上 下
4 / 7
プロローグ 人は「加害者」でいるうちは誰だって笑顔なのでしょう

プロローグ4 乙女ゲームのヒロインは画面内でも生きています

しおりを挟む
「きゃあ!」

しばらく死体漁りをしながら走り回っていたオルティーナが、死体の一つ……彼はドラゴンから振り落とされた兵士の一人だ……に躓きそうになるのを見て、フォスター将軍は手を伸ばす。


「危ないな、ケガはないか? オルティーナ?」


彼は先ほどの事務的な表情とは違う、不自然なほどの明るい笑みで聖女オルティーナに呼びかける。


「あ、ありがと……。ここは死体が多くて歩きにくいね……」
「……そうだろうな……」
「それに、私たちが以前植えた花畑も……つぶされちゃったんだね……」
「ああ……また、植えなおさないとな」


足元で死体となっている命を落とした兵士たちに敬意を払うどころか、まるでオブジェのような感覚でつぶやくオルティーナ。

そして彼女はフォスター将軍に対して、抱き着く。


「けど、フォスター……良かったよ……あなたが無事で……!」
「ああ……オルティーナ、この勝利をあんたに捧げられて良かったよ」
「フフフ……嬉しい、フォスター! 私、ずっとあなたが返ってこないから、心配したんだよ?」


(……なに、この不快感は……)


本編でこのようなシーンは当然なかったのだが、似たようなシーンはあった。
仲間の無事に安堵し、抱き着くその場面はスチルにもなっていたからよく覚えている。

先ほどまでの死体漁りは、ゲーム本編にもあった仕様だから、まだ許せる。
だが許せないのは、この戦争で落命した幾多の将兵に対する敬意の無さに対してだった。


……彼女の目にはフォスター将軍しか映っていないのが明らかであり、その様子を見ていてあまり気持ちのいいものじゃなかった。

更にオルティーナは続けざまにこう言い放つ。

「はあ……なんか、安心したらおなか空いちゃった……私、あなたが心配で朝から何も食べてなかったからさ……」


こちらは朝から死に物狂いで働いていて、それどころじゃなかったんだ。それに、まだまだ追討戦で血を流す機会が控えているのだ、とも未夏は思った。


それなのにそんな能天気な発言をするオルティーナの言動に、未夏はますます不快感を感じた。
だが、フォスターはそんな様子をものとも見せずに、明るい表情を見せる。


「ふふふ、そうか! ま、俺も腹減ってきたな」
「ねえ、せっかくだしご飯にしない? あたし、お弁当作ってきたんだ!」


そういいながら、彼女は包みに入ったサンドイッチを取り出した。


「ちょ、ま……!」


だが、全身に返り血がべっとりついたフォスター将軍がそれを食べるのは無理があるだろう。
思わず、未夏は声を挙げると、彼女はこちらを見て嬉しそうに笑ってきた。


「あれ、あなた……確か、最近天才薬師って言われている『未夏』ちゃんだよね!?」
「え? あ、うん……」


未夏は、初対面でいきなり「ちゃん」付けされるのはあまり気持ちが良くないタイプだ。
だが、聖女オルティーナは作中、他の同性キャラにも「ちゃん」付けをしていたことを思い出し、未夏はうなづいた。


「そうだ、未夏ちゃん? あなたも一緒にご飯にしない? お友達が出来たら嬉しいし!」
「え? う……」


その発言に周囲は氷のようなまなざしをこちらに向けてきた。
だが、その意図は嫉妬ではないのは明らかだ。『彼女を悲しませるな』という意志だというのは、すぐに分かった。


「うん。そうね……ご飯にしようか? そうだ、あっちで手を洗ってからのほうがいいと思うわよ?」
「え? ……あ、そっか。ごめん、フォスターの手、血がついて汚いもんね……」


その血は敵とはいえ、こちらと同様に命をかけて国のために戦った兵士たちの血だ。
それを目の当たりにした今では、未夏にとって彼女の発言は不快にしか感じられなかった。


(汚い、か……彼女にとって、血は『汚れ』でしかないんだな……)


そう想いながらも、彼女のデリカシーのない発言にまたしても腹を立てた。


(なんだろう、この子……プレイしていた時には不快感がなかったけど……それは『非日常』ばかりを切り取った『ゲーム画面越し』だったからなのかな……)

未夏はそう思い始めていた。

この乙女ゲームの世界は、単に「二次元であこがれていたキャラクターとリアルに会える世界」というだけでなく、「画面上では語られていなかったキャラの一面」を見ることにもつながっていた。

だが「プレイヤーの分身」として見ていた未夏を客観的な目線で見ると、彼女は不愉快な存在に感じると同時に違和感も覚えていた。


(……けど、気になるのは……フォスター様やテルソス様……他の兵士たちが、前世の記憶があるからと言って、あそこまで尽くすなんておかしいわよね……? ……なんだろう、この違和感……)


その様子に、未夏はそう感じ始めていると、聖女オルティーナがサンドイッチを食べながら語りかけてきた。

「そういえばさ。未夏ちゃんて、今回はたまたま助っ人で呼ばれただけなのよね?」
「え? はい……」
「なら、良かったら私たちの専属の薬師になるのはどうかな? 給料、弾むから!」

もとよりこの国は「バッドエンドルート」に入っていた。
そのため未夏は、当初は折を見て国を脱出し、どこかの土地でひっそりと生活をするつもりだった。

だが、仮にも「推し」として愛を注いでいたフォスター達、そして何より死力を賭して必敗イベントに勝利した兵士たちを思うと、ここで逃げ出すのは忍びないと思った。


「ええ。よかったら、これから一緒に戦わせて貰うわね?」
「そりゃいいや! あんたの薬師の力があったら千人力だからな! 頼むぜ、未夏さん?」
「は、はい……が、頑張りますね!」


そういって笑顔で語りかけるフォスター将軍は、ゲーム中で自身が知っている彼の姿そのものだった。


(ゲーム中で見せていたフォスター様の、この明るい笑顔は……オルティーナにだけ見せていたのかな……)


そうは思ったが、彼に期待をかけられること自体は、悪い気持ちはしなかった。


(私の原作知識がどこまで役に立つか分からないけど……。フォスター様やテルソス様、ほかの人たちのためにも頑張らなきゃ!)

そう未夏は心に近い、拳をぐっと握った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)

ラララキヲ
ファンタジー
 乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。  ……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。  でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。 ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」  『見えない何か』に襲われるヒロインは──── ※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※ ※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※ ◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

舞台装置は壊れました。

ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。 婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。 『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』 全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り─── ※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます 2020/10/30 お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o))) 2020/11/08 舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。

私の婚約者は6人目の攻略対象者でした

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。 すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。 そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。 確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。 って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?  ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。 そんなクラウディアが幸せになる話。 ※本編完結済※番外編更新中

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

処理中です...