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プロローグ 人は「加害者」でいるうちは誰だって笑顔なのでしょう

プロローグ2 最狂のモブはドラゴンをも倒す

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『グオオオオオ! こしゃくなゴミどもがあああ!』


竜族ビクトリアは、その竜独特のよく響く声で大声で叫ぶ。


「うお……!」
「ひ、ひい……ビクトリア様……!」


ドラゴンの咆哮は、それだけで兵士たちをビビりあがらせる程の恐ろしさを持つ。
本編を何度もプレイしている未夏も、彼女の様子を見て少したじろいだ。


「フン……」
「トカゲの出来損ないが……吠える声はあるみたいだねえ……」


彼女の前に立ちはだかる女兵士たちは、そんな叫びをものともせずにフン、と息をついて槍を構えた。

……正直、モブ兵士がしていい挑発じゃない。
当然、ビクトリアは明らかに不快そうな態度を見せた。


『貴様ら……この私を……トカゲ……だと……! もう一度……言ってみよ……!」
「ああ、何度も言ってやるよ! このトカゲ野郎! 種族の力がなきゃ、何もできない雑魚のくせに!」
「いま、退治してやるよ! 図体がでかいだけの木偶の棒! 行くよ、みんな!」
「ああ!」


そういいながら女兵士たちはビクトリアに向けて突っ込んでいった。


(待って! ……あいつの必殺技は……!)

未夏はそう叫ぼうとしたが、やめた。
……彼らはみな『人生2週目』なのだ。彼女の能力は把握しているはずだ。



『グオオオオオ!』
(あれは……作中最強の攻撃技……いきなりぶっぱなす気なの!?)


ビクトリアが放とうとしているのは、強力なドラゴン・ブレスである『ブラックアウト・フレア』だ。

彼女との必敗戦闘でぎりぎりまで粘ったときに放たれる、プレイヤーを絶望の渦に落とした技であり、内部処理的には作中最強の威力となっている。
……当然必中であり、彼女たちの持つ盾で防ぎきることは出来ない。


『一瞬で焼けつくされるがいい!』


そう叫ぶとともに、彼女はごおおおおおおお……と凄まじい威力のブレスを放つ。


「きゃああああ!」


その一撃の余波を受け、未夏は思わず悲鳴をあげた。
後方支援をしている自分の方にまでその凄まじい火勢は届き、産毛が焦げるような感覚に襲われたためだ。


(す、すごい威力……頭では分かっていたけど、これをフォスター将軍は喰らったのね……この威力を喰らったら、モブ兵士たちじゃあ……)

「心配ですか?」
「ふえ!? テ、テルソス様!?」


未夏がそう思いながら見つめていると、隣で『テルソス』がつぶやいた。
彼もまた『4英傑』の一人だ。冷静沈着な性格であり、未夏もお気に入りのキャラであった。

彼は落ち着いた声でつぶやいた。


「心配は無用です。あのドラゴンブレスの威力は研究済みです。確かに直撃した場合、男性は、その戦闘能力に関わらず、約1分で絶命します。ですが……女性は違います」
「女性は死なないってこと?」

そう未夏は尋ねるが、テルソスは首を振る。



『ふははははは! 見たか! 我が最強のブレスは英雄をも殺す!』
「……ああ、見たよ……」
『……なに!』

返答が返ってくるとは思わなかったのだろう、ビクトリアは驚愕の表情を見せた。
……炎の切れ目から、女兵士たちが全身が炎に包まれながら突っ込んできたからだ。

『まさか、今の一撃を受けて……死なぬだと?』
「ああ……女をなめんじゃないよ!」

そう叫びながら彼女は剣を手放し、拳を握りしめた。



その様子を誇らしげに眺めながら、テルソスは未夏から受けた質問に回答する。

「男性に比べ皮下脂肪を蓄えやすい女性であれば、その脂肪が断熱材となり……平均で1分と5秒は生存できることが分かっています」
「え……たったの……5秒?」
「ええ。……ですが、その5秒があれば十分です……人間は※5秒で何m走れると思いますか?」

(※本作の舞台は日本人向けの『乙女ゲーム』の世界であるため、メートル法を用いています。秒や24時間の単位も現代の地球と同じものを使用しています)


そうつぶやきながら、テルソスは彼女たちの最期の雄姿を見守る。



『く……雑魚の分際で……!』

どうやら彼女のブレスは連発が出来ないらしく、ビクトリアは爪をふるうが、彼女たちには当たらない。

「喰らうか……! ま……まだ、あたしらは生きてるよ!?」
「そう……さ! ……あたしらはねえ……『雑魚』じゃねえんだ! ちゃんとした名前がある兵士なんだよ!」
『ひい……』


突撃する彼女たちの身体はすでにどす黒く黒ずんでおり、致命傷であることは明らかだった。

だが、眼光だけは一切衰えないまま突っ込んでくる彼女たちに宿る狂気に、ビクトリアは思わず戦慄するような表情を見せた。


「さあ、『あたしらの番』だ! 聖女様に報いるためのねえ!」
「そうだよ! ……じゃ、あんたの足……もらう……よ! 部隊長……! 任せます!」


そう叫びながらビクトリアの足元に肉薄した女兵士たちは、最後の力をひときわ大きな女兵士……恐らく部隊長だろう……の力に注ぎ込み、そして、


「であああああああ! 奥義……覇哮掌!」


部隊長はその力をすべて闘気に変え、ビクトリアの足に叩きこんだ。


『ぎゃあああああああ!』


その一撃をくらい、大声で叫びながら彼女はがくりと膝をつく。


(すごい……あのビクトリアをおびえさせ、跪かせるなんて……! ……いや、待って……彼女の後ろにいるのってまさか……!)


