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第2章 「剣と魔法の世界」に中世の軍隊編成はそぐわない

2-5 頭のネジの外れた転生者にとって、貞操など道具でしかない

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翌日。


「未夏様、お味のほうはいかがですか?」

未夏はラジーナの屋敷で朝食を取っていた。

(それにしても……。本当に私は、文明に甘やかされていたわよね……)


この世界はいわゆる「なんちゃって中世」で、食事や衛生観念は現代のものと変わらない。
しかし、さすがに電子機器の類は存在しないため、当然だがタイマー機能付きの全自動洗濯機は存在しない。

コンビナートもないため『天然ガス』という中世レベルではチート級のアイテムも存在しないため、調理の難易度も現在とは比べ物にならない。

そのため掃除・洗濯・炊事はいつも苦慮していた。
だが、出張中はそのような面倒ごとをすべて使用人にさせることが出来るのが、やはりありがたいと未夏は思っていた。


「ええ、とても美味しいわ。このハムエッグとクロワッサンは」


恐らくイラストレーターがまじめに時代考証をしなかったのだろう、本作にでるハムは、どう見ても現代世界でスーパーなどで売られている『プレスハム』だが、未夏はやはり突っ込まない。


「それは良かったです。……ただ、少し顔色がすぐれないようですね?」
「そうね。……あの二人のことが気になって……」


因みに、未夏の身の回りの世話をするのはラジーナではなく、エイドの使用人だ。
これは、未夏が元々薬屋にたまに来ていた彼女たちと顔見知りであるため、ラジーナとエイドが気を利かせたためでもある。


「あの二人とは、ラジーナ様とエイド様のことですね?」
「ええ。なんか昨日見たところ、ぎくしゃくしていたような気がしたから」
「……そうですね……」

そういうと、使用人のメイドも少し暗い表情になった。


「あのお二人は……お互いに遠慮しすぎているように感じます。はやく距離を縮めていただかなければならないのですが……」

無論これは、単に二人の関係を心配するという意味だけではない。
万が一だが『不仲により離婚』ともなれば、ここはラジーナのホームグラウンドだ。

「エイドがラジーナを傷つけたことが原因だ」と理由を付け、戦争の口実になる。それを避けるためなら、どんなことでもするのが彼ら『転生者』でもあるのだが。

未夏は少し不安そうに尋ねる。


「……ひょっとして、私の惚れ薬の効果が効いていないのかな? 調合を間違えたとか……」
「いえ、それはありません」

そうメイドは断言した。

「どうして言い切れるの?」
「私も先日、惚れ薬の効果があるか試したので」
「そうなの? なら原因は……」


そこまで言って未夏は顔色を変えた。


「……待って! 効果を試したってなにしたの?」
「酒場にいる男性に、惚れ薬を騙して飲ませたのです」
「何言ってるの!? あれは強力な媚薬でもあるのよ! そんなことしたら……」

「ええ。投薬の結果、男は理性を失い、5分後、店内で私のことを強引に襲いました。行為の最中も、男は明らかに快楽を得ていたようだったので、媚薬効果も確認されました」


当たり前のようにメイドは答えた。


「ちょっと、それって……」
「ご安心ください。異性に相手にされたことのなさそうな、醜く貧しい独身の男を選びました。無論、行為後は本人及びマスターに、事情を説明したうえで口止め料を渡しております。彼のほかに客はいなかったので、情報漏洩も起こりません」

それで安心できるわけがないだろうが、と未夏は思いながら憮然とした表情をした。

「…………」
「男性には、私は処女であり性病の心配がないこともお伝えしております。妊娠した場合も責任を取る必要がないとも。……結果、相手は『童貞を捨てて、金まで貰えるなんて、僕は幸せ者だ!』と喜んでいました」


そりゃ、その状況なら相手はそういうしかないだろうな、と未夏は思った。

「美女に媚薬を飲まされ、さらに強引に襲った後に金を受け取った」なんて無茶苦茶な話を裁判所に訴えても信じてもらえるわけがない。「媚薬を口実に女を無理やり襲い、金を巻き上げた」となるに決まっている。

もっと穏当な試し方がいくらでもあっただろうに、わざわざ自分で試すという転生者のイカれ具合に、未夏は改めて戦慄した。


「……ですので、恐らくは『惚れ薬』を用いても彼女を愛せないほどの枷を持っているのかと」
「枷、ね……」
「見たところ、ラジーナ様は国の行く末とエイド様の安全を慮るあまり、何も仕事を与えていないようです。エイド様も、夜の生活ではただ奉仕することだけを考え、欲求を何も口になさらない模様。これでは距離も縮まらないでしょう」


こいつら、ラジーナとエイドの夜の生活をのぞき見してやがるな、と思ったが未夏は今更だと思い口にしなかった。

「何かきっかけがあるといいのですが……」
「そうね……。なにか機会があったら、私のほうでやってみるわね」


そういうと、未夏は席を立った。



それから少し経ったあと、未夏はラジーナに呼ばれて兵士の訓練場に移動した。

「やあ!」
「てりゃ!」


そこでは兵士たちがまじめに鍛錬に取り組んでいた。
……とはいえ、その熱気は聖ジャルダン国の転生者たちのそれとはまるで比べ物にならないのだが。


(やっぱり、強いのは一部の近衛兵だけみたいね……。ほかは、私たちの世界の成人男性と大差ないのかな……)

