上 下
26 / 39
第2章 「剣と魔法の世界」に中世の軍隊編成はそぐわない

2-11 転生もので『主人公が前世の記憶を取り戻す前』の世界とは

しおりを挟む
「へえ……。お兄様とラジーナはすっかり仲良しになれたのですね?」

未夏は帰国後、薬屋に戻る前にエイドの妹ミモレのもとに足を運んでいた。
これは元々通り道であるのと、どのみち薬屋に行くまでにミモレの家の近くで宿を取る必要があるためだ。


「ええ。とても仲よさそうだったわ?」

彼女とは惚れ薬を渡したときに知り合っており、それ以降暇なときに一緒にお茶を飲む仲になっている。

彼女はゲーム本編では攻略対象を奪い合うライバルだったが、今世ではいい友人として知り合っている。
……もっとも、これは彼女が前世のような恋愛体質のキャラではないからでもあるのだが。


「ミモレも心配していたのね?」
「ええ。……お兄様がラウルド共和国のラジーナを手なずけてくだされば……きっと、戦争も起こらなくなって、オルティーナ様も安心して暮らせると思いましたもの」

そういうと、ミモレはクスクスと笑った。


「うーん……」
「どうしました、未夏様?」
「いえ、ラジーナ様のこと、この国の人は誤解しているような気がするから……」
「誤解?」
「ええ。あの方は確かに冷徹な判断を下すこともあるけど……。感情のままに動く独裁者じゃないわ。だから、彼女をそこまで嫌うのはおかしいなって思って」
「……そうでしょうか?」

そう言った後、ミモレは少し考え込むようにした後に答える。

「ごめんなさい。やっぱり前世で、ラジーナに暴徒を送り込まれて殺された恨みが、残っておりますから……」
(暴徒?)

そこで未夏は不審に思った。
確かにゲーム本編では彼女はラウルド共和国の暴徒に殺された。

……だが、それが作中でラジーナの手引きだとは一言も語られていない。そもそも合理主義者の彼女は、そんな無駄なことをやるのだろうか?

だが、そこはいったんおいておき、話を続けた。


「これからミモレはどうするの?」
「そうですねえ……。しばらくはのんびりしたいと思います」
「のんびり、ね。誰かと恋愛を楽しむとか?」
「いえ……私は……」

そういうとミモレは少し顔を赤らめた。


「お兄様と過ごした思い出にしばらく浸っておりたいですから。……お兄様以上の恋人なんて、思いつきませんし……」


それを聞いて、未夏は猛烈に嫌な予感がした。


「……ねえ、ミモレ? まさかとは思うけど……以前渡した惚れ薬を使ったのって……」
「ええ。お兄様です。……『指導』にかこつけて兄さまに抱かれたあの夜の思い出は……私の一生の宝物です……」


未夏は自身の予感が的中し、やはりと思った。

二次創作による展開が行われた時を意識してのことだろう。
作中では触れられていないが、ミモレとエイドは血はつながっていない設定になっている。

だが、それはゲーム本編では一切明かされないため、本編中のキャラは全員『二人は実の兄妹』と思い込んでいる。

(やっぱり、おかしい……まさか……!)


そもそも、生まれた時から共に過ごしてきた異性の兄妹に対して『性愛を抱く』ということ自体、通常ではありえない。

当然ゲーム本編でもそのような描写はなく、あくまで二人は兄妹として関わっており、ここまでミモレがエイドに対して恋愛感情を持つことはなかった。


「そ、そうですか……。お二人は本当に愛し合っていたのですね……」
「ええ。前世では……お兄様はそっけない手紙しかくれなかったけど……今世ではこんなにたくさん手紙も送っていただきましたし……ほら、昨日も送ってくれたんですよ?」


