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第3章 ディエラ帝国への潜入調査

内通者の名は「リオ」

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「おい、まだ食べるのか?」
「うん。これも美味しいから」
チャロは油で揚げたソーセージをほおばりながら、街を練り歩いていた。
年齢的に食べ盛りということもあり、チャロの食事量は相当な量になる。
「やっぱり、私たちの国だけみたいだね、食料不足なのは」
「そうだな……。どう見ても、この格差は異常だな……」
セドナは近くにあった魚のすり身を見ながら、つぶやいた。
「ところで、セドナは食べないの?」
「え?……あ、後で食べるよ。まずは、あのエルフの宝飾品を探さないとな」
直接本人に購入場所を聴くのは目立ちすぎるとチャロが提案したため、セドナ達は繁華街を練り歩いて探していた。
……もっとも、本当の理由はチャロがセドナと一緒に練り歩きがしたいからなのだが。

「……フフフ!」
「なんだよ、チャロ。そんなに嬉しそうに」
「だって、セドナと一緒にこうやって街を歩くの、好きだから」
チャロはニコニコと笑みを浮かべながら、屋台の店主から串焼きをもらった。
大豆をハンバーグ風に丸め、それを串に焼いたものだ。やはりエルフが多い街と言うこともあり、植物由来の食べ物がこの街は多い。
「あ、見て、これ!」
チャロは少しはしゃいだ様子で、近くにある露店に顔を出した。
「なんだ、何か手掛かりがあったか?」
露店に置いてあるペアリングを指さして、チャロは目を少し輝かせるように話しかける。
「ううん。けどさ、この指輪、凄いきれいじゃない?」
「ああ、金細工が良くできているな。そうだ、親方トリオの土産に買ってあげようかな?」
親方トリオ、とは勿論セドナの部下のドワーフたちだ。少人数での諜報活動、と言うこともあり今回は国で別の仕事に就いている。
その発言に、チャロは少し表情を寂しそうな表情を見せる。
「セドナってさ……」
「ん?」
「本当に、みんなのこと、好きだよね?」
「当たり前だろ? それがどうしたんだよ?」
「……別に。けど、私にとっての『特別』は、セドナだけだから」
きゅっと裾を掴みながらつぶやくチャロに、セドナは歯をきしませるような表情をする。
「……俺を……特別になっちゃだめだよ……」
「分かってる。……けど、そう思うのは私の勝手だよね」
「…………」
チャロは串を近くのごみ箱に捨てると、笑顔に戻って、
「それに、セドナが私の『特別』になるのも、ちょっと寂しいしね。……とりあえず、次の店を探そう?」
「あ、ああ……」
セドナの手をぐい、と掴んで街の奥に歩き始めた。

それから1時間ほど経過しただろうか。
「ふう、お腹いっぱい……」
ようやく満腹になったのか、広場のベンチにチャロ達は座っていた。
「きれいな噴水だね、セドナ?」
「ああ、そうだな。まだ、歩けるか?」
「もちろん。にしても、中々見つからないものだね……」
チャロは、大きく伸びをしながらつぶやいた。
「そりゃ、見つからないだろ。食べ物ばかり目が行ってたじゃないか……」
「アハハ、そうだね。けど、どれも美味しかったなあ……」
そう、チャロは満足げに笑みを浮かべる。
その様子を嬉しそうに眺めるセドナ。だが、公園の反対側にまだ見ていない露店があることに気が付いた。
「あれ、あそこにも露店があるな……」
「ちょっと行ってみよう」
そう言って、セドナ達はその露店の商品を覗いてみた。
「いらっしゃい。……あら、人間なんて珍しいわね?」
露店の店主は、あまり身なりが良いとは言えない、ドワーフの女性だった。
「ちょっと商品を見せてください」
「良いわよ。どれも良い品だから」
そう言って店主が並べた品を眺め、セドナは驚きを必死で隠しながらチャロに耳打ちした。
「……やっぱりだな。俺たちが姫様に届けようとした、宝飾品と同じデザインだな」
「間違いないよ、この宝飾品……私たちのだ! これ、頂戴!」
そう言って、チャロは近くに置いてあったブローチを拾い上げ、店主から買い上げる。
「はい、毎度あり」
「なんで言い切れるんだ? たまたま作った人が同じだけかもしれないのに」
「ほら、このブローチの頭の部分、へこんでるでしょ?」
「え? そうだな。それがどうしたんだ?」
「リオがこっそり身に着けて、その時に転んで壊しちゃったところなんだよ」
チャロの発言に、セドナは頭を抱えそうになる。
「あ……の……バカ……!」
「けど、あいつのおかげで証拠が分かってよかったね」
「もし、この宝飾品を姫様に直接渡してたら、あいつのクビが飛んでたんじゃないか……?」
はあ、と安堵と呆れが混じったため息をつきながら、セドナは店主に質問する。
「ところで、この商品はどこで仕入れたんですか?」
「え? ……ああ、これは王国の放出品だよ」
「放出品?」
「そう。戦争とかで徴発した商品とか、行商人から国が買い付けたものとかさ。そう言うのをあたしたちが仕入れて、こうやって売ってるんだ」
「その王国がどこから集めてきたか、までは分からないですか?」
「悪いけど、分からないねえ……」
「……そうなんですね。ありがとうございます」
それを聞き、セドナは足早に店を後にしようとしたときに、店主は呼び止めた。
「おお、そうだ。あんたら、早くこの国を出た方が良いよ?」
「え?」
「最近、この国では『天才狩り』ってのが盛んだからね……。あたしらは良いけど、あんたら人間は疑われやすいだろ?だからさ」
「分かりました、ありがとうございます」

