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プロローグ 人は「加害者」でいるうちは誰だって笑顔なのでしょう

プロローグ 頭のねじの吹っ飛んだモブ兵士

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「へへ、ありがとうごぜえやす、未夏(みなつ)さん。いいお薬をいただきやして」
「え……ええ……」


未夏は真っ青な表情で、自身が調合した薬をモブ兵士たちに渡していた。
渡した薬は麻薬にも似た『痛み止め』であり、飲むと一切の痛みをしばらくの間遮断するという、ありていに言って「ヤバい薬」だ。

……当然こんな危険な薬は、一兵卒に渡すべきではないと未夏は思っていたが、彼らの狂気を目の当たりにして、調合せざるを得なかった。


「そんじゃ『これ』は処分しといてつかあさい。……汚いもので申し訳ありやせんが」
「あ、あなたたち……正気なの……?」
「ええ! 『あっしらの番』が来ただけっすから!」

そうあっけらかんと言いながら、そのモブ兵士達はまるでゴミでも捨てるかのように、あるものをツボの中に放り込む。


「……う……」

それを見て、未夏は一瞬意識が遠のく。


……彼らが放り込んだもの、それは彼ら自身の男性器だったからだ。


彼らは自ら「それ」を切り落とし、痛み止めとして未夏から貰った薬を服用し、戦場に向かうべく剣を握りしめていた。

男たちはそれについてなんの疑問も持とうとせずに笑みを浮かべる。

「それにしても、すごい効き目っすね、この薬。なんの痛みも感じやせん。……本当に未夏さんって、どこでそんな技術を学んだんすか?」
「え? ……まあ、昔ちょっとね……」

そういいながら未夏はお茶を濁した。


未夏は以前自身が好んで行っていた『乙女ゲーム』の世界に転移した高校生だ。

このゲームでは『薬品調合』がゲームにおける大きなウエイトを占めていたのだが、幸い元の世界でこのゲームをやりこんでいたため、レシピはすべて頭の中に入っている。

そのため、本来この段階では習得していない薬品を作成できることもあり、この世界で未夏は『天才薬師』として地位を築いていた。

……今モブ兵士に渡した薬も、攻略対象の一人が『命を捨ててヒロインを守るために使用する最後の手段』として本編では用いたものだ。

未夏は分隊長と思しき男に尋ねる。


「なんであなたたちは……そんなことをしたの……?」


男にとって男性器を切り落とすことが何を意味するかは、未夏にも分かる。
恐らく彼らはあの薬の効果が切れたら、地獄の苦痛が待っているはずだ。だが、兵士たちはあっけらかんと答えた。


「この戦闘に勝てたら、あっしらはこのまま追撃して、敵の領地まで攻め込むことになりやすよね?」
「まあ、それは……そうよね?」
「で、話し合ったんすよ。『俺たちの中で、敵の領地で略奪をするやつは誰か?』ってね」


戦場において行う略奪は戦の常だ。
物品は奪われ、街は焼かれ……そして女が犯される。乙女ゲームの本編ではあいまいに書かれていたが、そんなことが起きることも分からないほど、未夏も子どもではない。


「……その話し合いの結果は?」
「ええ! みーんな『俺はしないけど、ほかの奴はするだろう』って思ってたんすよね! 名前をみんなで挙げてみたら、あっしら全員の名前が出てきたんすよ!」
「そうそう! だから俺たちみんな、略奪出来ないようにちょん切っちまおうって話になったんすよ!」
「…………」


その言葉に未夏は絶句した。
正気の人間は、そんな選択はしない。だが、彼らがそれを行う理由は分かっていた。


「なんであなたたちはそこまでするの……?」
「決まってるじゃないっすか! 聖女様に罪を償うためっすよ!」
「そうそう。前世では……この戦いに負けて……4英傑の一人「フォスター様」を死なせちまって……」


ちなみに「4英傑」とは、この世界における攻略対象の男性たちだ。
そこまで大規模なゲームではないこともあり、本作の攻略対象は4人に絞られている。

「それで、聖女様を悲しませちまったんす。だから、今度の世界では……何を犠牲にしても、この戦いに勝たないといけないし……勝った後、聖女様を悲しませることをしたくないってことっすよ」
「今度の世界、ね……」


未夏はこの世界に転移してほどなく気が付いた。



この「聖ジャルダン国」の国民達はみな『本作バッドエンド後の世界からの転生者』なのだ。



本来のメインヒロインである『聖女オルティーナ』は、バッドエンドの世界線では攻略対象である「4英傑」を失ったことで闇落ちし、魔界の力によって世界を滅ぼすというストーリーである。


今未夏が赴いている戦場も本来はバッドエンドルートであり、ここで彼女の婚約者でもある攻略対象『フォスター将軍』が命を落とすルートだ。

無論未夏も戦が始まる前に逃げ出そうと思っていたが、彼らのあまりの狂気を目の当たりにし、さすがに見捨てるのも忍びないために従軍した。


……いうまでもないが、彼らが取った『切り落とし』は、原作には存在しないイベントだ。


(まさか、聖女様『以外』の全国民が転生者なんてね……原作知識はあまり役に立たなそうね……)