そういいながら、ミモレはまるでのろけ話をするように手紙を見せた。
それを聞いて、未夏は『やはり』と思った。

「す、すみません、そろそろ私も時間なので、また……」
「ええ。いつでもいらしてください」


そういうと、未夏は急いで宿に戻った。





そして宿に戻ると、

『は~い? 久しぶりだね~?』

案の定というべきか、道化師プログリオがそこに現れた。


「……やっぱり来たのね……。ねえ、この世界って……」
『キミが知っている乙女ゲームの世界だよ?』

そう彼は答えた。

「じゃあどうして、みんなのいう『前世』がゲーム本編と食い違うの?」
『うーん……。もう薄々分かってるでしょ? 具体的にどう違うのかをね?』
「ええ……」

そういって、未夏はゲーム本編との相違点を考え直してみた。


まず、彼らのいう『前世』で起きたことについてだが、戦争の発生や暴徒の襲来など、大きな出来事については変化がない。


だが、それに対する『解釈』の仕方が異なっている。


たとえばミモレは『兄から手紙を貰った』ことについて言及していたが、ゲーム本編では、彼女は『分厚い内容の手紙を受け取って、内心迷惑していた』という描写がなされていた。

だが先ほどのお茶会で彼女は『そっけない内容の手紙を貰って寂しかった』と言っていた。


ウノーの件も同様だ。
前世で彼はオルティーナと幼馴染だったことは事実だが、彼女との関係性について『劣等感を持っていた』という解釈をしている。

そして何より、彼を含めた国民全員が、不自然なほどオルティーナを崇拝している。
逆に、ラジーナが殊更悪者として解釈されている。



以上のことから導き出せる答えは一つ。



「記憶の改ざん……」
『そう、正解だよ、未夏!』



そういうと、パン、とクラッカーを鳴らすプログリオ。
ゲーム本編でも取っていた行動だが、この時代に火薬はないので、そのあたりの時代考証はやはり適当なようだ。


「そうよね……この世界は単に『二週目の世界』ってだけじゃない。誰かが都合のいいように記憶を書き換えている……?」
「そうそう! ほら、あと少し! ミモレって前世でどんなキャラだった? そして、そのシナリオで彼女の推しは?」

そう言われた未夏は記憶の糸を手繰る。


(確かミモレは、エイド以外の相手が攻略対象になるはずよね。そして主人公の行動や言動で本命キャラが変化したわね……)

このゲームのライバルキャラは『決まった相手しか狙わない場合』と『主人公の行動次第で相手が変わる場合』の2種類がある。そしてミモレは後者だ。

(そう、確か暴徒襲来のルートに行く場合は、ミモレの本命は……)

「フォスター将軍……」


そう未夏はつぶやくと、プログリオを見つめた。

「前世で主人公……オルティーナの本命って確か……」
『フォスター将軍だよ? ……もうわかった?』
「ええ……」

そして未夏は答える。


「ミモレが……フォスター将軍にアプローチしないように、兄に対する異性愛を植え付けた……ってこと?」
『ぴんぽーん! ……誰がそんなことを考えるか……もう分かるでしょ? だれがそれで一番得をすると思う?』
「……聖女……オルティーナ……」

未夏はぽつり、とつぶやく。
それに対して、にんまりとプログリオは笑う。

「正解……!」
「けど、オルティーナは前世の記憶が無いわよね? どうして?」

楽しそうな表情で未夏の質問にプログリオは答える。


「オルティーナはさ。前世で言ったんだよ。『次は私のことをみんなが愛してくれる世界で、フォスター将軍と幸せに過ごしたい』ってね。だから、フォスター将軍と添い遂げる日まで、記憶は持たないんだ」

(そういうことね……)


よくフィクションでも『人生2週目』や『前世の記憶を持って生まれ変わる』設定は多いが、すべての転生ものが『生まれた時から前世の記憶がある』わけではない。


作品によっては、ある程度の年齢になった時に、前世の記憶を突如思い出すものがある。


(オルティーナは面倒くさがりな性格だったから……。戦争とか勉強とかそういう面倒なイベントを全部スキップして『高スペックを手にした上で、平和な世界での結婚生活』だけ楽しみたいって思ったのでしょうね……)


