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第3章 ディエラ帝国への潜入調査

スパイ活動の準備

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「スパイ活動、か……」
明確にどこかの施設に潜入したり、誰かに取り入ったりするわけではない。また、一応ディエラ帝国との国交は結ばれているため、密入国する必要もない。
だが、他国に行って通商破壊の調査を行うのも広義の意味ではスパイ活動だろう。
セドナは新調した服にそでを通した。
「こんな服装で良いかな」
隣国は、自国に比べて人間への差別意識が強いことはすでに調査で分かっている。
その為可能な限り「エルフが好む服装」に身を包み、少しでも不信感を和らげることが肝要となる。
また、ある程度身なりの良い格好をすることで、夢魔たちから好感触を持ってもらうことにもつながり、細かい彫金がなされたアクセサリーはドワーフとの話題の種にもなる。
そのことを考慮し、セドナは麻の素材でできた服をスーツ風にこしらえ、細かい加工が施された真鍮のボタンを付けた服を身に着けた。
加えて、人間であることがすぐに分からないように幅広のシルクハットを被っている。
「俺の方は準備できたけど、チャロはどう?」
「どうかな、セドナ……?」

チャロは照れたような表情を見せながら、部屋から出てきた。
普段のゴスロリ風のファッションではなく、理知的な雰囲気を漂わせる、素朴なカーキ色の服装。袖口や服の裏地にさりげなく施されたフリル。
加えて、金属製のアクセサリーの代わりに非常に細かい刺繍が施されたワッペンを胸元に着けている。
どの種族にも好まれる服装と言う意味では申し分なく、かつその姿はチャロの可愛らしさを見事に引き立てていた。
「キミに見てもらいたくて、おばさんに仕立ててもらったんだけど……似合うかな?」
「ああ、すげー似合うよ。可愛い」
「そっか。よかった」
チャロの言う「おばさん」とは、先日のパーティでドレスを自慢していたドワーフのことだ。
因みに、二人の服装は『ディエラ帝国に買い付けに来た豪商、あるいはその家族』を意識している。
「それじゃ、爺さんの家に行こうか」
「うん」

隣国へ行く馬車の待合所は、ロナの家のすぐそばにあった。
全員がロナの家を知っていることもあり、集合場所はロナの家になっている。
「よう、爺さん。元気か?」
「おお、久しぶりじゃな、セドナ。この間は楽しかったな?」
ロナの夫である老爺は、ニコニコと嬉しそうにお茶を進めてきたので、チャロはグイ、と一気に飲み干した。
「……フン、言っとくけど、この間は手加減してあげたんだからね!」
「あら、私が本気だったと思ってるの?」
チャロは、ロナに対して悪態をついた。
先日のパーティでは、チャロはロナにテーブルトーク・RPGで惨敗したからだ。
シナリオ製作者のことはチャロの方が詳しいはずだったが、その製作者の心理を完全に読み取ったロナに、チャロはまで歯が立たなかったのだ。
特に、トップを独走していたところを強烈な逆転を受け、その後は個人攻撃の連発でビリに落とされるという、一番屈辱的な勝ち方をロナにされたため、チャロがロナに手を上げそうになるのをセドナ達が必死に止めたくらいだった。
その日の夜、チャロは半泣きの表情で愚痴を言い続けていたのをセドナは思い出した。
「今度のパーティも参加してよね?絶対に私が勝つから!」
「はいはい……。ま、気が向いたら行くわよ」
因みにロナは軽装のシスター服……すなわち、巡礼者の服装をしていた。
エルフの場合、セドナ達のように服装に細心の注意を払う必要はあまりなく『各地を旅するうえで違和感のない服装』であれば問題はない。