彼らから話を聞いて気が付いたのだが、この国で前世の知識を持っていないのは、どうやら聖女オルティーナだけであった。

そして、彼らは不自然なまでに強い贖罪意識を持っており、覚悟が決まった表情を見せていた。


「それじゃ、あっしらはこれで……」
「来世でもまた、未夏さんに薬を貰いたいっすね……」

そういうと、男たちは戦場に向かって去っていった。


(本当に狂っているわね、ここの男たちは……)


そう未夏は思ったが、異常な覚悟を決めていたのは男たちだけではない。
女兵士たちも彼らに負けず劣らず、狂気的な覚悟を背負っていたことには、その直後に気づくこととなった。






それからしばらくののち、ラッパの響きとともに戦闘が始まった。

「うおおおおお!」


そう叫びながら敵軍はこちらに突進してくる。
……対して、こちらの兵士たちはどこか冷めた表情で、一言も語らずに剣を構える。

(……彼我の戦力差は……ストーリーと同じね……)


敵側は原作ストーリーで対立する国家である『ラウルド共和国』。

本編では、20倍の戦力差で立ちはだかる強敵たちに対して、後方に控える聖女オルティーナを逃がすために、4英傑(要するにヒロインの攻略対象である)の一人である、『フォスター将軍』が命を捨てて立ち向かう筋書きになっている。

そもそも、このバッドエンドルートではラウルド共和国との戦力差は絶望的なまでに開いており、すでになすすべがない状況だ。


……だが。


「な、なんだこいつら……死ぬのが怖くないのか?」
「つ、強い……こんなに強い歩兵がいるのかよ!」


その圧倒的な戦力差を兵士たちはものともせずに押し返していた。
そもそもが「必敗イベント」であるこの戦いに参加しているつもりであった未夏はそれを驚愕の表情で見つめていた。


(うそでしょ……? まさか、うちの兵士が、あんなに強いなんて……)


人間は自身の持つ「心の強さ」を過大評価しがちだ。
特にフィクションの世界などでは『意志の強さ』は高く評価されるが、もし思う力で人を倒せるなら、とっくの昔にいじめ加害者は被害者に呪い殺されている。

……つまり、彼らは単に士気が高いだけではない。


「いでよ、雷! サンダー・ランス!」
「ぐああ! ……上級術……だと?」
「いまだ、第二小隊、放て! 連波閃空撃!」
「うお! ……この奥義……全員がこの技を覚えているのか?」


そう、目の前で戦っている兵士たちの練度があまりにも高いのだ。

ファンタジーの御多分にもれず、この世界も『個人間の力量差』がきわめて大きい。一人の英雄が文字通りの『一騎当千』の力を発揮することなど珍しくもない。


だが、今彼らが使っている魔法と剣技は、本来ストーリーの終盤でヒロインと4英傑がようやく取得する技だ。現在のシナリオの進行状況では、身に着けることすら難しい。


……つまり、この世界の国民たちは『全員が物語終盤のプレイヤーキャラ並みのステータス』を持っているのだ。


「今度こそ……今度こそ! オルティーナ様をお救いするんだ!」
「ええ! ……こんな奴ら、禁呪なしでも勝つわよ!」


彼らは合戦の場でそんな風に叫んでいるのを未夏は耳にした。
その発言からわかることは、彼が幼少期から相当な鍛錬に身をおいていたのだろう。
20倍の戦力差であっても、それを覆すには十分な力量を彼らは携えていた。


(けど……これだけじゃ、きっと奴には勝てない……)


だが、未夏はその状態でも楽観視していなかった。
そもそも、元の世界でもフォスター将軍を鍛えこんでいた場合、この戦闘でも勝利できる可能性があるためだ。


……だが、本作の開発者もそれを見越している。
この戦闘で必ず敗北させるために、あるイベントが用意されているからだ。



「……全軍、下がれ。私が行く」
「ビ、ビクトリア様が……ですか? しかし……」
「構わん。……あんな雑魚風情にいい顔をされるのはたまったものではないのでな」


そう、敵の大将軍『ビクトリア』がいるのだ。


「グオオオオ!」


彼女はそう叫ぶなり、竜に変身した。
……いや、彼女は元々竜族であり、人間の姿は仮のものでしかない。


(やっぱり来たのね……。私も何度もプレイしたけど……絶対あいつには勝てないわ……)


ビクトリアのステータスが圧倒的なのは、本編をやりこんでいた未夏もよく知っていた。
元のシナリオでは絶対に勝つことは出来ないため、戦争前に彼女を仲間にすることが必須イベントだったのだ。

そうでないと、この戦闘の敗北で破滅ルートまっしぐらとなる。
……だが。


「……あたしたちの出番の用だね」
「ああ。……みんな? 今度こそオルティーナ様のために……勝たせるよ?」

勇壮な顔をした女兵士たちが、そうにやりと笑ってゆらりと歩き出す。


「頼んだぞ……」
「ああ。……後は任せたよ」

それを見た男兵士たちは、敬意に満ちた表情で道を譲った。


(嫌な予感……)

今、彼女たちは「勝つ」とは言わなかった。
……その理由は、すぐにわかることになるのだが。
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