収穫だったというのもあるのだろう。


「……いえ……ここは行き止まりではありません……」


未夏は首を振り、目の前にあった大きな操作盤を指さした。


「恐らく……あれを使えば……そこにあるエレベーターが起動して、先に進めるはずです……」

今度は左手にある昇降床を指さして、未夏は答える。

「エレベーター……とは何ですか?」
「いわゆる『自動で昇降する床』と思ってください」


そうか、テルソスたちはエレベーターの概念がないから、ここを行き止まりだと思ったのか、と未夏は思った。

(ゲームなんかだと、PCキャラは普通にエレベーターを操作するけど……今にして思うと、彼らにはエレベーターなんて概念もないのに、床が動くのを驚かないのって不思議よね……)

そして、この操作盤はどうやら『この世界の遺跡全体の起動スイッチ』だ。
そして操作盤の前に立って、未夏は気づいた。


(そうか……。このダンジョンは初めて見るのに既視感があったのは……。ここはゲーム中の『ムービーシーン』に出た場所なのね……。本来は、敵側が到達する場所……確か、起動すると……)


未夏は2週目以降は、お気に入りのキャラの出ない『ムービーシーン』をカットしていた。
だから、すぐに思い出すことは出来なかったのだと思いながらも、未夏は操作盤に触れた。
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