……つまり聖女オルティーナに前世の記憶がないのは、この世界を『オルティーナが主人公の物語』として捉えた場合『本編開始前』の世界だからということである。


だが、それに対して未夏は怒りが湧いてきた。


「けど……。ウノー様から才能と能力を奪って、ミモレとエイド様に禁忌を犯させたのもオルティーナの意思ってことね?」
「そうだよ! 『恋敵は許せない』『楽して強くなりたい』って気持ちの表れだよね?」


本人が明確に『ウノーに経験の代行証を渡せ』と使用人に指示したわけではないだろうが、転生者たちは、彼女のそんな欲望を反映した行動を取るようになっているということなのだろう。


「それも許せないけど……今、前世の記憶を持ってないってことは、戦争で多くの将兵が死んでいくのを見て見ぬふりしてるのと同じじゃない」


ダン! と未夏はテーブルを叩きながら叫ぶ。
未夏にとっては、先の戦争で死んだ将兵の顔がいまだに夢に浮かんでいるのだから、怒るのも当然だろう。


「責任を取る気もなく、良心が痛むような『汚れ役』をやる気もなく……彼らの犠牲の上に、権利だけを享受しようとするなんて……それがオルティーナの望みなの!?」
「そりゃ、そうでしょ。誰だって『自分のあずかり知らないところで、自分の生活を守るために犠牲になってくれる人』が欲しいんだから。安い野菜を買うために、農家の人たちに安月給で我慢してほしいんじゃないの、キミたちも?」


プログリオは当然のように答える。

「オルティーナは許せない……! けど……今の彼女を攻撃しても仕方ないし……どうしたら……」

そうつぶやく未夏の前にひょい、と体を乗り出すと、


「アハハ! もう少ししたら、大きな転機が来るはずだから……その時にまた考えなよ? それじゃあね~?」


そういうと、プログリオは姿を消した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか〜

ひろのひまり
恋愛
生まれ変わったらそこは異世界だった。 沢山の魔力に助けられ生まれてこれた主人公リリィ。彼女がこれから生きる世界は所謂乙女ゲームと呼ばれるファンタジーな世界である。 だが、彼女はそんな情報を知るよしもなく、ただ普通に過ごしているだけだった。が、何故か無関係なはずなのに乙女ゲーム関係者達、攻略対象者、悪役令嬢等を無自覚に誑かせて関わってしまうというお話です。 モブなのに魔法チート。 転生者なのにモブのド素人。 ゲームの始まりまでに時間がかかると思います。 異世界転生書いてみたくて書いてみました。 投稿はゆっくりになると思います。 本当のタイトルは 乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙女ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか?〜 文字数オーバーで少しだけ変えています。 なろう様、ツギクル様にも掲載しています。

S級騎士の俺が精鋭部隊の隊長に任命されたが、部下がみんな年上のS級女騎士だった

ミズノみすぎ
ファンタジー
「黒騎士ゼクード・フォルス。君を竜狩り精鋭部隊【ドラゴンキラー隊】の隊長に任命する」  15歳の春。  念願のS級騎士になった俺は、いきなり国王様からそんな命令を下された。 「隊長とか面倒くさいんですけど」  S級騎士はモテるって聞いたからなったけど、隊長とかそんな重いポジションは…… 「部下は美女揃いだぞ?」 「やらせていただきます!」  こうして俺は仕方なく隊長となった。  渡された部隊名簿を見ると隊員は俺を含めた女騎士3人の計4人構成となっていた。  女騎士二人は17歳。  もう一人の女騎士は19歳(俺の担任の先生)。   「あの……みんな年上なんですが」 「だが美人揃いだぞ?」 「がんばります!」  とは言ったものの。  俺のような若輩者の部下にされて、彼女たちに文句はないのだろうか?  と思っていた翌日の朝。  実家の玄関を部下となる女騎士が叩いてきた! ★のマークがついた話数にはイラストや4コマなどが後書きに記載されています。 ※2023年11月25日に書籍が発売!  イラストレーターはiltusa先生です! ※コミカライズも進行中!

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

処理中です...