思わず「あっ」と小声で未夏は叫んだが、戦場から離れていることもあり、彼女の言動にビクトリアは気づいていない。


『ぐう……ここは……口惜しいが……逃げるしかないか……』

そう彼女は叫ぶと、翼を大きくバサバサと羽ばたかせた。
彼女の周囲が土埃におおわれる。


……ここで彼女を逃がしてはダメだ、と未夏は思った。
彼女は別ルートでも『必敗戦闘』を担当しているためだ。仮にここで勝利したとしても、恐らく別の展開で彼女が襲い掛かり、4英傑を始末するはずだ。


そう思ううちに、ビクトリアは大空に飛び上がり、負け惜しみとも取れるような笑い声を空に響かせる。


『ははははは! ……貴様らの顔、覚えたぞ! 次に会うときには容赦せぬわ! 4英傑ども……首を洗って待ってい……!』

だが、彼女はそこで言葉を失った。


「悪いけど……ビクトリアさん、あんたに『次』なんてないっすよ?」
「あんたはここで死んでもらうからな。……俺たちと一緒にな」
『き……貴様らあああああ!』

ドラゴンの翼の下には死角がある。
頑丈な鱗におおわれた彼女たちの感覚は鈍いため、そこに兵士たちがしがみついていた場合、ドラゴンは気づくことが出来ない。

だが、彼女がそんな大事な死角に意識を向けなかったのは、やむを得ないことだろう。
そもそも、こんな上空で自身を撃墜した場合、当然乗っている者たちも無事ではすまないからだ。


(……あの人たち……さっきの兵士さん達じゃない! ……あれ、私のほうを見た? ……笑って……挨拶しているの?)


未夏がそう思った瞬間、モブ……いや、名もなき兵士たちはにこりと笑って、未夏に向けて手を振った。

何を言っているのかは未夏には伝わらなかったが、その悲壮なほどに爽やかな笑顔から、彼らがしているのが『お別れの挨拶』であり、これから『なにをするのか』は一瞬で理解できた。


「お願い、やめて!」


そんな彼女の叫びが上空にいる彼らに聞こえるわけもなかった。




「はああ!」
「こいつで……終わりだ!」

上空にとんだ兵士たちは、そのドラゴンの翼を剣で叩き切る。
背に乗られた場合ドラゴンは振り落とす以外に抵抗する術がない。だが、彼らはそれをやろうとする前に、ためらいなく翼を引き裂いた。


『ギヤアアアア!』


凄まじい叫びとともに、彼女の体がかしいでバランスが崩れていく。

『よ、よせ! ……お前たちも死ぬ気か!』
「ええ、次は『あっしらの番』っすからねえ! ……さあ! とどめを刺させてもらいやす……!」

そう叫びながら、生き残りの兵士たちは全員で、彼女の首をひっつかみ、地面に向けた。


『おのれえええええ!』

必死に彼女は首を回して兵士たちを振り落とす。
次々に振り落とされて落下していくも、最後の一人が振りほどけない。


「俺たち人間を……なめるなあああああ!」


その男の最期の叫びは未夏の方まで聞こえてきた。





そして数秒後。



ずうううううん……という凄まじい音とともに、ドラゴンは地面に落ちた。
ドラゴンはぴくりとも動かない。……その首が、本来曲がっては行けない方向に曲がっているのは、遠めでも見て取れた。


「……やったの?」

未夏はそう思わずつぶやくと、テルソスは魔力を使って光の球を出し、それを見ながら冷静にうなづく。


「間違いありません。……彼女の付近に生命反応はありません」
「……『付近に』って……それって……!」


その言葉の意味はわかる。
……ビクトリアと相対した兵士たちはすべて絶命したということだ。


(そんな……まさか、あそこまでするなんて……)


一瞬とはいえ言葉をかわしあった相手が落命するという場面に遭ったことは未夏にはまだない。

それに、万が一だがテルソスの確認が誤っていて、生きている兵士がいる可能性もある。もしそうなら、彼らは放ってはおけない。


そのため、彼女は血相を変えて立ち上がり薬箱を持って駆けだしていく。
それを見て思わずテルソスはおどろいて彼女に声をかけた。


「待ってください! 万一奴が生きていたら危険です! 彼らの安否確認は私がするので、『転生者』ではない未夏様は、ここで……」
「待っているわけには行かないわよ! 薬師として、責任があるもの!」
「未夏様……! ……仕方ありません、私の後ろから離れないでください!」


そういうと、彼もまた魔道書を手に、駆けだした。
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