「これで、確信したことがあるな」
セドナは宝飾品を見ながら、そうにやりと笑った。
「何が?」
「少なくとも、山賊は『王国と接点がある』ってことだよ。少なくとも、これは確定した」
「うん。けど、これだけじゃ証拠にはならないよね」
「ああ。山賊が行商人のふりをして国に売りつけたって可能性もあるし、それが嘘だとしても、そう言い張られたらお手上げだ。明確な証拠……そうだな、命令書のようなものがあれば間違いないんだけどな」
「そうだね。……やっぱり、城に忍び込むとか?」
「いや、城内の間取りも分からないのに、探すのは無理だな。……ただ、もっと大事なことも分かった」
「もっと大事なことって?」
「それは、夜になったら話すよ。ただ、頼みたいことがあるんだ」
セドナは、声を絞ってチャロの耳もとで囁く。
「……分かった。その時には私に任せて……」
そう言うと、チャロはうなづいた。
「それと……。ほら、これ」
セドナは、顔を上げてポケットから小さなオルゴールを取り出した。
「チャロが露店で飯食ってる時に、見つけたんだ」
セドナはキリキリとオルゴールのねじを巻いた。
「この曲……」
「チャロ、好きだって言ってたろ?」
……その曲は、ずっと昔にチャロが聞いていた子守歌だった。
幼い時に病でなくなった母親が、いつも静かに歌ってくれた曲。歌詞は忘れていたけれども、その旋律の一つ一つは、今でもチャロの心には深く刻み込まれていた。
「よく覚えていたね、1回キミに話しただけだったのに……」
「そりゃ、チャロのことを忘れるわけないだろ?」
「……全く、キミは調子いいんだから……」
「ハハ、そう言うなよ。……これ、チャロにやるよ」
「え、良いの?」
「あいつらにばっかりお土産買ってたら不公平だからな。大事にしてくれよ?」
「うん……。大事にするね」
そのオルゴールを、チャロは大事そうにしまった。

そして、夜がやってきた。
「お帰り、ロナ、リオ」
ロナは恐ろしく不機嫌そうな表情で帰ってきた。
「ど、どうしたんだよ、二人とも……想像はつくけど……」
「この馬鹿、ぜんっぜん調査の役に立たなかったんだけど!」
「いてててて!」
リオの耳を引っ張りながら、ロナは怒りの声を上げる。
「お腹がすいたから何か食いたいだの、近くにレストランがあるから行こうだの、お土産を先に買おうだの……」
「アハハ……」
自分たちも同じことをしていたとは言えず、セドナは苦笑した。
「それで、そっちは何か手掛かりは見つけた?」
「一応な。……けど、その前はっきりさせないといけないことがある」
セドナは表情を変えて、そうつぶやいた。
「なに?」