……で、リオはまだ?」
「そろそろ来ると思うんだけどな……」
セドナは、心の中で大きくため息をついた。
実はリオにはみんなよりも30分早い集合時間を伝えていたからだ。
それにも関わらず来ないのだ。
「どーせあいつ、服を選ぶのに悩んでるんだろうね、きっと」
チャロの悪態に、セドナは同意した。
そして10分ほどたった後、ドアが開いた。
「悪い、遅れたな」
「お、来たか、リオ……って……」
だが、その恰好に一同は絶句した。
「その恰好……。あなた、正気なの?」
リオの服装は、全身黒づくめの格好だった。
いかにも『スニーキングスーツ』でござい、と言った黒いぴっちりとしたシャツにポケットのないタイツのようなズボン。頭には黒のニットキャップに、怪しさ満点のサングラス。
極めつけは、足音の立たないラバーシューズを履いていた。
「おお、良いだろ!この靴『転移物』なんだけどさ!なんかふにゃっとして、足音立たないんだぜ!」
ゴムの精錬技術が進歩していないこの世界では、ラバーシューズと言うものは『転移物』に頼るしかない。
恐らく、大枚はたいて購入したものであろうことは、容易に想像が出来た。言うまでもないが『転移物』を身に着けるのは、目立ちすぎる。
「『スパイとして問題ない格好で来い』って、セドナは言ってただろ?こんな感じの服装なら完璧じゃね?」
「……この、バカアアアア!」
チャロとロナは同時に、大声で叫んでいた。
「そんな恰好で国に入ったら『私はスパイです』って言ってるようなものでしょ!」
「スパイらしい格好ってのは『スパイに見える格好』じゃないんだよ!」
「そうよ!『怪しまれない格好』ってこと!まったく、本当に除隊されたいの?」
くどくどと文句を言うチャロとロナ。こういう時だけ二人は馬が合う。
その剣幕に、リオはしゅん、と小さくなっていた。
「ま、まあさ……。まだ馬車の発着まで時間があるし、着替えれば間に合うだろ?」
その様子を見て、セドナがとりなすように
「爺さん、悪いけど、何かいい服ないか?」
「そうじゃな……。じゃあ、ワシの若いころに使っていた服はどうじゃ?」
そう言うと、老爺は押し入れから古い剣士の服を取り出した。ボロボロで鎧をつなぐ紐の部分はほつれているが、繕えば何とか着ることは出来るだろう。
「インキュバスが剣士と言うのも少し不自然じゃが……。その恰好よりはマシじゃろ?」
「え~?けど、この服ちょっとダサ……」
「あん?」
「何でもありません……」
ロナの睨みに、リオは何も言えなかった。
「ま、まあさ。武者修行中の剣士って設定は悪くないと思うよ。ちょっと待ってろ、繕うから……」
そう言うと、セドナは裁縫箱を借り、さっと針に糸を通し、裾やほつれを直し始めた。その手慣れた様子を見て、ロナが少し驚いたような声を出す。
「それにしても、セドナってこういうの得意よね?」
「ああ、仕事してる中で必要になる機会が多かったからな」
「前から思ってたんだけど、セドナってどういう仕事してたの?」
「うーん……。詳しくは覚えてないけど……」
本当は『覚えてない』のではなく『言えない』のだが、差しさわりのない範囲でロナに答える。
「介護の仕事や、けが人の救護とか、そう言うことをしてたんだ」
「そうなの?けど、それにしてはずいぶん戦いなれている気がするけど……」
「……まあ、軍隊で救護活動もやってたからな」
「あら、あなたも軍隊経験者なのね?意外だったわ」
「好きでやってたわけじゃないよ。……本当は、ずっと介護の仕事を続けたかったんだけどな」
「確かにあなたは、介護の仕事が向いているものね。あなたの故郷では、職業を自分で決められないの?」
「……いや……たいていの人間は職業を決められるんだけどな……」
そう言うと、セドナは少し口ごもるように押し黙った。
「よし、出来たぞ!」
それからしばらくして、とりあえず着れるように仕立て直した。
「おお、すげーな!なんか、機械で縫ったみてーに性格な縫い方じゃねーか!」
「だろ?着心地はどうだ?」
リオは剣士の服を着用すると、満足げに笑った。
「ああ、俺のサイズにもピッタリ合うし、ばっちりだよ!ありがとな、セドナ、爺さん!」
「ワシの服が役に立つなら、よかったわい」
「ただ、この格好じゃちょっと地味だから……。何かアクセサリーとかないか?」
「あんたね。もうこれ以上贅沢言ってられないでしょ?馬車の時間も迫ってんだから、もう行くわよ?」
「わ、分かりました、ロナ隊長……」
「じゃあ、行ってくるわね、あなた……」
「ああ、みんな、絶対に帰ってくるんじゃぞ?」
ロナは老爺の頬にキスをして、家を後にした。

そう言いながらロナにそう言われたが、納得いかない様子のリオはこっそりチャロに耳打ちする。
「なあ、チャロ?」
「なに、リオ?」
「以前山賊の頭領から奪ったっていうバッジあるだろ?」
「うん、セドナから預かってるけど」
「あれ、この服に合うだろ?少しこっそり貸してくれないか?」
「うーん……。じゃあさ、ちょっと協力してくれない?」
「協力?」
そう言いながら、チャロはぼそぼそとリオに話し始めた。
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