そう思っていると、ラジーナは尋ねる。

「どうしょう、未夏? 我が国の練兵の様子は?」
「え? ……ええ、とても一生懸命取り組んでいますね」
「そうでしょうね……」

そういうと、今度は魔法の訓練所に移動した。


「ふん!」
「ぐわああああ!」

そこでは一人の男……彼は確かゲーム本編にも出た男だ……が斧に炎魔法をかけて、複数人の兵士たちと戦っていた。


「ハハハ! もっと鍛錬せんか! 私をもっと楽しませんか!」

何十人もの兵士たちが彼の一撃によって、次々に倒されていく。

「ぐ……」
「さすがね……」

そう、女兵士たちはつぶやくと気を失った。

(私たちの世界じゃ……こんな化け物はいないわね……)

ゲームバランスの関係上、この世界では男女の体格差は現実世界ほど大きくはない。
……だが、そもそも男女間の差など誤差に感じるほど、個人間の能力差が大きいのだ。


「未夏。まず、これを見ていただけますか? ……せっかくだから差し上げますので」

そういうと、未夏に1振りの剣を渡した。
粗雑だが、よく手入れされた鋼の剣だ。
……とはいえ、贈答品ではなくいわゆる兵士への支給品だろう。


「あ、ありがとうございます」
「これを見て、疑問に思ったことはありませんか?」
「え?」


無論、これは単なるプレゼントではなく、これから問答をするために渡したものなのは未夏も分かっている。


「あなた、ビクトリアのことは覚えておりますわね?」

ゲーム本編では『絶対勝てない壁』として立ちはだかった、竜族ビクトリア。
彼女の恐ろしさは未夏もよく覚えているため、うなづいた。


「ええ。私も彼女の最期を見届けましたので……」
「であれば、思ったと思いますが……。彼女ほどの力を持つドラゴンを相手に、なぜ私たちは『剣』なんかで立ち向かうのでしょう?」
「え? それは、その……」
「1個師団を相手にするような傑物は、大体の国にゴロゴロいますわ? そんな相手にそもそも『剣を持たせた軍隊』をぶつけること自体、おかしくありません?」
「う……」


こいつ、タブーに触れやがったよと未夏は思った。

そう、個人間の力量差が大きいファンタジーの世界で、わざわざ弱者に『剣』なんて貧弱な武器を持たせて集団で突撃させるような戦術自体がおかしい。

ファンタジーの世界に中世風の軍編成をするのは、いうなれば機関銃を搭載した装甲車に、ファランクス陣形で挑むようなものなのだ。即ち、軍隊のあり方そのものを根本から変化しなければ、子を戦場で失う親が増えるだけだ。


(まあ、それを言っちゃおしまいだし、爽快感がないものね……)

だが、キャラが『雑魚をバタバタと倒しまくる』という爽快さを重視し、大抵のゲームではそれに触れられない。

ゲーム中のキャラでありながら、そんな当たり前のことに突っ込みを入れたラジーナに、未夏は驚いた。


「だから、そもそも軍隊のあり方そのものから変わらないと行けないと思いますの。……未夏、あなたは私たちと違う世界が見えていると思いますので、知恵をお借りしたいんです」
「はあ……」


もし近代兵器がこの場に存在するなら話は別だ。
だが、そのようなものがない中で軍政改革を言われても、仮にも薬師である未夏にはピンとこなかった。


「ですが、どうしてそこまで軍政改革を? ひょっとして、また聖ジャルダン国に戦争と考えているのですか?」
「いえ……寧ろ逆ですわ?」
「おお! 『冷血の淑女』ラジーナ様ではないですか! こんなところで何の御用ですかな?」


そういうと、先ほどまで斧を振り回していた男が声をかけてきた。

立ち居振る舞いはよく言えば勇猛、悪く言えば粗野な印章。
顔つきはごつごつしており、醜くはないが武人と言わんばかりの強面。
そして年齢は中年。

あえて差別的な言い方をすると、彼は『殺してもプレイヤーの心が痛まないゲームキャラの容姿』をしている。


(ゲーム中で死んでいくのは、こういうやつばっかりだったわね……これもある種のルッキズムなのかもしれないけど)

そう思いながらも未夏は口にはしなかった。


「ひょっとして、ついに聖ジャルダン国に攻め込む準備が整ったということですかな?」

(未夏……。紹介します。彼は我が国における将軍の一人、フォルザです。……戦争を起こしたがっている『概念』ですわ?)

そう小声でつぶやいた。


戦争とは政治の延長であり、国民の感情が具現化したものだ。


「悪い奴や悪い集団が、戦争を起こす」
という勧善懲悪の概念で戦争を捉えるほど、未夏は愚かではない。

あえて彼を『悪者』と言わないラジーナの言葉を聞いて、未夏は改めて彼女の聡明さを感じ取った。
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