「……この中に、帝国との内通者がいるってことをだよ」

「なに、それ?」
「いや、何言ってんだよ、セドナ!」
「……どういうこと?」
チャロにもそのことは伝えていなかったため、セドナを除く全員が目を見開き、セドナの方を見据えた。
周囲にピン、と緊張が走る中、セドナは冷静な口調で続ける。
「おかしいと思わなかったのか?」
「おかしいって?」
「そもそも盗賊たちは俺たちの国の馬車しか襲ってないって話は聞いてるよな?」
「……ええ」
「俺たちは弓士団だけど、制服はロナを除いて正規のものじゃない。そのロナも、あの時は馬車の中に居ただろ?」
「そう言えば、そうだったね」
「そのうえ、馬車が襲われたのは王国への分岐路よりも前だった。……なんで俺たちが王国軍だと、あいつらは分かったんだ?」
「たまたまじゃないのか?」
「たまたまにしてはリスクがでかすぎるだろ?……次に、こいつを見てくれ」
そう言いながら、セドナは先ほど購入したブローチを見せた。
「このブローチ……!」
「あ、やべ……」
「そう、馬車の中にあった宝飾品だ。誰かさんが壊してくれた跡があるから、間違いない……」
「わ、わりい……」
リオは、悪事が見つかった子どものような表情を見せる。
「ロナは、この宝飾品が馬車の中にあったのは覚えているな?」
「ええ。私が戻ってきたときには、箱がおいてあったら」
「その箱の中身は確認したか?」
「ううん。見なかったわ。確認するべきだったわね」
「その箱を俺が山賊と戦っている間に、持ち出した奴はいたか?」
「……ごめんなさい、その時にはまだ寝ていて……覚えてないわ……」
申し訳なさそうに首を振るロナ。だが、セドナはそのことを想定していたかのようにうなづく。
「そうだろうな……。なぜなら、馬車にはこの宝飾品は持ち込まれてなかったんだよ。……帝国に横流しするためにな」
「え?」
「最後に箱を荷物に載せたのはサキュバスの一人だったよね?あいつ?」
「そう考えるべきだな。そして、そのサキュバスと同郷なのは……」
「お、オレ?」
びくり、とリオは体を震わせた。
「そう言うことだ。……内通者、リオ……」
ぽつり、とつぶやくセドナ。

「お、おい、待てよ!それだけで、どうして俺が内通者なんだよ!」
「ほかにも理由はある。あの時に持ち場を離れたのは、ロナ隊長の他にはリオだけだったよな?あの時に盗賊に指示を出したとも考えられる」
「そんなの、前日からでも指示くらい出せるだろ? それに、セドナ! 持ち場を離れたのは、お前が行くように言ったんだろ!」
「それが無くても、何か理由をつけて持ち場を離れただろうな。それに、明確な証拠もあるんだよ」
そう言うと、セドナは鞄から一冊の本を取り出した。

「これは、山賊の一人が持っていた本だ」
「山賊って、あのサキュバスが?」
ロナの質問に、セドナはうなづく。
「そう。あいつらと戦った時に茂みに落ちていたものだ。……ここに、リオ、お前の名前が書かれてる」
「はあ?何言ってんだよ、見せてみろよ!」
「いいぞ」
そう言って、セドナはリオに本を開き、そっと見せた。
……見る間にリオの表情が変わり、そして、
「……フフフ……ハハハ……まじかよ……。こんなの残すんじゃねえよ……。」
右手を額に当て、観念するように大きな息を吐いた。
「まさか、リオ、あなた……」
「そう、そのまさかだよ」
狼狽するロナをあざ笑うな表情で見ながら、リオはすらりと剣を抜き、祈るように構えた。
その姿は、普段の道化のような姿とは異なる、剣士としての佇まいだった。
「分からなかったのかロナ?俺がディエラ帝国との内通者だ。またの名を凍土に眠る蒼き焔……ツンドリスティック・ヴレィズの……」
そこまで言い切る前に、セドナが背後からスタンガンをロナに押し当てた。
「きゃあ!」
「チャロ、頼む!」
「任せて!リオ、先頭は頼むよ!」
その合図とともに、チャロは強化魔法を展開した。淡い光がリオ達一行の脚部を包む。
「急げ!包囲が迫ってるはずだ!」
セドナの声に呼応するように、リオは先陣を切って宿から飛び出した。
「……っく……」
ロナはふらつく体を必死で支えながら、リオに手渡された本を見た。
そこには、
「疑う真似をして悪い。本当の内通者はロナだ。合図をするまで、出来るだけロナを引き付けてくれ」
……と、書かれていた。
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